会社の真ん中にいるのは社長でも編集長でも編集者でもなく作家
──ここで少しお話を戻したいのですが、最近では講談社さんもゲームクリエイターに対するアプローチをされているではないですか。その関係者さんの話を聞いてみますと、少なくともゲーム会社とは違うという思想でやられていまして、「集英社さんもやっぱりそうなのだろうか?」というのが気になるポイントとしてあるんです。
高橋さんも「我々がやるからにはちょっと変わるかも?」とお話されていましたが、端的にゲーム会社さんとの考え方の違いみたいなことって何があるのか、ぜひお聞きしておきたいと思うのですが。
高橋氏:
そうですねぇ……でも悲しいかな、僕は集英社しか知らないんですよね。バンダイナムコさんあたりに3~4年居れば、違いも語れると思うのですが、難しいです。
ただ、逆に言うと集英社しか知らないからこそ、結果的に森や山本さん、そしてクリエイターさんにもその出版社としての文脈でいろいろなことを伝えられると思うんですよ。僕の経験が発言になって、それが影響を与えていくという感じですね。
──逆に森さんと山本さんの視点で、高橋さんとの会話のエピソードと言いますか、「あ、こんな考え方なんだ」「ここやらせてもらえるんだ」というようなお話ってありますか。
森氏:
僕から先にお話ししますと、高橋は基本的に任せてくれるマネージャーですので、あまりとやかくは言わないですね。それは現場としても、立ち上げるミッションの中でもありがたいです。
まあ、細かい部分ではアドバイスを貰ったりします。「こういうのを考えているんですが」と言ったら、「いや、それはちょっとセンスがない」と返されたりはしますね。ただ概ね認めてくれます。
7年間、マンガ関連の仕事をしてきて思うのは、高橋というよりは集英社マンガビジネスの文化として、ボトムアップの組織だなというのはすごく感じますね。加えて、「この会社の真ん中にいるのは誰なのか?」というところで、それは社長でも編集長でも編集者でもなく、作家さんなんですよ。
案件を進めていく時にも一番最初の基軸には必ず作家さんがいる。ですので、本当に作家さん、僕らの視点で言うとクリエイターさんを大事にする会社だというのは感じます。
「作家さんが中心」というのはすごくいい組織だと思っていますし、今回の新会社もそうありたいと思っています。
他のゲーム会社さんがクリエイターを大事にしないということではないのですが、企画とかマネタイズからゲームが生み出されるのではなく、作家からゲームが生み出されるという考え方はもしかしたら差別化できる部分なのかもしれない、と思っています。
──山本さんはどうですか?
山本氏:
具体的な新規案件を立ち上げていくのはこれからになりますから、今現在ですと具体的なエピソードとかはないですね。ただ、集英社ゲームズを立ち上げる話を森さんから聞いた時からずっとお伝えしているのですが、僕自身、長らくゲーム業界側から集英社さんの動きを一読者として見てきて、かねてから興味のあることがあったんです。
「なぜ漫画の世界ってあれだけコンスタントに新しい才能、作品が生み出されるのだろう?」と。
ゲームに比べて弾数が打てる優位性、週次で内容を磨けるメディア特性は当然あると思うんですが、それにしても何でこんなにも話題作や人を夢中にさせる作品が数多く出てくるのか、ゲーム業界側から見てすごく気になっていました。
ゲームの場合、たとえば週刊で出していくというのはほぼ不可能だと思うんですね。スマホのゲームだと朝令暮改というかその日のプレイデータを分析し、翌日にチューニングを反映させる運営型のスタイルがありますけど、コンシューマーだとそれはなかなか難しい。なので、核となる才能やアイデア、玉石混交の中から玉を見出す手腕の部分、スピード感では、ゲーム業界は勝てないなと思っていたところがあったんです。
それで今回の話をいただいた時、集英社さんがゲーム事業を立ち上げるというなら、編集者という存在の役割であるとか、その方たちが持っているメソッドをゲーム制作に活用しない手はない、というのは森さんにずっとお話してきているんです。
ゲーム制作は回転数だと漫画には当然勝てないでしょうけど、お金と時間がかかる分、例えば3年間に数十億かけて1本作るプロジェクトマネジメントや制作チームの作り方みたいな所は長けていると思うんです。なので、僕らのようなゲーム業界歴が長い人と、集英社さんの強みである編集者のマインド、メソッドみたいなところが噛み合えばきっと、他のゲーム会社さんに無い着眼点だったり、コンテンツの磨き方というのができるはずだろうというのは予感としてはすごいあるんですね。
