アストロシティミニきっかけで当時のゲーセンと『バーチャ』の話を聞いたら鈴木裕氏から「『バーチャファイター6』のお手伝いが必要なときはお声がけください」との衝撃発言が飛び出した【鈴木裕×原田勝弘×森利道鼎談】

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新作のロケテストにライバル会社のスタッフがいるのは当たり前だった

──アストロシティミニに絡めて筐体の話もお聞かせください。基本的にはゲームセンター側が『鉄拳』なら『鉄拳』の基板を購入し、お店にあるアストロシティのような汎用筐体に基板をセッティングして運用する、という形だったのでしょうか?

原田氏:
 そうですね。汎用筐体はアストロシティのようなアップライト筐体が出てきてから各社が競って出していた時代でした。

 ゲームセンターにはいくつか種類があって。独立した経営の店舗だけじゃなくて、ゲーム会社直営系列の店舗もあるんです。ナムコとかセガさんとかタイトーさんとか、カプコンさん、SNKさん、コナミさんもそうですよね。直営にもいくつか種類があって、本当に“ド直営”もあれば、筐体だけ置いて売り上げは折半とか、店員はバイトとか、何段階かあるんですけど。僕らはそのゲームセンターに置いてある汎用筐体の種類を見て、メーカーがごちゃ混ぜだと「個人店舗だ」とか、「ここはセガ系だ」「タイトー系だ」って、店内の筐体の構成を見るだけでわかりましたよね。

 でも、じゃあナムコの店舗が『バーチャファイター』の基板を買ってナムコの筐体に入れるのかというとそうでもなくて、ナムコの店舗がセガからアストロシティの筐体を購入したりして、けっこう置いてあったんですよ。

──えっ、そうなんですか。

原田氏:
 レバーとかボタンが各社によってけっこう違ったりするので、「このゲームのボタンはやっぱりコレじゃないと」みたいなのがあるんですよ。もちろん、筐体を買わずに各社とも自社汎用筐体に入れるケースのほうが全体としては多かったですが。

 家庭用プラットフォーム的な視点で見ると不思議ですよね。直営店舗は自分たちが商売をやるためのプラットフォームのはずなのに、ライバルの商品がお互いにないと、お店としてはやっていけない。だからセガさんもナムコの商品を買うし、ナムコもセガさんの商品を買うし、お互いに買い合ってお店に置いて、みんなに「遊んでください」と言っているという。

鈴木氏:
 「ゲームを作っているところはみんな仲間だ」みたいな考え方がありましたから。

原田氏:
 そうなんですよ。アーケードゲームを作っている人たちは、わりとみんな仲間だという意識があるんです。だってロケテスト情報がぜんぜん秘密じゃないですから。みんなどこからか耳に入ってきちゃうので。

鈴木氏:
 お店から漏れちゃうんでしょうね。

原田氏:
 でしょうね。だからカプコンとタイトーとナムコの社員が、セガのロケテストに普通に並んでいるっていう(笑)。

鈴木氏:
 それで「76,000円入ったんだって?」とか、言ってきたり。

原田氏:
 そう! 売り上げまで全部バレてますからね(笑)。その日の夜には、どれぐらいの成績でどういう反応だったというのがFAXで送られてきて。

 ゲームセンターの営業としては、ライバルのゲームの反応がめちゃくちゃイイと、どっちにしてもうれしいんですよ。「このゲームは買いだ!」って。それで自社の開発にもたまに、「あのゲームはどれぐらい人気が出ると思います?」とか聞いてくるんですよ。でも開発としては、ライバルのゲームの人気が出ると、そのゲームにお店の筐体を取られるわけですから。

 家庭用と違ってアーケードは、お店に置かれている筐体の面積で売り上げが決まるので。しかもその面積自体も、また別の奪い合いがある。ドライブゲームみたいなもので人気作が出ちゃうと、そのぶんテーブル筐体が減るじゃないですか。いったん減ったものはもう増えないので。その面積の取り合いなんです。

 だからセガさんのタイトルで人気が出て面積を取られちゃうと、「僕らが次に出すタイトルは置かれる場所がもうないかもしれない」という焦燥感が出てくるんです。『バーチャ』なんてとんでもないインカムの数字を叩き出すから、みんなビビッちゃって。

鈴木氏:
 当時の『バーチャ』は1台で1ヵ月200万円ぐらいでしたかね?

