ゲーマーは、不摂生になりがちだ。
なぜならまず、ゲームを優先するあまり睡眠や食事が疎かになる。さらに長時間同じ姿勢でいることで肩こりや運動不足が慢性化。そして気がつくと「体のどこかがいつも痛い」「集中力が持たない」「カフェインに頼る」というような事態に陥ってしまう。そんな経験はないだろうか?
つまり、ゲームを長く遊ぶには体力が必要なのに、多くのゲーマーは自ら身を削る行為をしてしまっているのだ。そういった側面から、ゲーム業界はプレイヤーも開発者も健康意識が低い印象がある。
そんなゲーム業界の健康問題について真剣に考えるひとりの男がいた。『リングフィットアドベンチャー』(以下、『リングフィット』)のRTA走者として知られるえぬわた氏だ。同氏は「すべてのゲーマーを健康にしたい!」と、このたびオリジナルのプロテイン「Nプロテイン」をプロデュースしている。
「Nプロテイン」は3名の筋肉プロゲーマー・ときど氏、GreedZz氏、takera氏の協力により制作されているプロテイン。まさにゲーム業界の “筋肉” が凝縮された一品といっても過言ではないはずだ。
しかし、彼らはこの不摂生になりがちなゲーム業界でなぜ筋肉を維持できているのだろうか。筋トレは体にいいとわかっていても始められないのが現実だ。睡眠も食事も疎かにしがちなゲーマーが筋トレに時間を割くなんて、そうとうの理由がないとできる気がしない。
その疑問を解決すべく電ファミ編集部は、えぬわた氏、ときど氏、takera氏を招いて「筋肉座談会」を実施した。
ときど氏は『ストリートファイター』のプロとして、takera氏は『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』(以下、『スマブラ』)のプロとして歴史を作り上げてきたが、それらの話はいっさいしていない。最初から最後までひたすら筋肉の話をするという筋肉純度100パーセントの内容となっている。
本稿では「健康」という大きなテーマのなかで「筋肉との向き合い方」にとことん語り合っていただいた筋肉座談会の様子をお届けしていく。
東京大学にはボディビルダーの教授による「筋トレの授業」がある
──本日は、「健康」という大きなテーマについて語り合っていただきたくお集まりいただきました。といいますのも、プロゲーマー、ストリーマー、ゲームクリエイターなどゲーム業界は体力が必要な職業でありながら「健康にまでなかなか気が回らない」という現状があるかと思います。そういった現状についてみなさまの実体験やお考えをお聞かせください。
えぬわた氏:
あっ、その前に私から柳本さんをご紹介してもいいですか?
──私の紹介を!? ありがとうございます。
えぬわた氏:
電ファミさんには先んじて私のNプロテインについて取材をしていただいているのですが、プロテイン企画についてメッセージを送ったところ、編集部の柳本さんからご返信をいただきました。
柳本さんは『リングフィット』や『フィットボクシング』で運動をして30キロ減量され、ダイエット本「デブからの脱却」を出版されたご経験があり、筋トレやプロテインについてもお詳しいとのことで今回の座談会もご担当いただいております。
ときど氏:
30キロも? ……あったんですか?
takera氏:
すごいですね。
──ご紹介ありがとうございます。筋トレに関しては自分でもやっていたこともあり、みなさんの普段のトレーニングや食事内容なども含め、どのような生活をされているのかとても興味があります。ただ私は運動に対する苦手意識もいまだに強く、どうしても「めんどくさい」と思ってしまうので、みなさんの筋トレに対するモチベーションなども今日はおうかがいできればと思っております。
ときど氏:
電ファミさんにこんな適任の方がいらっしゃったんですね。
えぬわた氏:
そうなんです。
──それではまず最初に、みなさんが筋トレを始めたきっかけについておうかがいできますでしょうか。「筋トレは体にいい」とはわかっていても、きっかけがないとなかなか始められないと思うんです。
えぬわた氏:
私はもともと小学生のころから体操競技をやっていたので、おのずと筋肉がついていたというのが正直なところです。そのため、「どこを筋トレのスタートにするか」はちょっと難しいのですが……。
ジムに通ってプロテイン飲むというような本格的な筋トレを始めたのは2018年くらいです。けっこう驚かれるんですけど、きっかけは「コスプレ」でした。もともと筋肉質なほうではあったので、それを活かしたコスプレをしたいと思ったんです。ゲームやアニメのキャラクターって、ふつうの人間では表現できないような筋肉量だったりするので、ジムに通って増量しないと再現できないと思いました。
takera氏:
たしかに特殊なきっかけですね。
ときど氏:
ちなみにどのキャラクターを?
