「人生が救われる瞬間」というのは、本当に人それぞれである。ゲームで救われる人もいれば、映画や音楽で救われる人もいるだろう。
そんな中、あまり類を見ない異色の「救われ方」をした、ふたりのインディーゲーム開発者がいる。途方に暮れていた彼らを救ったのはひとりの小学生が作った「図鑑」だったという。
図鑑……? さすがに「図鑑に救われた」という話はこれまで聞いたことがない。
その図鑑の名は『文房具図鑑』。小学6年生の男の子が夏休みの自由研修として提出した図鑑は、文房具に対する鋭い解説と手描きによる圧倒的な描き込みが話題を呼び、さまざまなメディアで取り上げられた結果、出版にまで至っている。
そしてその図鑑に触発され、「図鑑のようなボリューム」を目指して完成したゲームが『RPGタイム!~ライトの伝説~』(以下、『RPGタイム!』)だ。
『RPGタイム!』はゲームクリエイターを目指す小学生のケンタくんがノートに描いたRPGを冒険していく物語で、手描きの鉛筆絵で表現されている。丁寧な描き込みと多彩なギミックを用いたゲームシステムは大きな話題となるとともに、数々の賞を獲得。
2022年3月10日にXbox Series X|S・Xbox OneがMicrosoftストアにて発売となったほか、8月18日にはNintendo Switchのダウンロード版、プレイステーション4のダウンロード版が発売され、9月13日にはSteam版が配信予定、10月13日にはNintendo Switchのパッケージ版が発売予定となっている。
『RPGタイム!~ライトの伝説~』発売スケジュール
〈Nintendo Switch〉
ダウンロード版:2022年8月18日発売
パッケージ版:2022年10月13日発売〈プレイステーション4〉
ダウンロード版:2022年8月18日発売〈Steam〉
ダウンロード版:2022年9月13日発売〈Xbox Series X|S、Xbox One〉
ダウンロード版:2022年3月10日発売
今回電ファミは、『RPGタイム!』の発売元であるアニプレックスの協力のもと、『文房具図鑑』作者の山本健太郎氏をお呼びいただき、『RPGタイム!』の開発を手がけた、デスクワークス社の藤井トム氏、南場ナム氏との鼎談を敢行し、さまざまなお話をうかがった。
藤井氏と南場氏は『文房具図鑑』からどのような影響を受けているのか、小学生から成長し、現在は美大に進学している健太郎氏はどのような創作活動をしているのか、文房具好きだからこそ起きた“奇跡”もあわせて紹介していこう。
聞き手/豊田恵吾
文/柳本マリエ
編集/実存
カメラマン/佐々木秀二
「なんとか用」とか、専門の鉛筆に弱いんです
藤井トム氏(以下、藤井氏):
いきなりですが、健太郎さんにいま使っている鉛筆を見ていただきたくて持ってきました。
健太郎さんが『文房具図鑑』で文房具をたくさんおすすめされていたので、僕もいろいろ持ってきてみました(笑)。僕たちは鉛筆でノートの中にRPGを描くというゲームを作ってきたのでいろいろな鉛筆を試しているんです。その中に健太郎さんが知らないものがあればと思いまして。
山本健太郎氏(以下、健太郎氏):
たくさんありますね。
藤井氏:
まず素直に描きやすかったのはサクラクレパスの硬筆用の6B鉛筆です。柔らかくて伸びがよいことはもちろんのこと、なんといっても根本の彫り込みが持ちやすい。
健太郎氏:
あ〜、グリップが効くんですよね。
藤井氏:
僕はグリップがあると逆に気になって描けなかったりするのですが、これはすごく地味な彫り込みで持ちやすいんです。もしよければ持ってみてください。
健太郎氏:
あっ、ちょうどいい……!
藤井氏:
そうなんです。邪魔にならないくらいのグリップ感がよくて、よく使っていました。今日は描く用の紙も持ってきているのでぜひ。
健太郎氏:
あっ、描きやすい……!
