「集団としての人間を俯瞰的に見る」という視点
──ストーリー自体は最初からどうするか決めていたんですか?
中村氏:
もともとはセリフを入れるかどうかから始まり、入れ始めてからは必然的にストーリーを作る必要が出てきました。そこからいろいろな設定を考え始めて、今の状態に落ち着きましたね。
──この手のシステムが面白いゲームって、最悪ストーリーがなくても遊べるんですが、それでもストーリーがあることで、プレイヤーの動機は全然違うものになりますよね。
水口氏:
そうですね。ストーリーはプレイヤーの気分を良くしてくれますし、ハンマーで頭を殴られたようなショックを与えることもできる。『HUMANITY』は個人的にすごく衝撃的なシーンもあるし、エンディングもぜひ体験してもらいたいものになっています。
それに、途中でゲームを諦めないで済むようヒントビデオを必ず入れて、それを見ればほとんど解けるようにしています。勇吾さんは最後にすごくいいストーリーをひねり出したなと思います。本当に、素晴らしいものになっていると言えます。シンプルだけど、ものすごく強いメッセージ性がある。
中村氏:
開発の最終盤でまたWordを立ち上げるとは思いませんでしたよ(笑)。
水口氏:
エモいですよね、最後にスイッチが入ったんですから。勇吾さんはストーリーに関して「あんまり」と言うんですけど、本当にすごいんですよ。
中村氏:
これはゲーム内容にも通じるんですけど、現代はSNSの発展で「集団の動き」が可視化出来るようになったと思うんです。僕自身、近しい人の炎上騒動を傍から見てると、人間の動きがすごく俯瞰的に見える。
それに伴って、人間というものを俯瞰的に見る視点が芽生えて内面化されていく。これって、昔にはなかったと思うんですよね。
すごく大袈裟に言うと、人ひとりの知性というよりも、集団のレベルで人の動きを考えていく視点が求められているような気がするんです。そういう意味での“人間性”が、ゲーム体験とシンクロすればいいなと思います。
──ここまでのお話を含めて、『HUMANITY』の物語はどういった構造になっているんでしょうか? 積極的に語るタイプなのか、ある程度解釈を委ねるものなのか……。
水口氏:
ストーリーは正直伝えるのが難しいですね。あまり喋りすぎるとネタバレにもなってしまうので。ただ、やっぱりこの時勢ですから、そこに関するメタファーは色濃く入ったものになっていると思います。
中村氏:
さっきも言った「俯瞰的に見る視点」はみんな持ち始めていますから、そこから独自に解釈してくれることも期待していますね。
前にデモバージョンを配った時も、プレイヤー各個人がそれぞれ思い入れを持って、我々が気づかなかったものすら解釈してくれたので。そういうのはすごく面白いなと思います。
──「メタファーが詰め込まれているんだろう」と深読みして、いろいろ考えたくなる作品ですよね。それは演出に対してでもいいし、ゲームプレイの中に見出してもいい。何かしらの気づきがプレイヤーの中で生まれるゲームだと思います。
中村氏:
延々と同じところをループする群衆を見て思いを巡らせるのも悪くないですね。よくよく考えると残酷ですが(笑)。「お前らここで一生回っとけ」と。
──最初のステージでも、プレイヤーが何も操作しないと群衆がどんどん奈落に落ちていくじゃないですか。最初は可愛そうに思ったんですけど、そのうちに「そうか、こいつら人間は指示がなければ落ちていくだけなんだ。なんて愚かなんだ」みたいな感情が出てきて(笑)。このゲームならではの体験だったのかなと思います。
中村氏:
そういった部分にも水口さんからの要望がけっこう詰まっていて、最初は見えなくなるまで奈落の底に落ちていく演出だったのを、光の玉になって何かに昇華される演出に変えているんです。
こういうエッジの効きすぎた部分をマイルドにする積み重ねが、結果良いものに繋がっていると思います。
「嫌なところがひとつもない」を目指すデザイン
──UIデザインも素晴らしいですよね。フォントの選び方から文字の太さまで、こんなに格好いいゲームはなかなか無いと思います。「フォントがダサい」というのは、どんな良いゲームでもザラにありますし。
水口氏:
そこはやっぱり勇吾さんの凄さですよね。
中村氏:
まあ、もともとそういう仕事だからね(笑)。
──たとえば白いアイコンは背景が白いと隠れてしまうから、デザイナーとしては輪郭線を付けたくなってしまうと思うんですよ。でもこのゲームでは輪郭線は付いていない。カメラが制御できるから無理に付けなくても視認できるんですが、それでもここまで思いきれるのは流石です。
中村氏:
それはけっこう戦いましたね。「つけるとダサくなるから、つけたくねえな」って(笑)。
タイポグラフィーや家具のデザインでよくあるんですけど、特徴を際立たせていくというよりは、嫌なところをバンバン打ち消していく、「嫌なところがひとつもないのを目指す」というデザインの考え方があるんですね。
