可愛らしいどうぶつたちとの交流、四季折々で様相を変える村や町、魚釣りや虫取りといった自然を通じたミニゲーム。誰もが名前を聞くだけで心がほっこり温かくなる、「悠々自適のスローライフゲーム」と言えば、ご存じ『どうぶつの森』シリーズだ。
しかし、どうぶつたちが集う村は、優しさだけでできているわけではない。本シリーズには「ベル」というお金の概念、さらに言えば「借金」の存在がある。
都会の世知辛さから逃れるよう、どうぶつたちが楽しく暮らす田舎村のスローライフを夢見て引っ越してきたプレイヤーに、半ば強制的に「たぬきち」から「住宅ローン」が課せられる。
まるで真冬の寒風のようなその仕様は、幾多の子供たちに「生きるために必要なリアル」を教え、幾多の大人たちに「現実を思い出させる鉄の掟」となっていた。
しかし、人々の甘いユートピア幻想を軽く吹き飛ばすルールに敢然と立ち向かう勇気ある男たちがいた。彼らは師走の寒空のもと秋葉原ハンドレッドスクエア倶楽部に集結する。そこで行われたのは、その名も「第二回街森借金返済王決定戦」である。
実時間でゲームのクリアタイムを計測する「RTA」(リアル・タイム・アタック)のオフラインイベント「RTA in Japan 2019」の2日目。「ゲーム開始からいかに早く1回目の借金1万8400ベルを完済するか」を1対1形式で、トーナメントにて5人の選手たちが競い合う。一見後ろ向きのようではてしなく前向きなタイムアタックの輝く頂点を賭けて、寒さも忘れるような熱い戦いが繰り広げられた。
その映像はTwitchや今後アップロード予定となっているYouTube公式チャンネルにて視聴可能だ。今回は、“ハイスピードスローライフ”な激闘を繰り広げたばかりの借金返済のエキスパートたちに、徳の高いお話を伺った。
文・取材/Nobuhiko Nakanishi
編集・取材/ishigenn
撮影・取材/実存
──本日はお疲れさまでした。しかし、そもそもどういった経緯で『街へいこうよどうぶつの森』【※】で借金返済RTAをやろうと……?
※『街へいこうよどうぶつの森』
2008年11月20日にWii向けに発売された『どうぶつの森』シリーズ第5作目。Wiiリモコンとヌンチャクで操作するのが特徴。
とよまなさん:
もともと知り合いがTwitchでプレイしていたのを見て、「これは競技性あるな」と思ったんです。ただ、これひとりでやっても絶対面白くないRTAなんですよ。ひとりで挑戦してもただのクソゲーなんですけど、ふたりで競ったら面白くなるなと思いつき、そこで第一回を開催しました。
──それは今日のトーナメントを見ていても明らかですよね。このあと細かいチャートや仕様を聞いていきたいと思いますが、そもそもこのRTAの技術と運の割合はどれくらいなんでしょうか?
Cmaさん:
1対9ですね、9割が運。
一同:
(笑)
──(笑)。あらためてそのRTAチャートをお聞きしたいのですが、基本的な流れとしては、町にたどり着いたらたぬきちのバイトなどチュートリアルイベントをクリアして、そのあとイースターでたまごを拾い「当たり券」を当てる。賞品の家具を売ってお金を貯め、借金を返すという感じですよね。
序盤の見どころはプレイヤーの名前を決定する場面でしょうか?
とよまなさん:
プレイヤーと村の名前は適当ですね。決定ボタンに近いものをとにかく早く打ち込むだけです。
ソードフィッシュさん:
私は今回キーボードを持ち込んだんですけど、Wiiリモコンよりもキーボードを使用した方が文字入力は早いですね。
──RTAのレギュレーションとしては問題はない?
