まずこの画像を見てほしい。
(A)開発中止になったホラーゲーム『The Way hOme』に、どうみても筆者の自室そのものが登場する。
もちろん使用許可は出していないし、筆者と開発者の間に面識はない。
これはいったい、どういうことなのか?
しかも、筆者の机の下には、こんなものが貼られていた。
困惑した筆者は、真意を伏せて、開発者のHashidumeに取材を申し込んだ。
彼は取材を快諾した。
これにどういった意図があるのかを、直接尋ねなくてはならない。
※この記事は、█████企画『██』の一環であり、フィクションです。実在の人物、団体、出来事とは一切関係がなく、登場人物やゲームは存在しません。しかし、██は実在するかもしれません。
※問題文には、動物への残酷な行為を連想させる描写、およびグロテスクな表現が含まれています。
一部の方に強い不快感や精神的苦痛を与える可能性があるため、ご自身の判断と責任において、閲覧をご検討ください。
飼い主が猫を探すのではなく、猫が飼い主を探す話
──本日はよろしくお願いいたします。『The Way hOme』は、“(ア)レイが視える猫”となって事故物件を探索するという構造がとても印象的です。どのようにして、このような題材でゲームを作ることを選んだのでしょうか。
Hashidume:
まず、猫を主人公にしたゲームの構想は昔からありました。3Dの立体的な構造のマップを舞台とし、窓や家具を飛び越えたり、狭いところを進んだりする。
猫らしいアクションをメインとしたアクションゲームですね。
Unreal Engine 5を使えるようになって、その構想を実現していったという形です。
──なるほど。というと、ホラーゲーム部分はあとから加えられた要素ということですか。
Hashidume:
はい。私はもともとホラーを作るのが好きで、今回正式にスタジオとして(イ)ホッソクする前にも、『RPGツクール』(注1)とか、そういうツールを使ってフリーゲームでホラーを作っていました。
ホラーは自分が得意とするジャンルであると同時に、本作で描きたかったテーマを表現するのにもふさわしいものでした。
──操作キャラが猫だと、よりスリルや緊張感がありますね。あまりかわいそうな目に遭ってほしくないと思うプレイヤーも多いんじゃないでしょうか(笑)。
本作で描きたかったテーマというと、「事故物件」を題材にしたシナリオに関係するものでしょうか。
Hashidume:
それもありますし、猫の視点を用いたストーリーであるということも関係しています。
猫は昔から、霊的なものと結びつけて考えられることがあります。
飼い主が猫を探すんじゃなくて、猫が飼い主を探す話。その構造に意味があります。
ところで、この猫の柄、見覚えはありませんか?
──とくにありませんが……。
とても馴染みのある、素朴な感じがしますね。どこにでもいるような感じだ。
Hashidume:
そうですか。
(Hashidumeはそう言うと、筆者の足元のほうへ目を背けた)
──現代の病理や苦しみを切り取ったシナリオも印象深かったです。
Hashidume:
そうですね。あなたはこの物語から、なにを感じましたか?