原田氏:
 それぐらい軽くいってましたね。

鈴木氏:
 それを10台入れたら1ヵ月2,000万円ですからね。

原田氏:
 そうです、そうです。アーケードはそういう現金の動きがよく見えるんですよ。それってイコール、プレイ回数でもあるわけじゃないですか。当時の家庭用だとクリア率がどれぐらいだとかもわからない。いまはオンラインでわかるようになりましたけど、他社さんのゲームだと、どんなふうに遊ばれているかわからないわけじゃないですか。
 ゲームセンターだと、それが丸見えですから。どれぐらい並んでいるかという、人気度まで見える。なにしろ自社の系列のゲームセンターでセガさんのゲームが動いているわけだから、『バーチャ2』の売り上げがどれぐらいかもすぐわかるわけで。

 僕がスゴいなと思ったのは、『バーチャ』ってけっこう激しくレバーをガチャガチャ動かすので、レバーの中に4つ入っているネジのナットがちょっとずつ緩んでくるんですよ。そのネジが外れると、筐体の中にレバーが落っこちて、先っぽの玉だけが飛び出す形になるんですけど、普通はそんなこと起きませんよ。でも『バーチャ』は営業時間中に「レバーが落ちた」っていう報告が年間に1、2件あるんです。そんなの他のゲームでは聞かないですよ。だから「それが起きた」って社内で話題になるんですけど、ライバルの開発としてはもう萎えますよね。「そんなに人気なんだ」って。

 もちろんお店はホクホクですよ。しかもその売り上げが回り回って自分の給料になっているから、また微妙な気分になるんです(笑)。だって僕が入社した当時のナムコは会社の利益の50数パーセント、つまり半分以上はゲームセンター関連事業による利益だったんです。そんな時代だったから、僕らは焦燥感がスゴかったですけどね、セガさんに対しては。スゴイなぁって。

アーケード基板の名前を一般に知らしめたのも『バーチャ』の功績

原田氏:
 『バーチャファイター』のころは、家庭用でゲームセンターからの移植が非常に強かった時期でもあるじゃないですか。セガサターンを牽引したのは、セガさんがゲームセンターから発信したタイトルだったし。それはプレイステーションも同じで。そうすると家庭用で売る前にもう、プロモーションが完了しちゃってるんですよ。『バーチャファイター』にしても『リッジレーサー』にしても、ゲームセンターというふだんの生活導線の中にある場所で、すでに知名度を得ているわけで。

鈴木氏:
 スペシャル筐体で話題を作って、ショウで話題を作って、アップライト筐体に入れて、その宣伝効果でコンシューマで売る。

原田氏:
 ひとつのIPで何度か回収できるという、素晴らしい導線だったんですけど(笑)。

鈴木氏:
 ゲームセンターで、コンシューマで、さらにその後はPCに移植して、全部で3回、回収できる(笑)。

──それだけゲームセンターが強かったということですよね。

原田氏:
 そりゃあ強いですよ。さっき言ったように僕が入社したころでも、会社の半分以上の収益を上げていたんですから。

鈴木氏:
 アーケードのボード(基板)がいちばん性能が高くて、表現もいちばん良かったですから。

原田氏:
 フラッグシップでしたよね。

──アーケードで新しい基板が出てくることが話題になっていた時代ですよね。セガさんのMODEL1、MODEL2だとか、ナムコさんがソニーさんと組んだSYSTEM11、SYSTEM12だとか。

原田氏:
 そうそう。僕みたいにアーケードの基板を買ったりするマニアぐらいしか、普通は知らないじゃないですか。でもMODEL1、MODEL2っていうキーワードは、やたらいろんな人が知っていて(笑)。基板名を広い層にまで知らしめたというのも、『バーチャファイター』の功績ですよね。