今回で言えば、高橋さんからアドバイスをいただいた時、どんな意見が返ってくるのかとか、現場でもゲーム編集者……という言葉があるかは分かりませんが、これまで漫画の編集でバリバリやってこられた方が、ゲームのプロデューサーとひとつのタイトルをツーマンセルで取り組むことで、今まで見たことないようなゲームができるのではという期待ですね。
文化の違いもあることから大変なことも多いと思いますが、二人三脚で取り組んでいくのが今、すごく楽しみにしている部分です。
──漫画でも小説でも、編集者って、基本的には抱えている作家さんがいらっしゃって、彼らにどんな仕事をしてもらおう、どう伸ばしていこうと動かれると思うんですよ。
現状、出版社の編集は基本的に漫画なら漫画をどう描いてもらうかに注力するわけですが、これから漫画や雑誌以外の媒体、たとえばスマホや動画、まさにゲームのように、「才能のアウトプット先」が増えていった時に、一緒にやっている作家さんの才能というものをどうアウトプットさせていくのか?って、凄く問われるようになっていくように思うんです。
集英社ゲームズが、ゆくゆくはそういった視点をもった組織になっていくのかどうか。その点は多くの人が興味を持つポイントだと思うんです。
森氏:
それについては実のところ事例がありまして……まさに山本さんと今、一緒に進めている案件を編集者出身の社員に手伝ってもらっているんですね。フルコミットではないので、タイミングに応じて人を増やしていければと思っているのですが。そこですごく面白い会話が生まれたんです。
ゲームのイントロの部分、キャラクターをどう見せていくのかというストーリーのやり取りで「こういう感じの設計を考えています」という仕様をゲームクリエイターさん側が出した時、うちの編集者と「漫画だとこのぐらいのページ数で、こういう印象を持ってもらわないと読者が付いてこないから、最低限こういう情報は提示した方がいいと思います」みたいな会話が発生したんです。
それを聞いて「あ、漫画はやっぱりそうやっているのか」とゲームクリエイター側が感じてくれまして。その後にも「こういう仕様で見せたらどうでしょう」と出されたら、「それは面白いですけど、そうするとこのキャラクターって結局何を実現したいんでしょう?」という流れでかなり盛り上がったんです。
その一連の流れを僕が横で聞いていて思ったのが、「編集者というのはクリエイターの持っているものを引き出しながら整理整頓してくれる役割を担った存在なのだな」と。ゲームクリエイターとも相性がいいんだなと思いました。
あとは緩衝材ですね。漫画家さんをアサインするプロジェクトもあるんですが、そうするとゲームクリエイターさん側は自分のゲームに対する思いもありますので、けっこうバチバチの意見のぶつかり合いにもなるんです。
そういう時に間に入って「まあまあ」と仲裁してくれるという、緩衝材としての役割もあるんだなと。編集者からすれば漫画でもそういうのは日常的で、原作者さんと作画さんの緩衝材になることが多々ありますから、そういうのがゲームの制作に活かせそうというのは面白いなと思っています。
『ジャンプ』のようにどんどん球を打てるのはゲーム制作においても強いはず
──編集者のことで、高橋さんにぜひお聞きしたいのですが、たとえばまだアニメとの連動が普通じゃなかった時代の漫画編集者なら、基本的には漫画を作ることだけに集中していたわけじゃないですか。しかし、最近は映像化を当然見越しますし、その後の展開、最近ならネットでどう話題にするかも編集者の方が考えることが当たり前になってきている。
昔は考えなかったことが、今では考えることになったように、それがさらにデジタル化により、ゲームや他の展開も見据えなければならない──というのは社内的にも浸透し始めているのでしょうか。
高橋氏:
ありますよ。特に『少年ジャンプ』は連載されている作品の中でもかなりの数がアニメ化されるのですが、そうなれば自動的にその漫画を担当していない編集者もその状況を見ることになるわけです。
そうなると、編集部全体がメディア展開、アニメやゲーム化を意識せざるを得なくなってくるんです。外の会社さんとのやり取りも生まれて、現場の担当者に限らず副編集長以上の管理職もその会社と付き合わなくてはならなくなりますし、向こうの考えも理解する必要が生まれてきます。
漫画で当たり、アニメで当たり、ゲームで当たれば関係者みんながWin-Winですから、それを目指して作品を作っていくことになっちゃうんでしょうね。私はジャンプから離れて結構たつので、現場の編集者の感覚とは若干異なるかもしれませんが。
