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カプコンから社員を10人も引き連れて独立した男が、なぜ『ロックマン ゼロ』の開発を任されたのか? 焼き鳥トークで入社したカプコン時代、塩ゆでパスタで生き抜いた極貧時代、そして『ロックマン』シリーズ開発までの道のりを聞いてみた

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カプコンに入るも3年で退職し、元社員11人で起業することになった流れとは

焼き鳥の話でカプコンに入るも3年で独立、『ロックマン ゼロ』『ガンヴォルト』開発のインティ・クリエイツ社長に奇妙な話が多すぎる_014

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TAITAI:
カプコンに入社して、3年で辞めて会社作るって当時ではかなり珍しいと思うんですけど。

會津氏:
まあ、かもしれないですね!はい。

一同:
(笑)

TAITAI:
それって、もうカプコンに入る時に決めてたのでしょうか。

會津氏:
いやいや、長さは決めてませんでした。まあ、あの……カプコンに入っても、辞めていく人は結構多かったですよ。在籍中から「カプコン専門学校」なんて言われてました。今のカプコンさんは違いますよ。私がいた頃の話です。

カプコンに入っても「卒業していく」って我々は言ってましたけど、そういう方は結構いて、“卒業”した後にステップアップする人もいれば、完全にゲーム開発をやめちゃう人もいたりとか、いろいろあったと思うんですけど。私は別に3年という風には思ってなかったです。

焼き鳥の話でカプコンに入るも3年で独立、『ロックマン ゼロ』『ガンヴォルト』開発のインティ・クリエイツ社長に奇妙な話が多すぎる_015

會津氏:
もちろん、ゲームがちゃんと開発できるスキルが身につくまでは会社にいた方がいいなという感覚はありましたし、うまくいくんだったらずっとカプコンさんにいたいな、と思っていたんですけど、ちょっと特殊な事情がありまして……。

私は……今、思えばもしかしたら変わった人間だったのかもしれません。1993年とか94年当時の話なのですが、カプコンさんって開発員は私服で、管理職の人達はスーツ着てたんです。ということは、社内で知らない人にすれ違った時にスーツを着てる人は偉い人なんですよ。

で、私服の人は開発員なんですよ。「じゃあ、俺はスーツで行こう」となって(笑)

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一同:
(笑)

會津氏:
私、入社して2年間もずっとスーツでカプコンに通ったんですよ。そしたら、それがちょっと裏目に出てですね……。2年目ぐらいで、課長から「ちょっとお前来い、補佐をしろ」と言われました。それから内部の管轄が変わり、PC部門の統括サブという役職に……課長でもなんでもないですよ?

喜多山氏:
出世じゃないんですか?

會津氏:
そういう立場に、2年目でなっちゃったんですよ。そこで何をやっていたかというと、当時の辻本憲三社長がどっかに説明に行く時に、プログラム的な説明を受けても分からないから誰かがレポートを書かなきゃいけないんですよね。

私がそのレポートを書く担当になり、一緒に行って、話を聞いてレポートを提出するという業務や、課長の代わりに印鑑捺くとかして(笑)

一同:
(笑)

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會津氏:
「あれ?……プログラマーとして入ったはずなのに、なんでこんなことをやっているんだろう?」という状況になってしまいました。

まあ、ちょっとそこは上司に不満を訴えて、3年目にはまたプログラム職に復帰できました。でも復帰後は「プロジェクトを統括して進行しなさい」というおまけもついて、若干の不満はありましたね。

それと大きい会社なので、社内で実力のある人は目立ってるんですけど、「あの人と一緒にゲームを作ったら無茶苦茶面白いものを作れるのに、一緒のチームになれない」っていう不満があったりもしました。

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會津氏:
……今のカプコンさんは違うと思いますよ!当時です、当時の話です(笑)

喜多山氏とTAITAI:
(笑)

會津氏:
そういう不満もあったので、社内でちょっと目立ってる人たちに声をかけて、「一緒に会社作りませんか?」って声をかけたりして。

喜多山氏:
なるほど……それは、結構やんちゃですね(笑)