ただ、ゲームの多くは前者の特徴を伸ばしていく方が主流なんです。たとえばコインを過剰に光らせたり、ガチャの演出なんかも分かりやすい例ですよね。
僕はどうしてもそこに馴染めなくて、嫌なところを消していくやり方になっていく。白くなって見えないことが多少あっても、全体のバランスの良さや不快感のなさを取りたいんです。
──普段意識することは少ないですが、「不快感がない」というのはすごく大事な気がしますね。言われてみると、やっぱりUIデザインを意識しているスタジオの作品はやはり不快感が少ないですし、一方で荒削りなインディーゲームにはそういう部分が多少なりとも残ってしまっている。
中村氏:
僕はビジュアル的に気持ち悪い部分をどんどん消していくんですけど、エンハンスさんも同様に、ゲームプレイの中で気になる部分、嫌だと思う部分をどんどん打ち消していくんです。なので、ビジュアルもゲームもデザインという部分ではけっこう同じことをするんだなと感じました。
加えて、エンハンスさんはユーザーからのフィードバックも「ここまで言うことを聞くんだ」というぐらい聞いていてびっくりしました。「いちユーザーの意見をそこまで?」と思うほどにです(笑)。
──中村さんも水口さんも、扱うものこそ違えど、デザイナーとしては本当に一流の方だと思います。
デザイン面に関して、中村さんが水口さんから個人的なフィードバックを受けることはあったんですか?
中村氏:
水口さんの個人的なフィードバックとして、「字が見えにくい」というものがありました。ただ僕は「気持ちは分かるけど、それは老眼では?」と(笑)。
一同:
(笑)。
中村氏:
老眼ということでここはひとつ、と。そういう会議もあります(笑)。
「クリエイターモードの運用」という新たな挑戦
──本作のプレイ時間はどれくらいを想定していますか?
水口氏:
人にもよりますが、かなり長いほうかな?
──ゴールを目指す途中に収集要素があったりもするので、プレイしてみてそこそこ長くなるのかなとは思いましたね。
中村氏:
クリアするだけならまあまあサクサク進むんですけど、そういったものを集めようすると途端に難しくなると思います。
──ただ、本作は用意されたステージだけじゃなくクリエイターモード(STAGE CREATOR)もありますから、人によってはかなりの時間遊ぶことになると思います。STAGE CREATORは始めから実装する予定だったんですか?
中村氏:
もともとは自分達の開発用にレベルエディターを作っていて、みんなが触っているうちにエディターそのものがブラッシュアップされていったんですね。なので、「ここまでのクオリティならクリエイターモードとして公開していいんじゃないか」となりまして。始めから企画していたというよりは、ふわっと始まったものですね。
なので、仕様としては僕らが使っているレベルエディターと基本的に一緒のものです。もちろん開発者だけいじくれる部分もあるんですが、基本的には開発者が使っているものと一緒のものを公開していると思ってもらっていいでしょう。
ジオラマで地形を作って遊び、そこにいろいろな人を流してみる遊びが付いているイメージです。群衆オプション付きの『マイクラ』といいますか、その方が面白いですしね。
──パズル公開場というよりは、自分だけのおもちゃ箱みたいなイメージですか?
中村氏:
それでも全然いいです。もちろんパズルゲームなのでパズルも作ってみてほしいですけど、ベースとしては好きに使ってもらうことを想定してます。
──『HUMANITY』のSTAGE CREATORではエンハンスさんが公式にユーザーの作品を集めてプレイリストを作ると聞きました。これはどういうものになる予定ですか?
水口氏:
運営チームもすでに作っており、これからユーザーの作品をピックアップしていくことになります。コンテンツをモニタリングするスタッフ込みでタイトルをサポートするというのは、今回が初めてになりますね。
『テトリス エフェクト・コネクテッド』では、マルチプレイ対応、プラットフォーム間のクロスプレイ対応、週末イベントの運営といったことをやっていましたが、それに比べると今回は相当な労力になるとは思います。
──STAGE CREATORの実装は今の時代にも合ったものだと思います。ストリーマーが取り扱う機会も増えると思いますし、ユーザーが本作の予期せぬ面白さを抽出してくれる可能性もあると思います。
さらに雑多なクオリティのパズルが並ぶのではなくて、公式お墨付きの良いパズルが並ぶとなると、パズル好きのユーザーにも嬉しいと思います。
中村氏:
僕もゲームが発売されたら、昔作ったけどボツになったステージを投稿しようかな。
まあセレクトされなかった結果、ボツになってるんですけど(笑)。
一同:
(笑)。
──最後に、中村さんにとって今回のゲーム制作は本当に大変なお仕事だったと思います。ゲーム制作を実際に体験した感想としては、どうですか?
