世にも珍しい「密談」があるデジタルゲーム
──少し話題は変わるのですが、先ほど『人狼』をデジタルに落とし込んだ例として『レイジングループ』と『グノーシア』の話が出てきたじゃないですか。
たとえば『レイジングループ』って、『人狼』をモチーフにひとつのシナリオで描き切ったらどうなるか……という試みだったと思うんです。逆に『グノーシア』は「『人狼』のシステムをひとり用に再現したらどうなるか」というシミュレーター的なゲームデザインになっている。
どちらもアプローチが異なるんですね。そこから考えますと、このゲームはどんなアプローチになるんでしょうか。
塩川氏:
うーん……じゃんきちさんの目からはどう見えますか?
多分、どちらとも違うかなとは思うんですが。
じゃんきち氏:
そうですね……システム的な部分は『グノーシア』が少し近いかもしれません。『グノーシア』って内部構造がすごくシステマチックじゃないですか。でも、多くのプレイヤーはそのシステマチックに作られている部分に気づかない。
勘のいい人はどこかで分かるかもしれませんが、たいていは情報量が多すぎて分からないと思うんですよね。その意味では近いアプローチになっているかとは思います。
──『グノーシア』の面白いところって、仕組みはすごくシステマチックでデジタルだけど、受け取る側はアナログっぽさを感じるところだと思うんですよね。ああいう感じというのも変ですが、このゲームで与えたい体験もやはりアナログ的なものということなのでしょうか。
塩川氏:
そこはその通りです。先ほどの「『いや、そんなの知らないよ』と言っているけど、目線を逸らしている」というシチュエーションをどう捉えるかという、アナログ的な余白を残すことは本作でもしています。
あとひとつ……大きな特徴というほどではないのですが、推理に用いる情報は基本的にほぼすべてキャラクターたちとの会話劇の中で証言を集めていく進め方になっています。証言として得られる情報の中には、誰が聞いても正しいと思えるような話もあれば、あるキャラクターの一方的な主張で信ぴょう性に欠けた怪しい話もある。
この情報は正しい情報なのか?はたまた、騙されているのか?を気にしながら精査をしなくてはいけない。そこに解釈の余地が生まれるようになっています。なので、自分の中で「これって、どういうことなのだろう?」と考えなくてはいけない。そうした余白を残しつつ、ゲームとして迷わないようにもガイドしていると、そんな感じになっています。
──そのシステムについて、言える範囲でどんなものが用意されているのかをお聞きできればと思うのですが。
塩川氏:
少しだけ言いますと、マーダーミステリーには「密談」があると思うのですが、このゲームにもキャラクターを連れ出して話をする「密談」というシステムがあるんですよ。多分、他のアドベンチャーゲームで「密談」なんてシステムはめったに存在しないと思いますが。
そもそも、現実世界で生きている中で密談するということもなかなかないですよね(笑)。ただ、このゲームでは「密談をしなきゃ」という状況が起きて、それに没頭した結果、時間が迫ってきて焦ったりみたいなことになったりするんですね。
──たしかに(笑)。「密談ができるゲーム」というのもなかなか珍しいかもしれません。
塩川氏:
繰り返しになりますが、アナログをデジタルで再現しようとしている訳ではありませんので、それっぽい体験……という言い方は正しくないかもしれませんけど、「ひとり用だけれども、誰かと遊んでいるような感覚を体験させるなら、こんな形だよね」といったものを目指しています。
密談もゲーム進行としては「この中の誰かと今から密談してください」といったようにデジタル的に始まりますけど、そこから何をどうするかは自分で考えなくてはいけない。逆に何も考えずにもやれますけど、適当に総当たりでいろいろやっている内に時間が無くなってしまうので、最終的に何をすればいいか分からなくなってしまう。
更には、密談の中で余計なことを聞いて自分自身が逆に疑われてしまうこともあります。全体的にどう行動すべきか考えて、判断して遊ぶ作りになっているんです。
──ということは、既存のアドベンチャーゲームのように犯人を見つけたら終わりではなく、自分が犯人と疑われてしまう可能性もあり、信用してもらわなければならない……と?
