私が初めてそのゲームを見たのは、ちょうど3年前の冬ごろであった。
『HUMANITY』と銘打たれたそのゲームのトレーラーは、大量の人間が画面を縦横無尽に行きかい、何か大きな意志のもと有機的な動きを見せるというもので、ゲームの目的も、ストーリーも提示されない、さながら「人間シミュレーター」といった様相であった。
しかしそれと同時に、私はそのゲーム画面の中に描き出される、ある種の芸術性のようなものを見過ごせずにはいられなかった。
なにせタイトルが「HUMANITY(人間性)」である。私の心の中にある考察厨の側面が、そこに込められたテーマや意図などを捉えようとするのも無理からぬ話であった。
そんな『HUMANITY』がまたも私を驚かせたのは、つい先日のことである。
新しく公開されたトレーラーは「初代プレステのノリ」そのものであり、実写も交えた4:3画面で繰り広げられる映像は、PlayStationで発売された『I.Q Intelligent Qube』のCMを思わせる。
高尚なテーマによって描かれるシミュレーターかと思えば、カジュアルなノリのパズルゲームであり、「人間性」をテーマにしたゲームかと思えば、主人公は可愛らしい柴犬である。かように捉えどころのないゲームである本作だが、そこにある奇妙な魅力は、3年前と比べても一層増すばかりで、ますます私の興味を惹きつけるのだった。
今回、電ファミニコゲーマーでは、そんな魅力あふれる『HUMANITY』の開発者である中村勇吾氏と水口哲也氏にお話を伺った。いったい、『HUMANITY』とは何なのか?この魅力はどこから来るのだろうか?
インタビューでは、本作のテーマやそこに込められた想いを始め、デザイン業界で活躍する中村氏が初めての本格ゲーム制作で出会った苦労話や、おふたりの興味深い開発経緯も語られている。そこで見えてきたのは、ゲームと同じくらい魅力的な開発者たちの素顔であった──。
始まりは、Tシャツに書かれた文字だった
──まず始めに、『HUMANITY』制作の経緯からお伺いしたいです。本作の企画はどのようなところからスタートしたのでしょうか?
中村勇吾氏(以下、中村氏):
僕らは普段インタラクティブデザインを手がけるスタジオで、ウェブやインスタレーション、映像などを作っているんですけど、「クライアントワークではなく自主制作で作品を作ってみたい」という気持ちがあったんです。
最初はゲームというよりも、自分たちで考えたユニークなインタラクションコンテンツを作っていて、始めて作ったのは鳥の集団を操るレースゲームのようなものでした。
──それがこの『GUNTAI』ですね。
中村氏:
そうです。普通のレースゲームで操作するのは1台ですけど、鳥の集団なので300から400匹ぐらいを操作することになるんですね。もちろん鳥ですから、カーブでミスしたら200匹ぐらい一気に死んでしまうという、デタラメなものでした。
もともと動物の群れや集団のシミュレーションが個人的に好きだったので、そういったアイデアを鳥だけじゃなく人間でもやってみたいと思いました。そうして『HUMANITY』の原型となるデモを作り始めたというのが、本作の始まりです。
──鳥と人間ではかなり振れ幅がありますよね。
中村氏:
鳥は「近付くとちょっと離れる」とか、「みんなと同じ方向に行きたがる」みたいに、わりとシンプルなアルゴリズムで動いているんですけど、人間の場合はそこに意志や理性といった要素が入って、また違うインタラクションが作れるかと思ったんです。
そんな矢先に、世の中にはどうやら「ゲームパブリッシャー」という人たちがいて、「インディークリエイターのアイデアを拾ってくれて、出資までしてくれるらしい」という情報を聞きつけまして、自分たちもそれを目指そうと(笑)。
それがおそらく5〜6年前の状況でした。とにかく「ゲーム業界の人に面白いと思ってもらいたい」という気持ちで作っていました。
──そうして、水口さんと出会うわけですね。
中村氏:
小さなところからだんだんとステップアップしていくイメージだったんですが、いきなりラスボスから連絡がきました(笑)。
一同:
(笑)。
中村氏:
それまでプレステでリリースするなんて考えたこともなかったので、ビックリしました。
──その時は水口さんから声をかけられたんですか?
