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イラストレーターは、どう生きて、どう死んでいくのか? 絵描きの最前線を走る、米山舞と望月けいに聞く「イラストレーター」という職業の生き様

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私は、イラストレーター界の魔王になりたいのかもしれない

──作品に積み重なっている歴史や文脈も重要ではありつつ、その時代における共感性やリアルタイム性なども求められるときはあると思うんです。おふたりは、その共感性などを考えられたりはしますか?

米山氏:
うーん、難しいですね……けいさんは、そういうのあんまり気にしてなさそうですよね。ちゃんと自己プロデュースを込みにして、共感を得られる形になっている印象があります。

望月氏:
そこはあんまり考えたことがなくて……あまり根拠はないけど、昔から「自分が作ったものや思想に対して、世の中は共感してくれるだろう」という漠然とした自負があるんです。そこの言語化を、あまり考えたことがなかったですね。

米山氏:
でも、それはちょっとだけわかるかも!

あの「私がいま大事だと思っていることは、なんとなく響くと思う!」という全く根拠のない感覚というか。

望月氏:
そうそう、そういう感じです(笑)。

その感覚ってなんなんでしょう?
どこから来ているんでしょうね?

米山氏:
アンテナなのかなあ?
普段の周りとのコミュニケーションだったり。

SNSとかも傍目で見ているので、世の中の動向であったり、人が欲しているものは漠然と把握しているし……「別のことしてみようかな」と思うような意識が働くタイプですね。

米山舞×望月けい対談:「イラストレーター」という職業の生き様とは。イラストレーターは、どう生きて、どう死んでいくのか?_030

望月氏:
たぶん、私と米山さんはそうですよね。

ナチュラルに世の中の動きを察知していたり、世の人がいまどう考えていて、何に興味があるのか……ずっと絵のことを考えているから、常にそういうことにアンテナが立っているんだと思います。

米山氏:
あと、私は「絵やその周りの作るものを通して、人と対話したいタイプ」なんですよね。絵を通じて、「私はこう思うけど、みんなはどうする?」と話すようなことをしたいから、そのときの瞬間的なものは大事にしていますね。

望月氏:
あぁ、そこは米山さんとちょっと違うかもしれないです。
私は一方的に投げつけたいから、世の中からの返答って要らなくて。

一同:
(笑)。

米山氏:
いや、その自然体がけいさんらしくていいと思います。

望月氏:
この世に、自分だけが存在してたらいいと思ってるから……壁打ちだし、ボールは返ってこなくていいというか。私がぶつけるだけでいいと思ってますね。

米山舞×望月けい対談:「イラストレーター」という職業の生き様とは。イラストレーターは、どう生きて、どう死んでいくのか?_031

米山氏:
だから、私のスタンスとしては、「みんなが気になってることは、私も気になってるよ」という感じです。そのなかでどのくらい外れたり、違う気づきを与えられるかは大切にしていますね。

そんなにエラそうな感じじゃないけど、「ちょっと会話しない?」という感覚ですね。それがSNSのいいところだと思うし、自分自身はしゃべらない代わりに、絵でその会話をやっているような。

望月氏:
米山さんって、やっぱり優しいんですよね……。

心根がすごく優しくて、世の中のことをすごく考えているんです。「上位存在」というか、ひとつ上のフェーズから世を覗きながら、無償の愛を世の中に注いでいるんですよ。

米山氏:
小心者なだけですよ(笑)。
でも、そこの「問題意識」はずっとあるんですよね。

──それは、イラストレーター業界以外のことも含めてですか?

米山氏:
やっぱりイラストやアニメを含めて、自分を取り巻く業界環境のことはよく考えています。他ジャンルにおける自分たちの立ち位置であったり、自分たちのジャンルにおける積み上げ方であったり……そういうのはすごく気にするタイプですね。

望月氏:
米山さんって、すべてに対して優しいんです。
でも、私はこの世に対して怒りを持っている人間だから、「米山さんの労力を使って、私たちのような、こんな世の中救わなくてもいいですよ」と思ったりするんですけど……。

一同:
(笑)。

米山氏:
けいさんは、なんで世の中そんなに廃れてると思ってるの?(笑)
でも、そのロック心がめちゃくちゃいいところですよね。

米山舞×望月けい対談:「イラストレーター」という職業の生き様とは。イラストレーターは、どう生きて、どう死んでいくのか?_032

米山氏:
一応、私としては「救いたい」というより、「認められたい」みたいな気持ちがあって……いまはイラストレーターだって職業だし、社会的意義がある。

なんなら、日本のなかでも人気のコンテンツだと思うし、すごい情報や文脈が複雑にが入り混じった結果として、いまの「絵」が形成されている。それを、ちゃんと自信を持ってお届けしたいんです。「認められろ!」と思っているだけというか。

