中二病みたいな感じで製図用ブームもある
──いまさらなのですが、藤井さんと南場さんは健太郎さんにお会いするのは初めてだったのですか?
藤井氏:
初めてです。健太郎さんのイメージが小学生で止まっているので実際にお会いして驚きました。
──せっかくですので、お互い聞いてみたいことがあれば、ぜひトークセッションをしていただければ(笑)。
藤井氏:
健太郎さんはいま美大に通われているとのことなので、文房具に限らず、使っていて「これはいい」というものがあればおすすめを聞きたいです。
健太郎氏:
じつは、今日は筆箱も持ってきていて。
藤井氏:
あっ、色違いで一緒です! やっぱり、これですよね。
──こんな偶然あります!?(笑)。
藤井氏:
これは健太郎さんがおすすめしてくれていたわけではなくて、僕自身がいろいろと試して行きついた筆箱です。めちゃくちゃいいサイズで。
健太郎氏:
僕はこの筆箱を小6から使っています。ペンがいっぱい入るからいいですよね。
大学が家から遠いので重いものは持って行けないのですが、コピックマルチライナーという漫画家さんとかが使うペンをよく使っていますね。遠くから見ても線がはっきりわかるので、作品を描くときに便利なんです。
藤井氏:
しっかりした線というのは、ボールペンの延長線上な気がしますね。
南場氏:
あっ、この製図用のシャーペンも一緒ですね。僕はこれをロフトで選んで買ったんですよ。これがいちばん描きやすいなって。
健太郎氏:
(握るところを指して)ここがグリップするんですよね。
南場氏:
重さとか筆圧もいいですよね。重心がちゃんとしていて。
健太郎氏:
僕は、中二病みたいな感じで製図用ブームもあって(笑)。
──(笑)。
藤井氏:
『文房具図鑑』を見てうれしかったのが、健太郎さんがとにかく文房具を実際に使っていることなんです。僕は文房具が好きで、使うというよりもコレクションとして手にとってしまう部分もあるのですが、健太郎さんはちゃんと文房具を道具として使っているんですよね。
だから僕は文房具を買うときに負い目もあるんです。いまは筆箱もちょっと楽しいお道具箱みたいになってしまっているので反省しています。全部使っている状態にしたい。
健太郎氏:
といっても、僕も「筆箱映え」のために使わないペンを1本入れたりしますよ(笑)。
藤井氏:
入れますよね!?
──それ、あるあるなんですね(笑)。
藤井氏:
ちなみに消しゴムはなにを使っているんですか?
健太郎氏:
これはリサーレというコクヨから出てる消しゴムなんですけど、使いやすいです。めちゃくちゃ消えますし、消しカスもまとまるので。いちばん使っているかもしれないです。
南場氏:
……。(無言でメモを取る)
藤井氏:
じつは、消しゴムの決定版がなかったんですよ。
健太郎氏:
消しゴムって軽く消せるやつとまとまるやつと2種類あるかと思うんですが、これはどっちもいけるタイプなんで。まとまるし、軽く消せるっていう。
南場氏:
これ、買います(笑)。
人と接するアルバイトはお客さんの喜びようを直に見ることができる
──健太郎さんはおふたりに聞いてみたかったことはありますか?
健太郎氏:
学生時代、藤井さんと南場さんがどんなことを考えて、どんなことをしていたのか気になります。
南場氏:
専門学校だったのでサークル活動などもなく、僕はバイトに明け暮れていましたね。インターンシップ制度がありまして、学生のうちからゲーム会社で働いて、卒業後もそのまま勤務していました。
藤井氏:
僕らがいたのはもとからゲーム作りを勉強するための学校だったので、目的はゲーム会社に入ることだったんです。でも、ゲーム会社に入れるのは10人にひとりくらい。南場は3年生くらいのときくらいから学校にはほとんど来ていなくて、卒業前からゲーム会社に入っていたエリートなんですよ。
僕のほうはゲーム業界に行くのをやめてしまって、人と接するアルバイトをよくやっていました。ライブの警備員、引っ越し業者、プロ野球場でビールの売り子をしたこともありましたね。プロフェッショナルの空気やお客さんの喜びようを直に見ることができる機会は社会人になるとあまりなかったりするので、そのときにやっておいてよかったなと思いました。
ちなみに健太郎さんは将来の方向性みたいなものは決まっているんですか?