塩川氏:
そうです。謎を解くのは本当にひとつの側面にすぎません。謎が分かっていようがいなくても、「主人公が怪しいぞ」となれば、「お前が犯人だ!」と容疑者扱いされることになっちゃいます。
また、自分が「あいつが怪しい、絶対に犯人だ」と主張しても、周りが誰も主人公を信じてくれないということも起こり得る。そんな感じなんですね。
──僕自身、『刑事コロンボ』が好きで、コロンボって証拠からあなたが犯人ですというのではなく、会話劇の中から犯人だという確信を得ていく手法を取っているんですね。今作もそれに近いということなのでしょうか。
塩川氏:
基本的にマーダーミステリー的な遊びというのは会話劇中心で進行していきますから、近いと言えば近いですね。それにすべての情報をコンプリートできる無限の時間が設けられている訳でもありませんから、自分の中でどれを優先してどれを追いかけるか選んだり、信用された人のことはもう掘らなくていい、というふうに状況と推理の変化を見ながら判断していくようなイメージです。
そういう「さて、何をしよう?」みたいなところがプレイヤーに問われてくるという会話劇になっています。
──キャラクターも多いと仰っていましたが、今までのお話を聞いていると各キャラクターの表情にも相当なパターンがあるということですよね。
塩川氏:
本当にとんでもない数になります。今、まさに涙しながら作っていただいている最中ですね。
糸曽氏:
ディレクターさんがプロとしてのこだわりを持っていますから、微妙なミリ単位での修正とかも時間の許す限りされるんですよ。その指摘も分かりやすいものをいただけますので、なるべくそれに近づけるよう頑張っているのですが、とにかく数が多くなってきて、何を納品して何がどうなったのか分からなくなるほどなんです(笑)。
──なるほど……(笑)。そういう信用されているかされていないとかは表情で表現しているので、いわゆるパラメータが出てくるみたいなことはない、ということなのですか。
塩川氏:
もちろん、全部をアナログにしている訳ではありませんから、ゲーム的にガイドしているものもあるんです。ただ「ふたりとも違うことを言っているけど、これはどういうことなのだろう?」みたいなケースは随時起きますので、先ほどの表情と台詞のギャップを見るとか、少し頭を働かさなくてはならないというバランスになっていますね。
──例えば、ふたりのプレイヤーがクリアまで遊んだとして……真相は同じはずなのに、そこにたどりつく過程を話したらぜんぜん違っていた、みたいなことも起こると。
塩川氏:
まず前提として、マーダーミステリー同様で謎の答え自体は1つだし、それを解き明かすトリックやロジックも答えは1つです。
プレイしながらどの段階で何に気づいて犯人までたどり着くか、あるいは全部謎は解けているのに犯人に気づかないのか、といったようなプレイヤーごとの展開に違いは出ててくると思います。また、全員からメッチャ信頼されているけど、「犯人は全然分からなかった」みたいなことも起きるんです。
一同:
(笑)。
塩川氏:
「俺、誰にも疑われなかったぜ!けど、犯人全然分からなかった!」という(笑)。また、誰からも信用されていない中、「犯人はこいつしかいないんだ、俺の話を聞いてくれ」みたいなことも起こる。事件の真相にたどり着く過程の中で、推理と信用という両輪を頑張っていただきながら、謎を解明しつつ人から信用されつつ攻略を進めていくようになっています。
──それはまた……かなりチャレンジングですね。アドベンチャーゲームやビジュアルノベルは基本、体験が担保されるじゃないですか。けど、このゲームだと担保されない……という言い方だとネガティブに聞こえちゃうかもしれませんが、そういう自由度があるということなのですね。
塩川氏:
ストーリー上の真実はひとつなので、そういった意味で攻略の本筋には明確な軸はありますが、その中での体験に幅があるという感じですね。誰が殺したのかとかはストーリー上で決まっています。ゲームとしての正解は最後までクリアすれば分かるようになっています。ただ、勘のいいプレイヤーであれば、全容を把握せずとも真実にたどり着けるかもしれないので、総当りして全部の話は追いかけない、といった選択も取れる。そういうプレイヤー側に委ねている余白が所々にあるんですね。
一方で余白だらけにするとゲームが上手い人しか楽しめなくなるので、ゲーム的にガイドしている部分もしっかりあります。そこのバランスをいかに上手く整えるか、というのが今現在の開発における状況ですね。良いバランスに仕上げたいなと思っています。
マーダーミステリーゆえにリプレイ性はないが……?
──それにしてもこのゲーム、リプレイ性ってあるんですか?
塩川氏:
リプレイ性は……どうでしょう(笑)。
じゃんきち氏:
普通のマーダーミステリーと同じで、犯人が分かった時点でのリプレイ性に関してはもちろんないですね。ただ、犯人が分かるまでの過程においてはリプレイ性があります。違う道筋を辿りながら、推理を進行させられるようになっていますので。
もちろん、犯人にたどり着くことができればその事件は基本的にはクリアです。そうじゃない場合は別の結果を迎えたり、やり直しになったり、そうならなかったりみたいなことはいろいろあると思います。
──その辺は普通のアドベンチャーゲームっぽい感じでしょうか。戻ってリトライするというふうに。
塩川氏:
本当にゲームの始まりから終わりまでを考えると、大枠はそういう設計かもしれません。『グノーシア』みたいに「今回は誰が犯人か分からなかった」みたいな所を何度も遊ぶタイプではありませんので。
あくまでもひとり用のミステリーアドベンチャーゲームが軸にあり、その遊びの部分でマーダーミステリーの要素が入ってくるイメージを持っていただくのが正しいかな、と。
──ボリュームはどのぐらいの想定なのですか?
