企画の破綻
これで私の新しいアカウントの入社手続きが完了したが、私の胸中には、Cloud Ring宙域の環状ガス雲のようなもやもやが立ちこめていた。
というのも、この調子で隠密取材を続ければ、いずれ私の素性がばれてしまうことが明らかになったからだ。企業連合のDiscordに参加している人間の名前(それはゆうに三百名を越えていた)を流し見ていくと、ちらほらと懐かしい名前も見つかった。
5年も経っているというのに、彼らはいまだにこの作品を遊び続けているのだ。これから参加していく初心者講習で知り合いとすれ違うこともあるだろうし、ボイスチャットで質問などを行えば、怪しむ人間も出てくるだろう。
とるべき道はふたつだった。
ひとつは、このまま新しいアカウントで隠密取材を続けるが、ボイスチャットは使わないでおく。さすがにテキストのやりとりだけで私の正体を見抜く人間はいないだろうから、もう肉声で話すのはやめにしたまま、艦隊演習や講座に出席することも可能ではある──とはいえ、この道には問題があった。
そうした受動的な態度でこの作品をプレイしても、なにひとつおもしろくない……つまり、この記事がおもしろくならないのである。
というのも、この作品が輝くのは、ゲームそれ自体の複雑さを、ともにプレイする他者の助けを借りて紐解いていくときなのだ。ゲームのなかで何かをやりたいと思ったとき、ゲームやWikiに当たったところで出てくるのは、自分の専門外の学問の論文のようにちんぷんかんぷんな、高度に洗練された情報の束でしかない。
そこでコミュニティの先達の助けを借りるのだが、そのときに味わう喜びには、ゲームにたいする理解が深まったというだけでなく、社会的連帯の感覚もいっしょになっている。しかしテキストチャットのみのやりとりでは、その関係をうまく育むことができないだろう。
結果、記事は読者にとって正体不明のゲームの初心者講座(それ自体はじつに熱心であるとはいえ)をそのまま聞き書きしたような代物になり、それではつまらないので、誰も読まなくなる。
もうひとつの道のほうが賢明に思われた。
つまり、ここで企画の破綻を潔く認めて、眠ったままの私のメイン・アカウントを再起動し、その正体を隠さずにあらためてこの企業に入社する。大々的に喧伝するわけではないが、入社した企業の上層部にも企図を明かして、そのうえで取材協力を乞う。
考えた末、けっきょくは後者の、メイン・アカウントの道を採ることにした。
理由はいろいろあるが、いちばん大きかったのは、じつに人間的なものだ。数日ほどプレイしているうち、胸の痛みに耐えられなくなった。自分の正体を偽ってプレイするという密偵じみた環境が、思いのほか強い罪悪感を引き起こしたのだ。いくら取材とはいえ、人を騙すのはよくないし、仁義にもとるのである。
会長との面談
そういうわけで、私は5年間のコールド・スリープについていたメイン・アカウントを起動し、面接をしてくれたかつての部下に、つぎのようなメッセージを飛ばした。
「久しぶり。このあいだ君が面接した○○っていう新入社員だけど、あれ、じつはやっぱりおれなんだ。騙すようなことになって、すまない。事情を説明するから、Discordに来てくれるか」
これがタイアップ企画の一部であることも含めて洗いざらい打ち明けると、彼は大笑いしてくれたものの、それはやはり会長に話を通しておいたほうがいいだろうという、当然の意見をくれた。
そこで私は彼の仲介を経て、500名以上のプレイヤーを束ねる日系企業連合の会長に相対した──私がかつてプレイしていたころから代替わりしたようで、かつては食えない老人が座っていた会長の席には、若い力を秘めた30歳手前の青年がいた。
私が彼にこの企画の趣旨についての説明を差し上げると、会長はじつに誠実に対応してくださり、私の入社の許可と、企画への協力の約束をいただいた。
それから話は先代の会長のこと、現在の『EVE Online』宇宙の政治的概況、この日系企業連合の構造や現在の立ち位置などに流れていった。内部資料や興味深い機密、星雲の背後にうごめく怪しげな思惑なども拝見したが、防諜上の観点から、もちろんここで公開することはできない。
酒も入り、思い出話に花が咲き、あっという間に2時間が経って会長室から辞去したが、部屋の扉を閉めたとたん、この企画が暗礁に乗り上げたことを確信した。実際のところ、これから何をどうやって活動し、まとめればいいのか、すべてがまったくの白紙に戻ってしまったのだった。
実際のところ、この作品の解説は困難を極める。
偽名で受けたさまざまな初心者講習の洗練具合には、いちプレイヤーとして感心もしたが、それを語ったところで、読者にとってはちんぷんかんぷんにしかならないだろう。架空の世界の架空のコミュニティにいったい何をそんなに夢中になるのかという読者の疑問は、答えられないままとなる。