 ナムコだと初代プレイステーション互換のSYSTEM11という基板があったんですけど、当時ナムコには、初代プレイステーションよりもはるかに描画性能の高いアーケード基板がすでにあったんですよ。SYSTEM22っていう。

──その半分ぐらいの性能だからSYSTEM11だったんですよね。

原田氏:
 そうなんです。でもSYSTEM22という言葉をみんなが知っているかというと、あまり知られていないですよね。でも『バーチャ』は、MODEL2というキーワードを知っている人がやたらと多くて。「MODEL2を家にほしい」みたいな話は当時、よく聞きましたね。

森氏:
 あぁ、高かったんですよねぇ。当時80万円ぐらいしましたよね。

日本とは異なる、海外のゲームセンターの営業システム

──ゲームセンターの文化というのは、日本独自のものなんですか?

原田氏:
 そんなことはないですよ。ナムコもセガも、日本と同じように海外でも売れていましたし。当時はあんまりローカライズもなかったですからね。

鈴木氏:
 海外は古いゲームをいつまでも置いていましたよね。

原田氏:
 ゲームの置き方とかライフサイクルは、日本と違いますね。ボウリング場と併設されていて、お父さんお母さんがボウリングをやっている間に、子どもたちがゲームコーナーで遊ぶ、みたいな。あとはレストランの横になぜかあったりとか、映画館の出口にゲーム機が並べてあったりとか。そんなふうに日本とは違う部分もありますけど、当時はまだ近しいし、海外市場もヨーロッパを含めて、すごく大きい時代だったので。

鈴木氏:
 25セント(約27円)硬貨を入れて。

原田氏:
 だから価値の高いゲームだと、25セント硬貨2枚とか、ヘタしたら4枚とか。

鈴木氏:
 日本といちばん違うのは、「リデンプション」が出るんですよ。

原田氏:
 ゲームをプレイすると、チケットみたいなものが出てくるんです。

鈴木氏:
 リデンプションで点数がもらえて、何点か貯めると景品と交換してくれるんです。

原田氏:
 ぬいぐるみとかね。日本のゲームセンターだと「すいません、壊れました」って言いに行くサービスカウンターの後ろに、いっぱい景品が置いてあって、集めたリデンプションと交換できるんですよ。

鈴木氏:
 だから、日本だと新しいゲームだとすぐすたれちゃうんですけど、海外は古いゲームでもリデンプションの点数をちょっと多めにしたりすれば、生き残れるんです。いい文化だと思いますよ。

原田氏:
 つまり海外では、一回元手を払って、それが損益分岐点を越えれば、アーケードゲームで永遠に儲け続けられるんです。しかもあんまり接客をしなくていい。置いておくだけで儲けられるという発想がベースにあって。そこが日本とは違うところですね。

鈴木氏:
 野外型の貯金箱ですよね。

原田氏:
 なので逆に言うと、もうちょっとサービスやメンテが必要な時代に入ってくると、儲けが悪くなってみんな違う事業に行っちゃった。さらにオンデマンド型の家庭用エンターテインメントが台頭して海外は日本に比べてアーケードゲームからの撤退が早かったんです。でも90年代のアストロシティのころは、北米もヨーロッパもまだゲームセンターが元気な時期だったので、けっこう普通に売れていましたね。

『鉄拳』が本当の意味での3D格闘ゲームになったのは『鉄拳4』から

──原田さんは『バーチャファイター』の後に『鉄拳』を出されたわけですけど、すでに『バーチャファイター』がある中で、3Dの格闘ゲームをどういったところに向けて作られたわけですか?

原田氏:
 当時の僕はペーペーだし、しかも最初は僕、営業で入っているので。ただ、僕の上司が当時作った『鉄拳』の生の企画書を、僕はいまだに家に取ってあるんですよ。生の手書きで書かれていたり、当時プリントアウトしたそのままの状態で、綺麗に残してあるんですけど。そのほとんどがいまだに未公開資料です。

──えっ!? それはお宝ですね!