まあ、でも……尊いです。
純粋に好きなんですよね。

望月氏:
もちろん、私も「世の中のクリエイターはみんな尊い」という気持ちもありつつ……同時に「自分以外の事柄は全てどうでもいい」という気持ちもあり……。

米山氏:
その意味では、けいさんのそういう考えが個展の展示に込められているところは大いにありますよね?

望月氏:
私は、「世の中の絵描きは、私の個展を見てどう思ってくれてもいい」と思ってやっているんです。「こんな絵でいいなら私にも描けるんじゃない?」と思ってくれてもいいし、「こんな絵描きがいるなら、私はもう絵を描けない」と思ってくれてもいい。

だから、全然「救いたい」とか思っていなくて、もう感じてくれる人が畏怖を感じてくれるだけでいいんです。それこそ、個展の感想を調べているときに、「望月けいさん、魔王すぎる」と書いてあって。

米山氏:
それは褒め言葉なの?(笑)

望月氏:
数人が言ってくれてたんですけど……でも、「そうなのかも」とも思ったんです。私は、イラストレーター界の魔王になりたいのかもしれない。私はもう「敵」でいいのかもしれない。圧倒的な力を手に入れて、このイラストレーター界を支配して……

米山氏:
なんか、このインタビュー大丈夫ですか?
望月けいを野放しにしてていいのかな!?

一同:
(笑)。

米山舞×望月けい対談:「イラストレーター」という職業の生き様とは。イラストレーターは、どう生きて、どう死んでいくのか?_033

望月氏:
私はすごい「魔」の人間なんですけど、米山さんはすごく慈愛の心を持っているから……米山さんの話を聞いていると、「あぁーっ!!」って浄化されてしまうんです。

米山氏:
いやいや……でも、私の方が思想的には偏りがあると思います。

表現なんて自由だし、みんな好きにやればいいと思うんです。
日本はたくさんの表現に溢れているし、すごくいい国に生まれた。だからこそ、自分のいるジャンルや足元くらいはしっかりと定義をして、「これが自分の思う、最低限のクオリティだよ」というものをちゃんと残したいんです。

それに満たないと、めっちゃ厳しくなります(笑)。

望月氏:
それが米山さんのシビレるところでもあって、私のすごい好きなところなんですよね。優しいだけじゃなくて、すごくクレバーで厳しい。やっぱり強い人間なんです。

米山氏:
これは、アニメを作っているときの修正の基準値だと思うんですよね。

アニメって、クリエイターの「実力の差」とか「積み上げてきたもの」が、すごくわかりやすく可視化されているんです。作画や絵作りの上手い下手や、手の早さなんかもそう。

だからこそ、自分はそういう考え方をしちゃうのかもしれないんですが……こと表現においては、もう「上手い下手」は関係ない。じゃあ、なにでそれを定義づけられるのか? いいものと悪いものの違いや、プロフェッショナルとそうでないものの違いを定義づけるには、ある程度は自分のなかで決まりを作らなきゃいけない。

その「定義」を作るところから考えるのを、すごく意識しているんです。

米山舞×望月けい対談:「イラストレーター」という職業の生き様とは。イラストレーターは、どう生きて、どう死んでいくのか?_034
望月氏が、個展「俗世」で書かれている紹介文。これから言及されている。

米山氏:
その定義は、みんなの「自分のなか」にあればいいんです。
けいさんは、その定義を詰めていると思います。

個展で書かれている文章のなかで、けいさんは「良い人間になりたい」とおっしゃられていたじゃないですか。それは、けいさんの絵における取捨選択……けいさんのなかでの品質や美しさの最たるものを、「基準」や「定義」として持ち、それが一体なんなのかを作り上げていく。

要は、これが「ブランド」でもあるんです。
そのブランドがなんなのかを定義づけて、クオリティラインを作る。それを自分でやるようになる……こうなると、イラストも、アパレルやプロダクトのブランドとあまり変わらないような気がするんですよね。人間が楽しむものの、品質やブランドを自分で管理している。

だから、絵でやっていくためには、むしろブランディングをするしかないかなと思います。

〇〇力が強い人が、よりいい人間であり、よりいい絵描き……?

