初心者を騙って『EVE Online』の日系企業に入社し、そこで行われているプレイヤーによる初心者講習に参加するつもりで面接を受けたところ、Discordの会話だけで古参プレイヤーであると身バレした件については、前々回の記事で述べた。
おなじ記事のうちで語ったが、仕事のためとはいえ人を騙すのはよくないと心を入れ替え、指揮官として艦隊を編成し、彼らのすばらしい練度によって戦果を挙げもした。詳細に書きはしなかったが、日系企業連合の初心者部門はそれなりに居心地がよく、新しい同僚たちとの交流は、筆者の生活における密かな楽しみとなった。
「9割のプレイヤーが離脱する過酷な宇宙MMO」で企業連合の元会長が初心者に転生しようとしたら速攻身バレして艦隊司令官になった件【『EVE Online』転生】
しかしながら、この平穏な日々はすぐに打ち切られた。日本人コミュニティのうちでも随一のはぐれ者たちのコミュニティに招待され、銀河一武道会たるあやしげな大会へ出場することになったのだ。
前回の記事でも紙幅を割いて語ったが、結果は一回戦敗退。優勝候補と目されていた海外の強豪とぶつかった不運があるとはいえ、チームでの練習を重ね、腕に磨きをかけた結果として、これはあまりにも情けないものだった。
数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件【『EVE Online』転生】
この催しがあらためて開催されるのは、半年後であるらしい。筆者は引退した身であるから、チームメイトに約束こそしなかったものの、もしも次回があるのなら、つぎはこのような結果では済ませないぞと、心中密かに誓った。そういうわけで、あらゆる企業の利害関係を超越した死狂いたちのコミュニティに、筆者は入り浸り始めた。
ときにゲームの外にまで聞こえてくる大戦争とはまったく異なる、繊細で美しい小規模PvPの戦いに。……そのようなプレイスタイルはあまりにも酔狂すぎて、曲がりなりにもPR記事である本稿の材料にはならないと知りながら。
そのようなコミュニティに身を落とした理由は、タテマエとしては、自分のPvPスキルを磨くため。これから自分がどんなゲームをプレイしていくにせよ、この作品の高度に洗練された対人戦闘の環境をあらためて学ぶことは、決して無駄にはならないと確信したからである。
ホンネは──企業からつまはじきにされ、一銭の得にもならない小規模PvPという修羅の道を行く曲者たちの、どうしようもない生き様に惹かれたからだ。現実では何の役にも立たない技術、誰も聞いたことのないアイスランド産のMMOにおける複雑な戦闘システムの理解に、彼らは一度きりの人生の大切な時間を費やして止むことがない。
あの船はどうだ、この装備はどうだと議論を止めず、おもしろそうなPvPがあるらしい太陽系の名前を、3000以上もの作中固有名詞のなかから諳んじてみせ、しかもその固有名詞に文脈を添えるプレイヤーコミュニティの政治的な背景まで知っている。手慰みに仲間内で、同クラスの船で撃ち合ってみれば、その操船技術は筆者をたえず感心させる。
いずれもすばらしいコミュニティであるのだが、松任谷由実の「ひこうき雲」的な情緒で命を燃やし続けるこの愚連隊と、どちらを向いてもフレンドリーな日系企業連合の初心者部門とのあいだで、筆者はしだいに身の置き場を失いつつあった。
※松任谷由実 – ひこうき雲 (Yumi Arai The Concert with old Friends)
本稿は腐ってもPR記事であり、ゲームの開発元であるCCP社からの直接の依頼を受けて執筆された原稿である。こういうものを書けばどうでしょうと会議で通した企画は(第一回でずいぶん破綻したにせよ)せめて守ろうと努めなければならない。
理性に従えば、ここであらためて本腰を入れ、ゲームを始めたばかりの初心者たちとの交流を軸に据えて、師弟関係あるいはビルドゥングスロマン的な読み物のネタを、探し始めるべきであった。
しかし筆者は、おもしろさや楽しさを追い求めずにはいられない、浪漫派なのであった。どうすることもできなかった。
こんなことでは駄目だと悩みながらもゲームにログインして、まず最初に顔を出すのは、みんな笑顔のクリーンな初心者企業ではなく、各々のディスプレイの前に灰皿と酒瓶が転がっていることが容易に想像される、死狂いどものコミュニティのほうだったのである。
