ゲーム作りに焦がれる20人もの学生たちが集い、プロダクションとして活動
──糸曽さんとじゃんきちさんはどんな経緯から参加することになったのでしょうか。今のお話を聞いている限り、繋がりがよく分からないのですが……。
塩川氏:
まず糸曽さんですが、私が客員教授をやらせていただいていた大学の学部長をやられていたんですね。その学部に「ゲームを作りたい!」という学生さんたちがいまして、その流れから「一緒にやりましょう」という話になり、現在に至っています。
糸曽氏:
少し補足させていただきますと……今から4年くらい前でしょうか。ゲーム方面に進みたい学生がけっこういることに気づいたんですね。それならば、ゲームコースを立ち上げようと思いまして、その時にゲームに対して詳しく、教育にも熱心な方を探していた中、塩川さんにお会いしました。
それで塩川さんにゲームコースのお話をしましたら、興味を持っていただきまして。お忙しい身でありながら、参加してくださったということから関係が始まりました。
塩川さんは毎年、新しいことに挑戦したいとのモットーをお持ちなんですね。最初は授業をしつつ、ちょっとワークショップをしてみようとか、いろいろやってきたんです。それで、今までの集大成と言いますか、大きなことをやってみようという一環で、ゲーム作りのプロジェクトを立ち上げたいとおっしゃっていただきました。
そこから希望者を募り、20人ほどゲーム作りに興味のある学生が集まりました。それこそ普段はポスター作りしかしていない子、ファッション中心の子までと、コースの垣根を越えて集まった感じです。
その後にコロナが始まり、リモートになってしまったのですが、それでも東京と繋いで指示を出してもらって絵を描き、それを提出してはフィードバックをもらい、修正する……というのを毎週やっていきました。
ただ、最初の頃は本当にチーム作りから始まった感じで。たとえば本人はキャラクター希望でも「背景担当だから、背景をやってね」というふうに振り分けたりして。そういうのも塩川さんたちに仕切っていただきながら、プロジェクトを進めていきました。
──それ、メチャクチャ重い仕事な気がするのですが(笑)。
塩川氏:
でも、当時は遠慮なくやっていましたね。たとえばプロのイラストレーターさんに発注するのと同じように設定をきちんと作って依頼するとか、プロの現場と同じことをやっていました。学生だからどうこうってことは特にしていませんでした。
「皆さんにはこの発注内容をもとに仕事していただきます」「私たちは皆さんを一人のプロと思って普段どおり仕事をしていきます」と。あまり忖度もせず、発注にせよフィードバックにせよ、なるべくいつも通りにやっていました。
──実際にやってみて、たとえば仕上がったものがよくないとか、そんな問題が起きたりはしなかったのですか?
塩川氏:
それは……山ほどありました。当然、20人集まれば腕がいい学生さんもいる一方で、まだまだこれからな学生さんもいるんですね。濃淡があると言いますか。ただ、仕事を進めていくにつれ、段々と力をつけてきた子も出てきたように思います。
糸曽氏:
試みとしては面白いと思いつつ、だいぶ大変だったのは覚えています。テコ入れというほどではないですが、しょっちゅう面談をしたり、上から手を加えて指導したりとか、いろいろありまして。
けど、やらないよりはやった方が伸びますし、それがきっかけで就職が決まる子とかも出てきたんですね。中には自分の絵が直されることに抵抗を持つ子もいましたが、そういうのも含めて経験で。そこで「悩んでいそうだな」と思ったら呼び出し、お話するというのもしたりして。本当にいろいろとやっていました。
塩川氏:
我々も気にせずひとりのプロとして仕事を発注したり、フィードバックなりしていましたけど、メンタル部分のケアというのは学校でやっていただきました。本当にお手数をおかけして大変だったと思います。
ただ、今まで背景を1枚も描いたことがない子がこのプロジェクトを通し、背景描きに目覚めるとか、そういうこともあったんですね。なので、ゲーム業界に進む上での何かしらきっかけを与えることはできたのかな、と思っています。
──ちなみに企画の根幹部分には学生さんも入られていたんですか?