望月氏:
私が、なにをもって「いい人間」と定義しているかというと……「精神力」なんですよね。「ここは踏ん張らなくては」とか、「ここは楽な道に行ってはいけない」とか……そういう精神力が強い人間が好きなんです。

絵における、「この絵をよくしよう」という気持ちや、自分のなかの規定に満ちていないときに「もっとやれるよな」と思う厳しさなども、全部精神力だと思っていて。精神力が強い人が、よりいい人間であり、よりいい絵描きだと思っている節があります。「いい精神力が、いい絵を作る」と信じて、絵を描いていますね。

米山氏:
私の場合、そういう精神はアニメ時代に培われたと思うんですが、けいさんはどこで培われたんですか?

望月氏:
私はどこなんでしょうね?
アニメーターさんやマンガ家さんを見て学んでるのかも……?

あと、私はロックバンドが好きなんですけど……ロックバンドって早くに亡くなった伝説のミュージシャンの方が多くいらっしゃるじゃないですか。それって人よりも何倍も短い人生で、後世に語り継がれて歴史になるくらいの伝説を作っているってことで、なんて素晴らしいんだろうって……。

時代を作るような生き方をするのは、並の精神力じゃできないはずなんです。一生をかけても中々できないようなことを20代とかで成し遂げている人達が存在していて……。ものすごい精神力なんだろうと。そこに憧れて学んでいることはあるかもしれないです。

米山氏:
やっぱり絵描きでも、そういう人が好き?

望月氏:
そうですね。

ギュッと生き急いでいる人間が言うことであったり、毎日ありえないくらいの量を描いているアニメーターさんやマンガ家さんの精神力とか……自分の自制心と戦って、ずっと描き続けている精神力は学んでいると思います。

そこで「精神力が強い人間こそが、強い絵描きかも」と思ったし、私もそれを見習わなくてはと。

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望月氏:
やっぱり、ひいては昔の武士とか日本人の美学みたいなところが……「この場は、潔く切腹で死んだ方がいい」みたいな精神とか……。

米山氏:
ついにけいさんの中の武士出てきちゃった。

望月氏:
そういう「全力じゃなければ死ぬべき」「全力を出すか死ぬか、どっちかにしろ」みたいな美学や精神が、すごくかっこいいなと思うんです。自分がいつもそうできているかはわからないけど、そうありたいと思ってます。

米山氏:
まあ、そのジャンルにおける美学や精神、リビドーみたいなのはあるべきだろう……ということですよね。それは、すごく大事だと思います。まさに、昔の日本画家さんも、そういう本を描いていたりしますから。

だから、けいさんはいつか自伝を書いてください。
「魔王」ってタイトルで。

一同:
(笑)。

望月氏:
でも、実際「エッセイを書きませんか?」みたいなお話はいただくんですけど……私は、まだ全然その域に達していないから、お断りしているんですよね。

それこそ葛飾北斎も、73歳のときに「自分の70歳までの絵は、取るに足らない絵だった」みたいな話をれていたんです。だから、私もそれくらいになったらエッセイを書こうかなと思います(笑)。

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望月氏:
ただ、今回の個展を制作しているときに、少しだけ近いことを思ったんです。

要は、「これまでの自分は、すごく未熟な人間だった」と思って……この個展を制作したことで、やっと絵描きとして一人前になれたような気がするんです。同時に、「これからがスタートなのかも」と、すごく思いました。

だから、いままで生半可な精神で描いてきてしまったなって……。

米山氏:
えぇ、これまでの絵もいいけどなぁ(笑)。
でも、「悟りの境地」に至ったんですね。

望月氏:
やっと「一人前」と言える、人様に出しても恥ずかしくない精神で描ける人間になった気がします。過去にほかのイラストレーターさんから、「個展をやると、自分の集大成のように感じる」という話を聞いたりしていたんですが……私は全然集大成だとは思えなくて。

むしろ、今回でやっと「スタート地点に立てた」ような感覚ですね。これからです。

1枚の絵に、400時間くらいかけた──望月けいが個展にかけた狂気とは

──望月さんが、今回の個展にかけた労力はどのくらいのものなのでしょうか? 最後に飾られている絵に、400時間ほどかけたとも聞きました。

望月氏:
あれは、まず米山さんに「けいさん、100人の絵を描きなよ」と言われたから、「じゃあ描きます」と描き始めた絵なんですけど……

米山氏:
本当に描くやつがいるかーっ!
というか今の今まで言ったことを忘れてました……。

一同:
(笑)。

望月氏:
だから、あの絵は100人描かれているんです。

ただ、ぶっ通しで400時間をかけたわけじゃなくて……制作途中もすごく悩んでいたし、ちょっと置いてから別の仕事をしたりしていました。その「悩んでいる時間」を含めると、もっと長いと思います。

