現在、地球上にはおよそ76億人ものヒトが存在するといわれている。一口にヒトといっても彼らの生態は実にさまざまで、ある個体は米を主食とする一方、ある個体は麦を主食とすることもあるほどだ。
76億ものヒトは各個体がそれぞれ異なる感性を持っている。食事の好みも。服装のセンスも。いいねを押すツイートのチョイスも。ましてや「どのようなゲームを面白いと思うか」となれば、好みの違いはなおさら大きいものとなるだろう。
『マリオ』。『テトリス』。『マインクラフト』──ヒトの歴史には世界で数十億回も遊ばれているゲームがいくつか存在するが、当然ながら、そうした作品でさえ76億人のヒト全員から無条件に好かれているわけではない。世界中の誰にも好かれるということは、それほどまでに難しいものなのだ。
だからこそ、「世界中の誰が遊んでも面白いゲームを作りたい」という試みは、ヒトの世界では時に、無謀な挑戦と受け止められることすらある。
しかし2019年3月。とあるゲーム開発プロジェクトが、クラウドファンディングにて開発資金を集めることに成功した。
そのゲームが「プロジェクトで実現したいこと」に掲げていたのは、あろうことか「世界中の誰が遊んでも面白いゲームを作りたい」という言葉。驚くなかれ、その言葉に賛同したヒトビトが次々にプロジェクトに投資したため、たった一日で目標金額をクリア、最終的には7倍もの資金を集めるに至ったのだという。
そのゲームの名は『DEEEER Simulator』。まずは一度、何も言わずにゲームのプレイ画面をご覧になっていただきたい。
「ごく普通のシカのゲーム」と銘打たれた本作では、あなたは四足歩行のシカとなり、他の動物たちと仲良くしてもいいし、街を破壊して警察に追われたりしてもいい。伸びる首に刺さる角、シカに秘められたポテンシャルを解放することで、あなたはシカの個性を活かして街を縦横無尽に駆け回ることが可能となる。
……お分かりいただけただろうか。世界中の誰が遊んでも面白いゲームを作るため、本作の開発者がたどり着いた「76億人のヒト全員が好むもの」とはいったい何だったのか、が。
そう、「シカが大暴れするゲーム」だ。鯨偶蹄目シカ科に属する哺乳類の約16属36種。世界中で広く愛されるシカは、日本でも古来より神の使いとして崇められる。しかし、なぜ、よりにもよってシカなのか。いったいどのような戦略から、ゲーム開発者はシカを暴れさせることに決めたのか。
今回、電ファミでは本作の開発者であるNASPAPA(阿部)氏にメールインタビューを依頼。ゲームを作るに至った背景、今後のプロジェクトの展望、そしてなによりシカという答えにたどり着くまでの経緯をご自身の口から解説していただいた。
クラウドファンディングに参加した人もそうでない人も、世界をひとつに繋ぐ(かもしれない)『DEEEER Simulator』の魅力を、このインタビューから“しかと”味わってもらいたい。
聞き手・文/赤野工作
『DEEEER Simulator』について
──この度のクラウドファンディング成功、おめでとうございます。まずは、このインタビューで『DEEEER Simulator』を初めて知った読者のために、本作の概要をいちから説明していただけますか?
NASPAPA氏:
本作は「首が伸びる鹿」が主人公のゲームです。街の中で他の動物たちと遊んだり、街を壊したり、さまざまな遊びができるゲームになっています。
──な、なるほど?「首が伸びる鹿」が主人公のゲーム……?具体的なゴールを目指すというよりは、シカになって街を自由に散策したり、あるいは自由に破壊したりするのが目的のゲーム、で、いいのでしょうか?
