※【『EVE Online』プレイヤー取材記】は、宇宙MMO『EVE Online』の歴戦プレイヤーである藤田翔平氏が、同作をプレイするさまざまなプレイヤーたちに取材する連載企画です。
星雲の瞬きのなかに二十隻の宇宙船が整列し、レフェリーがカウント・ダウンを始める。
無重力の虚空に微弱なシグナルが飛び交い、それぞれのチームの全員が、即興で編み出された勝利への道筋を確かめる。仕合が始まり、パイロットたちがマニューバを始める。
二百天文単位彼方の太陽光に照らされた二十隻の鋼鉄の怪鳥が、互いの喉元にむけて砲門を開き、アフターバーナーに点火し、ワープ・スクランブルを交換する。その模様は、遠くから見ると、行き先を見失った渡り鳥たちの群れのように見える。
すぐに片が付くこともあれば、十分間の試合時間ぎりぎりまでもつれ込むこともある。一隻、また一隻と、精鋭たちの船が轟沈していく。三次元のグリッドのなかに描かれた二十隻の軌跡が折り重なり、時間によって編まれていく織物となる。
十分間が経過し、レフェリーが艦種別に割り振られたポイントを計上し、勝者が宣言される。
彼らのほかには誰もいない、神々の実験場であるUUA-F4コンステレーションのどこかで、大破した宇宙船とそのパイロットの魂、そしてなによりも仕合の相手を称えるかのように、「グッド・ファイト」の言葉が交わされる。
これが、アライアンス・トーナメントの仕合である。その名が示す通り、複数の企業によって設立される同盟(アライアンス)が自らのうちから精鋭を選び、選ばれたプレイヤーはその名を背負って戦う。
この宇宙で生きている者なら誰でもその名を知っている巨大企業連合から、この大会のためだけに急造されたペーパー・アライアンスまで、今年は総勢70以上の企業連合がブラケットに名を連ねた。
大会の歴史は古く、2005年より16年にわたって、中断を挟みつつ、ほぼ一年ごとに開催されている。
※Platinum SensitivityとDarkSideの仕合映像。今回取材するのは、このPlatinum Sensitivityのリーダーである。
日系コミュニティとアライアンス・トーナメントの関わりは、2015年に遡る。古の企業連合Vox Populi.が日系としてはじめて出場し、24位。その衣鉢を継ぐSAMURAI SOUL’d OUTは以後三年にわたって出場し、2018年の第十六回大会では12位に入賞した。2019年度から大会は休止したが、二年の時を経て、本年より再開されることとなった。
この記念すべき第十七回アライアンス・トーナメントには、ふたつの日系企業連合が出場している。2012年に設立された老舗、Caladrius Allianceと、本大会のために設立されたペーパー・アライアンス、Platinum Sensitivityである。前者は過日に行われた予選にて惜しくも敗退したが、後者は突破し、本戦にむけて今日も演習を続けている。
このPlatinum Sensitivityのリーダーが、Kentlarquis氏である。
氏と筆者とは、もう七年の付き合いになるだろうか。2013年ごろに頭角を現して小規模PvPの第一人者となったが、そのたぐいまれな操船技術にはいつも驚かされてきた。その彼が長年の研鑽を経て、この宇宙でいちばん強いパイロットを決める武闘会に、日系コミュニティの長として出場するのである。
この原稿はインタビュー記事ではあるが、その体裁は採らない。というのも、筆者自身がこのPlatinum Sensitivityに籍を置き、夜ごとの練習にチームの一員として参加しているためだ。一人称の形式で、徒然と語っていこうと思う。
※公式映像の三分十秒からは、アクティビティとして本作の戦闘の模様が紹介されているので参考にされたい。
※この記事は、『EVE Online』をもっと多くの方に遊んでほしいCCP Gamesさんと、電ファミニコゲーマー編集部のタイアップ連載企画です。執筆は同作の歴戦プレイヤーである藤田祥平氏が担当しています。
『EVE Online』における「小規模戦闘PvP」という“異質の遊び方”
アライアンス・トーナメントたる催しの性質は、過日に掲載した原稿で詳しく語った。それは要約すれば、新規プレイヤーがプレイをはじめて三ヶ月後に離脱する確率が98パーセントを超えている、非常にニッチなMMOにおける催事である。
くわえて、ここで要求される技術は、同作品の内部の貨幣価値に、ほとんど結びついていない。時にゲームの外にまで聞こえてくる大戦争の趨勢を、一名から数名の小規模PvPで動かすことはできないためだ。