糸曽氏:
いや、根幹の部分には入っていないです。
──じゃあ、あくまでもリソースやデータを作る発注元としてのチームだったと。
塩川氏:
そうですね。基本的にはグラフィック制作をメインでお願いしている形になります。
糸曽氏:
逆に言うと、学生はオーダーを受けて絵を描くという経験がないんですね。課題で「愛をテーマに描きなさい」「男の子を描きなさい」みたいなのはありますけど、「このサイズで怒っている男の子をここに置き、果物を見るようにしてください」というふうにオーダーに沿って描くことは初めてだったと思うんです。仕上げた後、「目線がおかしいです」と指摘されることもですね。ただ、中にはその方がやりやすいって子も居たりするんですよ。当然、その逆もあったりして。それが見ていて面白かったですね。
塩川氏:
そんな形でグラフィック制作は、糸曽さんを中心とした学生チームで進めていきました。
一方で、シナリオについてですが、マーダーミステリーをつくる以上、やはりシナリオが起点なんですよね。それで「どうしよう?」とチームで考えまして、一番最初に名前が浮かんだのがじゃんきちさんでした。
私自身もいちユーザーとしてさまざまなマーダーミステリーをやっていて、当然『ランドルフ』も遊んだのですが、やはり頭ひとつ抜けていると思いまして。先ほどもお話した通り、我々は学生とお遊びで作るのではなく、プロとして商業的に成功するために作っていますから、そうとなればじゃんきちさんだという具合で決まりました。
それで「どうも、こんにちは。お元気でしょうか?」とお声がけさせていただき(笑)、今に至っています。
──最初にお声がかかった時、じゃんきちさんはどう思われたのですか?
じゃんきち氏:
最初はディレクターさんから、『ランドルフ』を遊んでいただいていたご縁もあってお声がけいただきました。そして具体的なものがまったく見えていない状況で私からいくつかシナリオの案を出させていただき、その中から選んでいただいたのが今回の基になるプロットです。
──それ以前から面識があった、というわけでもなく?
じゃんきち氏:
ないはずです。本当に『ランドルフ』がきっかけですね。
塩川氏:
そうですね、『ランドルフ』から「初めまして」という状態でした。
なので……私が質問するのも変ですけど(笑)、一番最初に話を聞いた時、じゃんきちさんはどう思われました?
じゃんきち氏:
まず、お声がけのきっかけが『ランドルフ』だったというのは素直に嬉しかったです。また、マーダーミステリーをデジタルの領域に持っていくチャレンジングなプロジェクトだというお話もいただきまして、それは非常に面白そうだ、挑戦し甲斐がありそうだと思いましたね。
──『ランドルフ』のお話がでたところでお聞きしておきたいんですが、『ランドルフ』ってマーダーミステリーの中でも群を抜いた評価を得ていると思うんです。あれって何が他と違うのか、じゃんきちさんご自身で分析されているのですか。
じゃんきち氏:
それは、「マーダーミステリーを作ろう」としていないからだと思います。
一同:
(笑)。
じゃんきち氏:
『ランドルフ』って、マーダーミステリーによくある「カードをめくる」みたいなシステムをけっこう無視しているじゃないですか。ああいうのに捉われてしまっているゲームってすごく多いと思っていまして。そこを無視して作れたのは強みと言えるかもしれませんね。
──けど、マーダーミステリーのシステムってやはり長所でもあると思うので。あれを外した上で面白く仕上げているのには何か工夫があったと思うのですが……。
じゃんきち氏:
そうですね。「マーダーミステリー」というシステムの中に私の経験値を放り込んでゲームを作ったのではなく、「私が積み重ねたゲーム制作の経験」の中にマーダーミステリーの面白いと感じた部分だけを抽出して作ったのがランドルフ、ということです。少し分かりにくいかもしれませんが、これは全然違うことなんです。
しかし、『ランドルフ』の話を振られるとは思いもしませんでした(笑)。
一同:
(笑)。
──これはどうしてもお聞きしてみたかったので(笑)。話を戻しまして、じゃんきちさんはお声がけされる前から塩川さんをご存じだったのでしょうか?
じゃんきち氏:
もちろんです。私、アナログゲームを作る前はソーシャルゲームのプランナーとして働いていたんです。その時から塩川さんのことは存じ上げていました。それこそ、塩川さんが過去に参加された『キングダムハーツ』なんて中学生の頃に遊んでいましたし。
ですから、最初にお声がけいただいた時は本当に驚きましたね(笑)。
──ちなみにじゃんきちさんの方では「デジタルゲームを作りたい」という思いはあったのでしょうか。今回のようにマーダーミステリーを題材にデジタルにする、という感じで。
じゃんきち氏:
いや……私自身、まだまだアナログの領域でたくさんやりたいことがありますので、お話をいただくまで考えたことはなかったです。
時間が経つにつれ、プロが仕上げたものを学生が修正する逆転現象が起きた
──(いただいた資料を見ながら)このビジュアルですけど、これらもすべて学生さんが手がけられているんですか?