Cmaさん:
「Speedrun.com」(海外のRTA記録収集サイト)には、「キーボードを使用してはいけない」と明言はされてないですね。
あと「1回目の返済を返済する」というカテゴリがないので、とよまなさんがOKならOKです。
ソードフィッシュさん:
勝負の要因の大半が運なので、基礎の部分で勝負しようと思って、そのためのキーボードだったんです。誰もキーボードに言及してなかったんで、「あ、これは出し抜けるな」と思ったんですね。いつその可能性に他の人が気づくか、ヒヤヒヤしてましたね。
一同:
(笑)
──(笑)。そのあと、ひとつ目の関門となるのが「マップガチャ」ですよね。マップ上の建物の配置は、ゲームを始めるごとにランダムになっている。
とよまなさん:
借金返済レースではお店と役場が近いマップを引けるかどうかが重要で、それを「マップガチャ」と呼んでいます。RTA中はお店と役場を何度も往復するので、近ければタイムが短縮できる。あとは動物たちの家もお店に近い方がいいですね。
Cmaさん:
遠い位置に住民がいると、たぬきちから頼まれる「アルバイト」で配達するときにタイムロスが発生してしまう。近い方が良いですね。
──マップが固定でないという時点で、たしかに運要素盛り盛りです。
Cmaさん:
盛って話しているんではなく、本当に1対9です。
松二さん:
操作はある程度覚える必要がありますけど、ショートカットキーさえ覚えればこのRTAはできますよね。
──ちなみにマップが確定したあと、みなさん覚えるために写真を撮っていましたが、おひとりメモで進めた方がいましたよね。
Harutomoさん:
私ですね。
──会場では「怪文書」と呼ばれ注目を集めていましたが……。この記号はそれぞれどういう意味なんですか?
Harutomoさん:
三角は家の屋根が描かれていて、その下にあるのは住人の名前の頭文字です。
──写真で撮影するよりもアナログマップの方が早い?
Harutomoさん:
そうですね。自分なりに研究した結果ああなったということです。
#RTAinJapan
— Harutomo~【ヘア】🐈💤🌈 (@HarutomoRTA) December 28, 2019
怪文書 pic.twitter.com/MWltc4mNl0
ソードフィッシュさん:
Harutomoさんの練習を見ていたら、最初はもっとしっかり地図を描いていたんですけど、少しずつ抽象画みたいになっていってましたね。
Harutomoさん:
可能な限り詳しく描こうと思ってたんですが、やっぱり詳しく描けば描くほどタイムロスになってしまうんで、ギリギリ簡略化した結果、あのような形になった。どうやったら早く正確にやれるか苦心しましたね。
──あの、やっぱりスマホで写真を撮影した方が早かったのでは……?
Harutomoさん:
そこは理由があって、マップの写真を撮るだけだと、動物の住んでいる場所が覚えられなかったんです。手書きだと書き込めるので。
ソードフィッシュさん:
それならタブレットを持ち込んで、撮った写真の上に書き込むとかでも良かったのでは?
Harutomoさん:
……なるほど。
一同:
(爆笑)
──(笑)。その辺りは、まだまだ今後の研究次第ですよね。
さて、マップを撮って町へたどり着くと、住民への挨拶回りから始まる。
ミクロンさん:
その辺りからチャートが変わる人が出てきて、役場が近い場合は役場に行くんですけど、役場が遠い場合近くの住人に先に話しかけた方が時短が見込めるので、対応力が必要になりますね。
──それからたぬきちのアルバイトをこなし、スコップを入手して、このRTAの肝である「卵ガチャ」【※】へ向かいます。
※「卵ガチャ」:
ゲーム内で発生するイースターイベントで手に入る卵のこと。卵の中には当たり券と飴玉が入っており、当たり券を引くと家具が手に入るので、本RTAではそれを売って借金を返済することが最終目標となる。なお、地中に埋まった卵を掘るにはスコップが必要だが、このスコップもたぬきちの店で売っているかどうかがランダムで、その場合はぴょんたろうからの購入が必要になる。
──けっきょくのところ、この卵ガチャで当たり券を引けるかどうかがこのRTA最大の見どころになっていますよね。当たりを引く確率はどれぐらいなんでしょうか?
