ゲームのタイトルに関しては、自分が「良い」と思うかどうかで決定する
──「軌跡」シリーズはどれも“○の軌跡”という形式になっていますが、タイトルを最終的に決定するのは誰なのでしょうか?
近藤氏:
最終的に決めるのは自分ですね。案自体は社内で出してもらう場合もありますし、シナリオライターに出してもらうこともありますし、会長の加藤が出す場合もありますし。そのときそのときで案の中から2〜3個に絞って、いろいろ屁理屈をつけるんですよ。「だからこれでいきます」という。
『空の軌跡』という名前をつけたときは、その段階ではぜんぜん空を飛ばないゲームだったんです(笑)。でもタイトルを決めることで、みんなの意識がだんだんそっちに寄っていく。そこから「飛行船をもっとクローズアップした世界観にしよう」というのが出てきて。
──決まるのにいちばん時間がかかったタイトルは?
近藤氏:
『碧の軌跡』かな。開発側はゲームの内容に沿ったタイトルを主張して、『碧の軌跡』の案を出した人間は「こういうイメージで商品をまとめたい」という主張で。そこでなかなか折り合いがつかなかったというのが、ひとつの原因ですね。
──ゲームの内容に沿ったタイトルというのは、どんなものだったんですか?
近藤氏:
最初のころはそれこそ“零の軌跡2”というのもありましたけど、“無限の軌跡”、“終(つい)の軌跡”とかだったような。あまり思い出したくないですけど……。なにしろ発表ギリギリまで揉めて、ロゴを作るデザイナーが待っているんですから(笑)。いろいろ揉めたあげくに『碧の軌跡』に落ち着いて、あれはあれで良かったねと。
ゲームを作る側はタイトルと内容をちょっとでも関連づけたいし、それに沿ったものにしたいと考えるので。ただ、たとえ内容に沿っていたとしても、心に残らないタイトルはつけたくないというのが、ファルコムのルールなので。そこのせめぎ合いですね。
逆に一発で決まったのは『創の軌跡』と『零の軌跡』ですね。『零の軌跡』は「ズルい」と言われました(笑)。文句のつけようがないので。
──『創の軌跡』は他とパターンが違うので難航したのかなと思っていたのですが、意外でした。
近藤氏:
ゲーム自体もやや異色な作品だったので、いままでのルールを踏み外してもいいのかなと。あとは単純に漢字の綺麗さというか、ロゴにしたときのイメージが明確だったので。漢字の読みが「はじまり」と「はじめ」で揉めたんですが、「はじまり」のほうが良いよねということで。
──ファルコムさんでは、そうしたときにマーケティングの話をするんですか?
近藤氏:
ゲームのタイトルに関しては、はっきり言って、良いか悪いかで決めています。それがある意味、マーケティングになっていると思うんですよ。僕らのユーザーさんは「ファルコムのタイトルはほかとは違うんだ」と思っていてくださる方たちで、そこに応えるようなタイトルじゃなきゃいけないし。あとは一般の人たちに、少しでも手に取ってもらいたいという気持ちがあるので、単純にタイトルとして、少なくとも自分たちが良いと思えないものは、他の人も良いと思ってはもらえないだろうと。そういうところでタイトルにこだわるというのはあると思います。
──その場合の「良い」というのは、何をもって良いと判断されるのですか?
近藤氏:
感覚はもちろんあるんですけど、一回自分の主観を取り払って、良いか悪いか考えて、時間を置いてもう一回考えてみたり。あとはそういうことに嗅覚のあるスタッフに意見を聞いてみたり。その場でパッと見せて「はい、良いか悪いか」って聞いてみたり。そこですぐ応えがあるのが重要で、しばらく悩んでから「良いと思います」と忖度するように言うものはダメなんです。
あとは見せたときに、その場にいる人がシーンとなるものはダメで、盛り上がるものが良いんです。『東亰ザナドゥ』ってタイトルを社内でパッと見せたときは、すごく盛り上がったんですよ。それはメディアの方も同じで、タイトルだけでけっこうピンと来るものがあったみたいで。それはやっぱり良いタイトルですよね。
「お父さんがプレイしていたゲーム」が、新たなファンに受け継がれていく
──ちなみに、シリーズ第1作目の『空の軌跡』のコンソール版はPSPやPS3がメインで、現行機種がありませんが、リメイクなどは考えられているのですか?
