■『EVE Online』転生
第1回:「9割のプレイヤーが離脱する過酷な宇宙MMO」で企業連合の元会長が初心者に転生しようとしたら速攻身バレして艦隊司令官になった件
第2回:数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件
第3回:PR企画の展開にどんづまって酒に酔っ払い前世の貯金を使って宇宙艦隊戦を始めてみたら帝国軍と国連軍に挟撃されて全滅してしまった件
昨年12月8日にめでたく完全日本語化されたMMORPG『Eve Online』の日本語コミュニティは、日々押し寄せてくる入門者たちを華麗な手つきで捌ききり、ニューエデン──同作の舞台となる架空の銀河系──における経済圏の拡大に成功した。
各企業は一日あたり数名の「リクルート」をこなし、筆者が取材した社長たちの報告によれば、各社は百名単位の新入社員を獲得したという。また、日本語化の流れを受けて設立された新興企業の数は膨大で、正確な数は把握できないが、数千名以上の人の流れがあったはずだ。
※この記事は新規プレイヤー向けのタイアップ記事であり、通常であればゲーム内容を事細かに紹介すべきなのだが、公式がまとめてくれた素晴らしいトレイラーがあるため、そちらに役割を譲ろう。
にもかかわらず──筆者は確信をもって言うのだが──日本語化から半年近くが経過したいま、EVE Onlineの銀河系に残っている新人の数は、当初の一割にも満たないだろう。
いずればれてしまうので包み隠さずに打ち明けるが、この作品の新人の定着率は、そもそもこんな数字で商売としてよくやっていけるなと思うほど低い。
2019年にトロントで開催されたオフライン・イベント、EVE Northにおいて公表された定着率のデータは、初回のログインから90日後には90パーセントのプレイヤーがログインしなくなる、という壮絶な事実を示した。
とはいえ、かつてこのゲームの魅力に取り憑かれて人生をだめにした経験をもつ筆者にしてみれば、この数字は驚くほどのものではない。
あまりにも膨大な量のコンテンツ、18年もの長きにわたって継ぎ足されてきたせいでいまだに全容が把握できないユーザーインターフェイス、見た目は華やかだがおそらく現実で宇宙船を飛ばすのと同じくらい難しい航行技術。
これらを習得した先に待っている楽しみが、あらかじめ設定された物語の読解ではなく、プレイヤー自身が自らの力で物語を紡いでいくサンドボックスであるようなとき、一体どの世界の大衆がこの作品を好むだろうか。
そのために、アイスランドはレイキャビクの開発元であるCCPから弊誌を介してタイアップ記事を執筆してほしいと依頼があったとき、筆者はよっぽど断ろうかと思った。
というのも──包み隠さずに言うが──この作品の難度は、世界中のすべてのMMORPGのうち、もっとも高いからだ。
どんな甘言を用いてあなたにアカウントを作らせようとも、このゲームにログインした日から3ヶ月後にあなたがもういちどログインする確率は、たったの2%にすぎないのである。
とはいえ、たまたまその2%に含まれていた筆者がこの作品とともに過ごした蜜月が、何事にも代えがたい経験を与えてくれたのも、また事実である。
それは仮想世界での第二の人生というよりも、もはや私という人格を構成する経験の一部であり、『EVE Online』は単純なゲームプレイの喜びをこえて、物の見方や他者との付き合い方を、実地で鍛えてくれた作品なのである。
だからこれは開発元の依頼を受けて執筆されたタイアップ記事であると同時に、その恩をどうにか作品に返そうとする、いちプレイヤーの礼状でもあるだろう。この奇妙なプレイレポートを、これから3回にわたって掲載していくが、その内容がどのようなものになるかは、まだわからない。
というのもこの作品は、18年の長きにわたって書かれ、いまも人々の手によって書き続けられている巨大な物語なのだ。
※この記事は、『EVE Online』をもっと多くの方に遊んでほしいCCP Gamesさんと、電ファミニコゲーマー編集部のタイアップ連載企画です。執筆は同作の歴戦プレイヤーである藤田祥平氏が担当しています。
どんな企画にしよう?