実際の描写時間で言うと、だいたい400時間くらいじゃないかなと。

米山舞×望月けい対談:「イラストレーター」という職業の生き様とは。イラストレーターは、どう生きて、どう死んでいくのか?_037
さきほども紹介した、望月氏の個展での屏風風イラスト。制作に400時間ほどかかっているらしい。

──望月さんは、そこまで時間をかけて絵を描かれたことはあるのでしょうか?

望月氏:
いや、自分のなかでも一番時間をかけた絵なんじゃないかと思います。

私自身、割と描くのは早い方なんです。
SNSにあげている絵は4時間くらいで描いていたり、仕事の絵で時間がかかったとしても10時間くらいです。今回は、そんな自分が「とにかくデカい、100人描かれた絵を描く」ということにチャレンジしてました。

普段、1枚の絵にあそこまで時間をかけることがなくて……過去には、pixivさんが出されている『VISIONS』というイラスト年間の表紙も、かなり時間をかけて制作したんですが、今回はそれ以上に時間をかけました。

だから、ちょっと気が狂った方がいいかもと思って。
今回の個展では、もう限界値を超えて気が狂わなきゃウソだと思ったので、ちょっと気を狂わさせていただきました。

米山氏:
「気を狂わせていただきました」って(笑)。

望月氏:
あと、ちょうど最近、日本画や浮世絵にすごくハマっていて……そういう昔の人たちの心をならおうと考えていたんです。その人たちが、屏風や襖にすごく大きな絵を描いたりしているのを見て、「自分も、いまの段階であれをやってみたい」と思ったんです。

そして、今後またそれをアップデートをしていきたい……また成長したときに描く、自分の屏風の絵はどうなるのかを試してみたいんです。その初段階を、今回の個展でやってみました。

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望月氏:
やっぱり、今回の個展は「自分の力を出しきりました」と言いたいですね。

個展をやったうえで、「もうちょっとやろうと思ったらやれたんですけど……ほかの仕事が忙しくて……」とか言うのって、ダサいじゃないですか。その仕事とかも含めての自分の実力だから、それしかやれなかったんだと思います。

だから、「出しきりました」と言って、そのうえでお客さんが「言うても大したことなかった」と思われたのなら、それが自分の実力です。そうであってほしい。「私の実力が足りずに申し訳ない」と思えるのが一番いい形のはず。

そのために、自分自身が胸を張って「いまの自分の限界値を出しました」と言えるように描き尽くしました。それが、最後の屏風の絵に表せたかなと。

──ちなみに、米山さんが「100人描きなよ」といったのは、どういった意図だったんでしょうか?

米山氏:
けいさんが日本画にハマっていたから……対象を写仏するように、信仰心を高められるんじゃないかなと。そして、けいさんは世に対する思うことが多いから「煩悩の数だけキャラクターを描いたら浄化できるのではないか」と思ったんです。

望月氏:
そう、そこをミスったんですよ!

あとから「煩悩は108だった……」と思い出して……。
またいつか挑戦します。

米山氏:
100で充分凄い。

とにかく、けいさんは「自分の目の前にキャラクターがいて、それを自分の手を使って、世の中に現わしている」から……キャラをたくさん描くことによって、より信心が深まるんじゃないかなと。あと、あのくらい描けば、おのずと凄みが出るので。でも本当に圧倒されたので凄いです。

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編集長
電ファミニコゲーマー編集長、「第四境界」プロデューサー。 ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長を経て、KADOKAWA&ドワンゴにて「電ファミニコゲーマー」を立ち上げ、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、サイトの設計など運営全般に携わる。2019年に株式会社マレを創業し独立。 独立以降は、編集業務のかたわら、ゲームの企画&プロデュースなどにも従事しており、SNSミステリー企画『Project;COLD』ではプロデューサーを務める。また近年では、ARG(代替現実ゲーム)専門の制作スタジオ「第四境界」を立ちあげ、「人の財布」「かがみの特殊少年更生施設」の企画/宣伝などにも関わっている。
Twitter:@TAITAI999
ライター
転生したらスポンジだった件
Twitter:@yomooog
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a

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