また、名物編集長だった鳥嶋和彦さんがよく仰られていたのですけど、「漫画編集者は総合プロデューサーだ」と。その言葉が徐々に影響を及ぼしていった……もちろんそれだけではないですけど、環境がそうなりつつあるんですね。
──漫画ではない話だと、KADOKAWAは、ライトノベルからの映像化というのを大きな流れとして作りましたよね。電撃文庫などの立ち上げ初期の背景を聞くと、編集者に5ヵ年計画とか10ヵ年計画みたいなことを考えさせるよう意識させていったという話が出てくるんですね。
たとえば3年で10万部を超え、アニメ化の企画が動き始め、5年目にアニメが放送され、ちょうどその頃に累計100万部を突破しているという、ある種の事業計画みたいなものです。
そういうコンテンツを作る云々という視点だけに限らない、プロデュースの視点というのは少なくとも当時のKADOKAWAや電撃文庫がやっていたんだなと僕自身、話を聞いてなるほどなと思ったことがあったんです。
集英社さんというか、ジャンプに関しても現場の編集者の方とも何人かお会いしたことがあるのですが、漫画原理主義者と言いますか(笑)。「面白いのが絶対でしょ」みたいなところがあって、そのバランスだったり価値観はどういうことなのだろうなというのがすごく不思議に感じているんですよね。
高橋氏:
さっき森が漫画編集者が云々と言っていましたが、人によってえらく違うんです。ほとんど内容に関して喋らない、作家さんに任せている編集者もいますし。細かい表現までチェックする編集者もいます。いろいろなスタンスがあっても結果的にそれでヒットすればそれはそれでいいわけですよ。
ほとんど打ち合わせしてませんが「100万部売れました」でもいいわけじゃないですか。「うるさく言って100万部」よりも、コスト的にはずっといいですよね(笑)。
一同:
(爆笑)。
高橋氏:
性格にも寄ります。僕は喋り型で、「あーでもない」「こーでもない」と言うタイプなんですよ。逆に言わない人は本当に言わなくて。会社からはヒット漫画を求められていますから、どちらのやり方でも良い作品になればいいわけですよ。
強引にゲームの話に戻しますが(笑)、ゲームも同じかと思うんです。ゲームのクリエイターさんでうるさく言ってほしい人、構ってほしい人、そうじゃない人ってやっぱりそれぞれいると思うんですよ。
とはいえ、ゲームの場合ちょっと違うのはひとりのクリエイターで全てやるのは大変なので、まさにさっき話に出てきましたけど、調整役が必要というのはあると思いますね。
山本氏:
今、お話を伺っていて思ったのですが、ゲームの現場だと逆にゲーム原理主義なプロデューサーが少なくなってしまった感じがあるんですよね。制作の規模が大きくなったのもあって、どう完成させるかという、プロジェクトマネジメントの視点でのスキルを持ったプロデューサーが大半を占めるようになっている印象で。
なぜこのゲームを世の中に投入したいのか、遊んだ人にどんな感情を与えたいのか、クリエイティブの視点を一番大事にするプロデューサーは、絶滅危惧種になっているのかもしれないです。
自戒も込めての話ですが……もう、どちらかというと計画が破綻しないよう、ゴールまで持っていく人がプロデューサーとして重宝されているような、そんな空気が強くなっている印象です。
──けど、端から見ていても、ジャンプってヒット率が異様なんですよね(笑)。昔、たとえば600万部売れている時代なら、そこに一番目立っている人がいて、読者も多くてヒットしやすいよねとか、才能も一番集まっているよねというのは言えたのかもしれません。
今は逆にネットの台頭もあり、クリエイターさんの視点からするとジャンプ以外の出方が増えましたから、才能も昔ほど集中していない印象があるんですよ。今もトップであるとは思うのですけど、それなりに散っているし、ジャンプ自身が持つメディア力というのでしょうか。それが低下している中でも『鬼滅の刃』、『呪術廻戦』のようなヒット作がコンスタントに出てくる、単純な部数の影響力だとかでは説明がつかない構造が集英社さん、ジャンプにはあるんですよね。
そんな集英社が「ゲーム事業を立ち上げるぞ」となった時に期待するのって、そのノウハウみたいなものなんですよね。何が注入されるのか、みたいなところがあります。シンプルに期待されていると思うんですよ。
高橋氏:
そうですねぇ……まあ、僕は、とりあえずジャンプ編集部のやり方を真似てやってみてもいいんじゃないかなって思ってます。
──それで言いますと、ゲーム事業を高橋さんの視点から見て、「こういうところはジャンプみたいにやるといいのでは?」と思ったところ、感じるところとかはあるんでしょうか?