健太郎氏:
僕は文房具から音楽に興味が移り、音楽から美術に興味を持ったという経緯があるんです。ミュージックビデオとかCDジャケットのアートワークみたいなものに惹かれて、そこから美大のデザイン科の進路を選びました。自分の好きなアーティストのジャケットを描けたらそれ以上の幸せはないです。
──きっかけになったアーティストやアルバムのジャケットは?
健太郎氏:
最近だと『King Gnu』(キングヌー)ですかね。あとは、『THEE MICHELLE GUN ELEPHANT』(ミッシェル・ガン・エレファント)も。
藤井氏:
じゃあ、もしかしたら実写やカメラも勉強していく感じですか?
健太郎氏:
はい、映像系も勉強しようと思っていて。
──『文房具図鑑』のつぎは“CDジャケット図鑑”かもしれないですね。たとえば、音楽からイメージが膨らんでいくような、インスピレーションや創作意欲が湧くみたいなことがあったりするのでしょうか?
健太郎氏:
そうですね。音楽とか文房具とか自分の好きなものが原動力になっています。大学の課題で「あなたにとっての等身大の希望」をテーマに紙面を作りなさいという課題が出たときがあって、僕はそのときにこういう絵を描きました。
自分のうしろに好きなものが散りばめられていて、「好きなものが希望だよ」というイメージで制作しています。自分が好きなもの、実在するものを散りばめて。
藤井氏:
ジャケ感がありますね。健太郎さんは好きなものが多いですよね、単純に。先ほど言っていた「粗密」のテクニックですね。僕らだったら余白を全部埋めちゃってたと思います。
南場氏:
たしかに。
健太郎氏:
同じテーマでアニメーションを作る課題もあったんですね。最後に好きなものが落ちてくるんですけど、ここだけで1週間くらいかかりました。アニメーションって一瞬だからぜんぜん伝わらないんですよね。
藤井氏:
いやいや、最後にふわっと来るのはインパクトありますよ。これでMVを作ってもらいたいアーティストはいっぱいいると思います。どんな音楽にも合いそうですね。
人物像が決まるとそこを中心にほかのことも考えられるようになる
──みなさんにおうかがいしたいのですが、クリエイティブの壁に当たったときはどのように乗り越えていらっしゃいますか?
健太郎氏:
僕は好きな音楽を聴いて休憩します。そしてまた作るという感じで、ずっと好きなものを中心に回っていますね。
藤井氏:
好きなものの力がすごいですね。なんにでも応用できる。
南場氏:
僕らは壁に当たるとけっこうジタバタ考えます。ふたりなので、悩んだときに相談できるところは助かってますね。
藤井氏:
「ジタバタする」と聞いて思い出しましたが、僕らはいわゆる稼ぎがない状態で『RPGタイム!』を集中して作っていたんですね。事務所までの電車賃が高いので毎晩ふたりで30〜40分くらいかけてひと線路分を歩いて帰っていたんです。
すると、事務所の中でいくら考えても出てこなかったアイデアが、なぜかその帰り道で浮かぶというケースが多くて。帰り道だからメモにも残せないし、言葉と頭の中だけのやり取りなんですが、なぜかいつも最後にはちゃんと解法が出てきて「粘ってよかったね」って。そういうことが1回や2回じゃありませんでした。
南場氏:
かなりありましたね。いまはその帰り道がないのでけっこう苦戦しています(笑)。
藤井氏:
いまは仕事を終えて事務所の掃除をしながら考えていると、玄関を出るときにいいアイデアが思いつくことがあるので、基本的に僕らは粘るタイプなんですね。
南場氏:
粘っていると少しずつ方向性が見えてくる感じはありますね。
──『RPGタイム!』で「ここは会心だった」という部分はどのあたりなのでしょうか?
藤井氏:
それはいっぱいあるんですよ(笑)。
まだ開発が2年目くらいのときは、ケンタくんは「ゲームクリエイターを目指す小学生」ではありませんでした。人物像が定まっていなかったんですね。文房具が好きだから文房具屋の子どもかな、みたいなフワっとした感じで。
だけど、「ゲームクリエイターになりたい少年だったんだ」と思いついたときからすべてがうまく回り始めました。いままで遊んだゲームへのリスペクトも出せるようになって。
南場氏:
人物像が決まるとそこを中心にほかのことも考えられるようになるので、かなりスムーズに進められるようになりましたね。
──なるほど。ちなみに、藤井さんと南場さんは普段の会議もホワイトボードに手描きで書いて説明する、というやり取りをされているのでしょうか?
