『グノーシア』でも表現された人間味「情報を持たない者の不合理さ」
長田氏:
デジタル/アナログを問わず、開発中にはいろんなゲームを参考にしたんですが、『グノーシア』の発売もあって、そちらも参考にさせていただきました。プレイした最初の印象としては人狼を選択肢でデジタルゲームとして表現しているけど、ここまではまあやはりそうなるよね……と思いつつ、最初の内はいいけどこの後どうやってボリューム的に持たせるんだろう……普通に考えるとキャラクターのセリフや選択肢を膨大に増やしていくことになると思うんだけど、それはちょっと現実的じゃないよな……。
……と思っていたところ、ゲームを進めていくとどうやらこれはデジタル的な論理の「正しさ」じゃなくて、アナログ的な「空気感」で怪しい人を吊ったり吊られたり、「空気に流されて」投票したりといったことが表現されている。デジタルでこれをやるというのは本当にすごいなと思いました。
イシイ氏:
いまの「合理か不合理か?」という問題はすごく人狼的なゲームのポイントだなと思います。本来であれば人狼は、情報の非対称性であったり、情報を持ってないことによって、すごく不合理的に動くはずなんですよ。一方で情報を持ってるもの同士は合理的に動きます。
『クライムサイト』の場合は、シャーロック側は情報が少ないから気分で動くところが大きいですね。モリアーティ側はすごく合理的に動ける。『グノーシア』は、村人という情報を持ってない人の非合理の動きというのが、すごくリアルなんですよね。
川勝氏:
初心者にとって人狼は不合理なゲームの側面があって、困ったら「よくわからないこのキャラクターを吊ろう」みたいなことがありますよね。イシイさんがおっしゃることはまさにそうで、プレイヤーも僕たちもそういう遊び方をする。『グノーシア』は人狼のその側面をキャラゲーに近い形で表現しているんですね。
イシイ氏:
僕が『クライムサイト』でうまくできていると思ったのは、プレイヤーが全部のポーンを動かせないじゃないですか。余ったポーンたちが不合理に動くんですよ。人狼のアナログプレイヤーとしてはあの不合理さというのは、あるんですよ。
川勝氏:
人狼は、頭の回転が早くないと悟られないようにするのが、すごく疲れますね。僕の場合、バカなやつだと思われたくないみたいな。論理的な推理が人によってはバラバラなので、それをわかったようなふりをするところがとても人間的ですね。
──『グノーシア』の場合だと、人の空気感を表現するにあたって、わざとAIの不合理な動きを入れたと思うのですが。
川勝氏:
キャラクターの意思決定に合理性と好感度を併用することで「なんでこんな時にこのキャラクターは一番ありえない行動をするの?」というところが面白かったりするように『グノーシア』では作りました。それはランダムで不合理な行動をしているのではなく、状況によって論理よりも相手の好き嫌いが優先されるようになっているからです。あまりにも論理的な展開をしすぎると、詰め将棋みたいになって、それは面白くない。
キャラクターの性格、背景とストーリーがあるから論理的な判断も納得できる。キャラクター性と人狼システムの噛み合わせによる拡張性はかなり意識して作りましたね。
長田氏:
『グノーシア』はNPCなのに人間っぽさを感じさせてくるなというところがあって、それこそ先ほどおっしゃっていた、不合理的な部分であったり、人を感じる部分であったり。アプローチは違うけれども、自分のやろうとしてることを先に切り開いていてくれていた方がいてくれたんだと個人的には思いました。
ハプニングで作る筋書きのないドラマと、その課題「情報過多」
川勝氏:
『グノーシア』もそうなんですけど、クリエーターが意図的に作ったものではなく、細かいフラグで偶然生まれてしまったハプニングだからこそ、いちばん筋書のない面白いドラマが生まれますよね。
どうすればプレイヤーに「それはあなたが本当に作った、そのとき限りのハプニングなんだよ」というのを分かってもらえるのか。それが個人的なテーマです。ランダムにしすぎるとよくないのですが、ゲーム中でランダムや乱数をどう使うか。そのあたり『クライムサイト』ではどのように考えられていますか?