高橋氏:
それはまだやっていないので分からないです。やりながらだと思うんですよ。
ただ、ジャンプというか、集英社で育ってしまった僕はその価値観をいろんな言動に反映しちゃうと思います。その影響を山本さんも森も受け、集英社っぽくなっていくのではないのかなと。それがいい方向に回れば、まさにジャンプの精神のようなものが集英社ゲームズへと移って、好循環を生むだろうとは思います。まだ分かりませんけどね。
森氏:
考え方としてあるのは、球数と言いますか、「チャレンジの数」というのがジャンプの強さなのではと僕は思っているんです。そもそも連載という観点でも、年に最低でも新作が10本は立ち上がる。その10本が終わったとしても次の10本を立ち上がらせるという、新陳代謝を強制的に起こしている強さというのはすごくあるだろうと思っているんです。
それは新しい才能やチャレンジが生まれやすい環境だ、ということでもありますし、その原動力がもしかしたらアンケートシステムにあるのかもしれません。ただ、僕は新しいものが強制的に生まれる仕組みが強みだと思うんです。
実際に連載に限らず、『少年ジャンプ+』を始め、デジタルサービスでもかなりの球数があるんです。それはジャンプやジャンプ+のチームに優秀な人間が揃っているからというのもあるんですが、失敗したとしてもチャレンジを尊重する姿勢も大きいのかもしれません。
圧倒的な球数というのには失敗もいっぱいあります。現に僕もジャンプ関連のサービスで失敗していますので。表に出ていないものもたくさんあります。ですが、予算があるからすぐに次にチャレンジできますし、それでどんどん球を打てるというのはクリエイティブにおいても強いと思っています。
なので、僕らも大きな案件をどんどん積み重ねていくよりも、球を投げていくことを大事にしています。“球数を回せるゲーム作り”というのは最近ないトレンドだと僕は思いますし、それで全部が全部ヒットするわけではないですが、その姿勢が将来的なヒット作に繋がるだろう、と。ファミコンとか、初代PlayStationの時代に出た「なんだこのゲーム!?」みたいなものを出していけるのではないのかと。
そのために僕らはゲームのプロを呼んでいます。ですから、山本さんを始め、一定のクオリティを担保しつつ球を投げればいい、と。10本に1本じゃなくて3本、できるかもしれないという期待値を込めてプロを集め、成功確率を上げていく取り組みをしているのは、ゲーム作りとマンガ作りの強みを組み合わせたものにできるのかな、という期待はしていますね。
山本氏:
集英社ゲームズは、レコード会社で言えばインディーとメジャーのレーベルを両方持てるような会社になると思うんです。それは一定の資本力が無ければ無理なことだと思います。けど、ふたつのレーベルを持てることの何が良いかと言えば、CAMPから生まれた面白いゲームをお金をかけてリブートさせる、みたいなやり方が考えられるんですよ。
『Minecraft(マインクラフト)』がインディーシーンで生まれ、そのクラフト要素が『フォートナイト』で応用されるようなことって、ゲーム業界全体での現象としてあるとは思うのですが、それを計算して一社でやってしまえるのはなかなか見ない気がしているんです。
たとえば、一般的にゲームの制作は複数段階のフェイズを跨ぎながら進むのが多いと思うのですが、CAMPレーベルで作るものでアイディア特化型のボリュームに依存しないものを出し、それが一定の評価を受けたら予算を割いてボリュームを出し、別の価値をつけて提供するという感じですね。
それを一社の中で回せると、面白い流れが作れるのではないのかな、と。今の森さんの話を聞いていて、改めてそう思いましたし、今現在もCAMPがあるというのはとても大きなことだと感じますね。
──客観的にジャンプの特徴をひとつ挙げますと、「新人主義」というのは相当大きいと思うんですよね。連載が続いているものは続いていますけど、基本的にメジャーな場所に大御所の人をずっと置くのではなく、他で出したことがない新人の作品をどんどん上げていくのはなかなかすごいことだと思っています。
一方でエンタメは非常に属人性が求められると言いますか、工業製品とは違って「この作品を作るのに人生をかけている」みたいな視点って重要ではないかとも思うんですね。最近のインディーのムーブメントにこれだけの熱量があるのって、そのような人生をかけてやるぞ、という人が一定数いるからこそでは、と。
漫画でも新人で田舎から出てきて「漫画家になるぞ!」という人は問答無用で人生をかけているじゃないですか。その熱量だったり、取り組み方みたいなものをやる場になるものなのかなというのがポイントとしてあるように感じます。
あともうひとつ、聞いていて思うのが、普通に考えれば「集英社がゲーム会社作ります!」と言った時、「すでにあるIPによる収益の拡大を目指します」みたいなことを言うのが普通だとは思うんです。ですけど、これまでのお話の限りでは全くそんな感じではないので、そういう方向性を突き詰めていくのかと気になるんです。