會津氏:
ええ。という話をしていたら、その中の一人が、当時ソニー・ミュージックエンタテインメントさんがやってた「Club DEP」っていう人材発掘プログラムにエントリーしていて、そこでプロ部門の優秀賞を取ったんですよ。

その優秀賞が「200万円ぐらいあげるので自分でゲーム作りませんか?」みたいな感じだったのですが「これはいい!」と思いました。そこでソニーさんに「俺ら10人で会社辞めるから、ソニーさん1億出してくれへん?」という話をにしに行ったんです。

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會津氏:
そしたら、当時のソニー・ミュージックの丸山さん(丸山茂雄氏)が、「100個ミニ企画出したらお前らには企画力があるってことを認めてやるから」とお話をしてくれて、こちらも「じゃあ、100個作ってきますよ!」と言って企画を出したことで、一億円で最初の仕事を出すから、というところまで道筋ができたんです。

じゃあ、もうこれは独立するしかないでしょう。「あとはタイミングだけや!」と思っていたのですが、そうしてたら当時、私が入ってたコンシューマー部門のトップの藤原得郎さんという部長がいて、のちにウーピーキャンプという会社を作られるんですが、その藤原さんが辞めるという話になったんですよ。

「今や!」と思いました。課長たちが浮き足立っているので、「僕らも!僕らも辞めます!」って、みんな方々に嘘をつくわけです。

私はというと、「腰痛くてもう座れないんで…辞めます」って……(笑)まあ、本当に腰が痛くて入院してたので、半分休みたい部分もあったんですけど。

で、「辞めます」と言ったあと「お前ら藤原さんとこ行くんやろ!」「いや、そんなことないです!」「いやお前ら、絶対に藤原さんとこに行くんや……まあええわ、今回は大目に見たる。やめてええで」みたいなやりとりもあったんですが……でも、藤原さんの所に行くわけじゃなかったんですよ(笑)

喜多山氏:
(笑)

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會津氏:
で、あとでそれがバレて「お前ら!藤原さんの所に合流すると思って見逃してやったのに、お前らで会社作りやがって!」って怒られるんですけど(笑)

喜多山氏:
あ、そうなんですね。やっぱり、怒られるんですね。

會津氏:
はい(笑)まあまあ、それは後の話です。そのタイミングでは藤原さんがウーピーキャンプ作られるのにまぎれて我々もやめて、自分たちで会社を作りました。

ソニー・ミュージックさんからは「大阪で会社を作られると遠すぎて管理できないから、首都圏に来いよ」と言われていたので、千葉の習志野の付近に社屋を借りて、そこで10人カプコンから退職して合流しました。一人はちょっと遅れてきて、それで合計11人で会社を設立するという流れに至ったわけです。

喜多山氏とTAITAI:
へぇえ。

喜多山氏:
それが、設立の経緯なんですね。

「俺と一緒に会社立ち上げたいやつ、100万円この口座に振り込んでくれ!」

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會津氏:
そうです!しかも、設立するときお金がなかったので……最初、有限会社を作るときってお金がいるじゃないですか。なので私が当時、皆にプリントで渡した内容が「俺と一緒に会社立ち上げたいやつ100万円この口座に振り込んでくれ!」ですよ。新手の詐欺ですよね(笑)

一同:
(笑)

會津氏:
でもですね、それに騙されたというか、乗ってきてくれた11人の希望者のおかげで会社が立ち上がることになって。みんなで100万円を出して、社屋を借りて場所を作って、什器を入れ「場所を作ったから1億の仕事を出してください」ってソニー・ミュージックさんに言って、スタートしたんです。

喜多山氏:
へぇー……じゃあ、会社自体が共同出資で立ち上げた?