──世の中について、広い視点で細部まで考え抜いていられることが伺えました。改めて、このような作品に出会えて幸運に思います。
Hashidume:
私はあまり運の良い方ではないんですが、それはよかった。
もし運が良かったら、あんな目には遭わなかったでしょうね。(注2)
名作ホラーゲームから受けた影響
──これまでにHashidumeさんはフリーゲーム(注3)作品を制作されていましたが、本作でゲームエンジンを移行するにあたってもゼロから勉強をなさったのでしょうか。
Hashidume:
そうです。使用しているエンジン、Blender(注4)も、YouTubeで公開されているチュートリアル動画を視聴して、あとはほとんど独学ですね。ほかのクリエイターに教わってもよかったんでしょうけど、私、界隈で誰とも仲良くなくて、友達いないんで(笑)。
動画とか見まくりました。全然当てにならない動画とかも多くて、辛かったですね(笑)。
死ぬほど大変でしたけど、少なくとも形にできたのは良かったです。
──すごい(ウ)シュウネンですね(笑)。影響を受けた作品などはありますか。
Hashidume:
ホラー的な手法の面でいうと、やはり『サイレントヒル2』(注5)とか、『SIREN』(注6)とか。映画や小説などほかの媒体とは違う、ゲームならではのインタラクティブな構造が印象に残っています。
──いずれも、スリルや緊張感を味わえる作品ですね。『The Way hOme』からも、それらのエッセンスが感じられました。
Hashidume:
そうですね。ナラティブ(注7)としてのホラーゲームっていうか、ただ怪物から逃げたり戦ったりするだけじゃないもの。
当時は子どもでしたけど、構造そのものに、「こういう表現もあるんだ!」と衝撃を受けましたね。自分でゲームを作りたいと思ったのも、プレイステーション2で『サイレントヒル2』を遊んだことがきっかけです。
──なるほど。
Hashidume:
ただ、その部分は本作の本質ではないんですけどね。
──本質ではない、というと?
Hashidume:
猫の視点から、事故物件を探索すること。このモチーフこそが本質です。
──なるほど。はじめにおっしゃっていたように、ホラーであること自体は必要条件ではないと。
Hashidume:
そうです。
──それでいうと、猫を主役にした理由は? 好きなんですか?
Hashidume:
もちろん、それもありますが……。
まぁ、ここでは語らなくていいかな。
すみません、いったん離席しますね。お手洗いに。
(Hashidume氏、5分ほど退室)
お前を忘れたことはないよ
──『The Way hOme』の「生活の痕跡だけが残る、無人の事故物件を巡る」というシチュエーションには独特な雰囲気があり、不穏ながらもどこか物悲しさを感じます。
こういったテイストは近年流行する「Liminal Space」(注8)だったり、一昔前で言えば中野正貴氏による写真集『Tokyo Nobody』(注9)などを想起します。
それらの要素を意識されていたのでしょうか。
Hashidume:
うーん……。べつに、流行を取り入れたとかではないです。
人が怖いと感じるものに、流行り廃りなんかないですよ。
──思うに、本作にはHashidumeさんの個人的な恐怖というものも多分に含まれているのではないでしょうか?
Hashidume:
どういうことですか?
──こちらの一方的な勘ぐりでしたら恐縮ですが、本作に登場する怪異は、Hashidumeさんが恐ろしいと考えているものを表現しているのではないでしょうか。刃物や針といった鋭利なものが多く登場するところとか。
Hashidume:
そもそもホラーっていうものは、そういうふうに作り上げていくものだと思いますよ。
私の作品に限らず、自分が怖いと思うものを表現するのが一番です。
個人制作なので、自分のやりたいように作ることができますし。
──自分が怖いと思うもの、ですか。それでは、私個人がもっとも気になっていることをお聞きしてもよろしいでしょうか。
Hashidume:
はい。
──ゲーム終盤に訪れることになる物件ですが……あれはどうみても、私が現在住んでいる部屋そのものでした。偶然似ているとかではなく、そのもの。写真を取り込んで、家具や私物なども描写されています。
Hashidume:
ちゃんと、最後までプレイしていただけたんですね。
──これは、私の手元にあるプロトタイプ版だけの仕様なのでしょうか。それに、ところどころ、この作品にはおかしなところがあります。明らかに不自然な演出や挙動がゲーム内に含まれていて、正常なプレイが不可能なところもありました。
極めつけは、これです。(D)僕の机の下に、これが貼ってありました。
あなたは、何がしたいんですか?(注10)
Hashidume:
よかった。ようやく気づいてくれたんですね。
──はい?
Hashidume:
思い出しませんか?
(Hashidume氏、椅子から立ち上がる)
──思い出す?
Hashidume:
……。
──すみません。いったん休憩を挟みませんか。
Hashidume:
どうしたんですか。体調がすぐれませんか?