NASPAPA氏:
はい、その通りです。街を破壊するとお金が手に入って道具や武器を買うことができますが、警察に狙われるような形ですね。シカを強化していって徐々に規模が大きくなっていきます。
──公開された動画を拝見しました。なんと言ったらいいか……、その、非常に驚きました。シカにあれほどの運動能力があっただなんて。首は実際にああいう形で伸びるんですね。豊富なアクションも楽しめそうでした。
NASPAPA氏:
ありがとうございます。四足歩行はもちろん二足歩行から乗り物の運転まで、鹿の枠を越えたアクションを実装していく予定です。
https://twitter.com/DeeeerSimulator/status/1090203157286670336
──二足歩行から乗り物の運転……?シ、シカがですか?あの、参考までに、阿部さんご自身はシカになった上で、このゲームをどのように遊ばれているかを教えいただけるでしょうか……?
NASPAPA氏:
今は動物ごとに個別でテストしていますね。それぞれをどんな個性にするか、ぶつかってどれくらい吹っ飛んだら面白いか、みたいなテストを色々繰り返しています!
https://twitter.com/DeeeerSimulator/status/1038264422467133440
https://twitter.com/DeeeerSimulator/status/1038331867601092608
──……わかりました、ありがとうございます、十分にわかりました。本作のサブタイトルである「ごく普通のシカのゲーム」の意味が、たぶん、私にも少しは理解できたと思います……!
『DEEEER Simulator』が生まれるまで
──それでは、本作の開発に至った経緯を教えてください。昨年までは大学に在籍されていたそうですが、『DEEEER Simulator』はご自身にとって初めての商業作品ということになるのでしょうか?
NASPAPA氏:
いえ、大学在籍中にはスマートフォンアプリゲームを何作か出していました。2年近く開発を繰り返していましたがヒット出来ず、諦めて就職を考えていました。しかし以前Twitterでバズった鹿の動画があるのを思い出し、これを最後に諦めをつけようと開発に至りました。
ごく普通のシカのゲームです。 pic.twitter.com/ANsGW0pcf5
— NASPAPA (@naspapaa) July 21, 2017
──なるほど。本作の主人公にシカが選ばれたのは、元々Twitterに投稿されたシカの動画が人気を得ていたから、その逆算だったわけですね。
NASPAPA氏:
以前から、キリンの首やダックスフンドの胴体が伸びるような“IQが低いゲーム”を作ってみたかったんですよね。世界中の人に面白いと思ってもらうには、パッと見で面白い画面が必要だと考えていました。
──Twitterに投稿された動画でシカを主人公に抜擢していたのも、主な理由は「パッと見で面白い」からだったのでしょうか?
NASPAPA氏:
鹿が選ばれたのは、じつはまったくの偶然で、最初はキリンで考えていました。鹿には立派な角があるので、「何にでも刺さる……これはフックアクションができるぞ」と、主役に抜擢しました。
──パッと見の面白さと、アクションの面白さ。そのふたつが両立する動物こそがシカだったというわけですか……。
確かに、一見すると可愛らしいシカですが、その意外な力強さに驚かされることも少なくありません。
NASPAPA氏:
修学旅行で初めて鹿に対面したときの感覚はまだ覚えています、絶対強いですよね。強いのに普通に公園で歩いてたりしてそのギャップが愛される理由なんでしょうかね。
──Twitterに投稿された「シカの生態」の動画には、今も多くのヒトからシカの生態についてコメントが寄せられています。阿部さんのもとに届けられたSNSの声は、本作の開発にも反映されているのでしょうか?