水口哲也氏(以下、水口氏):
そうですね。僕が初めて『HUMANITY』のデモをみたのは2017年12月に行われたUnityの開発者向けイベント「Unity Developer’s Delight」でした。当時審査員として参加していたんですが、いろいろな方のデモを見ていた中に『HUMANITY』があったんです。そのデモを見たときに「なんじゃこりゃ」と思って、雷に打たれたようなショックを受けましたね。
その時の光景がお正月になってもずっと頭から離れなくて、1月の中旬ぐらいになってもまだ残っているんですよ。もういても立ってもいられないというか、まるで恋をしてしまった感じで(笑)。そこで思い切って勇吾さんのスタジオにメッセージを送ったんです。
もちろんそのデモがどういうゲームになるかというのは、具体的には考えていなかったんです。でも連絡を取って話してみたら、勇吾さんはゲームが大好きで、なおかつゲーム作りに前向きな思いも持っていたので、これはサポートするしかないなと。
※デモ映像 (version 0.3)
──水口さんがひとめぼれしたのはどんな部分だったんですか?
水口氏:
「大量の人が出てくるゲーム」はなんとなく見たことがあるじゃないですか。これは非常に面白いんですけど、この作品には『HUMANITY』というタイトルが付いてるんですよね。「HUMAN」じゃなくて「HUMANITY」なんですよ。
そこには「人間性ってこうだよね」と静かに語るような何かがあって、それがすごく引っかかったのかなと思います。なので、最後まで『HUMANITY』というタイトルは変わらなかった。その後の5年間の開発のなかで、このタイトルに僕らはいろいろな意味で呪縛されることになるんですけど(笑)。
──強いメッセージのようなものを感じたと。
水口氏:
この5年で本当にいろいろなことがありました。世界中で人権運動デモやLGBTに関する議論、その他にもパンデミック、戦争、AIなど、本当に激動の5年だったと思います。この作品にもそういったものが吸収されて、ストーリーを含め何かひとつの形になったのかなと思います。
中村氏:
ちなみに、最初に『HUMANITY』と名付けたのは、ただそういうTシャツを持っていたというだけの理由なんですけど……。
──ええ!? この話の流れで?
一同:
(笑)。
中村氏:
個人的に気に入っているTシャツのレーベルがあって、それっぽい言葉をきれいなタイポグラフィーで出すというのが特徴なんですよね。
その中に「HUMANITY」というのがあって、特別な響きがあるなと思って。デモ映像に「HUMANITY」と付けたのも勢い任せというか……(笑)。
──柴犬を主人公に据えたのもそういったところからですか?
中村氏:
じつは、最初は柴犬がいなかったんですよ。
始めにあったコンセプトは「大きな群集が小さな個人に従って動く」というものだったんです。ただ、普通の人間で試したときに「もうちょっと何かないかな」という話が水口さんからありまして。
そこで、群集自体を操作するのではなく、「それを導く超越的な存在を操作対象としてフィーチャーしよう」という話になりました。旧約聖書のモーゼみたいな感じですね。
じゃあ誰を超越者にしようか、なった時に「まあ……犬でしょ」と(笑)。
一同:
(笑)。
中村氏:
そこの議論はあまり長引きませんでした(笑)。
──始めから柴犬が頭に浮かんだんですか?
中村氏:
「犬といったら、普通は柴犬でしょう」と満場一致でしたね(笑)。
──そこでチーム間でのイメージの共有がしっかりと出来ているのはすごいですね。
中村氏:
集団の意志がない感じというか、アホ感というか、全体的にそういうムードを出したかったんです。じゃあアホな群衆の対比として何を置いたらいいんだ?と考えると、犬が一番賢いかなと。
「究極にアホになった人類が、かつて導いていた犬に導かれる」みたいな、そういうイメージですかね。
──柴犬ということが何かのメッセージになっているわけではなく?
