世界中のクリエイターにとどまらず、イーロン・マスクなどの実業家や科学者たちにまで大きな影響を与えた作品、『攻殻機動隊』。
1989年に士郎正宗氏による原作マンガの連載を開始され、1995年には押井守監督による映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』が公開。以降、約30年に渡り、ハリウッド映画化も含めさまざまな作品を生み出している人気SFシリーズである。
そして現在、映画『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』が劇場で公開されている。共同監督を務めるのは神山健治、荒牧伸志の両氏だ。
『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の監督・脚本を手掛けた神山氏と、『APPLE SEED』で初監督を務め、モーションキャプチャによる3DCGと2Dアニメを融合させた世界初の“3Dライブアニメ”という表現手法を採用した荒牧氏。アニメ業界の第一線で長らく活躍しているこのふたり、じつは1990年代にゲーム業界の映像制作に関わっていたという。
過去のインタビューでは深掘りされていないため、どんな話が眠っているのか期待して聞き始めてみたところ、ゲームのスペックが上がりムービーや3DCG技術が採用され始めた──アニメ業界とゲーム業界の国境線がまだ強固であった──時代の貴重なエピソードを聞くことができた。
そして、そのコンピュータ技術の黎明期から『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』まで、3DCG技術に関わり続けている両監督にとって、3DCG表現の課題、そして未来の展望について、語ってもらった。
アニメ業界とゲーム業界で、「アニメを作る」という言葉のイメージが噛み合わなかった時代
──おふたりはゲームをやる習慣はありますか?
神山氏:
僕はぜんぜんやらないです。
荒牧氏:
僕はけっこうやるほうですね。あんまりやらない時期もあったんですが、久しぶりに『アーマードコア6』をやりました。そんなヒマあるのかいって思われるかもしれないけど(笑)。
──過去作もプレイ済みですか?
荒牧氏:
いえ、『アーマードコア』は今回が初めてです。フロム・ソフトウェアのゲームは昔からよくやっていて、『デモンズソウル』あたりからけっこう好きですね。去年は『エルデンリング』をやったんですが、じつは『エルデンリング』ではカットシーンをいくつか手伝っているんです。あれは本当に難しくて、宮崎(英高)さんから脚本が来るたびになかなか理解できず、相当ダメ出しされながら。
──どういった経緯で携わることになったのでしょうか。
荒牧氏:
もともとフロムの『デモンズソウル』が好きで、なにかの授賞式のときに宮崎さんがいらっしゃったので、「ファンです」と伝えたことがあって。そこからのつながりで、「じゃあ『エルデンリング』の一番難しいカットシーンをやって」と言われて、本当にめちゃ難しかったんですけど、一生懸命やりました。
──『アーマードコア』シリーズをプレイした際には、メカニックデザイナーとして仕事に活かす目線を持つんですか?
荒牧氏:
基本的に、エンジョイ勢として楽しむためにやっていますね。なんでまたここで死ぬんだよ……みたいな感じで。俺だったらここをこうする、みたいなことを思う瞬間はあるけど、普通のユーザーと同じレベルでしかないかな。
──昔からゲームをたくさんやるほうだったんですか?