NASPAPA氏:
むしろ9割がTwitterでできているゲームかもしれません。というのも自分が面白いと思う物とTwitterで人気が出る物がかなりズレているときがあって、定期的に動画を上げて確認しないと不安になることが多いためです。「もっと動物がこうなって欲しい!」みたいな意見はいつでもお待ちしております。
──自身が面白いと思ったネタの中から、一度Twitterでヒトの反応を確認したネタを選び、ゲームに取り入れている。『DEEEER Simulator』がリリース前から大勢のヒトから支持を受けているのも納得です。
NASPAPA氏:
ありがとうございます。ゲームがゲームなだけに無感情で開発していたら頭がおかしくなりそうなので、少なくとも自分が面白いと思ったものを世に出そうとしています(笑)。
https://twitter.com/DeeeerSimulator/status/1110506053626552320
──いやぁ……。それにしてもまさか、『DEEEER Simulator』がSNSでのシカ人気を逆算して作られたゲームだったとは……。
私はてっきり開発者が奈良県在住だとか、シカに何かしらの執着があるものだと思いこんでいました……。
NASPAPA氏:
神奈川県民です(笑)。
じつはこのゲームを作る前はシカに対して特に関心がありませんでした。動物は猫が好きですし、どちらかと言えば水族館が好きです。でも鹿のゲームの開発が始まってから鹿が好きになりましたね。出かけた先で鹿関連の何かがあれば、とりあえず写真を取っています。
これまでの『DEEEER Simulator』について
──阿部さんにとって「世界中の人が面白いと思えるゲーム」とは、具体的にどのような作品なのでしょうか。また、本作『DEEEER Simulator』ではそれをどのような形で目指されていますか?
NASPAPA氏:
正直なところ、まだまだ掴めていません。
https://twitter.com/DeeeerSimulator/status/1105774485943115777
──掴めていない?
NASPAPA氏:
はい。たとえば、誰しも好みの歌手はいると思いますが、よほどのファンを除いて“すべての曲が好き”なわけでなく微妙な曲もありますよね。
逆に1曲だけすごい好きな曲があったら、ファンになったりも。ざっくりしてますが、そこを目指してみようかと思っています。色々な角度の面白いものを追加する形で、ファンになってもらえたらいいなと考えています。どうしても広く浅くになってしまうのは今後の課題です。
──では踏み込んだ話を伺いますが、ぶっちゃけこのクラウドファンディング、最初から成功する自信はありましたか?
NASPAPA氏:
成功しそう! という気持ちと、ものすごいコケそう! という両方の極端な気持ちを交互に感じていました。
硬派でファンがいるタイプのゲームと違って、言ってしまえば「一発ネタ」のようなゲームなので、どっちに転ぶかわからず、不安でした。
https://twitter.com/DeeeerSimulator/status/1090849907492061184
──ご自身では、何がユーザーにウケたのだと分析されていますか?
NASPAPA氏:
いわゆる「バカゲー」の供給が最近不足していたことが、ユーザーにウケた一因かなと思っています。
──クラウドファンディングは、ご自身の中では大きな賭けでもあったわけですね。阿部さんが本プロジェクトの目的に「世界中の人が面白いと思えるゲームを作りたい」と宣言したことには、何か理由があったのでしょうか?
NASPAPA氏:
『クロッシーロード』と『フラッピーバード』が私の人生を狂わせました。少人数で作ったゲームでも、何千何億人にも遊ばれる可能性があることを知って感動しました。そういった夢をずっと見てます。
──おおお……。まさか『DEEEER Simulator』の根源に『クロッシーロード』や『フラッピーバード』が存在しているとは思わなかったな……。最近はどのようなゲームを遊ばれましたか?
NASPAPA氏:
インディーゲームが大好きです。最近遊んだ『Baba Is You』や『ApeOut』は、とても面白かったです。
──では本作を開発する上で、影響を受けたと思われるゲームは?
NASPAPA氏:
正直なところ、影響を受けたタイトルは何なのか、自分でもよく分かっていません。強いて言えば『Human : Flat Fall』がとても好きで、ふにゃふにゃして落下する物理挙動に影響を受けています。
都会の鹿はドラゴンに乗りがち pic.twitter.com/o314CJrNA3
— ごく普通の鹿のゲーム (公式) (@DeeeerSimulator) January 23, 2019
──いわゆる「シムゲーム」のジャンルではいかがでしょう?