南場氏:
最初のネタ出しはやっぱり手描きで、企画のときも手描きが多いですね。
藤井氏:
もう10年くらい前になってしまうのですが、開発当初はお互い遠距離だったんです。僕は東京の会社で働いていて、南場は大阪の会社で。そこで「絵チャット」と呼ばれるオンライン上でお絵描きチャットができるツールがありまして、そこにふたりで入って企画会議をしていました。
南場氏:
絵チャットに知らない人が入ってきたこともあったね。入ってきた人が「この部屋はなんだ!?」と驚いて(笑)。
一同:
(笑)。
藤井氏:
人が入ってきたら急いでイラストを消すので、企画会議にならないこともあって(笑)。でも、あれはおもしろかったね。離れていても絵で伝えられるし、おもしろい発想が生まれるひとつの場でした。
『アンダーテール』の「首伸ばし理論」が流行る
──『アンダーテール』や『Cuphead』など、少人数による制作でありながら作り込まれたゲームが輩出されています。『RPGタイム!』は制作に10年以上をかけたタイトルですが、ほかのインディーゲームから影響を受けたことはありましたか?
藤井氏:
『アンダーテール』は世界一おもしろいゲームを投票で決める企画があったとき、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を抑えて1位になっていたことがあったんですね。僕らは『ゼルダ』が大好きだったので「『ゼルダ』を超えて1位になるなんて冗談でしょ」と思っていたんです。
でも『アンダーテール』に対する声がどんどん大きくなっていったので半信半疑で遊んでみたところ、「これは『ゼルダ』を超えたのかもしれない」というおもしろさが確かにありました。日本からではなく、海外から『アンダーテール』が生まれたというのが悔しかったですね。
『アンダーテール』をやりながら「これ以上やると身が持たん」と言っている映像が残っているのですが(笑)。
なぜ身が持たないかというと、『アンダーテール』はおもしろさが積み上がっていたので、僕らが同じレベルのおもしろさを作ろうとすると「さらに徹夜しなければ、もっと時間をかけなければこの域には到達できない」と思ったからなんです。「これ以上おもしろくするのは無理かも」と音を上げていたのですが、そこは時間をかけることで解決しました。
トビー・フォックスさんが行きついた高さまで僕らはアイデアを積み上げていって、「アンダーデールの持つおもしろさ」に少しだけ近づけたのかなって。
世代も国も違いますが、自分にとってのライバルを見つけることはいいことだと思います。その意味で、『アンダーテール』にはかなり背中を押されました。
健太郎さんだったら同じ大学生のクリエイターでライバルを見つけて、高めていくのもいいかもしれないですね。直接やり取りする必要はなくて、お互いが遠くで作っているという関係でもいいわけですから。
南場氏:
僕らは『アンダーテール』を意識して、『RPGタイム!』の内容をだいぶ変えたんですね。
『アンダーテール』には首が伸びる犬が登場するんですね。ボタンを押していると、どんどん首が伸びていって、最後には画面の外に出ていってしまう。普通は画面の外に出たらそこでおしまいと思うじゃないですか。
ところが、さらにボタンを押し続けると今度は画面の上側から伸びた首が戻ってくるんです(笑)。
その二段構えを見て「首を伸ばすの、めっちゃいいな」となり、そのあとに僕らの中で流行ったのが「首伸ばし理論」です。1回で終わらせずに、もう1回伸ばすみたいな感じで。
藤井氏:
おもしろいアイデアが浮かぶたびに「たしかにおもしろいけど、首を伸ばしきれてない」と話し合って。
南場氏:
この首伸ばし理論は、ひとつひとつは弱くても量を足していくことで積み上がっていくんですね。『RPGタイム!』はその積み重ねで作られていて、そうしたことで褒めていただけるものになったのだと思っています。
藤井氏:
僕らは量しかないんです。
南場氏:
すごい演出とかあったらよかったんですけど。
──いやいや、『RPGタイム!』を最初に見たときの衝撃はいまでも覚えています。作り込みが狂気的だと。
藤井氏:
長い年月をためてためて、バンと出したので、驚いていただけたならよかったです。
「休みはすべて制作に捧げる」と決めていた学生時代
健太郎氏:
本当に個人的なことなんですけど、想像以上に美大の課題がすさまじく、あまり寝る時間がないんですが、おふたりは睡眠はどうされていましたか?
