AIならバランス調整やデバッグ作業を24時間し続けてくれる
──ここからは話題をガラリと変えて、『サガ エメラルド ビヨンド』の開発にAIを活用されたことについてお聞きしていければと思います。「AIを活用」とひと言で言ってもいろいろな形があると思うのですが、今作ではどのような形で導入されたかお伺いできますか。
河津氏:
形としては、バランス調整やデバッグ作業などバトルの開発サポートとしてですね。柴田くん的にはどうだったの?
柴田氏:
最後のデバッグ作業の時が一番役に立ちましたね。AIは人間と違って24時間稼働してくれるので。本当に愚痴をひとつもこぼさずものすごい勢いで働いてくれました(笑)。
一同:
(笑)。
柴田氏:
今作は500以上のバトルが用意されているので、もし人間が全部デバッグをしようとするとそれだけで1〜2ヵ月はかかってしまうんです。
しかも、ゲームバランスは常に調整していて、仕様を変えることもあります。すべてのバトルを確認し終えたとしても、そのころには最初のバトルのゲームバランスは変わっている……なんてことも少なくないんです。
そういう時、AIなら最新の状態のゲームを短時間ですべて確認してくれます。たとえば、週末にテストプレイを走らせると、週明け月曜には解析が終わっていて報告レポートがあがっているんです。これはもう、AIじゃないとできないことだと思いました。
──テストプレイを走らせるというのは、AIに実際にプレイしてもらっているということですよね。どういう状況でプレイしてもらっているんでしょう。
三宅陽一郎氏(以下、三宅氏):
大量のパソコンを用意して、その中で「AIワーカー」と呼ばれるAIがさまざまなバトルをプレイしていくという感じです。
1バトルごとにスクリプトを書いていくと、たとえば500個のバトルのデバッグプレイに500個のスクリプトを作ることになってしまうので、AIに自動的に学習させていこうとなりました。いわゆるディープラーニングによる強化学習ですね。いろいろな設定で学習したAIがゲームをプレイし続けるのです。
とにかくAIにプレイしてもらって、失敗したら結果から計算を繰り返してAIに学習させていく。結果として毎週800バトルをAIが自動的に行う体制になりました。
とくに開発終盤ではパラメータをはじめとする変更が大きく入ることで、バランスが崩れてしまわないかどうかについて、AIを活用することでその面では大きく貢献させていただけたのかなと思います。
──たとえば、バトルの難度が高すぎるとAIがそこで行き詰まって報告がある、みたいなイメージでしょうか?
柴田氏:
そうですね。たとえば勝利数が0になるときがあります。ただ、ここでひとつ弱点があって、AIが間違っているのか、ゲームデザインが間違っているかの判断は、人間がしなくてはいけないんです。
ゲームバランスが取れていない事態もあり得ますが、そもそもAIの行動に問題がある可能性もある。原因がひとつとは限らないですし、そこが本当に難しいところです。
ですから、そこは直接人間が見て、「このボスは勝てなくても仕方がない」となることもあれば、「勝てるはずなのになぜ?」といった異変も確認する必要があります。異変をきっかけに調べると、入力されている値がバグを引き起こしていることが発覚したり、そういう問題点を見つけてくれる点で役に立ちました。
スクエニ初のバランス調整にディープラーニングAIを導入した開発事例となる『サガ エメラルド ビヨンド』
──本作の開発にAIを導入することになった経緯については、どのようなものだったのでしょうか?
三宅氏:
もともとは河津さん、柴田さんから「ゲームバランスの調整にAIを使えないか」とのご要望をいただいたのがきっかけになります。
そこから1年弱くらい、柴田さんのバトルチームと議論させていただきまして、スクウェア・エニックスとして初の事例になるのですが「バランス調整にディープラーニングベースのAIを導入したい」と提案した形になります。
──初の事例ということは、AIのアルゴリズムも独自に作成されたんですか?