糸曽氏:
背景に関してはすべて学生です。僕以外のプロは手を入れていません。基本的に学生メインできちんと回るよう、1年間かけているんですよ。最初の頃は本当に……なんと言ったらいいのか。いろいろと指導をしたりしていまして。「君、『パース』は知っているか?」みたいに(笑)。
塩川氏:
そういうこともありましたね。
糸曽氏:
そこからどんどん上手くなっていきました。
ただ、キャラクターに関してはみんな描きたいから描くんですけど、やっぱり自分の絵になっちゃったり、合わせられなかったりいろいろあったんですね。なので、プロの方が指針を立てて、学生が描いた体験版のラフに対してはイメージを踏襲しつつ、アニメの作画監督のように全部修正を入れていきました。
それがまた、けっこうな数が出てくるんですよ。そうなると、ひとりで回すにも限界がありますから、プロのデザイナーさんを入れましたし、あとはイラストレーターの教員が何人かいますので、そういった方々に直してもらって僕がチェックした後、キャラクターデザイナーの森山さんに見てもらってOKをいただくという感じで。
そういう風に段取りを作って、何回もチェックするというのをやりましたね。
塩川氏:
学生さんたちによる体験版時代のキャラクターデザインは、原案という意味で今もけっこう、活きていますよね。
──ということは、グラフィック全般は糸曽さんが全て見ていらっしゃる?
糸曽氏:
はい。数は多いのですが、基本的には全部見ています。
キャラクターデザイナーの森山さんにも全部一通り見ていただいてますね。
塩川氏:
絵作りで目指したい大枠の方向性は弊社にてアートディレクションを行い、その後、糸曽さん指導のもと学生さん中心にグラフィック制作を、といった形で役割分担しています。
──今回いただいた資料に「産学連携」と書かれていますが、こう言ってはなんですが、そう銘打っておきながら実態がないものって、世の中にけっこうあるんですよね(笑)。
一同:
(笑)。
──なので、どう連携しているのかと若干いぶかしく思っていたんです(笑)。資料にも詳細が何もありませんでしたから。けど、実際にお話を聞くと、まさに産学連携だなと。
糸曽氏:
スタッフの構成としては7割が学生、残り3割がプロという感じなんですね。
今なんてもう開発的にはピークで、ヒイヒイ言いながら総動員しているところです。
素材とか動画とか800ぐらい……いや、もっとあるんですよ。それをプロに監修していただき、仕上げていくような状況です。
今も足りていない部分とかはアニメのスタジオとかにもお願いしたりしています。
ただ、本当に学生の皆さんの力がなければ、これは実現できないという手応えも感じていまして。時間が経つと共にイラストをちゃんとやられている会社さんに頼んで上がってきたのを見たら、逆に学生の方が上手いというケースも出始めているんですよ。
塩川氏:
たしかにこの1年で、すごく成長していますよね。
糸曽氏:
なので、「プロが仕上げたものを逆に学生が修正する」みたいな逆転現象も起きているんです。本当に上手い学生はどんどん上手くなってきています。ですから、大学としても面白いチャレンジだったし、プロジェクト全体で見ても面白いものになったと思いますね。
──お聞きしていますと、皆さんが作品にすごく良い感触を抱いてらっしゃるのが伝わってきます。先ほど体験版のお話もちらっと出ましたが、そちらの手ごたえもばっちりといった感じですか?
塩川氏:
作っている側としてはそうです。とはいえ、体験版ですからね。外部から見ると「これでできているの?」みたいに思われるものだったかもしれません。ただ、我々としては狙っていたチャレンジがちゃんと形になっている手応えがある状態までは来ていたんです。なので、これを磨き込んでしっかり完成させれば、良いものになってくれるだろうという自信がありました。
ただ、個人的な思いとしては……世の中の情勢に出鼻をくじかれたような気持ちもちょっとあるんですよね。もともと、マーダーミステリーが好きでやり始めて、勢いが出そうとなってきたタイミングでコロナが流行り出しちゃって、それが2年間も続いてしまいましたから。
それでも、こんなに面白いゲームジャンルがあるなら、もっと世の中の人に知ってもらえた方がいいと思っていまして。マーダーミステリーを知るきっかけとしても、このプロジェクトで出せる形まで実現しきりたいというのが、体験版が終わった段階の手応えでありました。
ちなみにじゃんきちさんは体験版、序章のビルドが終わった段階ではどう感じられました?
じゃんきち氏:
序章が終わった時点ですと、システムに慣れてきた時点で中断してしまうのがもどかしく感じましたね(笑)。
どこから見てもチャレンジだらけの“チャレンジプロジェクト”
──少々生々しいお話なんですが、本作の価格はどれぐらいで販売される予定なのでしょう?