藤井氏:
僕らも課題が多いと有名な学校に入っていて、やらない人とやる人ですごく差がついていましたね。先ほど「バイトをやっていた」と言いましたが、時間が惜しくなって2年か3年でやめて制作に専念するようになりました。
南場氏:
制限時間があるとどうしても睡眠時間を削ってしまいがちですが、健康的ではないですよね。
──藤井さんと南場さんはゲーム会社に勤めながら『RPGタイム!』を作られていたわけですよね? どのように時間を確保されていたのですか?
藤井氏:
1年目は会社が終わったあとにオンラインで土曜の夜から翌朝まで制作していました。
南場氏:
夜10時くらいから朝5時くらいですかね。
藤井氏:
それを毎週やろうと言っていたものの、当時27〜28歳の遊び盛りな年ごろだったので、「毎週やると言ったけど、どっちかが休むだろう」とお互いに思っていたんです。「今日はクリスマスだからさすがにどっちか休むだろう」って。でも、ふたりとも1年間無欠席でした(笑)。
一同:
(笑)。
藤井氏:
一般的にはもっとちゃんと遊びの経験を積んだほうがいいかもしれないですが、「制作=時間」な部分もあるじゃないですか。睡眠時間もそうなんですけど、ほかに削れるパワーがあれば積極的に作品につぎ込むというのは才能だと思うので、やれるんだったらやってみてもいいかと思います。
僕らも学生のときは夏休みをすべて卒業制作につぎ込んでいました。本当にいっさい遊ばず、僕の家に南場が来て、漫画みたいなんですけど、段ボールを机にしてずっと『バトルクエスト』の絵を描いていました。
遊びたい誘惑がある中で、「休みはすべて制作に捧げるんだ」と決めていましたし、貫けましたね。ひとりだったらできなかったかもしれないですけど(笑)。
南場氏:
やるとしても期間的にやるほうがいいですよね。インプットも大事なので。インプットは時間がかかることなので、アウトプットは集中してやるのが健康的なのかなと思います。
藤井氏:
健太郎さんはいろいろ削ってやってしまう人だと思うので、逆に睡眠だけは気をつけていただいて、栄養のあるものを食べながら制作をしてもらいたいですね。いい枕があると、けっこう変わるんですよ(笑)。
南場氏:
藤井におすすめされた枕で寝たらぐっすり眠れるようになりました(笑)。
藤井氏:
健太郎さんも、ちょっと調べて人気の枕を使って寝ていただくのがいいかもしれない(笑)。睡眠の質は制作に影響すると思うので。
健太郎氏:
ありがとうございます。
──おふたりの話を聞いていると、学生のときに同じ志を持てる人と出会えたことが奇跡と言いますか、とても大事なことだったのかなと。健太郎さんも、これからそういう人が現れたら違う自分が見えたりするかもしれないですね。
健太郎氏:
相棒ができたらうれしいですよね。
藤井氏:
でも、『アンダーテール』のトビー・フォックスさんもそうですけど、ひとりで作るというのもすごくパワーのあることだと思うので、僕らは逆に憧れもあります。ひとりでやれたらいいなというのも半面、ふたりでもいい状態ではあるので。
どっちのパターンの健太郎さんも見てみたいですね。(了)
小学校の教室の片隅に展示されていた『文房具図鑑』は、インターネットで拡散されるとさまざまなメディアや店舗で取り扱われ、やがて壁にぶつかっていたふたりのゲーム開発者を救うことになった。
記事を読んでいただいたとおりだが、鼎談開始直後から藤井氏・南場氏・健太郎氏は、お互いを尊重する気持ちに溢れていた。藤井氏の「『文房具図鑑』に救われた」という言葉が決して大げさな表現でないことは、ひとつひとつの質問に対する回答や掲載した写真を見ていただければ伝わるだろう。
『文房具図鑑』の魅力として挙げられた「バリエーションの多さ」、「エンターテインメントとして先の知れないわくわく感」、「真面目さと遊び心の両立」はまさに『RPGタイム!』そのものである。
それらは、クリエイターによる「アイデア」と「時間」、「積み重ね」がなければ成立しない。だからこそ『文房具図鑑』や『RPGタイム!』のような作品が世に出てくることは稀有なのだろう。構想に16年、開発に10年を費やしたという『RPGタイム!』はそのすべてが詰め込まれた、ほかに類のない内容となっている。
『文房具図鑑』で藤井氏と南場氏が救われたように、きっと『RPGタイム!』も誰かにとっての救いとなるだろう。
そんなデスクワークスは、アニプレックスとスマートフォン向けの新たなプロジェクトに挑むことが発表されている。つぎの情報が、東京ゲームショウ2022で公開とのこと。これからのデスクワークスの挑戦に注目しよう!
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