銀河一武道会とは、この銀河系でいちばん強いパイロットを決める大会である。18年の歴史をもつ『EVE Online』は、おおむね一年ごとにこの大会を開催してきた。30万人のアクティヴ・プレイヤーのうちから選ばれた精鋭たちが、ふだんは立ち入りできないJovi Empireたる勢力の星系に神々の力(運営の管理者権限)でテレポートされ、そこを舞台として華々しく戦う。
前回の記事の取材の終わりごろ、筆者はこの大会に出場する日系チームからの招待状を受け取った。そういうわけで本連載は、突如として、みんな大好きトーナメントものになったわけだ。
「9割のプレイヤーが離脱する過酷な宇宙MMO」で企業連合の元会長が初心者に転生しようとしたら速攻身バレして艦隊司令官になった件【『EVE Online』転生】
しかしながら、その内容は、思弁的なものになるだろう。というのも、この作品における〈強さ〉は、文脈や視点によって夢幻のように変化していくからだ。ほかのゲームならたぶんあり得ないし、しち面倒くさいことは確かだが、まず私たちは、『EVE Online』におけるプレイヤーの〈強さ〉とはいったい何なのかを定義するところからはじめなければならない。
筆者としても手に汗握る宇宙戦艦の撃ち合いのシーンにはやく移りたいのだが、そうするとゲームに対してひどく不誠実な原稿になってしまうのだ。すこしのご辛抱を願いたい。
※この記事は、『EVE Online』をもっと多くの方に遊んでほしいCCP Gamesさんと、電ファミニコゲーマー編集部のタイアップ連載企画です。執筆は同作の歴戦プレイヤーである藤田祥平氏が担当しています。第1回の「「9割のプレイヤーが離脱する過酷な宇宙MMO」で企業連合の元会長が初心者に転生しようとしたら速攻身バレして艦隊司令官になった件【『EVE Online』転生】」はこちら。
ボクシングの世界チャンピオンと合衆国大統領
さて、この銀河系における〈強さ〉とは、いったい何か。正直に答えれば、それはプレイヤーによる、としか言い様がない。
数千人のプレイヤーを束ねる大艦隊の総司令官は、たしかに戦場においては抜群の強さを発揮していると言えるだろう。しかしながら、その艦隊を編成し運用するためのロジスティクスがいなければ、いくら人が集まったところで烏合の衆にすぎない。
ならばコミュニティの方向性や動機付けを決定する企業連合会長がいちばん強いかと言われると、たしかに彼の人望や思想に惹かれて人々が集まってくるのだから、ある意味ではそうだと言えるだろうが、彼にしても戦場に出ればただの一兵卒でしかない。
仮想敵や同盟相手との潤滑油となる外交官がいなければ、コミュニティが大きくなるにつれて他の勢力から邪魔者扱いされるのは必至だし、勝てる戦だと判断するためにはふだんの諜報活動も欠かせない。戦争のうわさを聞きつけて資材を買い占める商売人が本気を出せば、ひとりで数千隻の艦船をぽんと出資することも可能である。
いつのことだったか、あるとき銀河系の半分近くを支配していた超巨大企業連合が、領土のすべてを失うまで攻め込まれたことがあった。なぞのスポンサーからの潤沢な資金を得た他の企業連合群が、財力に幅をきかせて侵攻したのである。
と言ってしまうと簡単に聞こえるが、三十万を越えるプレイヤーが日々こつこつと稼いでいる金高を軽々と上回る資金が単一のスポンサーから供出されるというのは、どう見ても普通のことではない。仕事熱心な星間新聞社の記者たちがこぞって取材に出かけ、このスポンサーの正体を掴もうと画策した。
それで発覚したのは、その資金を供出していたのが、たったひとりのプレイヤーであることだった。彼は、その当時はToS違反ではなかったサードパーティーの賭博サイトを運営していた。筆者も豪華絢爛なあのカジノに仲間を引き連れて遊びに行ったことがあるが、その話はまたべつの機会に。