藤井氏:
ちょっとだけ食いつきがいいように感じるんですよね。
健太郎氏:
僕も濃い鉛筆が好きです。10Bとかも。
藤井氏:
つぎによく使っているのが、この太い鉛筆です。たとえば「色紙に絵を描いてください」と言われたときに、普通の鉛筆は細い線しか描けないんですよね。でも、ズバッと描こうとするときは太い鉛筆が重宝します。クレヨンみたいなんですよ。
──すごい。めちゃくちゃ太いですね。
藤井氏:
ふふっ、でもクレヨンではないんですよ。鉛筆なんですよ。
健太郎氏:
描き心地がもう鉛筆ですね。すごい。
藤井氏:
『RPGタイム!』では小学生のケンタくんが教室の机の上に鉛筆で濃いめのらくがきをしているのですが、実際の学校の机はつるつるしてるから鉛筆がぜんぜん乗らないんです。
そうなるとケンタくんのらくがきが嘘になってしまうので、ちゃんと描けるものを探してみました。それがこちらです。
健太郎氏:
あっ、それ、僕も使ってました。
藤井氏:
これは油性の鉛筆で、本当にねっちり描けます。でもこれは鉛筆ではないんですよね。油性なので、クレヨンに近い。
健太郎氏:
机に描くと消えないことになりますよね……?
藤井氏:
そうなんです。なので、もう少し鉛筆っぽく机に描けるものを探しました。それがこの工事用の鉛筆です。工事現場で使うように設計されていて、石こうや木材などの素材に目印を描くためのものなので、これだと机にも濃く描けます。
僕はこういう「なんとか用」という専門の鉛筆に弱いみたいで。
たとえばこれは先生が使うような、マルをつける用の赤鉛筆なんですけど、すごく素敵だと思うんです。マルをつけるものだから、持つとマルをつけてあげたくなる(笑)。実際にマルがつけやすいように、なめらかに描ける設計になっているんですよね。
あとは僕らの世代のときは見かけませんでしたが、最近はマークシート用の鉛筆が流行ってるみたいです。
健太郎氏:
そうみたいですね。
藤井氏:
マークシート用の鉛筆を使うと点数上がるような感じがして。でも最後はもう気持ちの問題ですけどね(笑)。
一同:
(笑)。
藤井氏:
あとこれも流行ってるんですかね。鉄の鉛筆【※】。
※鉄の鉛筆:サンスター文具が発売した「metacil」(メタシル)。芯が金属でできている鉛筆で、削らずに16kmほど書けるという。価格は990円(税込)。
健太郎氏:
あっ、知ってます。それ、じつは探してました。
藤井氏:
芯が鉄で出来ていて、ものすごく固いんです。
健太郎氏:
削る必要がないんですよね。
藤井氏:
描いたときに金属の音がするんです。「サコサコ」って。
──本当だ、独特の音がしますね。
藤井氏:
金属の音がするので、たとえばこれで金属の絵を描けばうまく描けそうな気がします。これは本当に最近の新しい鉛筆ですよね。売り切れていたりして。
健太郎氏:
そうなんですよ。僕は黒を探していたんですが、売り切れてました。
藤井氏:
健太郎さん……じつは僕……鉄鉛筆の「黒」を持ってるんですよ……!
──えええ!? まさかの!?
藤井氏:
もしよかったら使ってください。
一同:
ええっ(笑)。
──これ、仕込みではないですよね!? 鉄鉛筆ってそんなにすぐ出ます!?
藤井氏:
鉄鉛筆が人気すぎてずっと手に入らなかったのですが、ついこの前たまたま入荷されたタイミングで滑り込んだら間に合いました。そのとき白と黒を1本ずつ買ったので、いま僕は白を使っています。健太郎さんはぜひ黒を使ってください。よかった。
健太郎氏:
ありがとうございます……!