えぬわた:
『パンチアウト!!』に登場するリトル・マックというボクサーのキャラクターです。『スマブラ』に参戦したことで有名になりました。筋肉系のキャラクターはほかにもいるのですが、小柄な私には『ストリートファイター』に出てくるようなキャラクターだと身長が足りないと思ったんです。リトル・マックはその名のとおり小さいけどマッチョだし、あとは顔もけっこう似ている気がして(笑)。
一同:
(笑)。
takera氏:
任天堂のキャラクターはデフォルメされてるものが多いのでコスプレで再現するのが難しそうですけど、リトル・マックはうまくはまっていますね。
えぬわた氏:
コスプレのために筋肉を増やすことはコスプレ界隈ではよくある話らしいです。ほかの人に言うと驚かれますが(笑)。
ときど氏:
たしかに動機として納得できますね。
takera氏:
自分はもともと学生時代にバスケットボールをやっていました。でもゲームに集中するようになってからは運動不足になってしまい、どんどん太ってしまったんです。そんななかでいちばんのきっかけはコロナ禍でした。時間を持て余していたので軽い気持ちで筋トレを始めてみたら、どはまりしてしまいました。
えぬわた氏:
コロナ禍がきっかけで筋トレを始めた人はけっこういそうですね。
takera氏:
フィットネスブームがありましたよね。
ときど氏:
僕がトレーニングを始めるきっかけとなったのは、大学の授業で筋トレがあったからなんです。
──ええっ、授業で筋トレが!?
ときど氏:
そうなんです。大学に、本も出版している有名なボディビルダーの教授がいて(笑)。週に1回その授業に出ればちゃんと単位がもらえるんです。トレーニングも教えてもらえるし、おもしろいなと。
takera氏:
それって東京大学での話ですか?
ときど氏:
ああ、そうです。石井直方先生の授業を週に1回受けていたんですが、「もし可能だったら授業以外でも各自でやってみてほしい」と言われて週に2回くらい筋トレをしていました。
takera氏:
筋トレで単位が取れるのはうらやましい(笑)。
ときど氏:
そうですよね(笑)。ただ、大学卒業とともにだんだんと筋トレをしなくなってしまったんです。再開したきっかけはゲームばかりしていたときに先輩からいただいた助言でした。
──どんな助言だったんですか?
ときど氏:
「今後もし注目されたときに備えて、見た目をよくしたほうがいい」って(笑)。たしかにそうだと思って、ゲーマー仲間たちとジムに行くようになりました。
──みなさんは現在も筋トレを続けられているのでしょうか?
takera氏:
自分はだいぶ控えめになってます。じつは久しぶりにやったときに首を痛めてしまって。たぶんストレッチが甘かったのが原因だと思います。それが大会の3日前とかだったので、それ以来、激しいものは控えるようになりました。気持ちとしてはやりたいのですが……。
えぬわた氏:
大会前の怪我は怖いですね。
takera氏:
自分が本格的に筋トレをするようになったのはコロナ禍で、大会もできない時期だったんです。そのためこれまでは無茶をしても生活に支障は出なかったんですけど、いまは大会が復活して多いときは毎週開催されるので、怪我が怖くて。そのあたりの付き合い方もみなさんに聞いてみたいです。
えぬわた氏:
それなら軽い重量で回数を重ねるのがいいかもしれないですね。たとえばダンベルを使うにしても、重い重量で10回20回上げるのではなく、軽い重量で50回とか。軽くても、重いものとはまた違う刺激でしっかり筋肉はつきますから。
ときど氏:
うんうん。
takera氏:
たしかにそれなら怪我もしづらいですね。
えぬわた氏:
私は、いちばん筋トレをしていた時期と比べるといまは2割か3割くらいです。フィジークの大会に出場していたときや『リングフィット』のRTAをやっていたときは競技として向き合っていたので、そこから比べるとだいぶ落ち着きました。
いまは引退したアスリートじゃないですけど、趣味で筋トレをしているという感じです。
takera氏:
『リングフィット』のために筋トレをしていたんですか?
えぬわた氏:
してましたね(笑)。RTAは2023年2月に引退したのですが、その瞬間に筋トレも減ったのでやっぱり『リングフィット』のためにやっていたんだと思います。体重も5キロくらい落ちました。
一同:
ああ。
えぬわた氏:
いまは「健康のための筋トレ」になっています。
ときど氏:
僕もささやかながらずっと続けています。コロナ禍になって外にあまり出なくなってからは自宅にラックを置いて、自分のペースでゆるやかに。本当にゆるくやっている感じです。
takera氏:
あれ、でも海外遠征のときはどうされているんですか?