中村氏:
そうですね。「直感的に柴犬でしょう!」と。後になって、「海外で柴犬は通じるのか?」とも思ったんですけど、調べてみると柴犬って海外ですでに人気で、「そうなんだあ」と思って(笑)。
一同:
(笑)。
中村氏:
ラッキー、だったら柴犬でいけるじゃんって(笑)。柴犬が仮想通貨「ドージコイン」のデザインになったり、それでTwitterのアイコンが柴犬になったり、トレンドとしても柴犬がキてる……?と思いましたね。
──実は、主人公が犬であることに対してめちゃくちゃ深読みしていました(笑)。柴犬は何かのメタファーなのかな、と。
中村氏:
そんな難しいものではなく、僕ら日本人が持っている忠犬ハチ公のイメージですよ(笑)。
水口氏:
勇吾さんのアイデアは直感的にぱっと出てくるんですよね、しかもどれも面白い。勇吾さん本人は「なんとなく」って言うんですけど、多分「なんとなく」なんかじゃないと思うんです。
いろいろ話を聞いてみると、「なんとなく」の向こう側に、なぜこれが出てきたかという背景が感じられる時がよくあって、それが絶妙だなと思いますね。
さっきのTシャツの話もそうですが、おそらく何かを見た瞬間のインパクトをすごく大事にしている方なんです。だから、「なんとなく」が薄っぺらくないんですよね。
「群集観察ムービー」から「アクションパズルゲーム」へ
──Steamにも群衆シムと呼ばれるジャンルはいくつか出ていますが、そういったセンスや感覚を頼りに、この手のものを作っていくのはすごく難しいことだなと思います。それを可能にするために、チームの中で連携はどのように取られているのでしょうか?
中村氏:
水口さんはとにかく、「アメとムチ」が上手いですね。すごく褒めておだててくれるんですけど、気づけばシビアな要求を突き付けられている状況が多いです(笑)。犬に関しても、水口さんの要求が無ければ人間のままでしたし。
敵のカラーリングについても同様です。始めは味方が白、敵が黒としていたんですが、ちょうどその時起こっていた香港での暴動とリンクするものがあって、「そういう政治的な描写になってしまうんじゃないか」と。
人間同士が戦う残酷さを描けるのも『HUMANITY』の面白いところではあるんだけど、やはりそこは調整しないといけないかなと。これも水口さんのおかげです。
──水口さんが良きストッパーになってくれたと。
中村氏:
僕は仕事柄、「尖ってなんぼ」みたいな感じでインパクト重視のものを作りたがるんですよね。そこを水口さんが上手くバランスを取ってくれて、誰でもすっと入れるようなゲームに近づいたなと思います。
──初期のトレーラーはかなりアート寄りなものだったと思うんですけど、今回、犬が出てくることでプレイヤーとしてはかなり触れやすくなったと思います。
商品として考えたときにも、犬の存在で、たとえば女性や実況者の方もターゲットにできるかなと思います。
水口氏:
でも、この作品のタイトルがたとえば「群集」だったら、多分そういうことにはならなかった気がするんです。
勇吾さんはインパクトと言っていたけど、この『HUMANITY』というタイトルだけで、ただの群衆シムで終わらない「何か」を作品に埋め込んだと思います。勇吾さんは「あんまりストーリーとかテーマに凝るより、本当に面白いものを作りたい」と言ってるんですけど、でもタイトルを付けたのは誰でもない勇吾さんですから。
その『HUMANITY』をただの飾りにしないために、僕の方からもちょくちょく口を挟ませてもらいましたね(笑)。
中村氏:
水口さんが言う「HUMANITY」ほどの「HUMANITY」じゃないんですよ、みたいな問答をずっとしていましたね(笑)。
──タイトルに使われているフォントも真面目な雰囲気ですし、そこから出るインパクトや響きをチームで大事に育てていったんですね。
中村氏:
今振り返るとかなりいい感じに拡大解釈してくれたなと(笑)。もともとは単なるTシャツの柄ですからね。
水口氏:
勇吾さんの発言はいつもインスピレーションを与えてくれるんですよ。犬の件だってそうで、勇吾さんがぱっと提案してくれた犬が、結果的にチームの共通認識を確認させてくれた側面がある。
ストーリーに関しても、勇吾さんがしびれるような一節を冒頭に入れてくるわけですよ。
「ある朝、目が覚めると、私は犬だった」と。カフカかよと(笑)。
一同:
(笑)。
水口氏:
毎回僕が何かを求めたときにそういう大きい一言で応えてくれる感じが、キャッチボールとして上手く働いていたのは確かだと思いますよね。
──中村さんは水口さんの提案を毎回すんなり受け入れられていたんですか?