長田氏:
『クライムサイト』では、ランダムが影響する幅とその重なり具合の上限を絞るという形を取りました。 たとえばですが、ガス漏れが発生する部屋というのは基本的にランダムなんですよ。ガス漏れが発生した部屋で、かつ犬に襲われるとすぐに瀕死になるわけです。
この「事象の重なり」は許容しよう。ただ、「影響の度合い」はゲームのシステムで抑えないと、制作は指数的に大変になってしまうのにプレイヤーは状況の把握が大変になるだけなので。程度は抑えつつもハプニングが発生すること自体は許容する事で、ドラマが作られる組み方をしたつもりです。
──筋書きのない展開が起きつつも、上限のないハプニングにはならないようシステムで縛っているわけですね。
川勝氏:
それは結構、大事なのかなと個人的には思っています。システムというか少ないルールのなかで、いかに想像力を持って拡張性を持てるものを作るかですよね。つまり、起きることや出来ることを多くし過ぎると、情報がいっぱいになりすぎてプレイヤーが困ってしまう。
以前、イシイさんと話したときに、「そのキャラクターの数が7人になると頭の処理が追いつかない」という考え方に共感したんです。絞り切りながらアウトプットした情報を見て、プレイヤーがいろんな予測ができるような仕組みを作れたら最高だなと思っています。
イシイ氏:
今の話を補足すると、 ドラマの法則として7人まではキャラクター分けが視聴者に理解できて、8人を超えると案外、無限に感じるようになってしまうという考え方があるんですね。つまり8人を超えるとキャラクターを忘れてしまったりするので、ペアにしたり、グループにしたり7つ以内の塊にしてあげないと把握できない。
これは『街』と『428』の違いで、『街』は8人以上だからストーリーが無限に感じるんですよね。逆に『428』はあえて管理できる範囲のキャラクター数にしたかったので、最大7人までしか登場しないんですよね。
「ミステリー」そのものを生み出すゲーム
──『クライムサイト』では単なる駒ではなくキャラクターにしっかりとプロフィールが設定されていますが、シングルプレイモードは搭載されていないじゃないですか。もしもシングルモードが搭載されたら、『グノーシア』みたいなAIのキャラクター性みたいなところに行き着くのでしょうか。
長田氏:
構想としてはずっとあるのですが、まずは対戦ゲームとして面白くなければならない、というところに注力しましたね。
イシイ氏:
初期段階では、ひとりでも遊べるシングルプレイモードを長田さんが企画として出されていましたね。もしもアドベンチャーモードがあったとしたら、僕がそのデザインをやらなくてはいけなかったんだろうなと。
長田氏:
地味な機能ですけど、F1からF6を押すと各プロフィールを見れるんですよ。バークレーだと大食漢だから、料理にうるさい。量が足りないから自分で作ってるうちに料理自体が上手くなったみたいなことが書いてあって。
また、それだけだとあまりにも単なる食いしん坊キャラなので、全く関係ない「猫が好き」とかが敢えて脈絡なく書いてあります。ちょっとでもキャラクターの魅力を出しつつ、いずれはストーリーを描ければと思って悪あがきをしていますので、ぜひ見ていただけたらと思います。
──イシイさんは、『クライムサイト』をアドベンチャーゲームの文脈として捉えているのですか。
イシイ氏:
『クライムサイト』にアドベンチャーモードがあったら、きっと『グノーシア』的な展開を見せたんだろうなと思いましたね。最初の企画の段階で、負けないように研究しなきゃと思いました。あのシステムのなかでキャラクターを描ければ、ポスト『グノーシア』的なものとも競合する可能性があるなと。
川勝氏:
そうそう……!
イシイ氏:
シュミュミレーション的な要素を持ったアドベンチャーゲームや、シミュレーションからストーリーが生まれるタイプのゲームに対して、合流していくゲームデザインが生まれるのではと感じてました。川勝さんはライバルが出現するから、対戦モードだけでよかったと思ってるでしょ?(笑)
川勝氏:
そうですね(笑)。きっと遊ぶ人にとっては体験が違いますから。アドベンチャーゲームは消費されやすいと言われますよね。『グノーシア』は全然消費されていないと思っていて、普通のアドベンチャーゲームなら動画にするとオチが出てしまいますが、実況にも『グノーシア』は耐えられると思っています。
イシイ氏:
アドベンチャー生成ゲームですよね。『グノーシア』がローグライク・アドベンチャーと命名されたことはすごいですよね。それを人狼ゲームのアドベンチャーとして作った。ローグライクは全然消費つくされないじゃないですか。
僕もアドベンチャーゲームを作っていたときに、中古の問題やゲーム実況に向かないのではないかという苦しさというのがあって、それに対する解決策がなかなか作れなかった。そのなかで川勝さんや長田さんが次世代として形にしてくれることがとても嬉しいですね。
ミステリーというモノは問題を解く側だけじゃなくて、問題を出す側も存在しますよね。今は「なろう」の時代だし、マーダーミステリーというジャンルにもインディーズ作家がたくさん生まれているじゃないですか。それと同じような形でもっと気楽にミステリーの問題を作るというアドベンチャーゲームもあり得ると思うんですよね。
──ミステリーを生み出すシステムやゲームデザイン、あるいはそのものを作るゲームというのが今後さらに登場していくかもしれない?