近藤氏:
すごくやりたいんですけどね。ただ、新作でやりたいこともたくさんあって、「軌跡」シリーズの今後を考えると、いまの人数、いまの態勢では難しい。何か大きな一手を打たないと、ちょっと実現しないかなとは思っています。
初代が17年前のゲームなので、手に取りにくいというのがありますし。あとは「リメイクをしてほしい」と海外の方から言われることが多くて。日本の方は『閃の軌跡』以降のイメージが強い方が多いと思うんですが、海外ではいまだに『空の軌跡』の人気が高くて。
じつは『空の軌跡』に関しては、コンソールで海外展開する前に、PCパッケージ版で中国などに展開していたんです。実際、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)さんがPS Vita版『空の軌跡 FC Evolution』を中国でローカライズしたら、現地の方はすでに『空の軌跡』を知っていたのでマーケティングしやすかった、という話も聞いています。
だからいま、中国の若い方が「軌跡」シリーズを遊んでいると「昔、お父さんがプレイしたゲームだぞ」みたいに言われることもあるらしいんですよ。そんなふうに世代間で評判が引き継がれているというのもあるかもしれないですね。日本でもファルコムのゲームって、「お兄ちゃんがプレイしていた」、「お父さんがプレイしていた」というのがきっかけで、遊び始める方も多いので。
──そういう形での、プレイヤーの世代交代も多いのですか?
近藤氏:
それがマスではないと思いますけど、もしかしたらそのパターンが、ほかのタイトルよりは強いかもしれないですね。お父さんが、大人になってもずっと遊んでくれているんですよ。
僕が「ファルコムに入りたい」と初めて言ったのは高校生のときですけど、そのときに横にいて「お前が入れるわけないだろ」と言った友人は、いまでも僕が作ったゲームを遊び続けてくれているので(笑)。さっきお話したウチの次男の友人が『イース』を大好きなんですけど、お父さんが遊んでいるのを見てやってくれていると言っていましたし。リピーターがもともと多いメーカーだとは思うんですけど、それがさらにそういうつながり方をしてくれているんですよね。
──先ほど海外のファンの方の話題が出ましたが、海外のファンの反応は、日本のファンとはまた違うのでしょうか?
近藤氏:
僕もそんなふうに思っていたんですよ。たとえば欧米のファンの方なら、向こうのゲームとはシステムがちょっと違うので、そういうところに着眼して「好き」と言ってもらっているのかな、とか。ところが実際に会ってみると、ほぼ日本の方と同じ反応なんですね。「キャラが良い」、「ストーリーが良い」といった感じで。
僕らのゲームには、日本のユーザーさんにすぐにネタにされてしまうところがあるんです。たとえば主人公がすぐに女の子の頭をなでるとか。でも欧米のファンの方が、5人ぐらいでリィンのコスプレをして女の子の頭をなでたりして(笑)。そこも含めてポジティブに楽しんでくれていますね。中国のイベントでも、クロウのコスプレをした女性が日本語で書いた手紙を朗読してくれたりして、海外のファンの方の熱量は総じてすごく高いですね。
それと、イギリスのファンの方に音楽を褒められたのは、非常にうれしかったです。ウチの音楽はUKロックの影響を受けているので、本場の方が「あの曲は良かったです」と言ってきてくださると、やっぱりうれしいですね。
──今度は日本のファンについてお聞きしますが、いまの日本ファルコムのファン層は、どういう構成になっているのですか?
近藤氏:
『イース』と「軌跡」シリーズとでは、やっぱり温度差があるような気がします。『イース』はやっぱりゲームそのものを好きな人が多いですね。
──『イース』のファン層は、途中で変化しているのですか?