森氏:
これはですね、シンプルに私の「集英社で働く上での個人的なコンプレックス」もここに入っているんです。やっぱりヒットさせた作品を持っている人ってカッコイイんですよ。漫画家も編集者としてもそうです。
なので今回、僕らがチャレンジしているのはゼロから作品を生み出していくことなんです。そこから本当に『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』のようなものが生まれる可能性はあるだろうと思っていますし、生み出したいと思っています
それはとてもカッコイイことなんだと、集英社の社員としては思っています。僕はもうマンガの編集者にはなれませんけど、ゲームで新しいヒット作品を生み出したいという思いは本当にすごく強いですね。
──今、いろんなものがスマホに置き換わることが起きていく中、出版社や編集者のコアとは何かが問われているように思うんです。それはやはり新しいIPを生み出すことにあると感じていて、何となく多くの出版社さんがその原点に立ち返りつつある気がするんですよ。
講談社さんもゲームへのアプローチを活発化させていますが、それはそういうマインドがあるからだと思いますし、今、森さんが仰った話もIP、キャラクターを生み出すマインドがコアであり、今、集英社に課せられているミッションなのだろうと感じました。
森氏:
そうですね、本当にそう思います。最初にゲームをやることになった時、普通に思えるアプローチというのは先ほど平さんが仰った通り、集英社の作品で何かゲームを作ることですし、実際に事業が立ち上がったタイミングに「ゲームになりやすい作品人気リストを作ってください」「そこから許諾が貰えそうなものを出してください」みたいなことを色んなゲーム会社さんから言われたんです。でも「そんなアプローチの仕事はやりたくないです。」と断り続けました(笑)。
集英社のゲーム事業に期待することとして確かに正しいとは思いましたけど、やっぱり悔しさを感じたと言いますか、逆に「じゃあ違うことやってやる!」という気持ちになりましたよね。
──まだ出版社から見たゲーム化というのには、ライセンスアウトという部分が強いですけど、本当はアニメなりゲーム化って、アニメなりの広がり方、ゲームなりの広がり方というのがあるはずなんですよね。ゲームはゲームでそのもっと原作のファンが100万人なのだけど、それがゲーム化された時に原作のファン100万人とさらにそうじゃないゲームファン200万人も遊ぶよね、みたいなものが本来、あるべき理想の姿と言いますか……。
森氏:
本当にそうですね。同じような話はチームにもよく共有するのですが、「そのゲームが面白そうだ」と思って入ったユーザーさんが、たまたまそのゲームが実は日本の漫画が原作だと知るような、そういうアプローチの方が僕は結果としてユーザーさんの印象に残りそうだと思っていまして。そういう取り組みには積極的にチャレンジしたいなと思っていますね。
山本氏:
『Ghost of Tsushima(ゴースト・オブ・ツシマ)』理論ですね。ゲームから対馬を知る。
森氏:
あと、『ウィッチャー』ですね(笑)。『ウィッチャー』理論。あの作品には原作や元の舞台や設定があるとゲームから知る。そういったチャレンジをしたい。
山本氏:
逆の立ち位置で……SCEにいた頃、『パラッパラッパー』が大ヒットした時、思考実験として「あれのキャラクターがロドニー・グリーンブラットさんのキャラクターではなく、ハローキティ(キティちゃん)だったら同じぐらい売れたか?」という話はよくしたんです。その時に出たのが「多分、オリジナルのパラッパよりも売れていないはずだ」と。
なぜかと言いますと、「キティちゃん好き以上に広がらないからだ」ということなんですね。なので、オリジナルで勝負する意義というのは大きいな、と。SCE、SIEはその文化が非常に強くて、逆に言うと続編を作ってIPを育てていくのが苦手な会社だったというのも振り返ってみれば思うところですけど、それに近い覚悟を初手から決めて、集英社さんが取り組もうとしているのは……僕も中の人になるのでアレですけど、すごく見上げたものがあると実感として思っていますね。
──そういう理想のIPの展開や扱い方をしているのってポケモンさんなんですよね。ポケモンという最強のIPでありながら、ファンの内側に向けて物を作っていない感じで。
たとえば『ポケモンGO』はポケモンのファンは当然やりつつ、ポケモンを全く知らないおじいちゃん、おばあちゃんも「散歩のお供にいいですよね」という具合に遊んでくれる。他に漫画は漫画で『コロコロコミック』で人気を得ていますし、アニメもアニメで好評を博している。あのように内に向いていない感じというのは本来、IPオーナーとしての理想ですよね。
話は戻りますが、ここに来て出版社が映像化、ゲーム化みたいなものに腰を据えて取り組んでいくようになった時、出版社はこれからどんな会社になっていくのだろうというのが僕自身、20年ぐらい考えているテーマでもあるのですが、今日のお話を聞いていると、そのおぼろげな姿が見えてきましたし、楽しいことになりそうという期待を抱けましたね。
