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数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件【『EVE Online』転生】

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不可能を可能にするために

 とはいえ、同名のクラスの艦船に個体差がないということは、そのクラスがHUDに表示された瞬間、その艦船の機能の傾向が明らかになるということである。Aという船は機動性の高さが持ち味だ。であれば、すべてのAはすばやく動く──この点において、『EVE Online』にイレギュラーな要素は存在しない。

 つまり、本作に登場するすべての船の名前とその特徴を覚えてしまえば、それらの船がだいたいどのような動きをするか、艦隊であればどんな役割を持っているか、経験から導き出すことができるのだ。

 ところで、本作に登場する船の総数は、358種類である。

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艦船のカスタムのシミュレーションに特化したサードパーティ・アプリケーション、「Python Fitting Assistant」。電力容量やCPU容量のぎりぎりを突きたいあなたにおすすめ。

 さて、仮定の話をしよう。筆者が自機を含めて5隻からなるスモールギャングに参加していて、50隻からなる艦隊に会敵したとする。ここで私たちは──すべてがぶっつけ本番なので、会議というほどではないのだが──敵の艦隊にたいするもっとも有効な戦略を、ボイスチャットで議論する。

 たとえば、敵本隊の火力が、すべて10kmほどの射程をもつ船で構成されているとしよう。そして此方全員が、彼らよりも高速で、10km以上の射程をもつ火力を持っているとしよう。このとき、われわれは戦闘を決断する。そのときにとる戦法は〈カイト〉──凧のように敵の有効射程からつかず離れず、翻弄し、攻撃をかわし、敵艦隊の「ヒーラー」から離れた者を撃つものになるだろう。

 上記の仮定は話を極端にわかりやすくしたもので、実際の戦場においては、多種多様な船が入り乱れる。煎じ詰めていえば、一騎当千の戦いとは、三次元の空間のなかでつねに形を変え続ける敵火力の脅威のあいだを、針の穴にらくだを通すように縫い続け、そのうえで敵艦船の撃墜をねらう行為である。

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チーム内で練習中。最適解はどこかにある。

 断言するが、これほどまでに「パイロットの腕」がものを言うプレイスタイルは、ほかにない。

 乱戦であれば敵艦隊のいちばん弱いところを突いていくことになるし、統率のとれた軍が相手であれば、「統率のとれた軍」に特有の動き──高速な小型のワープ妨害用艦船による〈タックル〉、それにつづく圧倒的火力の回避、相手方の〈ヒーラー〉の回復能力、電子妨害船による戦場のコントロールなど──を勘案できるかどうかが鍵になるだろう。

 さて、一騎当千の技術とその実践が、なんだかとにかく難しいものであることはお分かりいただけたと思う。にもかかわらず、ゲーム外はもちろん、ゲーム内部のコミュニティによるニュースサイトにおいてさえ、その活躍が紙面を飾ることはない。それはなぜか。ありていに言えば、そのプレイスタイルが銀河系経済に及ぼす影響が、あまりにも些少であるからだ。

 ようするにこれは、役に立たない技術なのである

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 あるプレイヤーがどれだけ修練を積んだところで、100隻の艦隊をたったひとりで相手取って勝利することはできない。いや、理論上は可能なのだが、そうしたところで得られる対価はただひとつ、ほかに比するべきものもないほど巨大だが、無形の名誉のみである。

 というのは、あらゆる大戦争は銀河系辺境部に散在する希少な月資源をもとめて行われるが、そうした資源を独占し、防衛し、流通させて換金するには、ひとりから少数のプレイヤーでは、どうしたって手が足りない。現実的に不可能なのである。

※七年ほど前の筆者の動画。何をやっているのかわからないので、「感じ」だけ見て頂ければ大丈夫です。正確な戦力差は数えようがないが、最終的に1対50くらいに膨れ上がっているように見える。これも見る人が見ればそんなに大したことはない。

