1979年に最初のTVシリーズ『機動戦士ガンダム』が放映されて以来、40年以上に渡ってTVや映画、ゲームなどでさまざまな作品を積み重ねて、その人気を拡大してきた『ガンダム』シリーズ。
2018年には、アメリカのレジェンダリー・ピクチャーズと提携した実写版『ガンダム』の制作が発表された。さらに2021年4月には、この実写版『ガンダム』にNetflixの共同製作も発表され、プロジェクトが着々と進展していることが感じられる。
このように日本だけでなく世界的に注目を集めている『ガンダム』だが、2021年7月現在全国で公開中の最新劇場アニメが今、大きな話題となっている。
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』(以下『ハサウェイ』)は、『ガンダム』の生みの親である富野由悠季氏が執筆した小説を初めて映像化したもので、ファースト『ガンダム』でホワイトベースを指揮したブライト・ノアの息子、ハサウェイ・ノアが主人公の物語だ。
原作小説のストーリーを3部作で描く第1弾となる本作では、村瀬修功監督による重厚で深みのある映像で、まるで海外のスパイ映画のようにスリリングなドラマが展開されている。また、モビルスーツの巨大さを体感できる戦闘シーンも見どころだ。さらに本作は、最先端の映像と音響によるシネマ体験を提供する「ドルビーシネマ」に対応していることも話題となっている。
コロナ禍による数度の延期を経て、2021年6月11日に本作が劇場公開されると、たちまち大ヒットを記録。公開から8月6日までの56日間で興行収入20億円を突破し、観客動員数は100万人を超えている。この好調を受けて、当初の予定を超えたロングラン上映が今後も続けられるという。
この『ハサウェイ』に対して大いに反応しているのが、電ファミニコゲーマーではおなじみのクリエイター、イシイジロウ氏だ。
『428 〜封鎖された渋谷で〜』といったゲームの制作を手がけるだけでなく、『ブブキ・ブランキ』などのアニメーションで脚本やストーリー構成を担当しているイシイ氏は、「ふだんアニメを観ない人にもお薦めできる『ガンダム』」と本作を絶賛。そんなイシイ氏の強い希望によって今回、『ハサウェイ』のエグゼクティブプロデューサーであるサンライズの小形尚弘氏と、イシイ氏による対談が実現した。
じつはイシイジロウ氏は、ガンプラバトルを題材にした実写ドラマ『ガンダムビルドリアル』に設定考証で参加しており、小形氏とは面識があるとのこと。今回の劇場版『ハサウェイ』が誕生した背景には、小形氏の功績がかなり大きいと考えるイシイ氏によって、対談ではかなり深い部分にまで突っ込んだ質問が飛んだ。
そのため対談の話題は『ハサウェイ』制作の舞台裏に留まらず、今後『ガンダム』がワールドワイドに進出していくための戦略といった、予想外に大きなテーマへと広がっている。
その意味で、『ハサウェイ』をすでに観た人はもちろんのこと、今後『ガンダム』というIPがどういった方向に向かうのか興味のある人には必見の内容だ。また、ふだん『ガンダム』やアニメを観たことがないという人にとっても、コンテンツ論、クリエイター論として興味深いものになっているはずだ。
聞き手/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/実存
撮影/佐々木秀二
富野監督が今の時代に生まれ変わって出てきたら、きっと『ハサウェイ』を作った
イシイジロウ氏(以下、イシイ氏):
今回は、本来なら小形さんがどういうふうに『ガンダム』に関わるようになったのか、歴史に沿って話していったほうが理解しやすいと思うんです。でもそれだと……。
小形尚弘氏(以下、小形氏):
6時間ぐらいかかりそうですね(笑)。
イシイ氏:
(笑)。なので、まず「『ハサウェイ』はなぜこんなに面白いのか」という話をしてから、どうやってそこにたどり着いたのかという段取りにしたいと思っています。
そこで最初に、僕がなぜ『ハサウェイ』をこんなにスゴイと思っているのかという話を、まず軽くすると。もともと僕は『機動戦士ガンダムUC』(以下『UC(ユニコーン)』)が、ある意味、ポスト富野『ガンダム』の上限なのかなと思っていたわけです。