イシイ氏:
人狼も『グノーシア』もその流れのひとつだし、『クライムサイト』もまだ一歩か二歩かもしれないけど、その階段を登れたらなと。『スーパーマリオメーカー』みたいに、ミステリーゲームを作って、それをシェアして遊ぶ時代が来るかもしれないと思っています。
川勝氏:
じつは『グノーシア』は、個人的なテーマとして「アドベンチャーゲームに潜むシミュレーター」なんですね。『三国志』や『信長の野望』みたいな、同じことを繰り返していてもドラマが感じられる作品がヒントなんです。だからプログラマ曰く『グノーシア』は内部ではガチのシミュレーターだと。
多分これが次世代のヒントになるんだろうなと思って追求したいと思ってます。
『ときメモ』から見る「シナリオ主導」「シミュレーション主導」
イシイ氏:
過去にはシナリオ主導のストーリーゲームと、シミュレーション主導のストーリーゲームがあったわけですね。『ときめきメモリアル』(以下、『ときメモ』)たいなシミュレーションが主導のストーリーゲームが、市場としては2000年代以降にシナリオ主導のストーリーゲームに負けてしまった。
僕らはどちらにもゲームでストーリーを探求する可能性があると思っていたんですが、シナリオ主導の方は、『ひぐらしのなく頃に』みたいなゲームシステムを使わなくてもループとかをシナリオのなかで表現できてしまうところまで行きついてしまったところがあって。
──『ときメモ』はキャラクターから作られてるときもあるように見えるんだけど、本当はシミュレーターとAIが先にあって、そのあとにプレイヤーが見ているような物語が後付けされている。
イシイ氏:
シミュレーション主導のストーリーゲームは、シミュレーションの結果と結果の間のストーリーをユーザーが想像してくれるタイプのゲームですね。
『ときメモ』のように、運動パラメーターを頑張って上げていたら運動系の女の子が好きになってくる。自分のシミュレーション的な行動とキャラクターの行動が一致するので、リアリティを持って感じることができる。自分が努力したら好きになってくれるのは、すごく現実の恋愛に近いじゃないですか。
最終的に『ときメモ』の恐ろしいところは、会う回数ではなくて、ほとんどがパラメータによってフラグが立つこと。プレイしていると、会った回数によってこの子は僕のことを好きになってくれるのかと思わせる演出が入っているんだけど、内部的には少し会っただけでクリアできるデザインになっている。あの恐ろしさにゲームの可能性を感じました。『グノーシア』にもこの延長線上の恐ろしさ、面白さを感じますね。
──シングルモードはありませんが、『クライムサイト』もそういう意味ではシミュレーション主導のストーリーゲームとしての可能性を秘めているといったところでしょうか。
イシイ氏:
『レイジングループ』は人狼ゲームをシナリオとして落とし込んだデザインのゲーム作品。『グノーシア』は人狼をシミュレーションに落とし込んで、ドラマが生まれるようにしたデザインのゲームだと理解しています。
『クライムサイト』は、まだシステムベースですが、人狼としてのアプローチはこれらの作品とは違いますし、まだまだ人狼系のストーリーゲームにはデザインの探りようがあるんだなとは感じていますね。
長田氏:
そういえば構想してるだけに過ぎないのですけど、『クライムサイト』のシステムを丸ごと恋愛ものにできるのではというアイディアがあるんです。ふたりきりになると告白できる。
イシイ氏:
それはいいですね! KONAMIさんのIPなら『ときめきメモリアル』や『ラブプラス』の女性キャラクター、または『ときめきメモリアル Girl’s Side』の男性キャラクターが総出演して、オールスターでやったら面白いですね。
長田氏:
「秘密にしていることを当事者以外の誰にも知られない状況で実行する」という構造なら良いわけですから、ラブレターなりプレゼントを持って、ふたりきりになれたらターゲットに告白するという。邪魔な人をどうにか別のところに追い払ったり。「正体隠匿の恋愛ゲームは結構ありなんじゃない?」と。
イシイ氏:
それは個人的にもシナリオを書いてみたいですね。舞台は放課後で3ターンが過ぎると家に帰っちゃったりとかね。家に帰るまでにどうやってふたりきりになるかとか、すごくリアルで面白いですよ。用務員の先生が邪魔で、いつまでも渡り廊下にいるなあとかね。
長田氏:
そういった形で、なるべく『クライムサイト』の世界そのものを広げていきたいですね。イシイさんの『IPのつくりかたとひろげかた』の本であったことのように、『クライムサイト』をIPとして確立させた上で、キャラクターの IPであったり、世界観のIPであったり、もうちょっと広げていけるようにしたいなと思っています。