三宅氏:
はい。ディープラーニング技術に関しては柴田さんと議論しながら、担当エンジニアのエドガー・ハンディ【※】が付きっ切りで、本作のために数学的な理論やオリジナルのアルゴリズムを組み立てていったんです。
通常のシンプルな構造のニューラルネットワーク構造のディープラーニング技術ですと、連携を始めとする『サガ』特有のバトルシステムに付いていけないんです。それを柴田さんに見ていただいて、AIに足りていないものを洗い出しながら試行錯誤を繰り返して改造していく流れでした。
※エドガー・ハンディ……株式会社スクウェア・エニックスAI部所属(2024年1月初旬時点)。ともに『サガ エメラルド ビヨンド』の開発に携わる。
──AIからは具体的にどのような報告があがってくるのでしょう? 素人からするとまったく予想がつきません。
柴田氏:
敵のHPをどれくらい減らしたか、味方はどれくらい減ったか、生存者は何人か、という情報を出してもらっていました。それらの要素の状況によって、上手く戦えていたのかどうかを判断するんです。
ただ、ランダム性がありますので、基本的に1バトル10回戦ってもらい、その平均値を出してから判断するようにしていました。人間だと同じバトルを10回繰り返すとなるとなかなかしんどい作業ですが、AIはそんなことはまったくないので、お願いするほうも気が楽でした(笑)。
三宅氏:
そこがAIのいいところですね。実際、バランス調整とデバッグ作業に関して、人の手を取らずに24時間稼働させられるのは非常に重要なポイントです。
ゲーム開発が大規模化することによって、バランス調整とデバッグ作業にかかる労力が増大し、それにより必要な作業の量がものすごいことになっているんです。そこにAIを導入することによって、本作ではバランスを確認する負荷をかなり下げられました。
我が子を見守るかのように「連携して!」
──今作の開発では、開発メンバーとAIが二人三脚のように協力して取り組まれていたのですね。それにより、デバッグにかかる膨大な労力を下げることに成功した、と。
柴田氏:
ただ……ゲームデザインの側からしますと、ディープラーニングにはもどかしいところがあるんです。
AIが「重要だ」と認識してくれないと学習してくれないんです。今作は「連携」がバトルにおける重要なシステムなんですが、最初はAIがまったく連携をしてくれなくて……。
こちらとしては「連携を出してほしい」とオーダーしたい気持ちなのですが、ディープラーニングの場合それができないんです。
──なるほど。AIが自分自身で「連携が重要だ」と発見して覚えてくれるまでは待つしかないんですね。
三宅氏:
そうなんです。「ディープラーニングによる強化学習」はひと言でいえば「経験から学ぶ」、ということです。人間でも鉄棒の逆上がりを習得するときに、何度もトライ&エラーして、うまく上がれたときにコツをつかんで行きますね。これが強化学習です。
ですから、我々はAIが連携してバトルに勝利した時に、報酬をあげるようにするんです。そうすると、AIは「どうして報酬をもらえたんだろう?」と考えて、「連携を選んだからもらえた」と学習していくことになります。
それが積み重なっていくとAIは「連携はいいことなんだ」と学習し、積極的に連携していくようになる。そのようなアルゴリズムを組んでいますので、どうしても時間がかかってしまうんですね。強化学習はシミュレーション回数がどうしても多くなる傾向にあります。
柴田氏:
学習していない初期のころは、単に攻撃力の高い技を選ぶだけで、まったく勝てなかったんです。そこから徐々に連携や術を使うことを覚えていったのは面白かったです。
どこから学んできたのかわからないのですが、術が有効な敵に対してちゃんと術を使う動きをみせることもあって、そういう時は「ああ、やっとAIが術を覚えたぞ!」って感激しました。
──まるで我が子を見守るかのような感じですね(笑)。
柴田氏:
そうですね。完全に人間と同じような動きにはならないんですが、最終的にはある程度は連携してくれるようになりました。
現状、「面白い、面白くない」はAIの評価対象外