もちろんこれはタイアップ記事であり、その目標は、この記事を読んだ人がおもしろそうだと思い、実際にゲームをダウンロードして遊んでもらうことだ。
しかしこの作品を誠実に語ろうとすれば、ゲーム自体がもっているどうしようもない難解さ(それこそが他にはないおもしろさなのだが)が露わになり、ライトなゲーマーに避けられてしまうのは明白なのである。
艦隊司令官をやってみる
とはいえ、体を動かさなければ何事も始まらないのは『EVE Online』も現実もおなじである。私は参加したアライアンスの社内Discordに、艦隊編成の通知を出した。すると何人かのプレイヤーが反応してくれ、兵站やスケジュール管理の役割を買って出てくれた。
ガレンテ帝国はプラシッド宙域ウィレッタ星系第二惑星、連邦防衛同盟軍事施設に集結したリハビリ艦隊の参加パイロットの数は、およそ50名であった。
日本時間の平日の夜にこれだけの人数なら、休日のコアタイムにはどうなるのだろうと驚いた。はじめのうちは緊張したが、べつに失うものはなにもない。
雑談しているうちにほぐれてきて、いい感じになった。出発の時間、私は5年ぶりに艦隊にアンドックの指示を発し、艦隊はいかなる種類の警察力も存在しない銀河系辺境部へと針路を取った。
解説をひとつ──この作品の艦隊行動は、ほとんど自動化されていない。
ゲームシステムが機能として用意してくれるのは、おなじ艦隊に所属している船をワープビーコンにする権利の分配、司令官プレイヤーによる分隊の一斉ワープ、基本的な艦隊行動指示などの、必要最低限の機能のみである。艦隊司令官、斥候、兵站、火力といった役割は、すべてプレイヤーによるゲーム外の管理能力と、システムへの入力によってまかなわれる。
わかりにくいかもしれないが、つまり、こういうことだ──50隻からなる艦隊が動くとき、そこにはシステムに入力を繰り返す50名の人間の魂が乗りうつっていて、それは電子の海の空間でボイスチャットやテキストチャットを駆使して交信しながら、目標をめがけて宇宙を飛んでいくのである。
ボタンを押せば強さが計算されて、それで勝ち負けが決まる、といった作品ではないのだ。
そういうわけで筆者は、ほとんどが初心者で構成されているはずのこの艦隊の、単純な練度の高さに驚いた。
出発直後の安全な宙域で、ランダムなビーコンへワープ指示を出し、実際に兵士たちがそこに到着するまでの時間を計ったが、それはじつに早かった。出発した後には、斥候隊が行き先の太陽系の危険性を逐一報告し、戦場の霧を晴らしてくれた。
本隊は、わかりにくいはずの艦隊指示用語──そのほとんどが英語からの直輸入なので、初心者にとってはちんぷんかんぷんなはずなのだが──にもよく追従した。
斥候隊はほとんど自動的に獲物を発見、捕獲し、私はそこに本隊を飛ばすだけでよかった。結果、いくつかのキルが艦隊にもたらされ、士気はおおむね高かった。
あるひとつの艦隊の強さは、単純な戦闘力の数値に還元されるものではない。
パイロットの技術やスキルポイントといった要素以上に、兵站やスケジュール管理などの役割分担、将への信頼などが組み合わさって、現場での強さに繋がるのだ──この基本はよく知っているつもりだったが、今回あらためて指揮をとってみて、より強く実感した。
現場に現れてくる強さが、コミュニティの強さなのだ。50名を率いる艦隊の指揮官は、なにせいちばん目立つので格好よく見えたりするが、実際に艦隊がうまくいくのは、初心者をよく教練した指導者たち、それによく応えた若手たちの努力によるのである。
※今回はあまり大きな戦闘が起こらなかったので、過去の艦隊戦の様子を引っ張り出してみた。6年ほど前の筆者のプレイ動画なので、画質の悪さは勘弁いただきたい。何をやっているのか傍目にはわからないだろうが、“感じ”、“雰囲気”をつかんでいただければ幸いだ。
さて、艦隊はいくつかの獲物を狩ったあと、つつがなく解散した。私はボイスチャットに居残り、ほかのプレイヤーたちと雑談を楽しんだが、そのときふたつの情報がもたらされた。
ひとつには、戦争のうわさ。この企業連合が活動している経済圏に、きなくさい動きが起こりつつあるらしい。とはいえ、私のような主をもたない老いぼれには、突き動かされる動機も気力も欠けているから、直接関係することはないだろうと思われた。
もうひとつの情報は──この宇宙でいちばんの手練れのパイロットを決定する、銀河一武道会の日本人チームへの招待状であった。
(第2回へ続く)
取材協力 : NACHO Alliance
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