荒牧氏:
そうですね。1980年代、ファミコン以前からすごく好きでした。無駄な時間を相当つぎ込んできてます。好きなタイトルもいろいろとあるけど、それを語りだすとそれだけでこの話が終わっちゃうので(笑)。強いて言うなら『Halo(ヘイロー)』は特に好きです。マイクロソフトと一緒にアニメ【※】を作ってますが、その話はまた別の取材でぜひお願いします。
※『Halo Legends(ヘイロー・レジェンズ)』
Xboxシリーズで2001年に第一作が発売されたFPSタイトル『Halo(ヘイロー)』シリーズが世界的な人気シリーズとなり、ゲームを原作とした実写映画やアニメ作品が多数制作されている。そのうちのひとつ、『Halo Legends(ヘイロー・レジェンズ)』は、荒牧氏が押井守氏と並びクリエイティブディレクターを務めた。
──話がそれてしまいすみません。ではここから、おふたりがゲーム業界の仕事を始めた経緯をお伺いします。
荒牧氏:
1980年代に2Dのアニメをやっていたのですが、『メガゾーン23』などの現場で、アニメーターから「なんでこんなにめんどくさいメカを描くの」って文句を言われて。まあそうだよな、これはCGだなという意識で、デジタルの勉強がてらに1993年からCG会社に移りました。
そのとき、ナムコさんやセガさんのゲームのムービーを手掛けることになって、CGの演出をかじり出したという感じですかね。
──神山さんは、ゲーム関連の最初の仕事は『ポリスノーツ』【※】の監修であると、インタビューで答えたことがありますね。
※ポリスノーツ
1994年にコナミから発売されたアドベンチャーゲーム。当時コナミに籍があった小島秀夫氏が率いる開発チームが制作。21世紀のスペースコロニーが舞台のSFハードボイルドアドベンチャー。
神山氏:
どういう肩書になってるのか知らないんですけど、僕がやったのはイベント合間のムービーです。
荒牧氏:
あのゲームはほとんどがムービーだからね。
神山氏:
そうそう。あれは僕の演出キャリアでいうと最初期の作品。最初は美術の仕事で呼ばれていたんだけど、いろいろな事情で企画がまったく動かなかったの。そんな状況でスタッフルームに、旧作をデモで遊べるパソコンと小島(秀夫)さんが書いた脚本……というか、その前段階のテキストが腰の高さくらいまで積み上がっていて。
どうやら、これをアニメ化してくれと言われてるらしい、と。時間だけはあったんで、少なく見積もって7時間くらいはあると思いながら、それをひたすら読んでましたね。いろいろと経緯はあるんですが、いまでいう「演出」という形で携われたのはものすごく勉強になりました。
というのも、当時はまだアニメ業界とゲーム業界の接点がほとんどなかったので、お互いの「アニメを作る」という言葉のイメージが噛み合ってなかったんですよ。テクノロジーの観点でいえば、当時のアニメ業界から見たゲーム業界、特にコナミさんはまさに“黒船”が来たというレベル。会社にDOSVの共有マシンが1台あればよかった時代に、コンピュータで映像をつくるという。それこそPhotoshopですら新鮮だったから。「これが噂に聞くPhotoshopか……」みたいな。
荒牧氏:
いまでいうゲームショウみたいな感じで、幕張でやってたコンピューターを紹介するイベントがあって。ちょうどそのなかにAdobeが出てきたばっかりの頃ですね。神山さんの仕事を見に行ったとき、ちょうどPhotoshopがあったのでちょっと話し込んだのを覚えています。1994年くらいかな?
神山氏:
そうですね。まだバージョン2か3くらいで。アニメ業界にはもちろんそんな技術はなく、本当にアナログでした。
荒牧氏:
Photoshopを使うためにMacを買わないといけない時代でした。
──神山さんはアニメの美術スタッフとしてゲーム業界に接し始めた結果、そこで学んだことをアニメ業界に活かす重要な機会になったわけですね。
神山氏:
ものすごくいいきっかけになりました。アニメ業界は、ゲームの仕事がどんどん来る時期に入っていくんですが、アニメ・プロデューサーは、何をオーダーされているのかわからないレベルで言葉が通じない。そんなときにゲームにオープニングムービーを入れるのが流行りだして、もうジョン万次郎状態でなんとかやっていました。
荒牧氏:
そういう時期、あったよね。今なら「カットシーン」といえばわかるけど、当時はなにそれ?って感じで。
神山氏:
そこで僕が、イベントムービーっていうのがあって、たぶんそこの動画をお願いしてるんだと思いますよ、みたいな解説をしながら進めていく、みたいな。
──ゲームにアニメシーンが入りだした時代、業界を進める礎として、人知れず重要な役割を果たしていたわけですね。
神山氏:
誰も重要だとは思ってないと思うけどね。
荒牧氏:
(笑)。