 無数の人の手によって成立する攻城戦、それにつづく防衛戦、資源の流通のためのロジスティクスの整備などは、やはり多くのプレイヤーが参加するコミュニティの力でしか成立し得ない。

 そして一騎当千のプレイスタイルは、存在するだけで戦争の趨勢がひっくり返るような技能ではないのだ。したがって彼らがコミュニティに所属したところで、コミュニティに還元できる〈上がり〉は、戦略、政治、経済的観点において、ほとんど何の役にも立たない撃墜のマークのみとなる。

 そのために彼らのプレイスタイルは、他の比較的穏健なプレイヤーたちから、揶揄を込めて〈海賊〉と呼ばれることさえある。彼らの艦船はつねに血に濡れているのだが、それが現世的な利益にまったく結びついていないため、他のプレイヤーたちにとって、彼らの動機はほとんど理解不能なのである

 絢爛舞踏のパイロットたちは絶え間ない撃墜への欲求のみを胸に燃やしているのだが(そうでなければ倍以上の敵を相手取って戦うことなどできない)、だからこそどのコミュニティにも心から馴染むことはできず、しばしば恐怖され、排斥される運命にある。

死狂いたちの輪舞曲

 筆者が招待を受けた日本人チームはそうした、いわば外れ者の吹きだまりであって、そこで交わされた会話は、常識ある世間のみなさまの目に余る

 友人でなければとても看過できないような言葉のやり取りがあり、撃墜の快感ではなく現世的な利益ばかり求める他のコミュニティへのそこはかとない軽蔑があった。そして意外なことに、実際の試合における戦略の会議は、eスポーツ的な興趣をもっていた。

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入室した日本チームのDiscordの様子。ものものしい呪文がえんえんと書き連ねられている。

 というのも、すべてのプレイヤーが思い思いの目的を持って活動している『EVE Online』の銀河においては、武士道めいた艦船どうしの一騎打ちが起こることなど、ほとんど皆無に近いからだ

 繰り返すが、本作における数は力なのであって、その原則はいったん交戦に入ってからも適応される。はじめのうち数の上では同等だったように見えても、敵方の拠点が近くにあれば、終わり頃にはその数が倍以上に膨れ上がっていることもしばしばである。勝てば官軍、ToSに従いさえすればなんでもありのこの宇宙においては、公平な環境におけるPvPなど起こりようがないのである。

 だから七対七のポイント制という厳密なレギュレーションを持つ銀河一武道会は、いわば在野の浪人が集められて戦う御前試合のような性格を持っている。いかに百戦錬磨の浪人たちと言えども、ルールがはっきりと定まっている戦いに赴くことは、ほとんどまったく新しい体験だと言えるのだった。

 だからこそ戦略面の議論は非常に白熱した。試合も一週間後に迫り、事前のスパイ行為や練習試合によって、この大会のメタとも言える構成がほぼ固まりつつあった。巨艦大砲型のハイペリオン級戦艦二隻を敵艦隊のど真ん中に食らいつかせ、近距離で大口径の反物質弾を撃ち込み、相手方のヒーラーの回復量を突き破るというのが、おもな戦法だった。

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銀河一武道会のルールの仮訳。訳出作業まで手弁当なところが泣ける。

 互いにおなじ条件であるなら、むろん敵主砲の巨体を食い止めることが必要になるので、ヴェンジェンス級、ナーガル級、ポンティフェクス級といった先進型フリゲートが、大口径の放火をかいくぐりながら推進力妨害モジュールを用いて敵方の足を止めることも求められた。

 ヒーラーであるオネイロス級のパイロットは敵の有効射程範囲から注意深く離れつつリペアを飛ばす必要があったし、指揮官用のブラックバード級電子妨害艦は敵の急所にECMを投射しつつ戦場を俯瞰することが求められた。