とはいえこれはタイアップ記事であり、タイアップ記事であるからには、依頼主とのコンセンサスが必要である。
地球の裏側の島国にむけて筆者が提出した企画案は、「悪の帝王としてEVEの世界に舞い戻り、日本語化に惹かれて新しくゲームを始めた初心者たちを狙う悪質な海賊グループを結成し、彼らを執拗にPK。そこから生まれてくるヘイトを含む様々なドラマを報告するうちに、初心者たちのうちから英雄が現れて、筆者のグループを打ち倒したりしたら楽しそう」といったものだった。
この案への返答の要約はつぎのとおり──「非常に魅力的な案であるものの、あくまでもプレイヤー主体を旨とする『EVE Online』のサンドボックスを公式の思惑でかき乱すことは、我が社の社是に反する」。なんとも潔癖症な運営もあったものだが、18年もの長きにわたるサービスを提供しつづけられた秘訣も、じつのところこのポリシーにあると思う。
要するに、用意された膨大なアセットをもちいて「プレイヤーが自分の手で物語を作っていく」ことが、このゲームのおもしろさの肝であるからだ。そこに間接的とはいえ神の手が介入すれば、たしかにプレイヤーの興が削がれてしまうだろう。
そうした曲折もあって、けっきょくは「まったくの新しいアカウントで任意の日本企業に入社し、そこで行われている初心者へのゲームの教授を取材、報告。いかにこの作品がコミュニティの力によって動かされているか」を報告する、ということで企画がまとまった。
それはめでたいことなのだが、ここで筆者はある種の困難を感じた。先述のとおり、筆者はかつて人生をだめにするくらいこのMMOに熱中した経験がある。自分の企業を運営しているとき、あまりに難しいゲームのしくみを初心者に解説し、なんとかして彼らの離脱を食い止めようとした記憶も、やや苦いものとして残っている。
できるだけわかりやすくゲームのコツをまとめたドキュメントを製作配布し、ゲーム内で初心者たちを集めて教練用の艦隊を飛ばし、撃墜された際にはその被害を会社の金で補填する、などなど──筆者はすでに、こうしたシステムを仲間たちと計画し、作成し、運用したことがあるのだ。
おそらくどの会社も似たようなことをやっているだろうし、それをわざわざあらためて取材するというのもなあ……と、正直なところ、あまり乗り気になれなかった。
とはいえ、仕事は仕事である。筆者はまっさらなアカウントを取材用に作成し、わかりやすくなろうと必死に努力しているがいまだに難解なチュートリアルをこなし、とある日系企業連合の企業の門戸を叩いた。
それは筆者がゲームを引退した5年前よりも、もっと昔から続いている日系の老舗企業で、いまだにゲームを続けている友人たちから聞いて、福利厚生がしっかりした会社ならあそこだろう、と勧められた企業でもあった。
どきどき入社面接
不思議なことに、そうしたプロセスがあるかもしれないことはわかっていたのに、入社面接を前にして、私は非常に緊張した。
本作の企業が面接を行う理由はおもにふたつある。あるプレイヤーが企業に入るとき、その志望動機(大きな船を飛ばしたい、お金稼ぎをうまくやりたい、等々)を聞いて、しかるべきコンテンツを用意・紹介するため。
もうひとつは、防諜のためである。複雑な政治的思惑が絡み合う本作においては、敵対企業の情報を入手するために、企業スパイを送りこむことなど、日常茶飯事なのである。もちろん、まったくきれいなアカウントのスパイを見破ることはできないが、それでも入社希望者の言動や仕草を把握することは、交歓のためにも重要なことだ。
さて、筆者の新しいアカウントの入社希望に対応してくれたのは、面接担当ではない別部門の社員であった。Discordのボイスチャット・ルームに通され、「ここでしばらくお待ち下さい。もうすぐ担当者が来ますので」と言われた。
私は次第にリラックスして、案内してくれた社員との雑談を楽しみもした。面接なんてシステムもあるんですね、まるで現実の会社みたいだ、と私が言うと、彼は先述した面接の理由のバリエーションを話してくれもした。
そのあたりのどこかでボイスチャットに面接担当者が入室して、私たちは挨拶をすませた。案内してくれた社員は、業務があるので失礼しますと言い残し、中座した。
そして私は面接官とふたりで、応接室に残されたのだが──いま思えば、この時点で、このタイアップ記事の企画が破綻したのだった。
というのも、その面接担当者のスクリーンネームは、かつて筆者がある企業連合の会長をやっていたとき、右腕として活躍していた部下のものであったのだ。
この時点ではまだ私の正体に気づいていない面接担当者が、にこやかな声で言った。
面接担当者:
それでは、面接をはじめます。よろしくお願いします。まず、弊社を志望した動機を教えてください。
私:
あの、あの、えーと。
私はしどろもどろになった。
面接担当者:
緊張しなくても大丈夫です。あくまでも形式的なものなので。そうですね、たとえば、このゲームでどんなことをやりたいとお考えですか?
私:
あの、えーと、そうですね、おっきな船とか飛ばしたいですね。
面接担当者:
いいですね!
彼の声のにこやかさが一段階上がった。
面接担当者:
目標があるのはいいことです!
私:
わはは、そうですか?
私は言った。
それから10分ほど、私にだけその不毛さが理解できる面接が続いた。
私の元部下である面接官はてきぱきとした口調で、かれらの企業連合の組織構成や活動の概要を伝えてくれたが、それは私がすでに把握している内容と、そこまで大差はなかった。というのもそれは、かつてこの会社に送り込んだスパイから聞いたことのある内容と、だいたいおなじだったのである。
とはいえ、怪しまれないように相槌をうち、いかにも初心者がやりそうな質問を投げかけたりしているあいだ、私は気が気でなかった。ここで私の素性がばれてしまえば、初心者のふりをして日系企業に入社し、そのコミュニティの力を初心者の視点で体験するという、この企画の趣旨が破綻してしまうからだ。
面接担当者:
それでは、これで面接は以上となります。我が社へようこそ……なにか質問はありますか?
私:
いえ、特には。
はやく解放されたかった。
面接担当者:
これからよろしくお願いします。
私:
よろしくお願いします。
かれはにこやかに言った。
私はほっと一息ついた。
──絶妙な沈黙が十秒間続いた。
面接担当者:
あの、ところでなんですが。
私:
はい。
面接担当者:
間違っていたらすみません。もしかしたらあなたは、○○さんではありませんか?
ここで私の動揺は頂点に達した。彼が言った名は、私がかつてゲームをプレイしていたときのスクリーンネームだったのだ。
私:
いいえ。
私は答えた。
私:
どなたですか?
面接担当者:
いや、お気になさらず。
彼はにこやかに言った。
面接担当者:
昔の上司ですよ。声や話し方が似ているなあと思ったんですが、気のせいでした。
私はぷるぷると震えた。
面接担当者:
それでは、私はここで。わからないことがあったら、何でも聞いてくださいね。
私:
はい。
私は震える声で答えた。
それで面接が終わった。