──ジョン万次郎状態の神山さんの奮闘がなければ、アニメ業界がもうしばらくアナログ状態だった可能性もあるわけで。
神山氏:
それはわからないけどね。ただ、小島さんだけは認めてくれていたのかもしれない。
荒牧氏:
重複するけど、アニメ会社が何をすればいいかわからないのに、神山さんたちに仕事をどんどん投げたので、仕方なく、神山さんがやりたいことは何なのかを引き出して、具体化していった、本当にたいへんだったという話を当時聞いていた記憶があります。
神山氏:
リアルタイムでは相当カッカしてたと思うけど、でもおもしろかったよね。
荒牧氏:
ゲームって若い業界だから、そういうおもしろさってありましたね。
ハリウッドですら、結局はマンパワーでなんとかしている現状
──ゲーム業界において、コンピューターでアニメをつくる黎明期を経験されたおふたりがいま、フル3DDGで『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』を手掛けているわけですが、当時と現在を比較して感じることをお聞きしたいです。昔は容量の都合上、難しいと感じたことができるようになった進歩、または根本の部分は意外と変わっていないと感じるのか、などについて。
荒牧氏:
最初にモーションキャプチャをやったのは、1994年にセガの鈴木裕さんに呼ばれた『バーチャファイター3』だったかな。ちょっとリアルになるやつですよね。そのプロモーションムービーをつくってほしいと言われて、セガのモーションキャプチャのスタジオで撮らせてもらったのが最初なんですよ。当時は、こんなことができるのかと驚いて、おもしろいと思いましたね。
当時はまだ磁気式だったので、1時間以上同じ部屋にいると、アタマが痛くなるよって言われるレベルでした。黒い箱からすごい電磁波が飛んでるみたいな。みんな背中にバッテリーを積んで、ワイヤードの装置を付けて。
神山氏:
それはやばいね(笑)。まさにサイバーパンクだ。
荒牧氏:
それで裕さんがやってきて、「違う、そうじゃねえんだ」とかいいながらアクションをつけて、やってました。
──いまだとアクターにセンサーをぺたぺた付けて軽量でやっているところを、当時はまだ相当な重量でやっていたと。
荒牧氏:
いまは光学式になりましたからね。何時間やってもアタマがいたくならないので、それだけでもぜんぜん違う。やりやすくなりましたね。当時はもう棒人間がなんとなく動いてるくらいのもので、これでOK出さなきゃいけないんですか……? みたいな感じだったので(笑)。なにがOKなのかさっぱりわからないけど、データが撮れているというだけでOKと言わなきゃいけない、と。
荒牧氏:
それがいまでは、リアルタイムでデータを見れて、たとえば(草薙)素子のデータなら、そのキャラクターの動きとして見て、このくらいだったらあとで直せるかな、という手応えを含めて確認できる。カメラもコンテに合わせた画角にして、それも含めたOKを出せるので、レベルは格段に上がっています。
──現時点の技術で、おふたりの思い描く理想のうちどの程度実現できているのでしょうか。
神山氏:
いや、それはぜんぜん、まだまだだね。
荒牧氏:
キャプチャしてもらった映像が完成画面になって、OKを出せるような、撮って出しでいけたらありがたいんだけど。まだそこまでは……。ただ、ある意味ではかなりそこまで近づいてきているとも言える。
神山氏:
たしかに、近くなってきてはいるんだけどね。ルックがゲームっぽくてもいいのであれば、それができるようになってきてる。ゲームの映像って進化したと言われてるけど、甘い部分もあるじゃないですか。たとえば地面に設置する足の位置や角度だったりが少し歪んで見える部分があるとか。相当良くなってはいるんだけど。
でも映画やアニメでは、あれだと怒られるんです。「プレステ2レベルじゃないか」と。
荒牧氏:
なぜかみんな、「プレステ2」って書くんですよね。あれはなかなか腹が立つんですけど。
神山氏:
少し歪んでしまう部分を含め、違和感が出てしまうところは、結局のところ超アナログなんです。手で直すしかない。
──部分的にモデリングし直すということですか。
神山氏:
それもあるし、アクターのモーションを微調整したり、セットを作り直したり、全部です。たとえば人間の手と拳銃のサイズの対比って重要なんだけど、これはもう作品ごとに全部イチから設定しないといけない。
荒牧氏:
(実演しながら)こうやって拳銃を握ってるとして、握ってるように見えづらいじゃないですか。特にCGでアップショットになったとき、ぎゅっと握ってる、ホールド感が出ないので、シワをつけてみたり、影をつけてみたり、肉の盛り上がりをつけてみたり……とさまざまな工夫をする必要があるわけで。
──つまり、細かい部分まで作っているので注目してほしい部分と?