近藤氏:
2016年に発売された『イースVIII -Lacrimosa of DANA-』でちょっと変わりましたね。「初めて遊んだのは『イースVIII』です」という回答が、アンケートでも多く出ていたように思います。ナンバリングとしては7年ぶりに出したタイトルなんですけど、「こんなにおもしろいゲームがあったんだ」という反応があって。一方でオールドユーザーの方たちも「ひさしぶりにファルコムらしいゲームを出してくれた」とよろこんでくれたんです。実際、ファルコムらしさをものすごく意識した内容だったので。ゲームシステムなんか、カギを集めて次の扉を開くっていう、本当に昔のゲームみたいな感じなので。
ユーザーさんの年代は、いまはまた10代が減っているかもしれないですけど、20代ぐらいから、上は50代ぐらいまで。その中で、硬派な人たちと「軌跡」が好きな人たちで二極化しているとは思います。そして男性比率が高い。ユーザーの比率としては男性が8割ぐらいだと思うんですけど、イベントの参加者は女性の比率が3〜4割ぐらいまで増えますね。
──それでも女性ファンの比率としては少ないほうですよね。男女のユーザーが半々ぐらいのゲームでも、イベントの会場は8〜9割が女性ファンで埋まったりするんですが。
近藤氏:
以前に『閃の軌跡』のミュージカルをやっていただいたんですけど、そのときに先方の会社さんから「こんなに男性客の多い2.5次元ミュージカルは初めてだ」と言われましたから(笑)。それも僕らの課題なんですけどね。
──でも、男性ファンがそこまで根強くいるということは、それだけゲームとして支持されているということなんでしょうね。とくにオールドファンは、日本ファルコムというブランドに対する信頼感というか、安心感があると思います。
近藤氏:
それはうれしいことだと思っていて。ユーザーアンケートの購入理由の1番目か2番目に「ファルコムだから買う」というのが来るんですよね。その信頼を裏切ることはできないなと思いますし、でもそうは言っても僕らもはっちゃけたいという気持ちもあるし(笑)。そこはせめぎ合いで、そういうところから『東亰ザナドゥ』みたいなタイトルも出てくるんですけど。
──でもシリーズという意味では、いまのファンの期待に応えるというのもありつつ、さらにその次に向けて一歩踏み出すというのも、IPとして続いていく際には必要だと思うんです。いますぐどうというものではないかもしれませんが、そういった「軌跡」シリーズの将来に向けての構想みたいなものはあるのでしょうか?
近藤氏:
いま作っているものがやっぱり、何らかの形で今後の足がかりになっていくと思うんですよ。「軌跡」シリーズももとを辿れば『ドラゴンスレイヤー』シリーズなんです。『ドラゴンスレイヤー』シリーズの6作目が『ドラゴンスレイヤー英雄伝説』で、『英雄伝説VI』が『空の軌跡』ですから。
新しいゲームを作っていくときに、何かしら足がかりになるというのは、まったくのゼロから始めるよりも、かなりのアドバンテージなんです。アクションRPGだった『ドラゴンスレイヤー』シリーズの中で、当時かなりストーリーに振った『ドラゴンスレイヤー英雄伝説』が出てきて。その3作目でまたテイストが変わるんですね。オーソドックスなRPGで快適な遊びやすさを追求したのが『ドラゴンスレイヤー英雄伝説I・II』だったんですが、そこからものすごいテキスト量に振ったのが「ガガーブトリロジー」で。この三部作のさらにその上に「軌跡」シリーズがあって、いままたそれが10作以上続いている。
だから今後、「軌跡」シリーズで培ったことをまた別の何かに発展させていくというのが、僕らはどうも好きみたいですよね。
『黎の軌跡』はコマンドバトルがアクションのようにサクサク進む、テンポの良さを目指した
──そういった意味では、最新作の『黎の軌跡』はどういうコンセプトなのでしょうか?
近藤氏:
『黎の軌跡』もストーリーを大事にするという「軌跡」シリーズの特徴を受け継いでいるんですけど、その一方で『空の軌跡』から17年も経っているので、ゲームシステム面を一度、全面的にオーバーホールしようと。それによってプレイアビリティを高めて、コマンドバトルそのものを再構築したい。そういうところで始めたのが『黎の軌跡』です。だから戦闘システム周りは、これまでの「軌跡」シリーズを遊んでいた方だと、ビックリされるかもしれませんね。
従来の「軌跡」の戦闘は、見ているだけの時間が長かったんですよ。コマンドを押すとキャラクターが歩いていって敵を攻撃して、みたいな。そういう待ち時間がほとんどなくて。ゲームが止まるとしたら、ユーザー側がどうしようと思って止まったときにしか止まらない。それぐらい操作周りやUI、ゲームシステムを大きく見直しているんです。それはやっぱり「軌跡」シリーズをまだ続けたいからこそ、変わらないとダメだよねというところから出てきた発想なんです。
──アクションにするわけではないけれど、リアルタイム性がある感じですか?