森氏:
もう集英社に転職して7年が経ちますが、出版社に転職したという感覚はあまりないんですよね。外資系IT企業から日本の出版社という真逆の所に移ったわけですけど、今振り返ってみてもコンテンツベンチャーみたいな組織、1個ごとの組織が全部、ベンチャーみたいな組織になっているという印象は強く感じていますね。
上司に怒られる心配がないから、ゲームの著作権は作家さんのもの
──あと、今回の集英社さんのインディーへの取り組み方に関して、「ゲームIPの著作権は作家さんにある」のが念頭にあるという話だったと認識しているのですが、そこはなぜそのようにするのかぜひ聞いておきたく思います。
普通のゲーム会社さんの場合ですと、基本的に全部、権利はゲーム会社が持つ形になりますし、発明みたいなゲームを作っても発明した人へのインセンティブが弱いというのは僕の視点でも感じていることがありまして。そうではない形を取るというのにはやはり出版社の理念もあるのでしょうか。
高橋氏:
単純に言えば、上司に怒られることがないからですよ。
一同:
(爆笑)。
高橋氏:
一般のゲーム会社で上司に「ゲームの著作権は作家さん」とか言ったら、たぶん「バカヤロー!」ですよ(笑)。「お前、社員だろ!何言ってるんだ!」で終わっちゃいます。ですが、集英社は「作家さんの取り分は尊重した方がいいよね」というスタンスで、上司も作家さんもそのような意識が根付いているんです。だから、怒られることがない。
これが普通のゲーム会社さんだったら激怒モノですよ。「会社の権利に決まっているだろ!」となってしまいます。そういう点では集英社ゲームズでやる方がいいよね、権利も保持されるらしいし、みたいな差別化をアピールできるのは強みと言えるかもしれません。
そもそもゲーム業界では「IPの権利は会社のもの」という考えは当たり前なんでしょうかね。クリエイターに配分するというのは、創業社長がクリエイターであれば別でしょうけど、企業としてはほとんどないのですよね?
山本氏:
基本的に権利は100%パブリッシャーが持つことが多いと思いますね。それで、利益から何パーセントか戻すのが一般的だと思います。
──けど、作家と権利の持たせ方に関してはポイントもいくつかあると感じるんですよね。IPが生み出されるゼロイチの時は作家さんに持たせた方が作ることへの情熱が働くことから持たせた方がいいですが、広げる過程においては属人性を外した方が伸びやすいことも多い。
たとえばマーベル、『スター・ウォーズ』、それとディズニーは典型だと思うんです。ポケモンも漫画やアニメなどはゲームフリークの枠組みから外れて、ポケモンの版権を管理する株式会社ポケモン(ポケモンカンパニー)を中心に回しています。
なので、ゼロイチは作家さんの属人性による熱量で生み出され、そこから1から100に広げていくのは組織の役割が大きいんじゃないか、と思うところがあるんです。
高橋氏:
そうなんです、その通りなんです。その通りなんですけど、両方上手く回せる会社は少ないです。うちは属人的なところで出版というものを活用して一気に利益を上げ、あとは流れるがままなんですよ。それがたまたま何年か続いているというだけでして。あまり偉そうなことを言うと社長に怒られますが(汗)。
本当は継続的に、システムとしてキャラクターを市場に撃ち込み続けなければいけないのですが、正直、それはできていないと思うんです。ポケモンはそれが出来上がっていて、もうそれこそポケモンカンパニーさんにはポケモンのことばかり考えている人が何十人も何百人もいる。それは本当に強いですよね。素晴らしい形だと思っています。
森氏:
いろいろなプロジェクトでそれぞれ権利の扱いは違うので「集英社ゲームズの作品の著作権はクリエイターのもの」と一概には言えないということはお断りさせてください。権利といっても色々な種類があるので、弁護士さんと相談をしながら、丁寧にクリエイターさんとコミュニケーションと説明をしていくことを、心がけています。
ただ、クリエイター側の観点で話をするとクリエイターが続編を望むのにかかわらず、僕らが「投資回収が厳しそうなので、続編にチャレンジできません」という時も出ると思います。その時に、本当にクリエイターさん自身が続編を人生かけてやりたいとなった時の縛りみたいなことが起きるのは避けたいと考えていますね。
ただ、僕らもビジネスとして投資をしているので、作家さんの権利を保証しつつ、適切な形で集英社ゲームズも投資回収ができるような調整はお願いしています。
ゆくゆくは段階的にバリバリの漫画編集者をゲームに巻き込んでいく
──その作家さんへの向き合い方、コンテンツを作るための方法論はやはりゲーム会社やゲーム業界とは違うアプローチだなと本当に思いますね。
また集英社さんは株式市場に上場していないのも強みとしてある、と先日の打ち合わせの時に仰られていましたが、やはりそれが一般の上場しているゲーム会社さんとの異なる特徴になるのでしょうか?