ある意味で、こうなることは予想できていた。自分が持っていたもともとの性向についてもそうだし、このゲームが(良い意味にせよ悪い意味にせよ)人生を狂わせるだけの豊かさをもつことは、確かだったからだ。
昼のあいだはひとりの社会人としてこつこつと仕事をこなし、夜は酒の入ったグラスを傾けながら、われわれの想像力と夢のうちにだけ存在するサンドボックス型SF-MMOの、ニッチでフィクショナルな戦いに身を投じるという悦楽には、すなおで可愛らしい若者たちでいっぱいの初心者企業は、どうしたって適わなかったのである。
しかしながら、本稿の締め切りが迫るにつれて、筆者は自分の選択を後悔しはじめた。
300種類以上の艦船、5000種類以上の兵器、これらのアイテムのプレイヤードリブンな販売ルートをもつ『EVE Online』にたいするゲーマー的な理解はたしかに深まったが、本稿は開発元であるCCP社の依頼を受けて執筆されたPR記事であり、PR記事の目的とは、『EVE Online』をプレイしたことがない読者に興味を持ってもらい、実際にプレイを始めてもらうことなのだ。
ここ二ヶ月で得られた筆者のプレイをレポートすれば、どんな工夫をして書いたところで、門外漢にはちんぷんかんぷんな、高度に洗練された情報の束にしかならないだろう。
※この記事は、『EVE Online』をもっと多くの方に遊んでほしいCCP Gamesさんと、電ファミニコゲーマー編集部のタイアップ連載企画です。執筆は同作の歴戦プレイヤーである藤田祥平氏が担当しています。
それでは、どうするか……。
人間、どん詰まりに来ると、安易な逃避に走り始めるものだ。本稿の締め切りが近づくにつれ、筆者の酒量はしだいに増し始めた。Discord越しにその酒気にあてられたならず者たちは、日本時間の20時に毎晩到来するサーバーメンテナンスのあいだに酒屋に走り、めいめいの酒を購入する悪癖を身につけた。
戦闘のためのねばり強い事前準備──兵站、諜報、移動──のあいだにわれわれが呆然と眺めるばかりだった、あの美しい宇宙の景観には、酒精がぴったりだと気づいた彼らは、細心な手つきが要求される小規模PvPの艦隊行動中にさえも、アルコールを手放さなくなった。
こないだ飲んだウィスキー スチールボネット。 少しのスモーキー感とまろやかな甘さがあって飲みやすい。お値段1万6000円。美味いけどコスパ悪い。 pic.twitter.com/haslNUBsSH
— Kentlarquis (@kentlarquis) June 27, 2021
※筆者ともう十年の付き合いになるプレイヤーのTwitterより。いい加減にしなければならない。
驚くべきことに、ほろ酔い加減が心理的ストレスを軽減するからだろうか、はじめのうちはしらふで宇宙船を飛ばすよりもいい結果が続いた。酔っていなければ出ないような奇策が、無口なタイプだと思われた若手の精鋭から飛び出して、それで戦局が一気に好転したこともあった。
しだいに気をよくしたわれわれはみずからを酔っ払い艦隊と名乗り、艦隊規律もくそもない思い思いの船に乗って銀河系をまたにかけ、そのくせもともとの操船技術だけは確かだったので、あちこちで散発的な戦闘を行って、かなりの戦果を挙げたのである。
酒に酔って気が大きくなっていることと自分の成長とを取り違えたわれわれは、ごくふつうのプレイヤーが半月かかって溜めるような大金を投じて船を組み立て、酒をあおりつつ、いまも続いている帝国と国連の戦争の最前線に乱入した。
Goonswarm Federation(以下、Goons)たる企業連合率いる帝国軍と、それ以外の勢力からなる国連軍の戦いは、かつては『EVE Online』の銀河系を二分するものであったが、いまやその前線は、辺境のDelve宙域は1DQ1-A太陽系に限定されていた。
というのも、2006年に成立し、過激な戦闘やトロール行為で全宇宙のヘイトを集め続けていたGoonsの制空権は、激しい戦闘の末、もはや1DQ1-A太陽系の牙城のみとなっていたからである。