中村氏:
本当に「ゲームは大変だよ」というのはよく聞きますけど、思っていたよりさらに大変のさらに大変なぐらい大変でしたね。
今は開発の終盤なので、若干持ち直しつつありますが、この2〜3年はゲームという言葉を聞いただけで変な汗が出てましたから(笑)。なので、まだゲームに対して客観的に見れていない部分も当然あります。今のところ、「またやりたい」なんて到底言えないですから。
一同:
(笑)。
中村氏:
ただ、今日のインタビューで話している中だけでも「そういえばこうだったな」と今までにない気づきが膨大にあったので、すごくいい経験だったんだろうなと思います。身になったと感じますね。
──デザイナーとして資産になるものもあったと。
中村氏:
そうですね。うーん、他の仕事が楽勝に思えてきます。「3ヶ月? すぐじゃん!」という感じで(笑)。
──そう言われると、ゲームを作る期間というのはとても長いと改めて感じますね。
中村氏:
月並みですけども、完成するということ自体がものすごいことなんだな、というのは本当に分かりました。
──水口さんも今回のプロデュースの感想はありますか。
水口氏:
今まで自分がディレクションしたもの、プロデュースしたものがあって、それを積み重ねてきた気もしたけれども、今回の『HUMANITY』はプロデュース作品としては一番大きな満足感を得ましたね。
勇吾さんと組めたというのももちろん良かったし、勇吾さんみたいな方が本当に大変な中でゲーム作りをやりきってくれたので、素晴らしい作品になったなと実感しています。プロデューサーとしての満足感はすごく高いです。
あとはなるべく多くの人に遊んでもらうことを願うばかりですね。本当に誰でも遊べるゲームに仕上がったので、お子さんでも年配の方でもどんな性別の方でも楽しく遊んでもらえればなと。
本作はひとりで遊ぶよりも、みんなでわいわい話しながら遊ぶのがすごく合っていて、コントローラーを回し合ったり、誰かのプレイを観ながら会話したりと、ゲームを通じたコミュニケーションがすぐにできるのが面白い部分だと思います。
──編集部でも、プレイ中に皆が口を出し合ってましたね。
水口氏:
そういう意味ではすごい珍しいというか、いいスタイルのゲームなったなと思いますね。
中村氏:
あとはやはり、ワンちゃんがかわいい。正解がひとつではないパズルもあるので、こんな解き方はどうだろうと皆で発見を楽しんでほしいですね。(了)
中村勇吾氏の本業はデザイナーであり、ゲームクリエイターではない。しかしNHK Eテレ「デザインあ」映像監修、「ユニクロ」デジタルディレクションなどを務め、さらに現在も多摩美術大学で教鞭を振るいながら活動しているという、業界人でなくとも驚く経歴の持ち主である。水口氏の経歴に至っては、『テトリス エフェクト』や『Rez Infinite』など、ゲーマーなら言わずもがなであろう。
その点で本作は、デザイン界とゲーム界、ふたつの業界のベテランタッグによる初のゲーム作品というセンセーショナルな一面も持っている。
インタビューを振り返ると、ゲームそのものの内容と比べて、かなり和気あいあいとした雰囲気で進んだのが印象的であった。昨今の時勢もストーリーに取り込んだ本作のインタビューが、「皆で楽しく遊んでほしい」というコメントで締めくくられたのは、ある種「ゲームは楽しんでこそ」というおふたりからのメッセージにも映る。こうしたことを考えてしまうのもまた、『HUMANITY』という作品の持つ魅力なのだろうが。
いずれにせよ、本作は非常に重厚なテーマを持っていながら、あらゆる人々に楽しんでもらうことのできる懐の深さを持ち合わせているのは間違いない。『HUMANITY』がどのような物語を紡ぎ、それにプレイヤーが何を感じ、そしてクリエイター機能がどのような役割を果たしていくのか、それらを眺めながら、改めて「人間とは何か」という問いの答えを探すのも悪くないだろう。
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