あなたのための呪い
──(大きく咳き込み、嘔吐する)
Hashidume:
ゲームの反響が想像以上だったので、クリエイターとしては残念ですが、結果には満足しています。
届けるべき相手に、届けることができたんですから。
こうして記事になって、少なからず世に触れることになる。
それだけで十分です。
どうです、思い出しませんか?
──すみません、水を……
Hashidume:
せっかくインタビューの場を用意していただいたんです。
うずくまってないで、ほかに聞きたいことはないんですか?
可能な限り、お答えいたしますよ。
それか、こちらが質問しましょうか。聞きたいことはたくさんあります。
私がこちら側の席に座りましょう。
──忘れちゃったんですか? あなたからメールが届いたとき、嬉しかったですよ。自分のしてきたことに、やっと成果が出たんですから。
イイジマ ムネノリ:
申し訳ありません。とても話せるような状態じゃなくて……。
あなたは、個人的に私のことを知ってるんですか?
──正直、呆れましたよ。
ラジオの音声も、おじさんの話も、まるであなたには効いていなかった。あんな(F)低俗なジャンプスケアまで仕込んだのに。
テープを仕込むのは、私でも流石にやりすぎだと思いましたけど、██さんの助言にしたがって本当によかったですよ(笑)。
イイジマ ムネノリ:
██さん……?
──あなたにとっては遊び半分だったんでしょうけど。痛めつけられた側は、なかなか忘れられないものなんですよ。怒りとか、悲しみとか、やるせなさとか……。
こうして考えてみると、なんだか悲しいですね。団地のアパートで、一緒に遊んだことも覚えてないでしょうか。
イイジマ ムネノリ:
誰か、人違いをなされてるんじゃないでしょうか。
私はあなたのことなんか知らないし、そんな思い出なんてありません。
──「呪い」っていうものについて、考えたことはありますか? ホラーゲームの話じゃなく。
イイジマ ムネノリ:
呪い、というと……?
なんの話をされてるのか、さっぱりです。
私は単なるゲームライターで、あなたはクリエイターです。
そんなことに巻き込まれるような立場だとは、とうてい思えない。
──せっかくだ。これを見てください。
イイジマ ムネノリ:
猫の写真、ですか? ゲームに登場するものと、似てますね。
脚に刺さってるのは……針?
──針を刺されたこの猫は、傷口が膿んで……自力で歩くこともままならなくなりました。
そのあと、すぐに死んだんです。
イイジマ ムネノリ:
はぁ……。
──魔術とか、怨念とか、そういうのじゃないんです。実態に基づいた呪いというものは存在し、こうしてあなたを苦しめることができる。
イイジマ ムネノリ:
(口元を抑え、その場でうずくまる)
──最後に、ゲーム製作者として伺います。『The Way hOme』は面白かったですか?
──質問に答えてください。
【注釈】
注1 RPGツクール……エンターブレインから販売されているRPG制作ソフトシリーズ。ソースコードの開発などをせずに、比較的手軽にオリジナルゲームを作成することができる。
注2 もし運が良かったら、あんな目には遭わなかったでしょうね。……Hashidumeは幼少期に、同級生のいたずらによって、飼い猫を殺害されている。
注3 フリーゲーム……個人制作のビデオゲームで、インターネット上に無料公開されているものの総称。
注4 Blender……ビデオゲーム制作に使われることの多い3DCGソフト。
注5 サイレントヒル……コナミデジタルエンタテインメントのホラーゲームシリーズ。『The Way hOme』はとくに『2』からの影響が大きい。
注6 SIREN……ソニーから発売されたプレイステーション2用ホラーゲーム。
注7 ナラティブ……「物語」や「ストーリー」を意味する言葉。ここでは、ゲーム内でテキストによる会話文や説明以外での、ビジュアルや操作性で物語を表現する手法という意味で用いられている。
注8 Liminal Spece……何もない廊下や階段などのロケーションを扱った写真群のうち、どこか退廃的かつ不気味な印象を与えるもの。また、それらを扱うインターネット・ミーム。