この太陽系に接続するすべてのスターゲートは、帝国軍をのぞく全宇宙の勢力、数千人のプレイヤーによる、24時間体制の交通管制下にあった。つまり、帝国のロジスティクスを分断するために、この太陽系から入出するGoonsあるいは無所属の船は、問答無用で撃ち落とされる。この軍事行動は、俗にヘルキャンプと呼ばれている。
そしてわれわれ愚連隊は、たった数名でこのヘルキャンプへの特攻を敢行した。言うまでもないことだが、全宇宙のあらゆる勢力が入り乱れて戦闘を続けているグリッド上に、どの勢力にも所属していないニュートラルのわれわれが登場することは、かなり直接的に全宇宙を敵に回す行為であった。
まずは入り口で国連軍に追い回され、やっとのことで1DQ1-A太陽系に入ったと思ったら、こんどは帝国軍の集中砲火を浴びた。勇気を通り越した蛮行であり、骸を拾う者は誰も居なかった。
この悲惨な状況に、酔っ払いどものDiscordは冷や水を浴びせかけられたように静まりかえった。しばらくして、やはりこのように酒に酔ったまま宇宙船を飛ばすのは良くないし、1DQ1-A太陽系の状況は小規模PvPの火力では手に負えないという、よく考えてみれば当たり前の結論が出た。
なんとも停滞したムードが漂いはじめ、皆がログオフしていくなかで、もう数年の付き合いになるあるパイロットに、筆者は尋ねた。
「さっきの戦場の戦力分布って、どうなってる。」
「ん……帝国がカラカル型20、フェロックス型40、その他もろもろ。国連側は数え切れない。」
「国連側のフリートの勢力種別は。」
「10はくだらないな。いろんなところがGoonsの首を取りに来てるんだろう。まったく、失敗したな。あまりにもNoobだ。情けない。」
「ふむ……。」
金なら、ある
そして筆者は籍を置いたままにしておいた初心者企業の、演習用艦隊の資料を回覧した。そこに思いがけず巡洋戦艦の存在を認めたとき、筆者は会社のロジスティクス部門にメッセージを飛ばした。
応答したのは、第一回でも登場したかつての筆者の部下、現在の上司のひとりであった。私が腹案を打ち明けると、彼はひとしきり爆笑したのち、爺さん、あの巡洋戦艦のドクトリンは将来の理想であって、それだけの数を揃える資金はいまのうちにはないと断言した。
問題は何だ、メンツか、金か、と私は言った。
金だ、と彼は答えた。
私は彼の口座に二兆五千億を振り込んだ。それは私が五年前にコールドスリープに入ったとき、幾多の戦争を経て最後に残った、全財産であった。
カルダリ合衆国が誇る長距離ミサイル搭載型巡洋戦艦、ドレイク級20隻を主とする初心者艦隊は、六月某日の日本時間21時にフォームアップを終えて、つねに千人以上のプレイヤーが常駐する銀河系最大の商都、ジタ第四惑星四番ステーションにて待機していた。
私が籍を置いている日系企業のロジスティクス部門が、初心者でも飛ばせるようにと、兵器に多少の改変を加えて、船を配布したのである。
あまり紙幅は割けないが、ここでかんたんに謝意を述べなければならない。同日に予定されていたオペレーションをすべてキャンセルしてフリート運営にまわってくれた戦闘部、移動経路となるワームホールの安定性を確認してくれたワームホール部、そしてロジスティクス部門の存在がなければ、あの作戦は成立しなかった。
さて、すべての準備が完了し、いつでも発艦できるという段になって、私は宣言した。
「本日の作戦は、JSSGと我が社との、合同オペレーションである。銀河一武道会に参加したこともある、対人戦闘のプロフェッショナルたちとの共闘だ。初心者の皆は、彼らの動きをよく見て、学んでくれ」
そして初心者企業のDiscordに、死狂いたちが一斉に参加した。艦隊運用の要であるヒーラー艦隊、スカウト、ワープ妨害の要職がつぎつぎに埋まり、それぞれの専門職を任された初心者たちは、その場で各部門の死狂いたちから、さまざまな指示を受けて仕事を始めた。
そして私は、いささか震える声で、ステーションからの発艦の指示を艦隊に出した。きらびやかな商都の宇宙ステーションを背にしてオーバービューが味方艦隊で埋まるのを見たとき、忘れていたと思っていた『EVE Online』の感興が蘇ってくるのを感じた。
しかしながら──銀河系を二分する戦争の最前線に初心者たちを連れて行き、すべてを殲滅するなどという作戦は、もともと成功するはずもなかったのである。