高橋氏:
そこはあまり意識していませんね。大型案件が始まり、お金が必要になったら考え始めるかもしれません。とはいえ、資金調達はやるとしても今の時点ではないので、違うかなと思います。
森氏:
上場・非上場の良し悪しではなく、「クリエイターに投資する、しかもそれを5年とかの長いスパンで結果を出していい」と言えるのは強みだと思います。それはグループ全体に資金力があるという結果論でありますので、ありがたいと思いますね。
──そんな集英社さんがゲーム事業を立ち上げるに当たっての勝ち筋と言いますか、不慣れな立場でどのようなビジョンを描いているのかについて、改めて整理してお話いただいてもよろしいでしょうか。
森氏:
ひとつは長いスパンで考えてくれて、球数を十分に投げ込める資金力のある組織であることですね。クリエイターさんの視点から見ても、集英社という企業としてのブランドは強いと僕は思いますし、安心感があると思います。
それは会社が100年近く続いていることもありますし、近年『鬼滅の刃』を始め、多くのヒット作を出している実績があるからこそ響くブランドかと思っています。
クリエイターさんに信頼をいただける企業ブランドの強みを活かして、それをしっかりと広げていけるプロの人材を多く採用した組織を作れるのも、ひとつの強みですね。
──となると、今はまだ山本さんを始め、ゲーム業界で活躍されたプロの方々を集めたチームを組んでいますが、いずれは出版部門で活躍されているバリバリの編集者さんをたくさん巻き込んでいくという展望を持っていられるということでしょうか。
高橋氏:
そうですね。現実的に考えて、今すぐ漫画や小説を担当している編集者が「集英社ゲームズができたから行こう!」とはならないんですよ。今はまだ、「こんな会社を作りました」という段階ですから。
今後、活動が本格化し、編集者が「あ、俺の力が使えそう」と思える流れができてきてから、徐々に人が集まっていくのではというイメージです。
山本氏:
現状は、けっこうな数の案件が走っている状況ですので、まずはゲーム制作として回せる経験者を優先的に集めていくことになると思います。
森氏:
ただ、先日に社内説明会をやったのですが、終わった後に「すごく興味があります!」といういろいろな編集者の方から声をかけられました。なので、いずれは段階的に巻き込んでいきたいという考えですね。
──すなわち、採用も積極的に行っていくということなのですね。
高橋氏:
はい、社内も社外もこれからどんどん声をかけていく予定です。
──なるほど。いろいろとありがとうございます。最後になりますが、これから集英社ゲームズがどのように活動し、採用の面でも「このような人を求めています」というメッセージをいただければと思います。
山本氏:
CAMPというクリエイターの個性を核としたレーベルと、メジャーなレーベルのふたつを持つゲーム会社という持ち味を活かしていきたいですね。特に若くて才能のあるクリエイターさんにひとりでも多く出会って、世界に連れていくということは僕自身、残りのゲーム制作者として与えられた使命だと思っているので、それを念頭に活動していきたいと思います。
今、日本のインディーシーンが同人ゲーム、フリーゲームという文化を経て、ドメスティックな進化を遂げていること自体は本当に素晴らしいと思うんですね。一昨年には『天穂のサクナヒメ』のような大ヒット作も生まれたりと、クリエイティビティとビジネス的成果が紐づく、そんな土壌が整ってきましたし。
そもそも、スタジオジブリのアニメや、ジャンプだと『鬼滅の刃』のように、日本のドメスティックなセンスや価値というものが世界で通用するというのはずっと前から証明されてきています。ただ一方で、同人カルチャーのような日本人特有の「同好の士」的なコミュニティは、その特性上クリエイティビティの嗜好性が似る部分があるようにも感じていて、よくも悪くも食い合っていたり、規模感としてシュリンクしている感じもするんです。
とはいえ、先日に発売されましたが、『RPGタイム!~ライトの伝説~』のデスクワークスのふたりのように専門学校生時代から15年ぐらいかけ、ひとつのゲームを磨き上げるという職人気質と根気という点では、日本のクリエイターには突出したものがあるとも思っています。そういう人たちをなるべく多く見つけ、機会を与えて世界に連れていくことには積極的に取り組んでいきたいです。
と言うのもSIE時代、『Bloodborne(ブラッドボーン)』が『GDC(Game Developers Conference)』の「ゲーム・デベロッパーズ・チョイス・アワード」にノミネートされた時、フロムの宮崎さんやSIEの吉田修平さんたちとノミネート席に座らせてもらったとき、その隣には『ウィッチャー』のチームが居たのですが、さらにその隣の席には『Downwell』を作られたもっぴんさんが座られていたんですね。
僕らは大きな組織の中でゲームを作り、この場に来ているけど、もっぴんさんはほとんど自分ひとり、個人の力で来ていた。それがすごいカッコイイなと思ったんですね。だからこそ、あのような場にひとりでも多くのクリエイターを連れていってあげたい。そのための活動を頑張りたいと思いますね。