 もちろん、艦隊編成それ自体の弱点や、実際のオペレーションの練度を高めるための練習もさかんに行われた。この〈メタ艦隊〉の弱点を探るために数多くの他の無数の艦船が試用されたが、机上においても戦場においても、解決策は見つからなかった。

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 付言しておかなければならないのは、この作品の戦闘は、公平な環境に置かれたとたんにその複雑さを増すということだ。358種類の艦船とそれぞれに固有の兵器スロット数までは、まだなんとか覚えられる。しかし艦船に装備できる兵器類は、もちろん同系統で重複するものも含むが、4277種類もの数が存在する

 それに加えて艦船同士の相性もあり、運営による種々のバランス調整もさかんに行われるうえ、実際の操船の技術も求められる。このような公平なPvPを行おうとすれば、その難度が膨れ上がるのは自明である。だからこそほとんどのプレイヤーは、少数精鋭のプレイスタイルに一時は憧れはするものの、最後には音を上げて去っていく。このゲームのふだんのPvPは、難しすぎるうえに、そもそも環境が公平でないのだ。誰が好きこのんで、そんなプレイスタイルを実践するというのか。

 しかしながら、この挑戦に臨むハードコアなパイロットたちは、またとない活躍の機会を得て意気揚々としていた。試合の前夜まで編成や戦術にかんする議論が行われたが、とてもここでそのすべてを記すことはできない。あまりにも専門的で、多くの紙幅を割かなければならない。

 しかしながら、付記しておきたい。この作品のPvPは、コアなゲーマーにとって尽きることのない泉のように豊かなものであり、あなたがもしも世の中のゲームの難易度の低さに飽いているならば、まちがいなくこの作品が応えてくれるだろう

第十七回銀河一武道会

 さて、2009年から続く銀河系の伝統、銀河一武道会の第十七回大会は、令和三年五月三日の日本時間午前四時に行われた。

 筆者を含む七名のパイロットがそれぞれの艦船に搭乗し、神々の力によってプレイヤーの立ち入りが厳しく禁じられている、スターゲートの存在しない、辺境の星座へとテレポートした。燦然と瞬く星々をバックに、ふだんはお目にかかることのできない大会専用のUIが表示され、審判員の指示に従って、私たちは戦場にワープした。

※試合動画。たぶん何をやっているのかよくわからないと思うので、これも「感じ」だけ見てください。わかる人は……結果的に、最初にパニッシャーをスクリーニングしたのがミスでしたね。

 グリッドに到着して相対したのは、私たちがまったく予想していなかった編成をもつ敵艦隊だった。アマー帝国の誇り、アバドン級戦艦を主な火力とする編成である。

 その他は此方とほぼ同様の構成だが、電子戦にECMではなく電力遮断機を搭載したピルグリムが採用されていた。試合開始までの30秒のあいだに、私たちは優先攻撃対象を議論し、つぎのように結論した。敵主砲のアバドン級にこちらのハイペリオン級を横付けして、火力をたたき込むほかない。

 試合開始直後、筆者が乗船しているものを含む三隻の小型艦が、敵方の三隻の小型艦と衝突した。これらの船は敵艦のエンジン、つまり移動速度を殺すモジュールを搭載しているのが常である。小型艦が敵方の艦船の懐に突っ込んで食らいつき、動きを止めることで、攻撃あるいは防御に繋げるわけだ。

 こちらのハイペリオン級の速度は、敵方のアバドン級よりも多少勝っている。敵方の小型艦を足止めできれば、こちらの火力が自由に動けるという発想だった。

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※画像はイメージです。

 しかしながら、敵方の動きは素早かった。試合開始と同時にエンジンを全開にして突撃してきたパニッシャー級フリゲート二隻とポンティフェクス級駆逐艦のうち一隻が、此方のエンジン妨害機の効果射程範囲の合間をつき、此方のハイペリオン級一隻の足を止めた。ここまでで、試合開始から三十秒