近藤氏:
リアルタイム性はあります。リアルタイムの移動と、コマンドバトルがシームレスに移行できるんですよ。リザルトもファンファーレが鳴って表示されるのではなくて、画面の横にババババッと表示されたり、レベルアップもジャキーン! と表示されるのでテンポが速くて。コマンドバトルなのにアクションゲームみたいなペースで進むんです。
ひと通り操作を覚えたころには、フィールド上のバトルとコマンドバトルをサクサクと切り替えながら進めるようになるので、動きが途切れないんです。動きが途切れることなく操作できるようになって、「オレ、スゴくない!?」みたいな感じで、優越感に浸れるんですよね。
戦闘を簡単にするんじゃなくてレスポンスを最大限上げて、マシンスペック的にもこれ以上は上がらないよ、というところまで良くしたのが『黎の軌跡』です。それに加えて、ちょっとしたアクションとの合わせ技が、新鮮に受け取ってもらえるんじゃないかと思っています。
──コマンド式のRPGで、ここまでテンポ感を重視するというのも、なかなか珍しいというか。
近藤氏:
ユーザーの方から「テンポが悪いのが「軌跡」の最大の欠点」と言われてきたので、今回は逆に、テンポの良さをいちばんの武器にしたいなという気持ちがありまして。
──移動時のフィールド上のバトルとコマンドバトルで、ある意味、2種類のバトルを用意しているのと同じですよね。それは開発の手間が2倍にはならないのですか?
近藤氏:
2倍ではないですけど、苦労はしていますね。少なくとも1.5〜1.6倍はありそうです。移動時のフィールド上のバトルとコマンドバトルで、それぞれ別々に難易度を設定できたりもするので。実際のところ、「ゲームを2本作るつもりなのか」といった反対意見もありました。でも、こうしてまとまってみると、新しいし手応えもあるのでいいんじゃない、と思っています。
──今回のその戦闘のシステムは、社内から出てきたアイデアなんですか?
近藤氏:
そうですね。わりと最近入社したスタッフから出てきたアイデアではあったんですけど。たしかにオリジナルの「軌跡」スタッフでは考えつかなかったね、というものにはなっています。ユーザーさんも「あれ?」って思うんじゃないかなと。
──現在、コンソールゲームが全体としてはどんどんとアクションに寄っていっている中で、「コマンド式RPGを遊ぶことの良さとか楽しさって何だろう?」と思うんです。その答えのひとつとしては先ほど言われたように、街の人のセリフがどんどん変わっていって、メインのストーリーだけではなくて世界全体から物語が見えてくる、みたいなところがあると思うんですけど。
近藤氏:
物語を語るゲームシステムとしては、僕はRPGが好きなんですよ。アクションで物語を語るのは、たとえば『イース』に「軌跡」シリーズのストーリーを積んだとしたら、それはシンドイと思うんです。アクションがあれだけサクサク進んで、その後にイベントを30分見るとなると、それはさすがにね、と。
さきほどユーザーさんも『イース』と「軌跡」では温度差があるという話をしたんですけど、それは硬派であるとか軟派であるとかいった話だけでもなくて、「軌跡」シリーズの場合は「物語をゆっくり楽しみたいからアクションはちょっと……」という方も多いんです。だから「「軌跡」をアクションにしよう」という話は何度もあったんですけど。もしそうだとしてもセミアクションぐらいがいいんじゃないか、という答えになったのが、今回の『黎の軌跡』なんですね。
──アクションとコマンドバトルで、それぞれの欠点はなんだと思います?
近藤氏:
アクションはやっぱり、苦手な人が遊べないことですね。アクションが本当に苦手な人って、十字キーとAボタンを同時に押せなくて、斜めにジャンプできないんですよ。「軌跡」を好きな人たちの中にはそういう人もいて、その人たちは『イース』を遊べないんです。「軌跡」シリーズと『イース』が混ざる必要はないし、だから僕は最初、「軌跡」でアクションをやらせるのは反対だったんです。
一方でコマンド式のRPGはしばらくのあいだ、世界的に進化が止まっていましたよね。でもそれが一巡して、外国の方がインディーでRPGらしいRPGを作り始めて、いまはまた動き始めたような気がするんです。いったん進化の止まっていたRPGのコマンドバトルが、再進化していくタイミングが来ているような気がしていて。
とにかくいまは、『黎の軌跡』の戦闘がみなさんにどのように受け取ってもらえるのか、すごく楽しみなんです。これは「軌跡」シリーズを17年続けてきて、「戦闘ダルいよ」と言われていたことへの答えにもなっていると思いますので。