数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件【『EVE Online』転生】
だからわれわれが行っている小規模戦闘というプレイスタイルは、私的な自動車レースに喩えることができる。
誰もが自動車という乗り物に触れはする。しかしそれは現世の利益に繋がること、仕事や戦争のためであり、ある一台がより速く走ったからといって、社会的にはなんの意義もない。
そんななかで、われわれは自動車をチューニングし、運転技術を磨き、時にはクラッシュして車体を失いながらも、スピードを追い求め続ける。
“現場がひりつく”レベルの練習を最低週3日。発声も重要に
われわれの練習のスケジュールは以下のようなものだ。
ふだんは週に三日、予選を控えていたころには毎晩、22時ごろにDiscordで集合のピンが飛ぶ。多いときで二十余名の選手候補がボイスチャットに集まり、挨拶を済ませる。時たま公式の負荷テストなどに使われることもある、一般に開放されている実験用サーバー、Singuralityにわれわれは接続する。
ここで行われたあらゆる行動は、『EVE Online』の〈現実〉であるTranquilityサーバーには反映されない。〈現実〉のように、華々しい撃墜のログはどこにも残らないし、数万人のプレイヤーも存在しない。あるのは、自分を映し出す鏡のようなチームメイトの姿のみである。
そのような虚空に、半径125キロメートルの、不可視の球形のプレイ・グラウンドが浮かんでいる。その日の練習のメニューや艦隊思想にあわせて、練習試合のチーム・メンバーが十人ずつ割り振られる。
スプレッドシートによって管理された80種類以上の艦隊編成の組み合わせから、それぞれのチームがひとつを選択してプレイ・グラウンドに出る。
本番とおなじレギュレーションで、試合時間は十分間。戦火を交えて、艦隊編成の穴を探し、プレイヤーの動きを磨く。これを数セット繰り返す。平日は0時ごろ、週末は夜半を過ぎるころまで練習は続く。
現場の空気はひりついている。数百種の戦闘艦と数十種類の兵器類の組み合わせに、戦闘時の操船技術も絡む十対十のPvPは、注意深く観察しなければ、勝因どころか敗因すら見つからないほど複雑であるからだ。
また、十隻のチームメイトがそれぞれの役割を埋める小規模戦闘においては、大規模戦闘における単一的なフリート・コマンドとは異なり、各員の現場判断と発声が重要になってくる。
甘い操船には指摘が飛ぶし、各員の艦隊思想の解釈の違いから議論が起きることもある。
8年にわたり戦い続けた孤狼“Kentlarquis氏”の気質
ある夜のことだが、私が覚えているかぎり七年は本作のプレイを続けているベテラン・プレイヤーが、試合後に意見を述べた。私は離席していたのだが、戻ってくるなりDiscordでするどい言葉が交わされているのを聞いた。
その場はベテラン・プレイヤーが退室して手打ちとなったが、かれに鋭い舌鋒を浴びせかけていたのは、ほかならぬKentlarquis氏であった。
解散後、筆者は氏を〈職員室〉に呼び、たしかに君の意見はもっともだし、勝利に向けて引き締めていきたいのはわかるが、そのように厳しくし過ぎるとチームがついてこなくなるぞと忠言した。氏はのちに相手のプレイヤーに謝意を述べて、関係は修復された。
とはいえ、これが氏の気質であることは、私もよく理解していた。
彼はいままで企業を率いたことがない。煩雑なマネジメントをするくらいなら、この広大な銀河系を旅してPvPの機会を狙うだろうし、事実、八年間のあいだ、そうしてきた。彼は一匹狼なのだ。
それがいまや、二十人からなる曲者ばかりのチームを、長として率いていかなければならない。事後、私は彼の心労を想った。
尊敬の念を抱くほどの男への疑問。「なぜ?」
あまりにも多くの企業同盟が参加意志を表したため、本戦出場権をかけたサイレント・オークションが行われた。権利を競り落とすことができなかったわれわれは、予選に出場した。
9月初頭、われわれはRusty Hyenas Clan、Villore Accordsを打ち破って予選を抜け、本戦への出場権を獲得した。その祝いと本記事のためのインタビューを兼ねて、私はKentlarquis氏とささやかな祝賀会を開いた。
話題はもちろんアライアンス・トーナメントのこと、われわれのチームのことだった。