いわゆる“富野節”というものをすごく再現していて、僕らファンが欲しいものを「こういうことでしょ?」って出してくれていて。「旧『ガンダム』原理主義者もこれを大切にして生きていけよ」っていう感じがあったんです(笑)。
でも今回の『ハサウェイ』はそれを軽く凌駕して、まるで富野監督が生まれ変わって作ったように思えたんですよ。
小形氏:
なるほど。
イシイ氏:
もちろん富野監督ご本人は今、『ガンダム Gのレコンギスタ』(以下『Gレコ』)を作られているんですけど。でも、富野由悠季がもしもう一度生まれ変わって、今のリアルタイムのクリエイターとして出てきたら、きっとこういうものを作っただろうという衝撃が、今回の『ハサウェイ』にはあって。
小形氏:
そうですね。
イシイ氏:
それで僕のような旧『ガンダム』原理主義ファンが、まず騒いでいるわけなんですよ。
そしてもう一点はオタクの本音として、「アニメファン以外にも薦められるアニメ作品が久しぶりに出てきた、しかも『ガンダム』で!」というところですね。
スタジオジブリ系統の作品ならまだしも『ガンダム』と名のつくもので、他人に「とにかく騙されたと思って観てよ」と言いたくなる作品が出てきた、という恐ろしさですよ。
小形氏:
ありがとうございます(笑)。
──すいません、「アニメファン以外にもお薦めできる『ガンダム』」という部分を、もう少し詳しく説明してもらえますか?
イシイ氏:
そこは単純に「映画として傑作だから観てくれ」ってことですね。たとえば『君の名は。』って、まず何より絵が綺麗だったでしょ。それでふだんアニメを見ない人も観に行ったわけで。
それと同じように今度の『ハサウェイ』は、「クリストファー・ノーラン並みにスゴイ映画だよ」「日本映画だけど、アニメでしかも『ガンダム』なんだけど、ノーランに勝負できている映像だよ」って、他人に薦めることのできる作品だと思ったんです。
だから、ふだんアニメを観たことのない人だとか、ディズニーアニメしか観ていないような人にも、「騙されたと思って『ハサウェイ』を観に行ったほうがいいよ」と言えるなと。
小形氏:
僕らとしても、今回は画面とか音響とかの面で、ふだん洋画を観ている人たちにもちゃんと見られるものになったと思っていて。だからそういうプロモーションを強めてくれって、宣伝サイドにもオーダーしたんです。
言ってしまうとノーランの映画って、特に『インセプション』や『テネット』なんかは観てもワケわかんないじゃないですか(笑)。でも映像がスゴイからとりあえず観ちゃう。
それと同じように、今回は「音がスゴイ」「映像がスゴイ」みたいな感覚で観てもらってもぜんぜんいいかなと思っていて。
それがきっかけになって観に来てもらった結果、たまたまロボットが出てきて、「あっ、これって『ガンダム』だったんだ」というぐらいに思ってくれても、ぜんぜん良い作りになっていると思っているんですね。
イシイ氏:
だから『ハサウェイ』は、とにかく映画館で観てほしいですね。それもなるべくなら、上映設備や音響の良い映画館で。
今後パッケージソフトや配信も出てくるだろうし、なんなら映画館でBlu-rayも売っているんですけど、でもこれは自宅の視聴環境が相当良くないと観れないですよね。それこそ、福井晴敏さん【※】の自宅だとか(笑)。
※福井晴敏
『亡国のイージス』『終戦のローレライ』などの作品で知られる小説家。富野由悠季監督のファンで、『∀ガンダム』のノベライズや『機動戦士ガンダムUC』の原作小説を手がけるなど、『ガンダム』との関わりも深い。また『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』のシリーズ構成・脚本も務めている。ちなみに福井氏はスペクタクル・アクション映画の愛好家で、自宅にホームシアターを完備している。
小形氏:
福井さんのところにはドルビーアトモス【※1】があるらしいので(笑)。
でも家庭用のドルビーアトモスってそんなに大変ではなくて、サウンドバーみたいな簡単な設備でも体感できるみたいで。今回はBlu-rayにドルビーアトモスの音声も入ってるんですよ。【※2】
※ドルビーアトモス
ドルビーラボラトリーズが映画館やホームシアター用に提供している音声フォーマット。従来のサラウンド音声が左右や前後といった平面的な音場だったのに対し、アトモスでは頭上方向や高さ方向の音情報が追加されており、立体的な音場を体感できる。