──ちなみに、河津さんはゲーム開発におけるAIの導入についてはどのようにお考えなのでしょうか。
河津氏:
それこそ、「上手い具合にシナリオを面白くしてくれるAIがゲームの中に入ってくれれば楽なんだけどな〜」とは思います。
ヒロインがピンチになったり、王様から頼まれごとをされたり、悪い奴に騙されたり、冒険の布石をAIが自動で生成して散りばめてくれて、プレイヤーが進めていくと自然と面白い体験が味わえる……みたいなのがあれば一番なのですが、現実はそう都合のいい使い方はできないんですよね。
現状、自分は「AIをゲームの中に導入すれば面白くしてくれる」という風には考えていないんです。
三宅氏:
以前、河津さんとお話した際にも「三宅くん、僕は『ゲームの中のAI』は信用していないんですよ」とおっしゃられていましたよね(笑)。
──実際、本作で活用されたものはいい感じに物語を面白くしてくれるような「ゲームの中のAI」ではなく、バランス調整やデバッグ作業に用いる「ゲームの外のAI」ですよね。
河津氏:
そうですね。というのも、現状の技術レベルだとそもそも「面白い、面白くない」はAIの評価対象外じゃないですか。たとえばバトルにおいて、かかったターン数による数値的な評価はできても、「そのバトルが面白かったかどうか」は算出されない。
「早く決着がつく=面白い」わけではないですし、人によって「ヒリヒリしたバトルで面白かった」「無双できて面白かった」と価値観はさまざまですから、評価ができないんですよね。
もちろん、いつかはその評価ができるようになるかもしれません。ただ、今の段階では難しいと思うんです。
そういう意味では、「AIがゲームを遊んでくれて感想を言ってくれるようになる」のが自分の望んでいるところですね。「面白かった」「まあまあよかった」など言ってくれるようになるといいなあとは思います。
三宅氏:
河津さんのおっしゃる通り、ゲームの面白さだったり、この小説が好きなど、AIには主観的な評価ができなくて、それを何かしらの数値に落とし込んだもので伝えるしかないんです。つまり結局のところ、コンテンツの評価には人間の手が入ってくる。
でも、人間とAIの関係ってそれでいいのかもしれないと思います。どんな風にやるかをAIが考えてくれて、人間はその場を提供し目的に対する評価を定める、といったコラボレーションが関係性としては望ましいのかな、と。
河津氏:
ただ、AIが人間では思いつかないクリアの方法を見つけてくれることで、新しい面白さを見つけてくれる可能性はあるかもしれません。
人間では絶対にしないような、面白くなくて面倒くさいことでもAIは進めることができますよね。ですから、その先に想像もしなかった面白い体験が隠されている……かもしれません。そういうところにAIを使えると面白い気がしています。
まあ、もし面白さがあったとしても、それを人間が直接体験できるかは別の話ですけどね。分かっていてもできないことはありますから。それこそ「エベレストに登ると気持ちいいよ!」と言われても、普通の人は登れないですよね(笑)。
──確かに(笑)。
河津氏:
逆に、現時点でもデバッグやバランス調整には使える可能性があると考えていました。自分たちが寝ている間にも、ゲームをガンガン遊んでくれてその結果を報告してくれるというのはすごく効率がいいですよね。
そういう話をプロジェクトのプログラマーに相談したところ、社内でゲームAI研究を専門にされている三宅さんを紹介してもらい、今作でバトル側でAIを使った取り組みをしてみることになったんです。
AIによって「より楽しいゲーム」を作れるようになるのは夢のあること
──現時点では、デバッグやバランス調整に活用する方向でゲーム開発に導入されているAIですが、河津さんのおっしゃるように「ゲームの中にAIが入って面白くしてくれる」という状況は夢がありますよね。
河津氏:
現時点では難しいですが、もし技術的に可能になるのであれば面白そうですね。たとえばゲーム内でAIとの関係が育まれてきたところで、AIが敵に誘拐されてしまい、プレイヤーが助けにいく……みたいなシチュエーションは熱そうな展開じゃないですか?