中村氏:
“圧”を感じるんですよね。水口さんがああでもない、こうでもないと話をする度に、5秒ほど間があくんですけど、それが毎回3時間ぐらいに感じられて(笑)。
一同:
(笑)。
中村氏:
水口さんは普段すごく優しいし理解もあるんですが、ここぞという時はぐっと重力が出て、それに支えられてもいるんです。僕は頑固な職人タイプというわけでもないので、ちゃんとアイデアをぶつけて返してくれる人がいないとダメなんだと思います。
自分の得意分野であれば、仕事に対してどういう結果が帰ってくるかはある程度推測もできるんですが、ゲームはやったことがなかったので、その点でもかなり助かりました。水口さんはゲーム業界で経験豊富なのでイメージもしやすいだろうし、それに従う方が間違いないのかなと。
それに、無言の圧力をかけられたら「やる」としか言えないですよ(笑)。
──アイデアを出し合う中で、本作では特に微妙なニュアンスなども伝えなければいけない場面が出てくるかと思います。そういったときはどのようなコミュニケーションを?
中村氏:
そこは全員が同意できるまで、愚直にじっくりやることが多いです。1発でアイデアを通すというのはあまりないですね。やはり「これだ!」となった時は自分も皆も同じ気持ちだと思うので、そこに辿り着くまで地道にやります。
水口氏:
僕と勇吾さんだけのゲームじゃないですしね。たとえばプロデューサーのマーク(マーク・マクドナルド氏。『HUMANITY』エグセブティブ・プロデューサー)も、日本で育った僕たちとはまた違う視点をもたらして、いろいろな幅が出てくるわけです。
いろいろな意見を受けながら直してを繰り返していくうちに、かなり時間はかかってしまいましたね。
始めは3年ぐらいでできるかなと思ってたんだけど、パンデミックの影響もあって、結局5年ほどかかりました。でもこの5年間、少数精鋭のチームでよく頑張ったなと思います。すごく濃密なメンバーだったので、このチームでじっくり作り続けられたというのはいい結果をもたらしたんじゃないかと思います。
──開発の体制としては、具体的にどのようなものなんでしょうか?
中村氏:
始めはエンハンスさんがパブリッシングとプロデュース、開発は僕らの会社で、というやり方だったんですけど、僕らの会社はゲームが本業ではないので出来ないことが徐々に見えてきたんです。
たとえばレベルデザインに関しては、「歯ごたえのあるパズルとはこういうことだ」という具合に、エンハンスの石毛さん(『HUMANITY 』ゲームデザインディレクション)にかなりレクチャーしてもらいました。
そうしていくうちに徐々にエンハンスの精鋭の人たちも入ってきて、ゲームデザインの面はかなりお任せすることになりました。僕らはビジュアルとプログラムを主に担当していましたね。
──レベルデザインに関しては、実際にプレイして素晴らしいと感じました。パズルの向こう側に作り手がしっかり見えるというか、自動生成では絶対に味わえない面白さがあったと思います。
でも、中村さんが作ったデモを見る限り、最初はパズルでもなかったわけですよね。
中村氏:
僕の中のイメージでは、流体のような人間の集合体を有機的に動かしてゴールを目指す、というざっくりしたものでした。イメージとしてはとても美しいし、そういうシステムで面白いゲームが作れたらいいなと今でも思うんですけど、やっぱり成立しなかった。
やはりゲームにするためには、ある程度のかっちりした操作が必要だったんです。群衆の操作方法についていろんなパターンも試行錯誤しました。その結果、今のシステムに落ち着いたのかなと思います。
──話は変わりますが、中村さんはどのようなゲームがお好きなんですか? あるいは、『HUMANITY』を作る上で参考にしたゲームはありますか?