原田氏:
 最初の『鉄拳』を作った中心人物の何人かは、セガさんからリクルートしているんです。だから、ポリゴンの人体を動かすノウハウみたいな中心となる部分では、『鉄拳』は『バーチャ』の系譜を持っているんです。

──なるほど。

原田氏:
 ただゲームとしては、さっき言った企画書に明記してあるんですけど、90年代に出てる『鉄拳』シリーズはずっと2D格闘だったんです。

──えっ!?

原田氏:
 技術面ではポリゴンなので、『バーチャファイター』の後追いになるわけです。さっきも言いましたけど、人体を2Dのスプライトで描いていくんじゃなくて、全部3Dポリゴンで作る技術が今後、数十年に渡ってものすごく重要になる時代が来ると。だけど格ゲーとしては当時主流だった2D格闘の系譜を継承しようと。これは当時の企画書に記録としても残っていますよ。

 いずれにしても格ゲーとしての路線と技術的な話は分けて考えろと当時の上司からもよく言われましたね。格ゲーだけじゃなくて、これからのゲームは全部、しっかり人間を3Dで動かせるようにならなきゃいけないんだからと。

森氏:
 『鉄拳』の1作目って、ライン移動はありましたっけ?

原田氏:
 ないです。そもそも『バーチャファイター』がスゴかったのは、1作目の時点から3Dの座標を持っていてその上を歩いている、本物の3D格闘ゲームだったんです。その座標の上を歩いているから、リングアウトも起こるわけで。『バーチャ』で「スゲェ!」って驚いたのが、カゲの頭についてるアレ、なんて言うんでしたっけ?

森氏:
 鉢金(はちがね)ですね。

原田氏:
 そうそう、あの鉢金がポロッと地面に落ちて、それを蹴ったら鉢金が移動するじゃないですか。それって僕らからしたら「うわーちゃんとやってる」なんですよ。それができるというのは、全部ちゃんと計算しているってことですから。

 じつは『鉄拳』が本当の意味での3D格闘ゲームになったのは、『鉄拳4』からなんです。つまりプレイステーション2からなんですよ。2000年代に入ってから。

 定義で言うと、昔は3Dポリゴンで描画されていたら「3D格闘だ」と呼ばれていましたけど、いまは違うじゃないですか。たとえば森さんたちが作っている『GUILTY GEAR -STRIVE-』は、キャラクターのモデルは3Dで作られているけど、2D格闘と呼ばれていますよね。

 それと一緒でその逆というか、最初のころの『鉄拳』はポリゴンでできていましたけど、3D座標を持っていないんです。キャラクター同士の軸でしかつながってなくて。座標を持っていないから地に足がついていないし、ステージは無限でリングもないし。3D空間の「いまどこにいます」という座標をちゃんと計算して、地に足が着いて移動できるようになったのは、『鉄拳4』からなんです。

(画像はABOUT | GUILTY GEAR -STRIVE- | ARC SYSTEM WORKSより)

鈴木氏:
 初耳ですね。

原田氏:
 『鉄拳3』は横に移動して避けているように見えますけど、あれはキャラクターが技を追えなくなっているだけです。相手の技がホーミングしてきません、という時間があるというパラメーターです。アニメーション自体の移動量はあるのでそれで実際避けているけれど、キャラクターはいわゆる座標としての地面が見えているわけではないので。だから2D格闘だったんですよ、ずっと。『鉄拳4』のときに僕らは「ようやく3D格闘になったね」と、こっそり言っていたので(笑)。「ここから『バーチャファイター』と勝負か」みたいな。

──『バーチャファイター』はそれを1作目からやっていたわけですね。

原田氏:
 だからヘンな話ですけど、3Dとしては『鉄拳』よりも『デッド・オア・アライブ』のほうが先ですよ(笑)。格闘ゲームタイトルとしては『鉄拳』のほうが先輩ですけど。ナムコで言ったら『ソウルエッジ』のほうが先ですよね。あのゲームはリングアウトがあるから、少なくともそう見えるという点では。

森氏:
 『ソウルエッジ』もメチャクチャやったなぁ。

原田氏:
 そういう意味でセガさんは当時、そこの技術ではアタマ1個上に抜けていたのは間違いないんですよ。

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