注9 TOKYO NOBODY……写真家・中野正貴による、無人の東京都内の街を撮影した写真集。
注10 あなたは、何がしたいんですか?……古来より、「被呪者が呪いを認識すること」や「被呪者が恐怖を抱くこと」が呪いを完遂するための条件のひとつとされている。
問題文は以上となる。
あなたが真実を知りたい場合、紙とペンを用意し、次の問い(問1〜9)に答えよ。
所定の宛先に解答用紙を送付した者には、せんせいによる採点及びコメントを記載し、返送する。
- ① お礼を言う
- ② 霊感を得る
- ③ 号令を下す
- ④ 冷凍食品
- ① 出版業界
- ② 正体を表す
- ③ 不倶戴天の敵
- ④ 発言者
- ① ████を追う
- ② ████を取る
- ③ 念願が叶う
- ④ ████を行う
問2 本文において、Norishimaことイイジマ ムネノリは死亡している。その死因として最も適切なものを、次の①〜④のうちから1つ選べ。
- ① 心臓発作
- ② 溺死
- ③ 脳梗塞
- ④ 針の誤嚥による窒息死
問3 傍線部A「開発中止になったホラーゲーム」とあるように、『The Way hOme』はほとんど完成していたにも関わらず、開発中止となった。その理由として最も適切なものを、次の①〜④のうちから1つ選べ。
- ① パブリッシャーとトラブルになったため。
- ② ゲームクリエイターとして、満足のいく出来にならなかったため。
- ③ イイジマ ムネノリに『The Way hOme』を認知させ、プレイさせることができたため。
- ④ 開発資金が底をつき、これ以上開発を続けることができなくなったため。
問4 傍線部B「取材・文/Norishima」とあるが、本稿はNorishimaが執筆したものではない。Norishimaになりすまし、本稿をアップロードした人物は誰か。最も適切なものを次の①〜④のうちから1つ選べ。
- ① 山井択
- ② 荒木葉子
- ③ Hashidume
- ④ 中井美帆
問5 図-1、傍線部C「人間として未完成だったときの出来事です。」とあるように、『The Way hOme』発表時のプレスリリースには不可解な文章や画像が掲載されていた。Hashidumeがそうした理由として最も適切なものを、次の①〜④のうちから1つ選べ。
- ① 共通の思い出を語ることで、イイジマ ムネノリの興味を惹くため。
- ② 『The Way hOme』を宣伝し、収益を高めるため。
- ③ 「おじさん」の罪を告発するため。
- ④ ユーザーの同情を誘うため。
問6 傍線部D「僕の机の下に、これが貼ってありました」、傍線部F「低俗なジャンプスケア」とあるように、Hashidumeはイイジマ ムネノリを恐怖させようとしている。その理由を、40字以内で説明せよ。
問7 傍線部E「お前を忘れたことはないよ。」とあるが、このときのHashidumeの心境として最も適切でないものを、次の①〜④のうちから1つ選べ。
- ① イイジマ ムネノリの察しの悪さにうんざりしている。
- ② イイジマ ムネノリが『The Way hOme』を楽しんだことに、憐れみを感じている。
- ③ イイジマ ムネノリに呪詛を放つことができて、満足している。
- ④ イイジマ ムネノリが自分を一向に思い出さないことに、怒りを感じている。
問8 『The Way hOme』とは、ビデオゲームを触媒とする呪いである。この呪いの発端となった出来事は何か。「猫」「針」「イイジマムネノリ」の3語を用いて、説明せよ。
問9 あなたの過去の行為や振る舞いが、意図せず誰かにとっての呪いになっていたとしたら、それは誰に対する、どのようなものか。誠実に答えよ。
電ファミニコゲーマー
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第四境界
共同企画
試験問題型ホラー小説『██』
第2話
10月20日掲載
※この記事は、ホラー小説企画『██』の一環であり、フィクションです。実在の人物、団体、出来事とは一切関係がなく、登場人物やゲームは存在しません。しかし、呪いは実在するかもしれません。