藤井氏:
あとはちょっと変わり種だと、鉛筆シャープですかね。といっても僕はメインで使っているんですが。
これは鉛筆に近いシャーペンで、本当に鉛筆っぽい。どうしてこんなに鉛筆なんだろうと考えてみたら、シャーペンを振ったときに鳴るカチャカチャ音がしないんです。
健太郎氏:
僕も使ってました。描きやすいですよね。
──アパレルデザインをやられている方などが昔から使っているものですね。あー、でもいまは洗練されてすごく使いやすい形になってる。
藤井氏:
たくさん描くとなるといちいち削るわけにはいかないので、シャーペンは便利ですよね。
それでいうと、あえて実用性ではないところでおすすめしたいのがこちらです。
ブラックウィングというアメリカ製のものなんですが……。過去に絶版になったときに、もともと使っていた方がすごく多くて、一時は1本何十万円でやり取りされるくらいまでに高騰していた鉛筆なんです。
最近になって再販されて、ようやく入手できたものなんです。これのなにがいいかって、こうして鉛筆立てに刺さっていると筆っぽいじゃないですか。
健太郎氏:
そうですね。
藤井氏:
かっこいい……!
一同:
あはは(笑)。
藤井氏:
これは「絵を描くぞ感」が出るから、「削らずに飾る用」なんです。もちろん描き心地もすごくいいのですが、かっこいいから健太郎さんにもお見せしたくて。
ということでおすすめの鉛筆を紹介させていただきました。ありがとうございます。
健太郎氏:
予想の10倍くらいの量でした(笑)。
──健太郎さんはいま美大に通われているとのことですが、美大で鉛筆は使っていますか?
健太郎氏:
美大の受験でめちゃくちゃ使いました。100本くらい鉛筆を買って、カッターで削ってひたすらデッサンに使いましたね。
藤井氏:
芯をむき出しにして削るのが美大っぽくて憧れていました。あれは横にして使って描くからあの削り方になるんですか?
健太郎氏:
そうですね。幅が広く描けるので、たくさん塗りたいときに便利です。普通の鉛筆の削り方のほうが見た目は綺麗ですが、美大はちょっと変わってますよね(笑)。
藤井氏:
ゲーム内の表現として、鉛筆の削り方を変えるのもおもしろいかもしれない。見る人が見たら「これは鉛筆の芯をむき出しにして削った鉛筆で塗ったな」と気がつくかもしれないですよね。僕らはずっと、いわゆる普通の削り方の鉛筆で塗っていたので。
『文房具図鑑』の原本で明らかになる隠されていたページの正体
──改めまして、まず健太郎さんにうかがいたいのですが、『文房具図鑑』制作のきっかけはなんだったのですか? もともと文房具がお好きだったのでしょうか?
健太郎氏:
小学校低学年くらいから文房具がすごく好きでした。「学校に持って行っても許される唯一のおもちゃ」みたいな感覚で。
小学校5年生のときにたまたま母親から白紙のノートを「なにかに使う?」と渡されて、深く考えずに自分が好きな文房具を描き始めたのが『文房具図鑑』のきっかけです。
途中で飽きるだろうと思っていたのですが、なんとか完成しました。そうだ、今日は『文房具図鑑』の原本を持ってきたんですよ。
一同:
そのまま!
健太郎氏:
出版社の方が、原本を可能な限り再現してくださいました。
──本当に原本のままですね。藤井さんと南場さんも原本を見るのは初めてですか?
藤井氏・南場ナム氏(以下、南場氏):
初めてです……!
藤井氏:
再現度が高すぎて思わず笑っちゃいますね(笑)。
健太郎氏:
原本ではこうして消しカスや削りカスをテープで貼っているので、実際に触ることもできます。
──この発想はすごいですよね。テキスタイルですと、糸や布、模様のサンプルが実際に貼ってあるものなどはありますが、そういうのを見たことがあったのでしょうか?