思いもよらなかった若手スター・プレイヤーの出現、日系コミュニティのぬるさに決別して海外のコミュニティに所属していたがこの度めでたく帰還した猛者、日ごとに成長していく新人ロジスティクス担当者の操船など、話題の多くはチームメイトへの密かな賛辞に費やされた。
ひとりの人間と長い付き合いをしていると、その人の信念を、暗黙のうちに了解したつもりになる。気の置けない友人同士であるからこそ、あらためて聞くのはなおさら気恥ずかしい。このとき、わたしたちは酒の助けを借りて、あらためてこのゲームへの情熱を説明しようと試みた。
私はまず、おきまりの文脈を埋めることから始めた。氏がコンピュータを触りはじめたのは、十代のころ。『サドンアタック』や『リーグ・オブ・レジェンズ』を猿のようにプレイして、大学生のころに『EVE Online』にたどり着いた。以後、この作品をプレイし続けている。
私と彼とがゲーム内のシステムで同僚であったのは二年ほどだが、小規模戦闘のスペシャリストだった彼に、私は尊敬の念を抱いていた。
いまでは懐かしく思い出されるが、Valmet Gladys, neibis rudus, Jaratyoro Asanariといった伝説のパイロットが所属した企業、The Division.に入社してからは、もはや彼ら以上にこのゲームの小規模戦闘を理解しているものはいない、と思われるほどだった。
氏は四年にわたって年ごとのアライアンス・トーナメントに出場し、最後の大会では12位入賞という偉業を果たした。大会の一時休止が発表されると、The Tuskersたる海外の小規模PvPのコミュニティに参加し、さらに牙を磨き続けた──しかし、それらの過去はもはや泡沫のように消えた。
私は聞いた──もうこの作品をプレイしはじめて八年になる。長く住んだ家のように隅々までシステムを知り尽くしているし、撃墜の快感ははるか昔に擦り切れた。
それでもなお、日ごとに厳しい練習を続け、不得手な艦隊指揮や、チーム・マネジメントを行ってまで、きみがこの大会に賭けているのはなぜか。
このゲームの小規模戦闘は“芸術”だ。男は「後悔」と一緒にそう答えた
彼は話し始めた──三年前の大会で、彼のチームは非常に大きなミスをした。それは操船技術ではなく艦隊編成に関わるもので、特別仕様艦を含むメタの空隙が引き起こした悪手だった。
氏はチーム内で提案された戦略を批判し、べつの艦隊編成で出場することを提言したが、わずか数分のBANフェイズで錯綜したボイスチャットに、自分の声を響かせることができなかった。
その結果、チームは敗退し、12位という結果に終わった──「いまでもそう思っているが、あの面子なら優勝も不可能ではなかった」のだ。
なお悪いことに、彼は仕合が終わったのち、怒りにまかせてボイスチャットに暴言を吐いた。ほとんど叫び声と変わらなかったが、論旨はつぎのようなものだった。
Kentlarquis氏:
「なぜ、大会特別仕様の電子妨害艦──カメレオン──を持っている相手に、その要(かなめ)をBANしないという選択肢を採っておいて、ECMに弱いキングスレイヤーを持ち出したのか?」
そして彼とチームの挑戦は終わり、企業連合は崩壊し、氏は海外コミュニティへと流れ出た。
Kentlarquis氏:
「かつて企業連合の長だったおまえにも判るだろう。おれたちの企業連合長、伝説のValmet Gladysは、アライアンス運営も三年目に入って、あきらかに思考能力が鈍っていた。現実で法曹の仕事を行いながら、企業連合長なんて役職を同時にこなすのは、どんな超人にだって無理だ。話しかけるとわかるのさ、こいつは疲れてる――いや、壊れかかっていると。そして、現場はやつの判断を重視した。そうなること自体は、仕方がないと思う。みんなあいつを信じていた。だから、あの日も信じたかったのさ、あの疲れ果てた将軍を……かつてはおれたちに美酒のような勝利をもたらした将軍を。
しかし、すんでのところで、爺さんはぼけた。そして、おれはあの作戦を止められなかった……一兵卒に過ぎなかったからな。誰がおれの話を聞く? そして、戦闘が終わり、おれたちの負けが決まったあと、おれは怒り狂った。おれの言うことを聞いていれば勝てたんだと、思い出したくもないような暴言を吐いた……ボイスチャットはお通夜だった」
「あの企業同盟が解散した原因の、少なくともひとつはそれだろうな」と私は言った。
Kentlarquis氏:
「おれはあとから謝罪して、アライアンスを抜けた。責任を取ったように見えただろうが、ほんとうは、見切りをつけたのさ。そしてTuskersに入り、それなりに活動もしたが……どうしてか、アライアンス・トーナメントへの熱意は湧いてこなかった。たぶん、海外勢に混じるのが、勝ち馬に乗るみたいで嫌だったんだろうな。そんなとき、このくそいまいましい疫病のせいもあるだろう、大会が休止されたと聞いて、複雑な気持ちになった。
なぜだろうと考えて、思い至った……おれは後悔しているんだ。あのとき、しっかりと自分の意見を伝えられなかったことに。そして戦いが終わってから、餓鬼のように喚いたことに」
彼はスコッチ・ウイスキーのグラスを傾けた。
Kentlarquis氏:
「今回の出場の意図? ……おれ個人にとっては、けじめをつけるためだ。Valmetのためということもある。勝って、あいつに示しを付けたいと思う。だが、ほんとうは……自分に示しを付けたい。あのときのおれは、勝利への道筋をしっかりと示すことができなかった。今は違う……少なくとも、以前よりは堂々とアイデアをチームに示し、実行できている」
私は日本酒のグラスを傾けた。「しかし、それでは現場が抑圧的にならないか……選手は付いてくるのか?」。
Kentlarquis氏:
「よく付いてきてくれている。毎日22時に集まって、誰も知らないゲームの仕合のために時間を費やすなんて、よく考えれば常軌を逸している。みんな、このゲームに費やした時間ぶん、Apexでもやってれば、いまごろ女のひとりでも食えたかもな。しかし、おれはこういう人間だから、場を和ませることも、うまくできない。おまえのくれた企画書に、人生がどうだとか、仕事がどうだとかあったな。悪いが、おれには仕事なんてどうでもいいんだ。いまの仕事だって、成り行きでそうなっただけだ。おれは、このゲームで勝つことができれば、何だっていいと思っているんだ……」
私はうなずいた。
Kentlarquis氏:
「だからこそ、チームのみんなには、感謝している……言葉では表しきれないくらいにな。そこはおまえの仕事だろう。うまく書いておいてくれ」
私は聞いた。
──そこなんだ。なぜきみは、こんなゲームに夢中になる?
たしかにこの宇宙は公平で、信頼するに足る、豊かなシステムを持っている。しかし、こんな作品、誰も知らない。難しすぎて他人にはわからない。
それでもきみは、それほどまでにこのゲームの小規模戦闘に熱中している。それがわからない。きみを動かしているのは何だ? 何がきみをそこまで夢中にさせる?
彼は即答した。
Kentlarquis氏:
「このゲームの小規模戦闘が、芸術であるからだ。あの、目眩のするような戦闘のグリッドが、美しいからだ。久々に、あんたもそれを見てみたいと思わないか、ご老体? 11月の週末は空けておけよ。どうも、ロジスティクス担当のパイロットがひとり足りていないようなんだ……」。
※日本代表が予選通過を決めた仕合。HereticsとVengeanceがグリッドの中央という「ボクシングアリーナ」に登場し、そののちの序盤のにらみ合いからのアマー帝国巡洋艦Mallerによるベイト、グリッドが乱れてからのロジスティクスへの差し合い、タンク差による勝利。細かいところを言えば、Garmurを堕としたのも大きい。
記念すべき第十七回アライアンス・トーナメントは、本年11月6日と7日に開催される。日本代表となったPlatinum Sensitivityの仕合の模様はtwitch.tv/ccpと、日本語キャスターのsyouryu Razgriz氏によって生放送される。その日、この銀河系すべてが、大きな尊敬をこめて唯ひとつのグリッドに注目することだろう。
■連載企画 『EVE Online』 転生(完結)
第一回:「9割のプレイヤーが離脱する過酷な宇宙MMO」で企業連合の元会長が初心者に転生しようとしたら速攻身バレして艦隊司令官になった件
第二回:数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件
第三回:PR企画の展開にどんづまって酒に酔っ払い前世の貯金を使って宇宙艦隊戦を始めてみたら帝国軍と国連軍に挟撃されて全滅してしまった件
■連載企画 『EVE Online』 プレイヤー取材記
第一回:現実世界の過労でうつ病をわずらった「元社長」が、宇宙MMOの世界でふたたび企業の経営者を二度も務めた話。58歳のプレイヤーになぜゲームをプレイし続けるのかを聞いてみた
第二回:なぜその男は「小規模PvP」で“強さ”を求め続けるのか? 小勢で強くなっても無価値な宇宙MMOで戦い続ける孤狼のプレイヤーに、ひりつくほどの現場に身を起き続ける理由を聞いた