NASPAPA氏:
一応タイトルに「Simulator」という名前を付けていますが、影響を受けたというよりかは『Goat Simulator』や『Hand Simulator』といったバカゲーのひとつだと意識してもらいたかったから、ですね。
https://twitter.com/DeeeerSimulator/status/1087955158334607368
──『I am bread』とのコラボも決定しましたしね。もしよろしければ、これから阿部さんと同じような境遇でゲーム開発者を目指す方に向けて、クラウドファンディングに成功するためのアドバイスをいただけますか。
日米のふざけたシミュレーターゲームがコラボ。ごく普通のシカのゲーム『DEEEER Simulator』に『I am Bread』のパンが登場
NASPAPA氏:
ゲーム以外にも、過去に行われたファンディングはたくさんあるので、参考にしまくるのがと良いと思います。あとは、身近な人やクラウドファンディングサイトのスタッフの方に相談して、どんどん意見を取り込んでいけたらベストだと思います。
これからの『DEEEER Simulator』について
──2019年3月28日をもって、クラウドファンディングは締め切られました。2019年内に発売予定とのことですが……、開発は順調ですか?
NASPAPA氏:
3月中はクラウドファンディングに関わる活動に集中していたので、開発はあまり進んでいませんでしたが、来月からは本格的に進めていきます。なんとか年内にリリースできるように頑張って参ります。
──この手でシカを操作できる日を心待ちにしております。現段階で、ゲームファンの皆さんに伝えておきたい告知などはありますか?
NASPAPA氏:
ここまでヒットして嬉しい反面、割とプレッシャーを感じています。これを言ったら失望されるかもしれませんが、1人で作ってるのである程度ハードルを下げて待って頂けたら嬉しいです。もちろん全力は尽くします!
──……せっかくですし、シカにもなんかメッセージあります?
NASPAPA氏:
シカくん話題になってくれてありがとう。何度かゲーム開発を挫折しかけましたがシカのおかげでもう少し頑張れそうです。
──本日はありがとうございました。(了)
2017年7月21日の時点では、『DEEEER Simulator』は未だ、単なるネタツイートに過ぎなかった。「首が伸びるシカ」という奇妙奇天烈なキャラクターが主人公とされる、この世に実在しないゲームに過ぎなかったのである。
しかしその存在が多くの人々によって発見されると、シカの生態にはさまざまなアイディアが集められ、いつしか「こんなシカのゲームが本当に存在していたらいいのに」と開発を希望する声が上がるようになった。
「世界中の誰が遊んでも面白いゲームを作りたい」という試みは、ヒトの世界では時に、無謀な挑戦と受け止められることがある。しかし『DEEEER Simulator』というゲームの試みは、通常のゲームの挑戦とは少し毛色が異なるようだ。
なにせこのゲームは一度SNSで多くの人々から「面白い」と認められた要素によって構成されており、ゲームの個々の要素にはそれぞれの人々の趣味趣向がそのまま反映されているのだから。
ゲームのリリースまで残り数か月。既にファンディングに参加を済ませた人も、今日初めて本作を知ったという人も、まだ時間はある。
『DEEEER Simulator』公式Twitterアカウント(@DeeeerSimulator)に、貴方の望むシカの生態を送ろう。「世界中の誰が遊んでも面白いゲーム」を目指す本作は、かけがえのない76億分の1のヒトである貴方の「こんなシカのゲームが本当に存在していたらいいのに」という意見を心待ちにしているはずだ。
【あわせて読みたい】
『UNDERTALE』トビー・フォックス×『東方』ZUN×Onion Games木村祥朗鼎談──自分が幸せでいられる道を進んだらこうなった──同人の魂、インディーの自由を大いに語る日本、そして世界のインディー・同人シーンで活躍する、『UNDERTALE』のトビー・フォックス氏、『東方Project』のZUN氏、そして二人を引き合わせた『BLACK BIRD』の木村祥朗氏に、インディーあるいは同人という小規模な場で、「なんのためにゲームを作るのか」という普遍的なテーマを熱く語っていただいた。