※2 現在販売中の『閃光のハサウェイ』Blu-ray通常版では、残念ながらドルビービジョンやHDRといった次世代映像規格には対応していない。最高画質で楽しみたい場合は劇場で見るか、Ultra HD Blu-ray版の販売を待とう。
イシイ氏:
そうなんですね。
小形氏:
なので天井とかにスピーカーがなくても、その設備さえあれば一応、自宅でも再現できるはずです。でもドルビーシネマ【※】とかで観てしまうと、さすがにそっちには敵わないと思います。
※ドルビーシネマ
従来のスクリーンよりも鮮明な色彩とコントラストを実現する「ドルビービジョン」、立体的な音場の「ドルビーアトモス」など、ドルビーラボラトリーズが提唱する規格に沿ってデザインされた、プレミアムな映画館。2021年現在、日本全国で7館が営業している。
イシイ氏:
そうですね。今回は音も映像もスゴイので。あの暗部は旧式の液晶テレビだとキツいだろうなって。やっぱり有機ELとか、昔のプラズマTVとかじゃないと(笑)。
小形氏:
有機ELや4Kテレビといった、HDRに対応している環境のほうが良いだろうなと思います。僕も今回、ドルビーシネマのテスト上映を観ていて、「これで100パーセントだな」と思うぐらい、ちょっと暗いところを攻めているんです。
制作の途中までは僕も本当に不安だったんです。じつは、いちばん暗いところは自分のパソコンの画面じゃ見えてなくて(笑)。
──そうなんですか!
小形氏:
Ξ(クスィー)もペーネロペーも見えなくて、これはヤバイなと思ったんですけど、編集の最終段階で、劇場と同じ設備で観て「あぁ、見える」と(笑)。今もあんまり見えてないと思うんですけど、あれでもすごく見えるほうなんですよ。
イシイ氏:
僕は、宇野常寛さん【※】の座談会に参加しなきゃいけなかったんですけど、時間がなかったので、宇野さんから関係者用のディスクをもらったんですね。
それで僕も観てみたんですけど、ぜんぜん見えなかった(笑)。それで対談の前に、なんとか時間を作って劇場で観てきました。
※宇野常寛
『ゼロ年代の想像力』『母性のディストピア』『遅いインターネット』などの著書で知られる批評家。
村瀬修功監督は、『F91』に対して「やり残した」という想いがあった
イシイ氏:
これは宇野常寛さんと話していて思ったんですけど、『ハサウェイ』の演出スタイルって、じつはいわゆる富野演出ではないじゃないですか。
小形氏:
そうです。
イシイ氏:
富野さんの演出の延長線上にはないんだけど、でもすごく富野節を感じる。それはなぜなんだろうと考えたら、富野さんの書かれた原作小説がある意味、めちゃくちゃ分厚い「トミノメモ」【※】だったんだろうなと。それを、現代に生まれた富野由悠季ならこう演出するだろう、みたいな。
※トミノメモ
ファースト『ガンダム』制作時に、富野監督が記した初期シナリオ案やモビルスーツのコンセプトに関するメモ。ファースト『ガンダム』は放映当時43話で打ち切りとなってしまったが、このメモには全52話としての構想が記されている。なお、このメモは『機動戦士ガンダム記録全集5』に収録されている
それを追求して作られたのが『ハサウェイ』なんだろうなと、僕は思ったんです。でもこれって、富野さんの後を追っかけていたディレクターだったら、ここにはたどり着かないはずなんです。この座組っていうのは、プロデューサー枠でしか作れないじゃんと。
小形さんはこれまで、『機動戦士ガンダムUC』『機動戦士ガンダム サンダーボルト』『機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)』』さらに『ガンダムビルド』シリーズと、『ガンダム』にいろいろと関わられていますよね。
でも僕は、小形さんは『ハサウェイ』が好きで、『ハサウェイ』のアニメを作るのが夢だ、という話を聞いていたので。だから今回の映画を観た瞬間に「これって、『富野由悠季を現代に再現する』という壮大な実験を、小形さんが時間をかけて準備して、ついにその入り口にたどり着いたんじゃないか」と想像したんです。なので今日は、その話を聞きたいと(笑)。
小形氏:
なるほど(笑)。あの……狙いとしては、けっこうそれに近いものがものすごくあって。まず、どこからお話ししましょうか。「『ハサウェイ』が富野さんを再現している」というところからいきましょうか。
今回キーになるのはやっぱり、村瀬修功さんというスゴいクリエイターがいたというのが、いちばん大きいと思います。彼はもともと、サンライズの中でも伝説的な人で。
画面の構成やビジュアルセンスは村瀬さんと、あとはpablo uchidaくんという、キャラクターデザインとかイメージボードとかを描いてもらった人の力によるところが大きいですね。ちなみにuchidaくんは、もともとセガの出身のデザイナーで。
イシイ氏:
あっ、やっぱりゲームのノウハウは入っていますよね。
小形氏:
村瀬さん自身も、坂口博信さんが作った『ファイナルファンタジー』のCG映画に参加していて、それでハワイに1年間行っているんです。あの映画と、先日アニメ化が発表された『ファイナルファンタジーIX』のキャラクターデザインに関わっていて。
村瀬さんはちょうど『新起動戦記ガンダムW』のキャラクターデザインをしているあたりでハワイに行って、そこでゲームのノウハウをけっこう学んだ部分があって。それもあって、uchidaくんとの組み合わせが非常に良かったんです。
──村瀬さんは演出家として活躍されるようになる以前は、アニメーターとして『鎧伝サムライトルーパー』や『ガンダムW』のキャラクターデザインを手がけて、当時の女性アニメファンから圧倒的に支持されていた方ですよね。
小形氏:
話がちょっと脇にそれるんですけど、僕はサンライズの野球部で、村瀬さんも野球仲間だったんです。で、たまたま村瀬さんの手が空きそうな気配があったので、『機動戦士ガンダムUC』の劇場発売版のBlu-rayのパッケージをお願いしたんです。
そうしたら安彦良和さん風のテイストで、しかも今っぽい感じのものをあげていただいて、この人ならもう絶対に間違いないなと思って。
その後に原画でも『UC』の最後、episode 7で『めぐりあい宇宙』の過去回想に入る部分があるじゃないですか。あそこは全部村瀬さんが手がけたカットなんですけど、あれも原画を描くだけじゃなくて、こちらにもらう時は撮影データになっている、みたいな状態で「この人ヤバいな」と(笑)。
──ということはアニメの絵を描くだけじゃなくて、撮影まで全部おひとりでやられているわけですか? それはスゴイですね。
小形氏:
そうなんです。なので、村瀬さんとはいつか、本格的にやりたいなという気持ちがすごくあったんです。でも村瀬さん自身は原作モノ、特にガンダムみたいに他の人の色がついたものって、あんまり興味を持っていない感じだったんです。
ただ、村瀬さんは昔、『機動戦士ガンダム F91』の冒頭シーンの作画を担当されていたことがあって。
イシイ氏:
あの冒頭のシーンですか。
小形氏:
クロスボーン・バンガードがコロニーに侵入してくるシーンとか、あとは中盤で月に向かって発進していくシーンですね。
村瀬さんはそのあたりの作監や原画を担当していて、そこで富野さんとの仕事は一回おしまいになっているんですけど。村瀬さんには、その時にやり残したという思いが、けっこうあるらしくて。
『F91』って今はすごく評価されていますけど、当時はスケジュール含めて厳しい制作だったようで。
──後に作画等を修正した『完全版』が作られていますよね。
小形氏:
なので、サンライズには『F91』に対してトラウマみたいなものがあって。僕がサンライズに入ったのは20年以上前ですけど、スケジュールの悪い話数になると「『F91』みたいになるぞ」という脅しが先輩から入るんです(笑)。
だから『F91』に携わっていた人たちにとっては、未だに上手くやりきれなかったという思いがあるみたいで。村瀬さんもたぶん心のどこかに引っかかっていて、富野さんの作品をもう一回やってみたいなという想いがあるな、ということに気づいたんです。
で、僕はずっと『ハサウェイ』をやりたいと思っていたので。『UC』『ナラティブ』とやって、「これでやっと『ハサウェイ』ができる!」という下地までは作ったんですが……これをやるにあたってはまず、「富野さん監督でやるかやらないか」の選択肢があったんです。
──えっ、「富野由悠季監督が自ら『ハサウェイ』を監督する」という選択肢もあったわけですか?