荒牧氏:
いや、そういいたいんですが、正直なかなか難しいですね。
神山氏:
どこで妥協するか。
──アニメでいうバンクのシーンなどでコストを下げつつ全体の配分をするなどといった工夫を、3DCGの制作現場でもしているのでしょうか。
神山氏:
いや、配分するというより、アベレージをどこに揃えるかってことですね。
荒牧氏:
逆にいうと、さきほどお話しした銃を握っているアップのショットが難しいのであれば、アングルを変えるとか。
──なるほど。
荒牧氏:
ネガティブな文脈ではいいたくないので、言い換えるなら、演出的にはこっちのほうがいいよね、という線をさがすんですよ。
神山氏:
そういうことをしながら、『アベンジャーズ』と同じ土俵で戦わないといけないのがね。手描きのアニメだと、仮に映画という同じ土俵に乗せても、そもそも質感が違うから。
荒牧氏:
方法論が違うからね。
神山氏:
ハリウッドに負けてないんじゃない?ってアニメをつくることもできるけど、CGだと同じだからね。
荒牧氏:
さっきの話で、アニメであればぎゅっと握ったような感じの絵は、うまい人ならすぐに描けますからね。
神山氏:
それを限られた予算とスケジュールで、どうすれば『アベンジャーズ』に負けないものにできるのかっていう話。
──1990年代と比べて、技術は進歩しているが、結局はリソースの問題という局面にぶつかっているわけですね。
神山氏:
そう。それはハリウッドでも同じだと思います。結局マンパワーでやるしかなくて、そこにAIが登場したので向こうもパニクっている。
──俳優をモーションキャプチャしたデータを、会社がずっと使えるため、俳優の仕事が減ってしまうことに起因するストライキが起こっている件ですね。技術は進歩したが、行き着く先が少し見えてしまっている感じもあると。
神山氏:
う〜ん……。たとえば山を登るときには、徒歩で登るのがいちばん楽しいじゃないですか。でも、CGでアニメをつくるっていうのは、登山ロボットをつくって、気持ちよく山に登ろう、みたいなことをやってる感じがするんです。別のたとえをするなら、海水浴は自分が泳ぐから楽しいのに、泳ぐロボットをつくって楽しもうとしているような。ロボットのレベルは上がったけれど、それって海水浴なのか?っていう。
荒牧氏:
アニメという枠にくくろうとしたときに、まだ無理があるのかなってことですね。
神山氏:
実写というジャンルでCGを使うのであれば、実写として成立していれば褒められる、成立していなければ怒られるだけなんだけど。
──今年9月に公開された映画『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』は、アニメではありますが、CGっぽい違和感を感じさせないつくりになっていたように感じます。
荒牧氏:
最後のひと味として、落書きっぽさをうまく出していましたね。
──ガワをクレイアニメやイラストのようなテイストにすることで、既存のジャンルに落とし込まれている錯覚も手伝って、自然に感じるということでしょうか。
荒牧氏:
そうだと思います。
神山氏:
ただおそらくあの作品も、結局はものすごいマンパワーで素敵に仕上げているんだと思う。『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年公開の映画)もそうだったし、『アーケイン』(2021年にNetflixで配信)も素晴らしかったけど、最後のひと味の部分はやっぱり力技だった。
──ゲーム業界でも、「AAAタイトル」といわれる1000人規模で開発するビッグタイトルでは、プレイヤーが何度も見るモーションは手でつくるというルールがあるといいます。AIも使っているんですが、大事な部分は手でつけることでクオリティを保っているとか。お話しいただいたことと、かなり似た部分があるかと思います。
荒牧氏:
まさにそうですね。
──ということは、昨今話題になっているAIの画像生成なども、変になってしまう部分が出て修正する必要があるという点が、何年でどの程度進んでいくのかという話において、アニメもゲームも同じような状況であると。
神山氏:
そういうことなんですが、そもそも修正したら素敵なのかっていう疑問もあって。なんでもそうですけど、途中の成果物のほうがおもしろいんですよ。『バーチャファイター』でも、どんどんリアルになっていったけど、じつは初代がいちばんおもしろかったっていう人も多いはずで。
アップデートされていくと、コマンドの打ち込み方を変える以外にやることがなくなっていって、それってアップデートなの?っていう気もする。画だけがどんどん良くなっていっても、それってゲームのおもしろさに寄与していないじゃないですか。
──『デトロイト ビカム ヒューマン』のような、映画っぽさもあるアドベンチャーゲームもありますが、どのように評価していますか?
