最後に音楽で心を動かされたのはいつだろうか。
筆者はそれが「いつ」だったかを明確に覚えている。なぜなら15年以上も前から現在もなお現役で愛用している iPod Classic の更新が、2010年を境にぱたりと止まっているからだ。
エモ、スクリーモ、メタルコアなど「ポスト・ハードコア」と呼ばれがちなジャンルを中心とした数万曲もの楽曲が入っている筆者の iPod Classic は、2010年以降の曲がひとつも入っていない。サブスクに移行したとか、iPhoneで聴いてるとか、決してそういう問題ではなく、単純に曲を入れようと思わなくなってしまったからだ。要は、新しい楽曲を聴いても心が動かされなくなってしまったのである。
心が動かされなくなってしまった理由として考えられることは、2010年あたりからポスト・ハードコア界隈の傾向が変わってきたこと。時代とともに変化する音楽に、筆者自身がついていけなくなってしまったのかもしれない。あるいは歳を重ねたことにより音楽への情熱が薄れてきてしまった可能性もある。音楽に青春を捧げていた身としては、前者でも後者でもとてもさみしいことのように思う。
そうして iPod Classic の更新が止まってからじつに10年以上の月日が過ぎた。令和になっても相変わらず00年代のポスト・ハードコアばかりを聴いていた筆者は、2022年9月に解禁された “とある楽曲” を聴いて大きな衝撃を受ける。
それが、『ソニックフロンティア』のメインテーマ「I’m Here」だった。
静かなピアノのイントロから始まったと思いきや、たたみかけてくるギターやドラムはあまりに重厚。なにより、胸が締めつけられるようなメロディに映えるハイトーンボイスがたまらない。比喩表現ではなく、本当に鳥肌が立った。
さらにそれからほどなくして『ソニックフロンティア』の試遊中に巨神戦の戦闘曲「Undefeatable」を聴いたとき、筆者は再び大きな衝撃を受ける。
開始1秒目から心を持ってかれる……!
10年以上も動かなかった心がいとも簡単に動かされてしまった。しかも立て続けに。そんなことがあるだろうか。
メインテーマの「I’m Here」および巨神戦の戦闘曲「Undefeatable」を手がけたのは、『ソニックフロンティア』のサウンドディレクターを務める大谷智哉氏だ。氏は2001年に発売した『ソニックアドベンチャー2』からソニックシリーズの楽曲を担当している。
そこで今回電ファミは大谷氏に直接お話をうかがう機会をいただいた。これらの楽曲にはどのような要素が詰め込まれているのか。そしてどのように起用するアーティストを選んでいるのか。本稿では、ポスト・ハードコアなどの音楽ジャンルから “聴く”『ソニックフロンティア』をお届けしていこう。
※この記事は『ソニックフロンティア』の魅力をもっと知ってもらいたいセガさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。
※この記事には「エンディング曲」について言及している部分がございます。起用アーティストやエンディング曲に到達するための情報が含まれているため、ご注意くださいませ。
ハイトーンのボーカルでこそ伝わる想いがあると思う
──メインテーマ「I’m Here」や巨神戦の戦闘曲「Undefeatable」を初めて聴いたとき、00年代のエモ、スクリーモ、メタルコア、ポスト・ハードコアなどのジャンルを彷彿とさせるサウンドに興奮しました。これらの曲はそういった要素を意識されているのでしょうか? 曲の狙いを含めて詳細をお聞かせください。
大谷氏:
メインテーマについては、ゲームが発売される前に世に出ることが多いので「ゲームの方向性を正しく伝えられる曲」でないといけないと思っています。単にスピード感があってノリのいい曲を作ってしまうと、いつものソニックゲームと変わらないのではないかとミスリードさせてしまう可能性がある。今回の『ソニックフロンティア』ではそう思われないように、一聴して「過去シリーズとは違う何か」が伝わる曲にしようと思いました。
そこで浮かんだアイディアが、「静かなイントロからエネルギッシュなサビにつながる」という構成です。この構成は『ソニックフロンティア』の縮図になっていると思いました。静かな島から物語が始まるところがイントロ部分で、いちばん盛り上がる巨神戦のエキサイティングなところがサビの部分にあたります。メインテーマ「I’m Here」はゲームの縮図をそのまま詰め込みました。
──たしかに曲の中で段階を踏んでいく感じがあります。
大谷氏:
綺麗なメロディとハードなサウンドが融合する音楽のスタイルを考えたとき、メタルコアやポスト・ハードコアの要素がうまくハマりそうだと思いました。静と動の対比を強調するためにギターサウンドも見直して、いままで使ってこなかった9弦のギターを使用しています。
『ソニックフロンティア』はシナリオにも力が入っているので、ドラマチックなメロディの歌唱スタイルには、まさにエモやスクリーモの要素があったほうがより強く「前に進む」感じを表現できると思いました。
──ハイトーンのボーカルを起用することは最初からイメージにあったのでしょうか?