小形氏:
そうなんです(笑)。僕はサンライズに入った2年目から、富野さんの『ブレンパワード』『∀ガンダム』と制作進行をやって、『ブレンパワード』の時は富野さんが演出をやった回とかの進行もやらせてもらったりとかしていて。
その縁もあって、『Gレコ』を自分のプロデュースでやることになったんです。
富野さん自身としては、やっぱり『Gレコ』こそが今いちばん見せるべきものだと思っているんですよ。
僕らとしては『Gレコ』を作っていて、「これはもうちょっとこうしたほうがいいんじゃないかな」と思うところもあるんですけど、富野監督は全然先を行っていて、付いていくのがやっとなんです。僕が今年47歳で、富野さんは80歳じゃないですか。
つまり富野さんは僕らより30年先を生きているんです(笑)。
イシイ氏:
なるほど(笑)。ずっと追いつけない。
小形氏:
それで、富野さんは『Gレコ』のあと新作をもう3、4本やりたいと言っているんですね。
それをまた戻して、僕らが思うようなものを作ってもらうというのは、『劇場版 Zガンダム』というのもありましたけど、あんまり過去に戻ることはさせたくないし、やっぱり別のスタッフでやるべきだと。
そうしたら、ちょうど村瀬さんの手が空きそうな状態だったので、「これはもうお願いするしかない」と思って、『ハサウェイ』の監督をお願いしたんです。
村瀬さんとしてはさっきお話しした、以前に富野さんとやり残したという想いがあったのと、今までの『ガンダム』って群像劇じゃないですか、でも『ハサウェイ』はメインキャラクターがわずか3人まで絞り込んだ話になっていて。
村瀬さんはどちらかというとそちらのほうが得意な演出家で、しかも前にやっていた『虐殺器官』が、同じようなテーマを扱っていたので入りやすかった、という理由もありました。
村瀬さんにお願いした時点でフィルム方向性はほぼ決まってしまって、もっとアニメ的な手法もあるんですけど、今回はそれを全部やめて。カラーキーを使ってライティングにこだわって「キャラがより立体的に見える」だとか、「背景が海だったら実際の海がそこにあるように見える」ような、より実写的な方向になりました。
キャラクターデザインも、美樹本晴彦さんの小説原案を参考にしながらuchidaくんに、村瀬さんの考えるキャラクターデザインの方向に走らせてもらって。それでいろんなチームを作っていった、というのが『ハサウェイ』の始まりですね。
富野監督は、僕らよりも30年先を生きている
小形氏:
富野さんの再現性については、まずシナリオの段階で、村瀬さんと、脚本家のむとうやすゆきさんと、僕の3人で、富野さんの要素のうちどこを残してどうするのか、かなり議論を重ねました。
じつは、富野さんは原作を執筆するにあたって、どこにも行っていないんですよ。ダバオ(フィリピンの都市)にもオエンベリ(オーストラリアの都市)にも行かずに、富野さんは当時の観光ガイドなど文献だけで作っているんです。
物語が辿っている道筋自体はたぶん、太平洋戦争で旧日本軍が辿った道筋に沿っているんですが、観光ガイドを見ながら描かれたものなので、僕らが作るにあたっても、原作小説そのままのロケーションでいけるかなと。
あとはやっぱり、ちょうどその当時のイラン・イラク戦争などの世情を反映させた物語になっているのも大きいですよね。だからある意味で『ハサウェイ』の原作小説は、その後の世界情勢がどういう方向に進んでいくかを予見した上で書かれているんです。
イシイ氏:
今振り返ると驚きなんですが、『ハサウェイ』の原作って9.11が起こる前に書かれた小説なんですよね。
小形氏:
そうです。ぜんぜん前なんです。
イシイ氏:
なのに、リアリティが少しも古くなってなくて。逆に、現代社会のほうがまだ『ハサウェイ』のころから更新できていないと思えるぐらいに。