塩川氏:
10時間程度になるかもしれません。まだ完成していないので、本当にそうかは分からないのですが。ただ、メチャクチャ長い、ボリューム満点!みたいな規模感では決してないですね。
──なんとなくお話を聞いていると、実況プレイとの相性が良さそうにも思うのですが、その辺は意識されているのでしょうか?
塩川氏:
「やべえ!こいつこんなことを言っているけど、本当なのか!?」みたいなことを喋りながらプレイする様子を見るのは、もしかしたら面白いかもしれませんね。
──たとえば5エピソードあったとして、その内の1エピソードはどこかのタイミングで解禁する、みたいな試みはアリなんじゃないかと思います。
じゃんきち氏:
私もそれがいいだろうなとは思いますね。
塩川氏:
AbemaTVか何かで芸能人の方々がマーダーミステリーをやる番組があって、「体験しないのに面白いのか?」と思いながら観たんですけど、ちゃんと面白かったんですよね。なので、意外と成り立つのだと思います。
ただ、謎の答えが分かっちゃいますから、自分自身では謎解きが体験できなくなることにはなりますね。
“冒険が許されるプロジェクト”として始まり、そこからマーダーミステリーの題材が選ばれた
──作品の内容についてはだいぶお聞きできたかと思うのですが、本プロジェクトが立ち上がったきっかけはどんなものだったのでしょうか。学生さんが制作に参加されているということでしたが。
塩川氏:
はい。2021年頃になるのですが、当時私は大学の客員教授として、いろいろ講義をしたりしていたんです。その中で「プロと学生が一緒になって、本気でゲームを作ろう!」というテーマを掲げたんですね。私が見ていた学生さんたちと、業界のプロフェッショナルたちとの組み合わせで何かやってみようというのが最初の始まりでした。
それで、「どんなことしよう?」と考えたのですが……これは学生さんのみならず、我々にとっても大きなチャレンジなのではと思ったんですね。
そうなると、学生さんたちが普通に作って普通に仕上げて「学生作品だね」と言われる範囲のことはやりたくないですし、プロだけでできることを普通にやっても仕方がない。本当に冒険が許されるプロジェクトという所から始まっていましたので、だったら企画としてもまず冒険度が高く、その中から実現性のあることをやろう、となりました。
──確かに冒険度はかなり高いように思えました(笑)。
塩川氏:
はい(笑)。それで「何をやるか?」となったのですが、当時はコロナ禍の前で。そのころ、自分の方でアナログコンテンツをユーザー、クリエイターの両方の立場から学びつつ楽しんでいたんです。
それで「マーダーミステリー」があの当時、フツフツと広がりつつあったんですね。別の流れでデジタルゲームでも『レイジングループ』、『グノーシア』のように『人狼』というアナログコンテンツを題材としたデジタルゲームが登場し、成功を収めている事例があるのも把握していました。
そこから今後、お客さんにマーダーミステリーが広がるタイミングが来た時、デジタルでも遊べるという選択肢があれば、普及の一助になるかもと思いまして。
マーダーミステリーはまだ『人狼』ほどの市民権は獲得できていない“火種”の段階だから、題材として挑戦し甲斐があるし、これからの市場に向けたゲームにもなる。それにこういう機会じゃないとチャレンジできないテーマだろうと思ったんですね。それでマーダーミステリーを題材にしたデジタルゲームを作ろう、という感じに企画が始まっていきました。
──その当時って、学生さんと打ち合わせしながら企画を練ったりしていたんですか?
塩川氏:
そうです。もともと、芸術系の大学なので、絵を描く学生さんたちはたくさんいらっしゃるんですね。その中のゲームを作りたい学生さんと、アニメーションのイラストを描きたい学生さんのチームと一緒になって企画を考えていきました。基本的に絵を描く方たちがメインのチームです。
──かなり珍しい始まりですね。
塩川氏:
ゲームを作るといっても、アナログゲームでカードゲームを作るとかでも良かったんです。けど、どうせなら前例を切り開くようなチャレンジをしたい。ならば、プロと学生がタッグを組だからこそのデジタルゲームを作るというのは面白いのではないのか、と思ったんですね。
──その時点で商品として売り出すことも目標として掲げていたのですか?
塩川氏:
もちろんです。学生の練習や思い出作りのためにやっている訳ではないんです。我々がプロとして関わる以上、必ずリリースして、なおかつ成功させなければならない。その前提のもと、企画を考えてプロジェクトを進めていくという流れで始まりました。
過去に新卒社員と一緒に新人研修としてアナログゲームを作ったこともあるのですが、やっぱり世の中に出して、遊んでもらった人から評価されたり、自分たちで売り場に立ってお客さんが並んでいるのかいないのかを直接見て、感じることまでして初めて経験になると思うんです。