翌朝。
ビョルカさんが、死んでいた。
誰が、とか、
悩む余地はなかった。
ビョルカさんは刃物で
滅多刺しにされていて、
その刃物は現場に落ちてて、
よく見るまでもなく、
ゴニヤの鎌だったから。
あと、ゴニヤは泣いてたから。
「ごめんなさい……」
腹が立つとか、
悲しいとか、
そういう熱量のある感情は
ひとつも湧いてこなかった。
ただ、消えたかった。
消えたかったけど。
けじめは、つけなきゃ。
「夜の間に、
ビョルカさんを殺したの」
「ごめんなさい……!」
「ヨーズは一体何だったの。
あいつはあいつで
変だったでしょ。
2人組の『狼』だった
ってことなの?
ヨーズは言ってた。
『期待してな』って。
『面白いことになる』って。
こういうことだったの?」
「ごめん、なさっ、」
「いいから説明しろよっ!!
ヨーズみたいに
敵意と気色悪い目ん玉を
むき出しにしろよ!
そしたら……
お前を斬れるかも
しれないからさあ!!」
「できないんだよ!!
さっきから掴みかかろうと
しても体が動かないんだよ!!
同胞を傷つけるなって!
言われてるみたいにさ!!
何なんだよこれ!!
ビョルカさんはもう
いないのにさあ!!」
「……ああ、もしかしてわざと
やってるのか?
仲間ヅラしてれば斬られない、
だからそうして時間稼いで……
卑劣だな……最低だなあ……!
僕らはもう全滅確定だろ……!
せめてお前らも殺されろよ!!」
「わたしだって
ころしたくなかった!!」
──叫んだゴニヤの顔には
眼球の代わりにぽっかり穴が
開いていて、
ああ、ヨーズとは違うけど、
こいつもバケモノなんだって、
腹に落ちるものがあって、
でも、未だにそんな言い訳を
続けてるのが
無性に腹立たしかった。
「おとといの、ねるまえよ!
ビョルカがきて、いったの!
ウルじいのいったこと、
かんがえ、まちがってたって!
すててせいかい、なんだって!」
「そしたら、
あたまのなかがカッとなって、
めのまえがまっかになった!
ビョルカを……むちゃくちゃに
してやるってことしか、
かんがえられなくなったの!
それで、まよなかにおきて、
ビョルカのとこに……」
「ま、待てよ勝手に進めるな!
おととい……
ジジイが死んだ日か?
昨日じゃなく?
しかも真夜中?
あの吹雪でどうやって……
というか、ビョルカさんの話に
怒ったのが理由?
お前『黒の軍勢』の刺客じゃ
なかったのかよ!」
「フレイグ? フレイグ?
どこにいるの……?
なにをいってるか
わからないわ……」
……それで気付いた。
目の前の怪物の、
耳があった場所はもう、
木のこぶみたいになってる。
全体のかたちも何だか、
捨てられた流木みたいに……
「でも、そのばんは
できなかった……
ヨーズが……
わらいながら
おいかけてきて……」
「……は?
どういうことだ、
バケモノ同士で仲間割れか?」
「ひとばんじゅう、
にげまわったわ……
すごくこわかった……
あさひがのぼって、
ヨーズはいったわ、
きんいろのめをほそめて……
『みんなにいったら、
みぎてもこうする』って……」
……もはや節くれだった
古木の塊にしか見えない
それが、きしみを上げながら
左腕だか枝だかを差し出す。
指にあたる部分が、
すべて生々しくもがれていた。
「だから……おもったの……
『狼』はヨーズ……
わたしはただ……
きがまよっただけ……
きのうの『儀』では……
なにもいえなかったけど……
フレイグが……
たすけてくれて……
うれし……
かったわ……」
「……おい、大丈夫か?
しっかりしろ……」
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(ここで限界か。
ゴニヤのオスコレイア態は
連中じゃ唯一の植物形だ。
そのせいか知らんが、
力の消費は控えめで、
理屈の上では、長生きなハズ。
しかし実際は、
ゴニヤはだいたい早死にする。
おそらくはゴニヤの善良さが
しばしば葛藤を生み、
力を浪費するからだろう。)
「ほんものの……『狼』が……
いなくなって……
ビョルカのことも……
もうおこってない……
みんなで……いきられる……
なのに……
まよなか……
きづいたら……
鎌をもってて……」
「……わたしも……
ばけものだったのね……
ビョルカ……
フレイグ……
ごめんなさい……
ごめん……」
そうやって、
謝り続けながら、
かつてゴニヤの形をしていた
木塊は、動かなくなった。
【ゴニヤ死亡】
【3日目の日没を迎えた】
【生存】
フレイグ【死亡】
ヨーズ、ウルヴル、ゴニヤ、
ビョルカ、レイズル
こうして、僕は一人になった。
もうすぐ、ゼロ人になる。
体はロクに動かない。
足ももう、動いているかどうか
自分では分からない。
あらゆる感覚は、もうない。
思考だけは、妙に澄んでいた。
混乱が徐々に、整理される。
ヨーズとゴニヤは怪物だった。
しかもどうやら、
違う種類の怪物だ。
ゴニヤの言い分によれば、
あいつに『黒の軍勢』の手先の
自覚はなかった。
見た目も、少なくとも
『狼』っぽくはなかった。
じゃあ、何だ?
ヨーズが『狼』で、
ゴニヤは最初から、
全然関係ない怪物だった?
あるいは『狼』ってのは、
自覚もなく、姿かたちも
バラバラなのか?
断言はできない。
けれど、しっくりもこない。
もっと単純な、
分かりやすい答えはないのか。
「……ぇ…………も……
…………ない………………」
答えがあっても、意味はない。
そう言おうとして、
もう口も動かないし、
何なら自分がとっくに
倒れていることに気付く。
どうやらここが、
行き止まりらしい。
なんとなく、思った。
僕らの旅は、
そもそもの始めから、
何もなかったんじゃないか。
意味も。
出口も。
真実も。
ただ、
どうあがいても思い知る
絶望だけに満たされた雪原が、
予定調和のとおり、
僕ら全員を飲み込んだ、
という気がして──
【フレイグ死亡】
【巡礼者が全滅しました】