會津氏:
そうです!ですので、最初は全員、同じ比率で株を持っていて、全員役員です。

喜多山氏:
へぇ……それ、結構……決め事をする時に揉めるパターンじゃないですか?
(※喜多山氏の経歴はゲーム会社の元社長)

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會津氏:
(身を乗り出して)よくおわかりで……(笑)

喜多山氏:
(笑)

會津氏:
それはあとの話なんですけど…会社設立してから4年後くらいの話ですが、もうしますか?その話。

喜多山氏:
まだそれは、後のお楽しみで(笑)

會津氏:
はい(笑)

カプコン時代には『ブレス オブ ファイアII』や、あのタイトルを作っていた

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『ブレス オブ ファイアII』(画像は任天堂ホームページより)

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喜多山氏:
カプコン時代のお話をもうちょっとお聞きしたいんですけど、カプコン時代には、なにを作られていましたか?

會津氏:
私が入ったすぐの時は、ちょうど『ブレス オブ ファイアII(※)』を作ってる時で立ち上げ時期だったんですよ。

喜多山氏とTAITAI:
おおぉ~~~。

※『ブレス オブ ファイアⅡ 使命の子』1994年にスーパーファミコン用のソフトとして発売されたRPG。ドラゴンに変身する能力を持つ主人公が、仲間たちとともに冒険を繰り広げる。前作から数百年後の世界が舞台となる続編。

會津氏:
なので、『ブレス オブ ファイアII』は最初から制作に噛ませていただいて、「背景処理を全部組んでくれ」って言われました。フィールドを歩き回ったりするときの背景とか、魔法を使う戦闘で地形が崩れるアニメーションを作ったりしました。

そして『ブレス オブ ファイアII』の開発が終わって、次の開発に行く時が2年目の真ん中らへんです。そこでいきなり「PC部門の統括サブやれ」と言われ、プログラマから抜かれちゃったんです。

そのあとプログラマに戻って携わったのが、『バイオハザード』PC版の開発ですね。

えーっと……あんまりこれ話したらダメなのかな?まあいいや(笑)
当時はまだパソコンのOSがWindows 3.1で、まだWindows 95が出てなかったんですよ。だからDirectXとかがなくて、Windows 95が出る前の開発をしていました。結局そのプロジェクトは、Windows 95版を出すことになったため途中で終わりました。

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『ストリートファイターII』(画像はゲームプレイ映像より)

會津氏:
それが終わった後に、今度は『ストリートファイターII』「3D格闘にしましょうや」という話になり、作り始めるんですけれども、アーケードの方から「なにコンシューマーで勝手に作ってるんや」というお話をされまして。

それで「じゃあ、システムをそのままにキャラクターだけ差し替えて別の3D格ゲーを作りましょう」と言っている途中に、藤原さんが辞められたので、それを作ってる途中に会社を辞めることになりました。

喜多山氏:
そうなんですね。

會津氏:
はい。そのゲームは、たぶん出てないと思います。

喜多山氏:
じゃあ、カプコン在籍中に「これ作った!」というのは、『ブレス オブ ファイアII』になるんですか?

會津氏:
そうですね、カプコンで作ってるのは『ブレス オブ ファイアII』だけですね。

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『ロックマン7 宿命の対決!』(画像は任天堂ホームページより)

喜多山氏:
意外でした。『ロックマン』だと思ってました。

會津氏:
ああ!『ロックマン』を作ってたのはさっきの「Club DEP」に賞を出した人間と、うちの副社長の津田が『ロックマン』大好きでカプコンに入ってるので、『ロックマン7』『ロックマンX2』を会社にいる間に作って、『ロックマンX3』は受託で作ってるはずなのになぜか津田(※)が作ってるっていうよくわからないことになってました。
なんでなってたのかは、あんまり詳しく言うと怒られちゃうんで……。

※インティ・クリエイツの取締役副社長 津田 祥寿(つだ・よしひさ)氏。カプコン在籍時には『ロックマン7』や『ロックマンX2』の企画を手がけた。

喜多山氏:
なるほど、なるほど。

會津氏:
はい(笑)
なので、私が『ロックマン』を作ってるかっていうとカプコンにいる時は作ってないんですよ。そのあと、要するに独立してから『ロックマン ゼロ』を作ってます。

ソニーから一億円をもらって初仕事。その後のカプコンとの関係は?