大谷氏:
楽器の重心を低くしているためハイトーンのボーカルにすることで広いレンジ感になると思いました。それと、歌いやすいキーで楽に歌うよりも少し高いキーで必死に声を出そうとしているほうが伝わる想いがある気がします。
一同:
なるほど。
──スクリーモやポスト・ハードコアはそこが魅力のひとつですね。
大谷氏:
じつはあまり公言していないのですが、僕はX JAPANの曲が好きなんです。クラシカルな部分とハードな部分を持つX JAPANの構造が方法論として近いかもしれない。
──巨神戦の戦闘曲「Undefeatable」はメインテーマ「I’m Here」よりもややメタル寄りかと思いますが、盛り上がりを意識されて変えているのでしょうか?
大谷氏:
巨神戦はひとつの島の遊びのサイクルでいちばん盛り上がる部分となります。巨神戦の曲はほかにもいくつかあって「ひとつのバンドがアルバムにいろんなタイプの曲を入れる」みたいな構成にしたいと思って作りました。中には、ラップが出てくる曲もあるんです。
そのため、さまざまな歌唱スタイルができるアーティストを起用したいという前提でボーカルを探しました。「メロディも歌う」「スクリームもする」「ラップもできる」みたいな欲張りプランなので、すべてできる “ひとり” なのか、複数のシンガーで “分担” するのか、「人選のパズルがうまくハマるだろうか?」と思っていました。
──巨神戦の戦闘曲「Undefeatable」ではボーカルにSleeping With Sirens(以下、SWS)のKellin Quinn(ケリン・クイン)が起用されています。歌唱スタイルのパズルがあったとしても、数あるバンドの中でなぜケリンを起用したのでしょうか?
SWSといえばつい先日ラスベガスで行われたフェス「When We Were Young」【※】に出演しており、たとえばこのフェスの出演バンドの中でも音楽性が近いバンドはたくさんいるように思います。ケリンの起用の経緯や基準となるものがあればお聞かせください。
※「When We Were Young」
2022年10月22日・23日・29日にラスベガスで開催されたフェス。ここぞとばかりにエモ、スクリーモ、メタルコア、ポスト・ハードコアバンドが集結している。2022年1月に初めてアナウンスがあったときは、まるで00年代のようなラインナップに界隈がざわついた。2023年も開催が決定しているが、チケットはすでに完売済み。
大谷氏:
起用については「ご縁があった」という話になってしまうんですけど、まず前提として、バンドで活動しているアーティストのシンガーだけを起用するやり方はイレギュラーな作り方だと思っています。通常であれば、バンドの曲を借りてきたり、バンドに作ってもらったり、いわゆるタイアップになるので。
ですが、ソニックシリーズはゲーム側のコンポーザーが曲を作り、海外のアーティストに作詞と歌唱で参加してもらう方法を長らく続けています。開発のいちばん近くいるコンポーザーが、「このゲームにはどんな曲が合うのか」を理解したうえでベストな楽曲を作る。そしてその曲のポテンシャルを最大限に引き出してくれるシンガーを起用する。
起用にあたっては、僕が強く「この人じゃないと嫌だ」とイメージを固めすぎないようにしています。コラボレーションにあまり興味を持ってもらえない場合もありますし、ツアースケジュールとバッティングしてしまうこともある。
今作ではシンガーのコーディネートをお願いしている人が何人かいるのですが、僕と同じくソニックシリーズのサウンドディレクターを務める瀬上純にメインテーマや巨神戦について相談していました。起用の基準、という言い方とは違うかもしれませんが、僕サイドとしては「組むことになった人とベストなものを作る」というスタンスで構えています。ケリンの起用についてはそこからもう1段階ありまして。
──通常と違う経緯だったのでしょうか?