中村氏:
好きなゲームはスマートフォンのカジュアルでクリエイティブなゲームが多いです。指でなぞるアクションパズルや流体シミュレーション、具体的なものを挙げるとゲームアプリの『FROST』とかですね。そういったゲームをよく遊んでいました。
僕らの作る作品もそういったゲームに近い部分があるので、開発の中で見る目も変わってきましたね。「どうかこのジャンルでいいのが出てくるな、停滞していてくれ」って(笑)。
──この手のゲームはなんといってもセンスが問われるので、それほど心配はいらないんじゃないかとは思います(笑)。
中村氏:
先ほど挙げた『FROST』は『HUMANITY』のアイデアの源流になっていたりもします。パーティクルを操るシミュレーションを見て、「このパーティクルを人間に置き替えたらどうなるだろう?」と。
パーティクルに内蔵されるロジックが人間になることで、何か新しいインタラクションが生まれるんじゃないか、そういう発想が根源にありますね。
──そういう発想を実際に形にできるのは、本当にすごいことだと思います。ただ、段々とジャンルがパズルにシフトしていくことで、苦労もあったのでは?
中村氏:
今でもまだ理解しきれていない部分ではありますが、レベルデザイン講習を受けていたときに、エンハンスさんが実際にパズルの面を作ってくれたことがあるんです。
ただ、これが全然解けない。バグじゃないかと思ったほどです(笑)。だけど、1時間かけてやっと解けた時に、すごく歯ごたえを感じたんですね。
そのとき、「なるほど、こういうことか」と。僕はパズルゲームが基本的に苦手で、今まで向き合ったことがなかったんですけど、なんとなく理解できた。
僕が今まで作ってきたものはあくまで「インタラクティブ群衆観察ムービー」だったんですけど、その時初めて「これがゲームだ」ということが分かった気がしたんです。
時間はかかっても「安心してプロデュースができている」と感じた
──他にも、人生で影響を受けたゲームなどはありますか?
中村氏:
かなり古いゲームですけど、1984年に出た『ニュートロン』がありますかね。当時はかなり新鮮でした。りんごを投げて的に当てるゲームなんですけど、そのりんごが重力の法則に従って放物線を描くんですね。スクリーンショットには現れないんですけど、そういうシミュレーション的な面白さを当時感じていました。
『スーパーマリオブラザーズ』も同じで、マリオがジャンプするときの感触と言いますか、そういうものを体験したときに、「僕もジャンプすれば小さな放物線を描くよな」と。自分も重力の法則に従っているんだということが、ゲームというメディアを通じて覚醒される感覚があって、それがすごく好きだったんです。
最近だと『スプラトゥーン』でも似たようなことがあって、地面に塗るインクの散らばり具合に、シミュレーション味を感じるというか(笑)。
──かなりニッチな楽しみかたですね(笑)。
中村氏:
僕は塗り重視派なので余計に感じるんです。多分、「動きの背後にあるルール」みたいなものが好きで、それが自分の中にある感覚を呼び起こしてくれるからなんでしょうね。
──中村さんはアートやデザインの方面で活躍されている方なので、ゲームもいわゆるアート的な視点で見ているのかと思ったんですが、意外ですね。
中村氏:
アーティストやデザイナーがどこかと組んでゲームを作る事例って昔からあって、それこそ佐藤雅彦さんの『I.Q』は有名ですよね。
僕自身にゲームを作る力は足りないし、これまでのアーティストの方々が作った素晴らしいゲーム作品と肩を並べられる作品になっているのかまだ分かりませんが、インタラクティブ表現としてだけではなく、ゲームとして面白いものを作りたいとは思っていたので、そういう点では初期からかなり水口さんにお世話になったと思います。
──ただ、ディレクターは中村さんですよね?