小形氏:
原作は約30年前に書かれた作品なので、じつは企画当初から「そんな古いものをどうするんだ」と言われたりもしていたんですが、全然そんなことはなくて。
「暴力の中心は戦争からテロリズムに変わっていく」というのを、富野さんはこの小説ですでに予言していたんです。
イシイ氏:
そこは本当にスゴイとしか言いようがないですよね。むしろ、30年前にここまで到達しちゃったら、もうその先はクリエイターとして行く場所がないよね、ぐらいの話ですよ。
だからその後の『F91』とか『Vガンダム』になると、社会としてはもう描くものがなくなって、近世のテーマにまで戻っちゃうじゃないですか。それは現在の社会の限界を近世に求めないといけないところまで富野さん自身が追い詰められたんだって、今回の『ハサウェイ』を観て改めて思いましたね。
じつは今、富野さんがこの当時に感じていた絶望を、今になって僕らが追体験しているんじゃないか、という感覚があるんです。
小形氏:
そうですね。
イシイ氏:
でもね、一方でプロデューサー陣の偉い人たちが、「そこが古い」っていうのも分かるんですよ。でもそこで小形さんは、これをやりきって「いや古くない」というのを証明したのがスゴイなと。
小形氏:
そこでさっきの話にも繋がるんですが、富野さんは今『Gレコ』を作っているじゃないですか。
あれはたぶん僕らが30年後に観たらめちゃめちゃ面白いと思うんですよ。『Gレコ』はもう完全におじいちゃんの視点から、孫たちに対して訴えかけている作品なんです。
だけど僕らはまだ、現世への欲もある。富野さんが『ハサウェイ』を書いたのはちょうど40代後半か50代ぐらいで。
『ハサウェイ』を読めば読むほど、今の富野さんとは違って、女性に対する欲とかもそうですけど、すごく若さが出ているというか。いい意味で人間の欲望が全面に出た小説になっているんですよね。
僕が富野さんと『ブレンパワード』で出会った時にはもう、それが若干薄れつつあって。ある意味、老生……と言ったら怒られますけど、熟成されたクリエイターとして、ものすごい手腕があるんだけど、その手腕がありすぎるがゆえに、僕らがついていけないみたいな存在になっていたんですよ。
たとえば、『ハサウェイ』にはイラン・イラク戦争とかの社会情勢を、けっこう分かりすく入れてあって。『Gレコ』にもそういったものをすべて包括させているんですけど、そのテクニックがスゴすぎるので、情報量が多すぎて、一回観ただけでは僕らには理解できなかったりするんです。
なのであと30年ぐらいを経て、自分の情報量を今の富野さんと同じぐらいに持って行けると、ようやく理解できるというところなんです。つまり、富野さんは常に「先を行っちゃってる人」なんですね。
イシイ氏:
たしかにそうですね。『Gレコ』って、富野さんは子ども向けと言っているけど、内容としてはおじいちゃん向けというか、賢者向けというか(笑)。
小形氏:
子どもは逆にそういうものを見た時に、直感的に理解をするというか、感覚で何か引っかかってくれればいい、という作り方になっているので、それはそれで正解だとは思うんです。
でも『ハサウェイ』を作る時はその方向性ではなくて、50歳の時の富野さんがこのフィルムを世に出したとしたら、どういう作りになるんだ?というところをやりたかったわけです。
富野さんが『F91』を作った時に、みんなが求めていたのは『逆シャア』の延長線上にあるものだったと思うんです。僕が『ハサウェイ』の原作小説を最初に読んだのは中学生の時だったんですけど、「『逆シャア』の続きがこれで分かる」と思ったら、ある意味違う方向でショックを受けたんですけど……(笑)。