塩川氏:
まだ決まっていないのですが、フルプライスではありません。
PC・Steamのみでのリリースを考えていて、小規模ダウンロード専用タイトルの相場感に収まるものです。
──販売地域、対応言語も日本のみのようですが……。
塩川氏:
まずは日本語かつPCでしっかり作りきろうということで。あとは出たものをお客さんがどう判断してくれるか、という感じですね。
──なるほど。なんというか……いろんな角度から聞いても、チャレンジしかありませんね、これ(笑)。
一同:
(笑)。
塩川氏:
いや、本当にその通りで(笑)。まさにチャレンジプロジェクトですよ。ゲーム性も、作り方も、売り方も含めて全部ね。
やはりスタート時点で「チャレンジのプロジェクトです」と始まっている以上は安定的なゲームにも、プロジェクトにもなり得ないですから。チャレンジならチャレンジで貫き通そう、と。
──なるほど。ゲームとしては分からないことも多いですが、マーダーミステリーに対してこれだけ向き合っている人たちがやっているのだから、面白いものにはなるのだろうという気がします。
塩川氏:
もう少し具体的なことを言えたり、ゲーム画面なども出せれば良かったんですけどね……。
──いえいえ。今回のお話で、マーダーミステリーに興味のある方に関心を持ってもらえるポイントはお聞きできたかと思いますよ。最後に、今作に興味を持っていただいた読者に向けて、締めの一言をいただければと。
糸曽氏:
では、僕の方から……。僕自身、リアル脱出ゲームもマーダーミステリーも『人狼』ゲームも好きなのですが、あのリアルタイムで変化していく体験や、追い込まれていく感じを家庭でひとり味わえるようにするというのは面白い試みだと思ったんです。
なので、没頭できる作品にするために絵も頑張って作っていますし、世界観もシナリオライターの方と毎週、顔を突き合わせながら詰めていっています。僕個人として触れた体験版はとても面白かったので、ぜひ、完成した時には遊んでみていただきたいですね。
じゃんきち氏:
私からおすすめできるポイントとしては……今回のシナリオも“じゃんきち節”が効いたものになっています。なので、過去に一度でも私の作品を面白いと感じてくださった方なら、きっと今作も楽しんでいただけるはずです。ぜひ遊んでやってください。
あと、これは言っていいのか難しいところなのですが……実はですね、今作をものすごくやり込んでいただいた人だけ、どこかで『ランドルフ』との薄いつながりを感じられるかもしれません。
──え、そうなんですか!?
じゃんきち氏:
実は薄くではあるのですが、世界観が繋がっています。
ですので、私の作品をやったことがある人がいましたら、ぜひ最後までやり込んでいただけると嬉しいです。
──最後に塩川さんの方から……。
塩川氏:
いろいろお話しましたが、これは本当に実験的、挑戦的な側面が非常に強いプロジェクトだと思っています。ゲームの内容も……言い訳をしたい訳ではないのですが、マーダーミステリーの良さを完璧に再現できているのか、マーダーミステリーを好きな人が100%満足できるものになっているか正直、見えない不安な側面がたくさんあります。
けど、自分たちはマーダーミステリーが好きだし、マーダーミステリーというものをもっといろんな人に知ってほしいし、その良さを少しでも体験できるものを形にしたいと思って作っています。
マーダーミステリーという単語を聞いたことない人もまだまだたくさんいると思いますが、本作を体験した結果、「こんな面白いゲームジャンルがあるんだ!」という、マーダーミステリーを知ってもらうきっかけになれたらいいなと思っています。
今は日々、試行錯誤を含めて挑戦している段階なので、特にマーダーミステリーが好きな人からアナログゲームが好きな人も、温かい目で見守っていただけると嬉しいですね。(了)
マーダーミステリーを題材としている都合上、ストーリーの詳細はまったく明かされず、システム的にも普通のアドベンチャーゲームやビジュアルノベルとの具体的な違いというのかは見えにくい。辛うじて分かるのは、真相にたどり着くまでの道筋がプレイヤーごとに大きく異なる、「密談」がある、そして完全にひとり用として振り切っているということだ。
ただ、プレイヤーそれぞれに違った行動が生まれて、それぞれ独自の物語が誕生する内容にはなっていそうであり、それはそれで今までにないタイプのゲームになることが予感される。
また、プロと学生による開発体制も、決して卒業制作という思い出作りではなく、本格的に“業務”として取り組んでいるのも改めて聞いてみると大変チャレンジングで、冒険度の高い試みである。そして、そうした取り組みの中から新しい才能に気づいたり、力量が高まった学生が現れているとのお話には、この取り組みは将来を担う実力派のクリエイターを輩出することにも繋がっていくのでは、という可能性を感じられた。
発起人である塩川氏と始めとする主要メンバーもその手応えを感じているようで、第二、第三のプロジェクトの始動ももしかしたら夢ではないかもしれない。
ゲーム内容としても、開発体制としてもチャレンジに次ぐチャレンジの本作。体験版の時点でもユニークな手応えがあったとは糸曽氏の談だが、それが完成版でどのような形となってプレイヤーの手へと渡るのか。
現在、開発は追い込みの最中とのことで、遊べるようになるのもそう遠くはないだろう。マーダーミステリーのファンに限らず、アドベンチャーゲームのファンも、このゲームがいかなるものかを追いかけ始めてみてはいかがだろうか。