中村氏:
厳密に言うと、僕は原案とストーリー、アートディレクション、UIデザインを担当しています。ゲーム部分やレベルデザインについてはエンハンスさんが主軸ですね。技術的なことはうちのメンバーで担当しています。
ただ、誰が何を担当しているか区別がつかないほど、みんなデザインにもプログラミングにも口を出しますね。これは仕事柄、どっちも並行してやってきたthaのメンバーだからこそではあるかと思います。
──水口さんはこれまでディレクターとしてもプロデューサーとしても多くのゲームに関わってきましたが、本作の開発で「他とは違う」と感じた部分はありましたか?
水口氏:
これまでと比べてかなり特殊でしたね。勇吾さんは謙遜してますけど、ゲームを作ったことがないというだけの話で、クリエイターとしてはもう一線級じゃないですか。
ここまでいろいろなディレクションを見てきて、発想はもちろん、ビジョンもしっかりしていますし、発想も建築的だと思うんです。そこはやっぱりすごいアーティストだなと感じますね。
──それはゲーム作りに関しても必要な資質ですね。
水口氏:
ただ商業でゲームを作ったことがないだけで、個人的にはものすごくゲームに向いてる人だと思うんです。
思い返せば、勇吾さんの持っている「やりたいこと」のビジョンと、勇吾さんが経験のないゲームデザインを組み合わせていくのはカオスな作業だったなと思います。ただ、ゲームを作ってきた人間として勇吾さんをサポートしていこう、という思いはずっと明確でした。
こんなことを言うと怒られるかもしれないけど、プロデューサーの仕事としては難易度が高いわけではなくて。むしろ、時間はかかっても「安心してプロデュースができている」と感じていましたね。
──「この先大丈夫かな?」と不安になるのではなく、ちゃんと完成まで見通せるプロデュースだったわけですね。
水口氏:
行き詰っても必ず良くできる方法やアイデアが出てくる安心感がありましたね。勇吾さんもそうだし、今のメンバーは必ず解決できると思える心強さがあった。
だから、僕としても「もうちょっと」と言い続けられる(笑)。もちろん無責任なことは言いませんが、『HUMANITY』を名実ともに『HUMANITY』にするためにストレートな意見を出し続けられたのは、勇吾さんのおかげです。今回のプロジェクトはすごく楽しかったですよ。
中村氏:
「もうちょっとで開発が終わるんだ」という事実が今の救いです。もうほんとに、僕はこれから一生このゲームを作ってるんじゃないかと思いました。本気であと10年ぐらいかかるんじゃないかと(笑)。
──(笑)。デザインやストーリーなど、開発終盤まで吟味した要素はありますか?
水口氏:
開発の最後のピースはやっぱり勇吾さんのストーリーだったと思います。勇吾さんもよくお話しするんですけど、人間って個人に目を向けると良い人が多いんだけど、集団になるとおかしいことをし始める。それが極端な話、戦争に行きついたりしてしまう。
この流れの中には当然人間の負の側面が出てきますし、そういった集団の負の側面をどう描写するのかも重要だったんです。武器が使えるゲームはたくさんありますが、『HUMANITY』というタイトルが付いているゲームで、武器はそんなに単純なものではいけない。この辺のナラティブについては勇吾さんもかなり悩んでいましたよね。
中村氏:
「武器をどう手にするか」という話は、水口さんもかなりこだわっていましたよね。僕は「そのへんに落ちてたらいいんじゃないすか」と答えたんですけど(笑)。
一同:
(笑)。
水口氏:
戦争のようなテーマは避けては通れないんだけれども、描き方や語り方も重要なんだと思います。プレイヤーが能動的に入っていくのか、ただ提示されたストーリーに巻き込まれるのか、それだけでも大きく体験が変わるじゃないですか。そういうことも含めて後半はかなりの試行錯誤があったんですよね。