健太郎氏:
なかったと思います。
──ゼロベースでこの発想はすごいですね。
藤井氏:
じつはずっと気になっていたページがあるんです。69ページにテープで貼ってある紙をめくるとなにが描かれているんでしょうか? 印刷ではこの紙の裏にうっすら目が描いてあるように見えるのですが、つぎのページはぜんぜん違っていて。
健太郎氏:
ちょっと待ってください、僕もなにを描いたか忘れてしまいましたので実際にいま見てみましょう。
一同:
わああ!!!(笑)。
藤井氏:
怒りを表現している感じはしていましたが、男性の顔だったんですね。
健太郎氏:
いま藤井さんから指摘されるまですっかり忘れていました(笑)。
──健太郎さんは当時、「ここまでやったら制作を終わりにしよう」というゴールはどのように設定されていたのでしょうか?
健太郎氏:
僕は描き始めるとつぎへつぎへと進んでしまうので、「最後のページを描き終えたら完成」という認識でした。夏休みの自由研究に出せたらいいなと。
──いま改めて見返していかがですか?
健太郎氏:
表紙をもっとかっこよくしたいです(笑)。表紙から順番に描き始めたのですが、まさか本になるとは思っていなかったので、なにも考えずに描いてしまったんですよね。「文房具」の「具」の字も間違えていますし(笑)。
──(笑)。夏休みの自由研究の制作物として学校に持って行ったときのお友だちや先生の反応はどういう感じでしたか?
健太郎氏:
特にこれといった反応はなくて。
──ええっ。
健太郎氏:
学校で発表する機会もないので、ただ教室に展示されていました。感想を言ってくれる人はもちろんいましたが、それで終わりだと思っていたので。インターネットで拡散されるとは思ってもいませんでした。
──なるほど。ちなみに、ご自身が左利きということで文房具に対して違った見方をしていたいのでしょうか?
健太郎氏:
それはありましたね。左利きだとノートに書くときに手がものすごく汚れたり、ハサミも右利き用ばかりなので。そういう不便な部分を解消するためにいろいろ探したりしていました。
藤井氏:
僕も左利きなのでよくわかります。
途方に暮れていたタイミングで出会う本物のケンタくん
──藤井さんと南場さんは、どのように『文房具図鑑』と出会ったのでしょうか? きっかけや受けた影響など改めてお聞かせください。
藤井氏:
僕は最初に『文房具図鑑』を読んだとき、救われた思いがしたんです。というのも、2年で完成させようと言っていた『RPGタイム!』が2年を過ぎてもぜんぜん完成しなかったからなんですね。大人ふたりが寄ってたかって作っても終わらないので、すごく焦りを感じていた時期でした。
『RPGタイム!』は「ゲームクリエイターになりたい小学生のケンタくんがノートにRPGを描く」という物語が描かれていますが、リアルで考えたときに「こんなにたくさんのノートに描き込む子どもなんていない」と思っていたんです。
ゲームでもリアリティを出したいと思っていたので、リアリティがなくなってしまったらよさが失われてしまう感じがして。もう作るのをやめようとまで思ってしまうほどでした。
そんな時期に『文房具図鑑』と出会い、「ここに本物のケンタくんがいる!」と思ったんです。
──ケンタくんは実在したと。
藤井氏:
健太郎さんの『文房具図鑑』を読んだら、自分はまだまだだと思いました。「実在する小学生がひとりでこの図鑑を作ったのであればケンタくんも負けないよう作っていこう」と、本当に救われたんです。
──おふたりのどちらが最初に『文房具図鑑』を見つけたのでしょうか?
南場氏:
ロフトで一緒に見つけました。文房具フェアみたいなものがあって。
藤井氏:
『文房具図鑑』がドンと飾られてあったのですが、手描きのポップにしては少し違う気がして、よく見てみたら図鑑だったんです。見た瞬間「これだ~!」となりました。
健太郎氏:
うれしいです。
藤井氏:
本当に途方に暮れていたタイミングだったので奇跡的な出会いでしたね。