ときど氏:
海外遠征のときは、ホテルにあればやっていますね。「ホテルにジムがある」と聞いて喜んで行ってみたらランニングマシンしかなくてがっかりすることもよくあるのですが(笑)。
takera氏:
大会前に筋トレをすると、筋肉痛が気になったりしないですか?
ときど氏:
気になります。なので、体をあたためる程度に軽いものだけやっています。
takera氏:
なるほど。大会との付き合い方は自分が悩んでいるところだったので参考になります。
筋トレをすることで「踏ん張り合い」の疑似体験ができる
──筋トレをするようになったことでフィジカル面やメンタル面での変化を感じることはありますか?
えぬわた氏:
私は昔から運動をやっていたのでフィジカル面での変化は感じにくいかもしれません。でも、メンタル面でいうと自分に自信がつきました。私は背が低いのですが、筋肉があることで「低く見えない」と言っていただけたりして。営業職をしていたときも筋肉があることで健康的に見えて役に立っていたと思います。
ときど氏:
僕もメンタルが強くなった実感はあります。筋トレをしていると「上がるか上がらないか」のところでけっこう気合を入れて踏ん張って上げたりするのですが、それって普段の生活ではなかなかないプレッシャーなんです。
でも、大会では普段の生活では経験しないようなプレッシャーがかかる。その感覚が筋トレと似ていて疑似体験のようになっているから大会でも落ち着いて力を出せるのかな、と。
えぬわた氏:
ときどさんは踏ん張り合いになったときに勝っている印象がすごくあります。
ときど氏:
あと、そもそも大会は待ち時間がすごく長いんです。この前のシンガポール大会なんて12時集合だったのに、始まったのが18時でした。
takera氏:
それ、海外大会あるあるですよね(笑)。
ときど氏:
海外遠征は移動だけで体力を削られてしまうんですが、現地での僕は同じ日本のプレイヤーの人たちよりもピンピンしていて。筋トレをしていることで体力が鍛えられて優位に戦えているのかもしれません。
takera氏:
フィジカル面でいうと、自分はもともと運動をしていたので筋トレを始めても変化があまりわからなかったんです。でもいま、1年くらいまともに筋トレができていないんですね。そしたら、毎日筋トレをしていた時期と比べて明らかに体が重い。筋トレを始めたときはわからなかったけど、やめたらすぐにわかりました。
あとは年齢も上がってきたので「今後やらないとまずい」という危機感もあります。
メンタル面に関しては、朝から筋トレをした日って自分が無敵になったように感じませんか?
一同:
(笑)。
takera氏:
9時10時に筋トレが完了しているとめちゃくちゃ気持ちいい。
ときど氏:
たしかにそれはありますね。
『リングフィット』はどの側面から見ても優れているフィットネスゲーム
──みなさんは昔から運動をされていたとのことなので筋トレもスムーズに始められたかと思うのですが、私のように本当に運動をしてこなかった人がいきなり筋トレを始めるとなるとすごくハードルが高いと思うんです。そういう人に向けて初心者でも取り入れやすい筋トレはありますか?
takera氏:
それでいうと『リングフィット』は筋トレ入門として有能すぎると思います。
えぬわた氏:
私も『リングフィット』がきっかけで運動を始めた方をたくさん知っています。そういう方々の話を聞いて興味深かったのは、運動嫌いだと思っていた方が『リングフィット』をやったら「楽しかった」と感じたそうなんです。体育の時間はすごく苦痛だったのに『リングフィット』は「楽しい」と。
つまり、運動自体が嫌いなのではなく、人に見られたりだれかと比べられたりすることが嫌だっただけで「体を動かすこと自体は好きだった」ということに気づいたそうです。その話を聞いて納得しました。
ときど氏:
なるほどね。
えぬわた氏:
『リングフィット』は重たいものを扱うこともないので怪我もしにくいと思います。そういった側面でも本当にすごくよくできているフィットネスゲームだと私は思っていますね。
takera氏:
運動を始めるきっかけとして『ポケモンGO』も優秀だと思います。
えぬわた氏:
ああ、そうですね。運動するときって動機がないとなかなかできないと思うんです。だけどゲームの場合はゲーム側が目標を与えてくれるから始めやすい。
だっていきなりジムに行くってなかなかハードルが高いじゃないですか。
takera氏:
最初は怖いですよね。ジムでなにをしていいかもよくわからないし。
えぬわた氏:
takeraさんはジムに通われていたとのことですが、最初はどんな感じでしたか? 学生時代に運動経験があったから抵抗なく行けたとか?