しかも、いざ助けたと思ったら、自分のことを忘れてしまっていたり逆に変なことを覚えてしまっていて、「俺のAIじゃない!」ってもだえ苦しんでしまったりして(笑)。
一同:
(笑)。
河津氏:
逆に、口うるさい奴から解放されて自由だと助けに行かない人もいそうですね。それこそ『サガ』だったら「せいせいした!」って選択肢が出てくるでしょう(笑)。
三宅氏:
もし実現できるとしたら「仲間AI」というのはすごく熱いと思うんです。
ただ、現状の技術だとどうしても、プレイヤーの行動意図を組んでくれなかったり、物語の流れと振る舞いがちぐはぐだったり、完全には格好良くならないんですよね。あと少しですね。
河津氏:
一方で、まともな受け答えができない「ポンコツゆえの可愛さ」みたいな路線はアリだと思っています。
三宅氏:
そのあたりまでAIでできるようになるとRPGの体験が変わってくると思うんです。
今は演出することでドラマを作っているのですが、それがAIで生成できるようになるなら面白いことになりそうです。「仲間AI」を絡めることでさまざまなドラマを作れるようになるかもしれない。
──未来が楽しみですね……。さて、そろそろお時間も迫ってきましたので、最後に『サガ エメラルド ビヨンド』のお話から、今回のAIを使った取り組みや今後のことに関して読者さんに向けたひと言をいただければと思います。
三宅氏:
『サガ エメラルド ビヨンド』では、ゲームバランスのチェックにディープラーニング技術を開発に採り入れた最初のタイトルという形で関わらせていただきました。
開発のスタッフのみなさんに貢献できたと同時に、育てていただいたところがありますので、今後は逆に恩返しできるようにしたいですね。
また、今回の開発を通じて、ゲームの中でAIを育てていくことの重要性を強く実感させられました。これからはAIが自ら開発のサポートにいくような体制を作りたいです。
柴田氏:
『サガ エメラルド ビヨンド』のバトルはけっこう頭を使います。AIでも容易に解析できないぐらい、幅広い戦略が試せますので、色んなことを考えては実行し、勝利を目指して欲しいです。
とくに、これまでにないタイプのコマンドバトルを遊んでみたい人にはぜひ触っていただきたいです。コマンドバトルは行動が固定化されやすいのですが、今作はそういう作りになっていません。
僕らとしても、コマンドバトルはまだまだ進化できることを見せたい思いを込めて作りましたので、実際に遊んで確かめていただければと思います。
河津氏:
今回の『サガ エメラルド ビヨンド』は、前作の『サガ スカーレット グレイス』の経験も踏まえ、さらにもう一歩踏み出して遊びの幅を広げたり、バトルに関してもより手応えのあるものに進化させています。
ユーザーの皆さんにはぜひ楽しんでいただきたいです。それによって、次の『サガ』に繋がっていきますし、自分としてもどんどんチャレンジしていきたいと考えています。
また、今作はバトルの検証においてAIを活用していますが、AIが実際にゲームの中に入り込んでくるのはもう少し先の未来になると思います。ただ、AIによってさまざまな体験を実現でき、より楽しいゲームを作れるようになるのは夢のあることですので、その時が来てくれるのを心待ちにしています。
AIの進歩でゲームを作る人の仕事が無くなるようなことは無いと思いますし、プレイヤーにとってもいいことしかない、Win-Winな状態になりそうに思うんです。そういう時代のゲームを作ってくれる人の登場も待ち望んでいます。
──今後の『サガ』シリーズ、河津さんたちのご活躍を期待しています。本日はありがとうございました!(了)
じつは今回の取材直前に、「3人パーティ構成で遊ぶRPG」と「4人パーティ構成で遊ぶRPG」の2作品を遊んでいた。そのどちらにも回復役は編成されていた。
何度も全滅の危機に瀕し、回復役のリカバリーによりなんとか乗り越えられる激しいバトルを味わえたのだが、結果として相当な時間とターン数を要することになっていた。
そんなことを事前に経験していたこともあってか、今回、河津氏の回復にまつわるコメントはまさに目から鱗であり、「ユーザーを自分のゲームに縛り付けるだけ」のひと言も個人的には首がもげるほど納得のあるものだった。
今作『サガ エメラルド ビヨンド』においてショップをなくした経緯、感情を揺り動かす特徴的なテキストにある背景からは、新しいことにこだわり続ける河津氏のクリエイターとしての信念と“若々しさ”が見えた。
また、過去にやり込んだTRPGのエピソードを語る際、クリエイターではなく、完全にいちTRPGプレイヤーの顔となって、興奮気味に語っていたのも、その場にいた人間のひとりとしては面白くて仕方がなかった。
今作では、バトルにおけるデバッグを中心にAIを活用することになったとのことだが、いつの日か、河津氏が望む「ゲームの中にAIが入り予測不能なストーリー」が繰り広げられる『サガ』を心待ちにしたいところだ。