大谷氏:
曲のクレジットに「Tyler Smyth」(テイラー・スミス)と表記があったと思うんですけど、彼はDangerkidsというバンドのシンガーでありプロデューサーでもあるんです。
テイラーには2017年に発売した『ソニックフォース』に登場する「インフィニット」というキャラクターのテーマ曲で作詞およびボーカルとして参加してもらいました。
『ソニックフォース』のときは僕らが渡米して、あらかじめ収録してもらっているボーカルをスタジオで聴かせてもらいながら調整をしていく予定でした。ところがスタジオに着いたら曲が作り変えられていて(笑)。
──ええっ(笑)。
大谷氏:
まずキーが変更になり、元を曲の構成はそのまま踏襲されつつ、一部のリズムパートにアレンジが入っていたんです。でもすごくかっこよくて、意図していた方向性をさらにブラッシュアップしてくれていました。そのため、本当はこちらで持ち帰ってミックスダウンする予定でしたが、その曲はテイラーに仕上げてもらう方向で進めることにしました。彼はシンガーでありながら、楽曲のトータルプロデュースまでやりたい人なんです。
過去にそういった経緯があり、テイラーが自分のバンド活動だけではなくアーティストのプロデュースもできることはわかっていたので、『ソニックフロンティア』の巨神戦のボーカル収録については「彼に任せてみよう」という話になりました。
曲はこちらから提供して、ケリンとのボーカル収録作業一式はテイラーに任せていました。
──テイラーが現場担当になっているんですね。
大谷氏:
そうなんです。彼にボーカル収録の現場をまとめてもらっている感じです。僕はそのころ別の曲のレコーディング作業を進めていました。日本では僕が島の曲などの楽器のレコーディングなどを進め、海外ではテイラーがボーカルの収録を行い、同時進行していた感じです。
──巨神戦の戦闘曲「Undefeatable」のクレジットを見たときに、複数のアーティストから編成されていたので不思議に思っていたのですが、テイラーが窓口になっていたからなんですね。では、メインテーマ「I’m Here」に起用したTo Octaviaのシンガー Merry Kirk-Holmes(メリー・カーク・ホームズ)はどのような経緯だったのでしょうか?
大谷氏:
これはいつものフローなのですが、僕が作った「I’m Here」のデモを瀬上さんに聴いてもらい、「どういうシンガーがよいか」を彼に提案してもらいました。
──SWSは大きなフェスにも出演していますが、To Octaviaに関しては正直なところ「どこからこんな逸材を見つけてくるんだ」と驚きました。調べてもあまり情報が出てこなくて(笑)。
大谷氏:
たしかにTo Octaviaの情報はほぼ出てこないですね(笑)。といっても、シンガーの起用にあたってはネームバリューはあまり重要視していません。純粋に曲のポテンシャルを最大限に引き出せるボーカリストであることを最優先しています。
──大谷さんはTo Octaviaのメリーのどこに魅力を感じたのでしょうか?