 このときに生まれた二隻のハイペリオンのグリッド上の距離の大きさが、趨勢を決めた。此方のハイペリオンのうち一隻は敵方のもとにたどり着いたが、一隻のみの火力では、ヒーラーに守られたアバドン級を削りきることができない。いっぽう、敵方のアバドン級は長距離から確実な火力を此方のブラックバード級にたたき込んでくるが、ハイペリオン級ほどの火力はなく、そのために此方のヒーラーの回復量はぎりぎりのところで間に合っている。

 試合はほとんど硬直した。私たちは試合の白熱のなかでさまざまな戦略を試した。敵方のオネイロス級に食らいついて足を止め、火力を通すことを狙い、敵方の小型艦の隙をついて足止めに成功もしたが、すでに敵陣の奥深くに差し込んだハイペリオンを呼び戻すことができなかった。

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※画像はイメージです。

 じりじりと時間が過ぎてゆくあいだ、敵方の電子巡洋艦であるピルグリム級がわれわれの電池をついに吸い尽くし、ヒーラーの回復量の限界を上回って、此方のハイペリオン級が轟沈した。終わってみればたった7分間の、死闘であった

 そして私たちは、この広い宇宙のどこかに確実に存在する未知の星系のローカルチャットに「gf(グッド・ファイト)」と書き残し、戦場を離れた。チームのDiscordには敗北のあとに特有の沈痛な雰囲気が流れた。とくに若いパイロットたちは、深く悔やんでいるようだった。

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心の叫び。

 しかし筆者はすでに知っていた。彼らがまたこの舞台に立ち、華々しく戦うであろうことを。

 大会が終わったのち、筆者はいくらかインターネットを探ってみた。大会の結果はネットのかなり奥深くでしか見つからなかったし、あまり大きな話題にはなっていないようだった。なんといっても、これはたんなるゲームの、そのなかでもとくに難解な作品の、ごく一部のプレイヤーたちにとっての出来事でしかないのだ。そのプレイ動画は大衆の心を掴まず、その難解さが余人を斥けるだろう。

 しかしながら、私たちは知っている。あの星系で展開された一瞬の煌めきのような艦隊戦は、たしかに本物の体験であった

第3回へ続く)

※本稿で用いられている「銀河一武道会」は筆者による独自訳の名称であり、今大会の正式名称はAnger Gamesです。

■連載企画 『EVE Online』 転生(完結)

第一回:「9割のプレイヤーが離脱する過酷な宇宙MMO」で企業連合の元会長が初心者に転生しようとしたら速攻身バレして艦隊司令官になった件

第二回:数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件

第三回:PR企画の展開にどんづまって酒に酔っ払い前世の貯金を使って宇宙艦隊戦を始めてみたら帝国軍と国連軍に挟撃されて全滅してしまった件

■連載企画 『EVE Online』 プレイヤー取材記

第一回:現実世界の過労でうつ病をわずらった「元社長」が、宇宙MMOの世界でふたたび企業の経営者を二度も務めた話。58歳のプレイヤーになぜゲームをプレイし続けるのかを聞いてみた

第二回:なぜその男は「小規模PvP」で“強さ”を求め続けるのか? 小勢で強くなっても無価値な宇宙MMOで戦い続ける孤狼のプレイヤーに、ひりつくほどの現場に身を起き続ける理由を聞いた

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1991年大阪府生まれ、文筆家。
Twitter : @rollstone
Website : https://github.com/rollstone1/fujitashohei/wiki
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ニュースから企画まで幅広く執筆予定の編集部デスク。ペーペーのフリーライター時代からゲーム情報サイト「AUTOMATON」の二代目編集長を経て電ファミニコゲーマーにたどり着く。「インディーとか洋ゲーばっかりやってるんでしょ?」とよく言われるが、和ゲーもソシャゲもレトロも楽しくたしなむ雑食派。
Twitter:@ishigenn

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