とにかく、ゲーム内通貨をベットすることで遊べるカジノからの上がりは、ほとんど天文学的な数字にまで膨れ上がっていた。そこで彼は、金の力で古の帝国を破壊することを思いつき、方々の企業連合に声をかけ、同盟を斡旋して金を出し、実際に帝国を滅ぼしてみせたのである。
その他にも、ある有能なプレイヤーが師事したべつのプレイヤーだとか、銀河系の名勝地を巡って旅行記を執筆しているプレイヤーだとか、商都のレートの90パーセントで辺境の物品を買い上げる業者だとか、何万隻もの船を一夜にして銀河系の反対側へ動かしてしまう運送屋たちだとか、いろいろな種類のプレイヤーがいる。
なにが言いたいかというと、各々がそれぞれの目標や楽しみを見つけ出してプレイするサンドボックス型のMMOである『EVE Online』においては、〈強さ〉の概念さえもがプレイヤー任せであり、そこに公共的な合意は存在し得ないのだ。
だから銀河一武道会というのは、あるひとつの特殊な〈強さ〉を極めたものたちが集う大会にすぎないし、それがすべてのプレイヤーにとっての最終的な目的であるとは限らないことを、読者のみなさまにはご理解いただきたい。
プレイヤーの数だけ〈強さ〉がある。ここのところをはき違えると、現実世界に照らし合わせて言えば、合衆国大統領とボクシングの世界チャンピオンのどちらが強いか、といった不毛な議論になりかねないのである。
一騎当千の不可能性
さて、これでやっと銀河一武道会の性質について語ることができる。大統領かボクサーかで言えば、この大会はまちがいなく後者に属する。そこには、ときにはゲームの外にまで聞こえてくる華々しい大戦争や政治的駆け引きといったものは、存在しない。そこに存在するのは、自分の命をチップに張って戦い続ける拳闘士にも似た、妙に暑苦しい戦闘狂たちの舞踏である。
この大会に出場する選手たちのプレイスタイルを一言で表せば、〈一騎当千〉だろう。たった一隻から数隻の船で倍以上の敵を相手取り、華麗に勝利する様は、エース・パイロットの名にふさわしい。――いや、そう言い切ってしまうと、おそらく誤解のもとになる。
ここで付言しておかなければならない。このゲームのPvPのバランスは、MMOとは思えないほど、プレイヤースキルに依存している。あるプレイヤーが1対5の戦いで勝利するとき、それは費やしたプレイ時間や課金量が多かった、といったことを意味しない。それは現実に照らし合わせて言えば、あるひとりのボクサーが5人のボクサーをまとめて倒した、といったような凄味を意味している。
そもそも『EVE Online』においてプレイヤーが操作する宇宙船には、同名の型の艦船に個体差がない。同名のクラスの船であれば、その船が持っている基礎性能は、すべておなじである。目的に合わせて兵器を換装することはできるが、装備をはめ込むスロット数や制限もまた同一であり、オリジナリティはほとんど存在しない。
もちろん装備品そのものには一応のレアリティが存在するが、そこにいくら現金をつぎ込んだところで、5隻の船にたこ殴りにされれば、ふつうはたちまち沈む。
つまり本作におけるPvPは、従来のMMOのような、作品に投じた時間と資金がそのまま強さになるようなタイプのものではない。誰もが憧れる特製の宇宙戦艦に乗った、華々しいヒーロー、などという子供じみた願望は、この作品においては――ごく一部の例外を除いて――実現できないのだ。
誰もが憧れる、ほかの誰よりも強くなりたいと。しかし『EVE Online』の艦船には、クラスの特質という越えがたい制限が存在している。
本作における数は力なのであって、大戦争の趨勢は概ねのところ、個々人の技術ではなく、そこに投入できるマンパワーと資金によるのだ。あるひとりの英雄が敵陣に突撃していって、ばったばったと敵を切り倒す、といったことは起こらない。なにが言いたいかと言うと、本作において、一隻の船で数百の艦隊を相手取るというのは、ありていに言って夢物語なのである。
しかし、ある種の人々は、諦めることを知らない。