森氏:
始まりが小さな組織でしたので、僕からするとようやくここまで来れたという思いがあります。自分たちだけで回すのにも限界が来ていましたし。プロの知見を本格的に入れて、ゲームが作れる体制にできたのは感慨深いです。
しかし、これからが本当のスタートだと思っていますので、今も山本さんを始め、いいメンバーが入ってくれていますが、これをさらに拡大していきたいと思っています。
そのためにも優秀な人材の採用は積極的に行っていきますし、「尖った面白い作品を作るなら集英社ゲームズに入社したい」という思いを抱ける方を増やしていきたいです。クリエイターさんの間にもそのような作品を作れて、支援してくれるゲームのプロの人材がいる組織だからこそ企画を持ち込みたい、という信頼が生まれれば好循環も生まれますし、そのためにもまずはヒット作が作れる強い組織に育てたいと思っています。まだチャレンジとしてはスタート地点ですけど、そのためにもいろいろやっていきたいですね。
高橋氏:
僕は『Vジャンプ』の時にゲームと接点があったんですが、ゲームについて制作者視点で深く考えたことがなかったんです。今回、ちょうどいい機会でもありますので、漫画のような出版物とは違う、ゲームならではのストーリーの伝え方を勉強していきたいなと、個人的には思っています。
漫画も文芸も普通は一直線に文章やコマを読ませますけど、ゲームの物語の伝え方ってちょっと違うんですよね。その制作手法に関して今、ものすごく興味を持っています。勝手ですけど、ゲーム物語論を僕と議論してくれるようなゲーム好きな熱い方を求めています。
集英社の前期の売上は大体2000億円くらいでした。去年は絶好調だったのですが、平均すると1300億ぐらいなんです。集英社ゲームズではその売上を近い将来超えたいですね。
世界市場でのビジネスを考えれば何とかできそうな気がします。集英社本社の売上を抜くことを目標に頑張っていきます。
──。けど、僕自身も出版社が出版社のまま終わるのか、或いは出版社がコンテンツパブリッシャーとして拡大していくのか、今はその節目というか分水嶺だと思っています。 僕も昔、KADOKAWAグループで仕事をしていたのですが、「もうゲーム会社になればいいのに」と思っていたことがあったほどで(笑)。それが今になり、高橋さんのような大ベテランの方が「もっとゲームに行こう」というふうに考えて、今回の動きが起きているのはすごく感慨深いと同時に、そのようなムーブメントが起きていることを改めて実感しました。
高橋氏:
バンダイさんがおもちゃ会社のゲーム事業部からバンダイナムコゲームスを経て、バンダイナムコエンターテインメントになり、グループの収益に大きく貢献されています。あのような形になれれば本当にカッコイイですし、面白いですよね(笑)。
──出版社は、IPの本質を作ることに本気で向き合っている組織だと思います。今回の取り組みが、出版社の「次」を切り拓くことを期待しております。本日はありがとうございました!(了)
冒頭にも触れた通り、集英社がゲーム会社を立ち上げると聞くと、「『週刊少年ジャンプ』などで連載中の作品のゲームを作るようになる」と考えてしまうかもしれない。出版社がゲーム事業を立ち上げるとなれば、自然にそう繋げてしまうものだろう。
しかしながら実の所はゼロから作品を生み出していくこと、斬新で尖ったゲームを『集英社ゲームクリエイターズCAMP』とも連携しながら作っていくことを第一にし、発展させていく方向性であることが今回のインタビューを通して明らかになった。
出版の視点で見れば、さながら新しい雑誌を生み出すかのような形だろうか。そこに個人、小規模なチームによる作品が加わってくるので、言うなれば『週刊少年ジャンプ』と『少年ジャンプ+』、『ジャンプルーキー!』の良いところを組み合わせた“ハイブリッド”と言えるかもしれない。
その取り組みによって今後、今まで見たことがなく、またインタビュー中にもあったファミコン、初代PlayStation時代に見られた“変なゲーム”が相次いで誕生するかもしれないのは、純粋にひとりのゲーム好きとしては大変心躍るものがある。
何より『週刊少年ジャンプ』こと集英社は今も昔も常に新しい作品を生み出し、大きなムーブメントを起こし続けている。
何度も話題に出ている『鬼滅の刃』もそうだが、現在連載中の『僕のヒーローアカデミア』『呪術廻戦』もその勢いを増し続けているほか、最近連載を終えた作品でも『ハイキュー!!』『Dr.STONE』、『チェンソーマン』は根強い人気を保ち続けている。そして、『少年ジャンプ+』では『SPY×FAMILY』、『タコピーの原罪』、『週刊ヤングジャンプ』からも『かぐや様は告らせたい』といった人気作・話題作が続々と誕生しているのも特筆に値する部分だ。
そんな流れが今回の「集英社ゲームズ」からも生まれ、ゲーム業界にいかなる変革をもたらすのか。そして、どのような若いクリエイターやチームが生まれてくるのか。まだ始動間もない段階ではあるが、その動向には大いに注目したい限りである。