みんなが求めていた富野さんらしさって、リアル……と一言で言ったらこれも富野さんに怒られるんですけど、『逆シャア』が持っていた大人な感じだとかカッコイイ部分だったじゃないですか。でも、『F91』ではそういう部分がちょっと違っていて。
だからそうじゃなくて、「本当はこっち側にいってほしいな」と思っていた方向性のフィルムにしたいな、という思いは確かにありました。
『ガンダム』全体としては、今はちょうど『ビルドリアル』だったり、レジェンダリー・ピクチャーズ【※】と一緒にハリウッドの実写作品もやっていて、これからグローバルに『ガンダム』を売っていこうとしているフェーズなんです。
日本ではありがたいことに、横浜で実物大の動くガンダムができたりして、『ガンダム』といえばある程度恥ずかしくないところまで来ましたけど、全世界的にはまだまだニッチな部分があるので。
今度は世界に向けてこれを見せた時に「『ガンダム』ってこんなに良いものなんだ」と思ってもらえるようなものにしたかった、という思いは確かにあります。
※レジェンダリー・ピクチャーズ
アメリカの映画制作会社で、これまでにクリストファー・ノーラン監督の「バットマン」三部作や『ハングオーバー!』シリーズ、『ジュラシック・ワールド』や『パシフィック・リム』など世界的大ヒット作を多数手がけている。2014年からは、東宝と提携してゴジラ、キングギドラ、キングコングといった人気怪獣が激闘を繰り広げる「モンスター・バース」のシリーズを展開している。
巨大なダバオ市街を再現して、その中でカメラを動かして映像を作っている
イシイ氏:
今回の映画が、レジェンダリーに対する牽制になったところもありますよね(笑)。
小形氏:
まぁ、それもあります(笑)。
イシイ氏:
だからね、僕は「小形さんは策士だな」と思ってるんです(笑)。
今度の『ハサウェイ』には、本当にいろんな意味があるんですよ。まず『ハサウェイ』はポスト富野由悠季的なもののゴールじゃなくて、ひとつの新しい入口みたいなものだと思っていて。
もうひとつは世界戦略的に「おいレジェンダリー、『ガンダム』をなめんなよ」という宣言ですよね(笑)。
今回の映画を観たらハリウッドの監督でも、「あぁ、アニメね」なんて思わない作りになっているわけですから。ヘタしたら作りでこれに負けますからね。
小形氏:
まぁたしかに「これだけやれるか、お前ら」って言えるぐらいの気概はあります(笑)。
イシイ氏:
本当に、その言葉を聞きたかったんですよ。いやぁ、嬉しいなぁ(笑)。
小形氏:
そこにはやっぱり、村瀬さんの才能というものがありまして。一緒にやってみて思いましたけど、村瀬さんのやろうとしているものって、もう日本のアニメの枠には収まっていない。本当は、もっとグローバルに出ていったほうがいい才能なんです。
そういう人がちょうど、富野さんの作品を一回自分の手でやってみたかった、以前はやり残したという思いがあって、機会にも恵まれた。これはチャンスだということで、こういう作品になった。そこでいろんなタイミングが合った、という形ですね。
イシイ氏:
『ハサウェイ』の映像には本当にビックリしましたよ。アニメにおいて、普通は「照明」という言葉はあまり使わないと思うんですけど、これに関しては「照明がスゴイ」という言い方になってしまう。
小形氏:
そうですね、ライティングの使い方については村瀬さんのセンスがほんとによく出ている部分だと思います。
イシイ氏:
特に木漏れ日みたいな光をキャラに投げかけるような表現って、普通のアニメでは「こんなのできないよ!」って言われるじゃないですか。新海誠さんの作品を観た時に、そういう独特な光の使い方がバンバン使われていて。しかも、そのライティングは新海さんが自分で全部やっていたらしくて。
あれもスゴイと思ったんですけど、今回みたいな画面作りも、これは村瀬さんにしかできないものなんですか?