大谷氏:
声に甘さがあるところです。メタルコアやポスト・ハードコアにしてもソニックシリーズの曲なので、どこかにキャッチーな要素があったほうがいいと思いました。力強さは必須として、声に甘さがある方が切なさも表現できるんじゃないかなと。
加えて、オーストラリアという「別の大陸のシンガーと組む」という行為が『ソニックフロンティア』の舞台である「スターフォール諸島での冒険」とリンクする部分があるように感じました。いつも北米の人たちと組むことが多かった中で、新しい大陸の人にコンタクトを取りにいくことが、ソニックの冒険とも重なるかなと。といってもそこはこじつけなんですけど(笑)。
起用シンガーにはゲーム内容のすべてを “あえて” 明かさない
──アーティストを起用する流れとしては、最初に大谷さんが曲のデモを作ってから始まるのでしょうか?
大谷氏:
はい、曲ありきで始まり、こちらが用意する曲を歌って欲しいという打診をすることになります。デモのアレンジを進める一方で、シンガー探しも同時に進行していきます。
──作詞はどのように依頼をしているんですか?
大谷氏:
作詞は、「どういうことを歌ってほしいか」というキーワードをこちらから渡しています。用意された言葉ではなく、歌う人の言葉で起こしてもらいたいという思いがあって。なるべくシンガーに書いてもらうようにしています。
──ゲームが開発途中である中で、起用したシンガーの方々にはどれくらい『ソニックフロンティア』のイメージを伝えているのでしょう?
大谷氏:
じつは彼らにはゲーム内容のすべてを明かしていないんです。完全なシナリオを読んでもらってもいいのですが、人によってはミスリードと言わないまでも独自の解釈を歌詞に織り交ぜてきてしまう場合もあるので。そのため、ある程度の制限をして伝えていました。
また、ボーカル曲は「ゲームの中のことをそのまま歌ってください」ということではなく、一般的なテーマに置き換えても共感できる内容になっています。ゲームを知らない人でも理解できる内容で、メインテーマの「I’m Here」であれば、困難を乗り越えてさらなる高みに向かっていく感じ。
──音楽には「ここで完成」というのがなく、こだわろうと思えばいくらでもこだわってしまう気がします。どのタイミングで「これでいい」となるのでしょうか?
大谷氏:
おっしゃるとおり、音楽はいつまでもいじれてしまいます。ブロック遊びと同じようにちょっと変えることが延々とできる。
でも、完成の基準のひとつとして、それぞれの曲にはゲーム内での「役割」があるんです。アレンジを続けていると、その曲が役割を満たすことができたと思うときが必ずくる。逆にその曲の役割を満たせていないのであれば、まだアレンジや音作りを練る必要がある。
たとえば巨神戦の戦闘曲なら単なるBGMということではなく、このゲームでいちばん盛り上がる印象的な場面にしたい。その役割を満たせる曲なのかどうかを基準にしています。
──エンディングテーマについてもおうかがいしたいのですが、狙いや詳細をお聞かせください。
大谷氏:
エンディングテーマはONE OK ROCKの「Vandalize」に加えて、さらに2曲のエンディング曲があります。ひとつはストーリーのエンディング曲で、もうひとつは真のエンディング曲。いちばん難易度の高い「スリル」を進めることで辿り着ける「ディレクターズカット」というパートがあるんですけど、それをクリアすると流れるのが真のエンディング曲「One Way Dream」です。
──真エンディング曲の起用アーティストをおうかがいしても大丈夫ですか?
大谷氏:
ソニック30周年のオンラインのコンサートでゲストシンガーとして参加してもらったNathan Sharp(ネイサン・シャープ)です。
彼は過去にリリースされたソニックシリーズの楽曲をカバーしていたのですが、今回初めてオリジナル曲を歌うシンガーとして打診したところ、快く引き受けてくれました。
ONE OK ROCKとのタイアップも含めてエンディング曲が3曲あるので、ディレクターがどのように使い分けるか考えてくれました。
──ONE OK ROCKとのタイアップはどの段階から話があったのでしょうか?
大谷氏:
タイアップ施策の話はプロジェクトの早い段階から出ていました。『ソニックフロンティア』はシリーズ史上、最大と言っても過言ではない規模のプロモーション施策が検討されていたため、アーティストとの楽曲タイアップも検討したいと宣伝の担当から提案がありました。