ソードフィッシュさん:
攻略本には書いてなかったですね。
Cmaさん:
出ないときはとことん出ないイメージですね(笑)
松二さん:
第一回大会のときは、アイテム欄の一番下の段まで外れが出続けました……。あと、そもそも卵を掘り起こそうとしたら、化石が出る場面とかもありますよね。
──今回の大会では、負けが確定したプレイヤーが卵ガチャを2回ストレートで当てる場面が多かったですね。
Cmaさん:
自分は世界記録のタイム保持者で、そのタイムのときは3個掘り起こして2個当たりました。2個連続はほぼないと思います。自分は決勝戦でストレート引きでしたが、もしかしたら人生初かも。
Harutomoさん:
わたしも予選敗退でしたけど、走った中でストレートは初めてですね。
──……あの、やっぱりお話を聞いていると、運の要素が強すぎる気がするのですが、このRTAで勝利するため必要なことはなんでしょうか?
ミクロンさん:
僕はイメージトレーニングしかしてません。家で操作練習だけしましたが、イメージトレーニング大事ですね。
松二さん:
わたしは昔から『どうぶつの森』が好きでよく遊んでいたので、基礎だけやって、でもあとは運かなと。
Cmaさん:
自分はアクション部分は自信があったので、ミクロンさんと同じで手を動かすということはしなかったですね。代わりに徳を積むために寿司を食いました。
──運すぎる。
ソードフィッシュさん:
自分は基礎動作ではかなり負けていたんですけど、やっぱりキーボードの力で一度勝ちました。Harutomoさんの地図と同じで、おたがいに目論見はあってたんですよ。
なので次回大会では、みんなタブレットとキーボードを持ち込んでプレイするようになると思います。
──もはやそれ、何をプレイしている集団なのかわからないですよね。
一同:
(爆笑)
──ただ、おふざけには見えますけど、決勝戦も含めて本当にみなさん真剣な表情でプレイされてましたね。
Cmaさん:
決勝でミクロンさんに負けてしまっのは、かなり悔しいですね。ミクロンさんはマップガチャの引きがよかったんですが、自分は卵ガチャがストレートだったので、運的にはイーブンだったと思うんです。けど、それ以外の部分で負けてしまって……。
ミクロンさん:
自分は前回のチャンプなので決勝戦だけしか出れなくて、予選であったまることができなかったんですよね。なので花を植えるところは手が震えることを見越して、リモコン操作でなくてボタン操作に切り替えたりはしてましたね。
──スローライフとはなんだという真剣ぶりです。
とよまなさん:
これは「ハイスピードスローライフ」ですからね。(了)
「借金返済」の方が「一攫千金」などという荒唐無稽な言葉より甘く魅力的に聞こえる世の中を世知辛いと思わない人はいないだろう。
師走は僧侶も走ってお経を上げるほど忙しいというを語源とするのが有力だが、江戸時代の商習慣では12月は多くの庶民にとって「借金をどう凌ぐか」の瀬戸際の月でもあったとされる。とすれば、日本人の多くが師走に感じる一種の焦燥はDNAに刻まれた一種の民族的特色のようなものなのかもしれない。
そんな師走の慌ただしさの中、「借金返済」を走る男たちの激闘はそのものが厄落としの祭事のようでもあり、先取りした大祓のようでもある。印象的なのは「借金返済」を走り終えた走者達の顔つきがみな一様に晴れやかで、まるで福男のように輝いていたことだ。
「街森借金返済王決定戦」は走者も視聴者も異様に盛り上がり、そしてどことなく厄落ちした気分になれる一粒で二度おいしい。まことに年末に相応しい大会だったように思う。
「RTA in Japan 2019」は12月31日まで開催予定。会場に足が届きそうな方は現地へ、配信が見れそうな方はTwitchをチェックしてみてほしい。
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