小形氏:
そうですね、背景さんにはご迷惑おかけしましたが、カラーキーと撮影ボードで村瀬さんがコントロールした形です。
イシイ氏:
そういう作り方じゃないと、あれはできないですよね。
あと画面の話で言うと、舞台になっているフィリピンのダバオ市街の描写もスゴイですよね。僕には実写でロケしている『007』の映画とかよりも、今回の映画のほうが「その場に行った感」があったんですよ。
小形氏:
まぁ実際、僕と村瀬さんで現地に行きましたからね(笑)。
イシイ氏:
でも現地ロケ自体は、『007』みたいな実写映画でもやるじゃないですか。「なんでこのアニメのほうが、行った感があるんだろう」と考えたんですけど、それはやっぱり、モビルスーツが画面に入ってるからだと思うんですよ。
つまりね、20メートルぐらいの大きさのモビルスーツが出てくることによって、画面に引きの絵が入るんです。
人間の目線であまり寄りすぎると、ドキュメンタリーを見ているような画角になっちゃうんですけど、でも人間の目って本当は、もっと広角に見えてるじゃないですか。目の前の人ばっかり見ていないで、周りの風景も一緒に見ているんです。
この映画は途中でモビルスーツ戦が入ることによって、モビルスーツの全身が収まる引きの絵、つまり風景サイズの絵が多いんですよ。
さらに言うと、「人間って自分が思っているよりも、俯瞰視点で想像しているな」と思ったんです。自分の目線で見ているんだけど、じつは頭の中で周囲の世界をシミュレーションして、俯瞰で眺めている。
もしかしたら自分がそういう脳の人間だからなのかもしれないけど、この映画にはそういう感覚がすごくあって。だからたとえば『007』やマーベルの映画みたいなものよりもものすごく「その場に行った感」があって、アニメが実写を超える可能性を感じました。
小形氏:
村瀬さんが考えている絵作りは「今回は最初から広い絵でいきたい」というものでした。僕としてもそれはぜひやってもらいたかったので、それで村瀬さんと一緒にダバオまで行って、写真を撮ってきたんですね。
村瀬さんって基本的に、街を作っていくんですよ。自分で撮ってきた写真もGoogle Mapも活かしながら、ダバオの街を再現していく。だからダバオの植物園とか、街並みの再現性はかなり高いんです。
ただこれって、今から何百年後かのダバオの話なので、今とまったく同じではないわけです。そこで、村瀬さんは「未来のダバオ市街」を作っちゃったんですよね。たとえば空襲のパートでは、ロンドン近郊の街並みをそのまま移植してきたり。今回はそのでっかい空間の中にカメラを配置していって撮影するイメージです。
イシイ氏:
それは本当に、アニメの可能性を広げているなと思います。もちろん実写の映画でも、後からCGで消したり描いたりするのはやってますけど。でも結局、人の見た目の記憶に近いものって、絵のほうが強いじゃないですか。
たとえば宮崎駿さんの絵なんて、レンズ的にはおかしいことをしているんだけど、人の記憶の中にある映像と近い絵を描いちゃうから、頭の中にすんなり入ってくるというか、その場にいるように思うじゃないですか。今度の『ハサウェイ』はCGを加えながら、それに近いところに行き着いているんだという、恐怖感があって。
小形氏:
おっしゃるとおりで、村瀬さんが現地に行って、いちばん気にして見ていたのはそこですね。「ダバオ市街にいる時は、山が奥に見えるはずなんだけど、その山の稜線はどのぐらいの高さで目線に入ってくるのか」とか、そういうことをすごく気にしていましたね。
イシイ氏:
ヤバイなぁ、天才が来た(笑)。
今回の映画に可能性を感じるのは、もちろん村瀬さんと『ガンダム』が組み合わさったという点もそうですが、その一方でちゃんと作家性のある作品になっているところですよね。
もちろん『UC』とか『ナラティブ』も作家性が出ている作品なんですけど、どちらかというと『ガンダム』のほうが強くて。
小形氏:
そうですね。
イシイ氏:
村瀬さんの映像表現って、いわば「新海誠さんの映像表現で『ガンダム』をやった」ぐらいの映像インパクトがあるんです。それだけ外に広がるスゴさを持っているというか。