takera氏:
そうですね。部活の一環で筋トレをしていたのでやり方はわかっていました。最初は筋トレ仲間と公営の市民体育館みたいなところのジムに行ったりして。だんだんとひとりでも行くようになりました。
えぬわた氏:
なるほど。運動経験がないと、大人になって急に筋トレを始めようとしてもなにをしたらいいかわからない人は多いかもしれない。
ときど氏:
じつは「なにから始めたらいいですか?」と聞かれることがけっこうあるんですけど、いつもうまく答えられなくて。
えぬわた氏:
私はマジで『リングフィット』と言っています。
takera氏:
『リングフィット』はかなりいいと思う。自分はずっと腹筋ローラーをすすめていたんですけど、よく考えたら運動をしていない人にはハードルが高いと思いました。膝をついてやったとしても難しいので。やっぱり『リングフィット』ですね。
──私も『リングフィット』をずっとやってきたのでどれだけ優れているかは身をもって実感しているのですが、足にバンドを巻いてリングコンを持ってゲームを起動させることもけっこうハードルが高いんです。もっとこう、気軽にできる筋トレはありませんか? たとえば “ながら” でやる運動とか。
えぬわた氏:
昔は、歯を磨きながらかかと上げをしていました。歯を磨いているあいだって暇ですし、2〜3分くらいやるとちょうどいい。やっていたときはめちゃくちゃ脚が強かったです(笑)。
ときど氏:
へええ! たしかにちょうどいい隙間時間かもしれませんね。
えぬわた氏:
いつでもどこでもできるのでおすすめです。
takera氏:
自分は最近、Twitchのチャンネルポイントに筋トレを入れました。腕立てと腹筋とスクワットみたいなものを作って、それを投げられたらやるっていう(笑)。
ときど氏:
(笑)。
takera氏:
もともと使い道に困っていたのでおもろいと思って。
筋トレをサボりたい! ジムを「行かざるを得ない場所」にする方法とは?
──筋トレは1日2日でどうにかなるものではないので継続が大事かと思います。なにかのきっかけで筋トレを始めても、「継続すること」が難しい。サボる理由はいくらでも出てきますから。みなさんはそれをどのように乗り越えているのでしょうか?
えぬわた氏:
私はよく「筋トレをやります」と宣言しなさいと言っています。SNSでつぶやくとか。目標をいったん口に出すと「言っちゃったから見張られてるかな?」と、原動力になったりします。実際にはガチガチに見張られているわけではないですが、宣言することは大事だと思っています。
takera氏:
サボりたくなる気持ちはわかる。個人的にはモチベーションを複数用意するといいと思っていて、たとえば筋トレを始めるきっかけって「モテたい」とか、わりとシンプルだったりすると思うんです。
でもそれだけじゃなく、サブのモチベーションも作っちゃう。
「新しいウェアを買う」とか、ジムに行くことが楽しくなるようなモチベーションを複数用意しておくとなにかしらに引っかかって行きやすくなると思います。
ときど氏:
僕はジムを「行かざるを得ない場所」にしてますね。
えぬわた氏:
ああ、私もそっち派ですね。
ときど氏:
僕はプロゲーマーになりたてのころ、シャワーがない家を借りていました。
takera氏:
なるほど(笑)。
ときど氏:
家にシャワーがないからジムでシャワーを浴びるんです。だから、毎日行かざるを得ない(笑)。さすがに行ったら運動もするので。
takera氏:
行くまでのハードルが高いから、行ってしまえばスッとできるんですよね。
えぬわた氏:
あとは極端な例ですけど、「家と会社のあいだにジムがある」とか。帰りにジムを通れば強制的に通うルートになる。
takera氏:
それでいうと、借りる家を決めるとき、ジムの場所は絶対に確認します。遠いとけっきょく行かなくなってしまうので。電車を使って通うのは自分には無理です。
えぬわた氏:
わかります。いろんな方からジムの選び方などの相談を受けるのですが、いちばん大事なのは「家から通いやすいかどうか」です。
takera氏:
それは間違いないですね。
──でも、それでもサボっちゃうことはありますよね?
ときど氏:
ありますね。だいたいサボってます。
一同:
(笑)。
ときど氏:
言い訳に聞こえるかもしれませんが、疲れたままやってもよくないんですよね。生活にも影響してしまったりするので。生活リズムって一定じゃないから、「今日はやめておこう」という日はどうしても出てくる。僕はそういうときは休みます。
takera氏:
とくに睡眠不足のときは無理ですね。そういうときにジムに行っても萎えて帰ってくるだけなので。だったらその日は寝て翌日に行ったほうがいい。でも、それを繰り返してしまうとズルズルやらなくなってしまうのでどこかでがんばらないといけないのですが(笑)。
えぬわた氏:
私は、サボり癖がついてしまうことがいちばんよくないと思っているので「最低でも週1はやる」など、どこかでラインを設ける必要があるとは思います。
takera氏:
これに関しては人のこと言えないや(笑)。