荒牧氏:
『ポリスノーツ』の進化系ともいえる、コマンド選択式のようなゲームですね。見た目よりもシステムのほうなんですが、必ず選択肢が3つ出るんじゃなくて、いまならもう少し自然にならないのかなとは思います。
──CGの部分ではなくゲーム性に注目されたんですね。
神山氏:
そうね、失礼かもしれないけど、ゲームにとってのルックって付録ですよね。
荒牧氏:
極論するとそうなるよね。いまはAAAの大きなタイトルだけじゃなく、インディーのドット絵のゲームが急に売れたりするから。少人数でつくったら、売れたときの取り分も多いし。
神山氏:
そういう過渡期に生まれる、いまでいえばAIの動画生成みたいなものって、ガチャガチャしてるんだけど、そこがおもしろい。あれをきれいにすると、意外となにもおもしろさがなくて褒められない割に、やるのは大変みたいなことになっちゃう。
荒牧氏:
『バーチャファイター』のポリゴンじゃないけど、ノイズが有る状態が意外となつかしいっていうのは、ゲームでも映像でもあるかもしれないですね。
神山氏:
可能性と想像の幅があるときはおもしろくて、そこが埋まっていくとまた停滞するんじゃないかな。
アップルビジョンが出ることで、草薙素子たちが見ている世界に、少しだけ近づくのかもしれない
──もう少しお聞きしたかったのですが、時間の都合上、締めに移ります。現在はCGに関する技術的な停滞感があるとのことでしたが、今作の舞台である2045年という未来に向けて、どのような展望を抱いているのか、最後にお聞きします。
神山氏:
まず、AIでつくったときに、人間側が予想だにしない、読めない結果を出してくれるうちにつくられるものに興味がありますね。
もうひとつは、映画について。ぼくはどんな作品でも、映画をつくっているつもりで、映画には意図的な“欠落”【※】が必要なんですね。映画は総合芸術ともいわれますが、動きや音楽などすべてが揃っているから、意図的になにかを引かないと、映画たりえないと思っています。
いい役者がいるけど、予算がないというのもひとつの欠落なので、そこで工夫をすることでなにかが生まれる。逆にすべてが揃っているときって、すべての要素を置くだけになるので。
そういった意図的な欠落を、CGをつかったアニメーションのなかで見つけていくのが、自分の中のテーマかなと。
※欠落と映画について
なにを持って映画といえるのか、どんな要素が作品を“映画”たらしめるのかという議論は『神山健治の映画は撮ったことがない~映画を撮る方法・試論』(STUDIO VOICE BOOKS)で深掘りされている。興味のある方はぜひご一読を。
荒牧氏:
神山さんが映画についての話だったので、僕はテクノロジーの未来について。まだまだ普及はしていないですけど、ずっとVRとARに興味があるんです。ちょうどいま、メタクエスト3を買うか悩んでるんですけど、その次に来るアップルビジョンプロが本物っぽい感じがある。値段が高いので、そんなにぱっと普及はしなさそうですけど。
──そういったデバイスが普及すると、現実が攻殻機動隊の世界観に近づきますね。
荒牧氏:
そうですね。アップルはコンピュータの次の形として出すらしいので、そこで新しいビジョンが示されるのかもしれません。
最近、モニターを3つ並べて作業するのが嫌になってきていて、外出先でノートパソコンとiPadを並べるのも嫌なので。ゴーグルをアタマにカポッとかぶって、モニターをVRでたくさん出して、キーボードも指の動きを読んでほしいなと思ってるんです。
──攻殻機動隊の作中で、素子たちキャラクターの手元にモニターを出してるような感じですよね。
荒牧氏:
GPUがまだ弱いので立体感は難しそうですけど、かなりいろいろなことができるようになる気がしていて。それを作品づくりに活かしたいというより、人間の生活環境を変えるんじゃないか、見ているものがどんどんパーソナルになっていくことで、それぞれが違う世界にいるようになる……っていうのは、今作のテーマにつながると思います。
神山氏:
その先は、人間の処理速度を上げないとまた違う限界が来るね。もうジョブが増えすぎているので。
荒牧氏:
そうなっていくと、素子たちが見ている世界に、少しだけ近づくのかなと。これはなにかのミーティングで冗談半分で話していたことで、危険な発言かもしれませんが──テロリストが自分だけの世界にこもって、テロを起こし続ける──なんていうことも実現できるようになるかもしれない。それは本人が望んでいるのか、罰なのか、幸せなのか不幸せなのかはわからないですけれど。
──『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』でいうなら、ある人の世界のなかでは核ミサイルが発射されたかもしれない、また別の人の世界のなかでは発射されなかった、という状況。
荒牧氏:
そう。人によってそれぞれが望む世界をつくっていくようになる。アップルビジョンだけでそこまではいかないでしょうけど、その一歩目が見えるのかもしれません。それが怖いことなのか、平和につながるのかはまだ誰も知らないけど、攻殻っぽいという意味では強く興味を持っています。(了)