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『可変走攻ガンバイク』

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喜多山氏:
SME(ソニー・ミュージックエンタテイメント)から貰った一億円の仕事っていうのは、どういうものだったんですか?

會津氏:
あ、それはですね、一番最初に出した『可変装攻ガンバイク』っていう、プレイステーションで出てるゲームの仕事ですね。尖り過ぎてて、なかなか売れなかったやつです。

喜多山氏:
そこはもう、一本まるまるそのチームで作りきったってことですか?

會津氏:
そうです、そうです。11人のうち2人は総合職なので、9人で作ってる感じですかね。『ロックマン』を作っていた津田がディレクターとして入っていて、あとは「Club DEP」で賞を獲った人間が……いま、辞めちゃっているので名前出すのは止めときますけど、彼もディレクションできてましたので、2人3脚でやってた感じですね。

喜多山氏:
なるほど。しかしそういう、すぐにでもゲーム開発もできるような精鋭の方たちを引っ張ってきたわけじゃないですか。

會津氏:
はい。

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喜多山氏:
その後、カプコンさんとの関係っていうのは……。
ものによっては出禁になったりとかっていうことも、普通にあるんだろうなと思うんですけれど。そのあたりはどうでしょうか。

會津氏:
えっと、二つあると思うんです。まずひとつは我々がカプコンさんの中ではあまりにも雑魚だったんで(笑)要するに歯牙にもかけられてなかったってのはあると思います。

これがどういうことかというと、現場レベルというか、開発者の中レベルでは仲はいいんですよ、辞めたあとでもずっとです。要するに、同期だったりとか、同期の一個上とか、一個下とか。そういったところは非常に仲が良いです。

それを怒るとすれば、もっと上の世代だと思うんですよね。
でも、そもそも私の直上の課長もそのあと辞めて、別の会社に入ってらっしゃるんですよ。そして、中間層は藤原さんが辞めたことによって結構入れ替わりがあったわけです。

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會津氏:
そうなってくると、本来「あいつら辞めやがって…」って思う人間も、我々が辞めたあとにわりかし辞めちゃってるんですよ。

もうちょっと上のレベルの話をすると、たとえばオーナーとか社長とかのレベルになると、まあ、言ったら入社3年目の若造が辞めたわけですよね。別にどうってことないですよね、そんなの。

喜多山氏:
同期が100人ぐらいいる中の…ってことですか。

會津氏:
そうそうそう。130人同期がいる中の人間が「なんや10人くらい一緒にやめたらしいよ」、「あっ、そう」みたいな、そういうレベルの話ですよ。大きな会社からしてみたら。

とはいえ、やっぱり現場で目立ってた人間と一緒に作ってるので、当時、企画のメインをやっていたような人間からしてみると「お前、勝手に連れてきやがって…」みたいな感じで、ちょっと冗談交じりで恨み言を言われるような感じはありました。けどまあ、それぐらいのレベルです。

喜多山氏:
そんな感じやったんですね。なるほどなあ。
じゃあ、そんなに出禁になったり怒られたり、足引っ張られたりみたいな事はなかったんですか。

會津氏:
なかったです、なかったです。

喜多山氏:
それは良かったですね。

會津氏:
よっぽど今のほうが出禁ですよ(笑)

一同:
(笑)

會津氏:
いやいや、そんなことはない。そんなことはないです(笑)

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ライター
MOTHER2でひらがなを覚えてゲームと共に育つ。 国内外問わず、キャラメイクしたりシナリオが分岐するTRPGのようなゲームが好き。 Divinity: Original Sin 2の有志翻訳に参加。 ゴーストオブツシマの舞台となった対馬のガイドもしている。 Xアカウント(旧Twitter)@Tsushimahiro23

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