第一の関門──移動
『EVE Online』は、7805の太陽系からなる銀河を舞台としており、太陽系をまたにかけた航行は「スターゲート」と呼ばれる構造物を介して行う。これがそれぞれの太陽系を網の目のように繋いでいて、プレイヤーはこれを用いて、目的地のシステムまで渡り歩いていくわけだ。
しかしながら、銀河系は広い。光の速度を超えたスターゲート航行を用いても、われわれが艦隊を編成した商都から、戦争の最前線である目的地までは、40ジャンプ以上──足の遅い巡洋戦艦なら、現実の時間で一時間以上はかかる航路になるだろう。
そこでわれわれは、スターゲートのように編み目が固定されているわけではないが、遠く離れた太陽系どうしを結ぶワームホールという移動通路を用いて、長距離を移動する。このワームホールはおおむね24時間ごとに発生と消失を繰り返し、銀河系の各部をランダムに接続する。
この航法は今回のような長距離の移動にもってこいの手段なのだが、さまざまな制約も存在する。そのうち、もっとも初心者にとって厳しいのは、それがオーバービュー──太陽系に存在するワープ可能なオブジェクト──の一覧に、ふつうの手段では表示されないことだ。
このワームホールは任意の太陽系のどの地点に発生するのか不明なので、調査船という特殊な船をもちいて、その位置を確認する必要がある。この調査船をワームホールの前に横付けし、それをビーコンとしてワープし、本隊がワームホールをくぐり抜けるという手順になる。
その操作を、目的地近くのワームホールにたどり着くまで、何度も繰り返す。つまり、慣れ親しんだスターゲート航行とは異なり、初心者にとっては非常にわかりにくい移動法なのである。
そして、恐れていたことが起こった。四十名からなる艦隊はいくつかのワームホールをくぐり抜けて、十数分ほどで目的地まで10ジャンプという地点まで移動していたが、そこで艦隊用のチャットルームに、助けを求める声が上がったのである。
もちろんわれわれは来た道を戻り、現場に急行したが、そこに残されていたのは巨大な巡洋戦艦の残骸のみであった。
巨視的に見れば、20隻の巡洋戦艦のうち一隻が削れただけであるから、継戦能力に支障はない。
しかしこの出来事は、ずいぶん錆びついている筆者の指揮能力の乱れが招いたものであり、愛する子を悪漢にさらわれたような後味をわれわれに残した。筆者が作戦のそもそもの無茶を自覚したのも、このあたりである。
第二の関門──ヘルキャンプ
艦隊の移動目標はGoonsの牙城である1DQ1-Aだったが、スターゲート・マップ上でほとんど一本道であるこの航路は、そこに近づくにつれて交通管制が厳しくなっていく入れ子状のヘルキャンプという、ベテランである筆者さえ見たことのない異常気象に見舞われていた。
想像するに、Goonsとそれ以外の勢力が敵対しているため、帝国の本拠地である1DQ1-Aから、敵対勢力の大きさ順の同心円状に警戒網が敷かれているのだ。そして、われわれはべつに帝国とも国連とも友好勢力ではない。はじめのうちはよかったものの、進むにつれて、かなり高い通行料金──数隻の巡洋戦艦──を支払うはめになった。
やっとのことで1DQ1-Aの手前であるT5ZI-S太陽系にたどり着いたが、存在する宇宙船の数もさることながら、それらの所属する勢力の多彩さにも翻弄された。誰一人味方ではないのだから好きに撃てばいいようにも思われるのだが、敵になりうる船の数が100以上であるのに対して、こちらの数は30ほど。帝国と国連の戦闘が活発化した隙を狙い、漁夫の利を狙いたい局面──というか、それ以外に勝ち筋が見当たらない盤上であった。
しかし、のんびりと機会を窺うこともできない。細かなゲートキャンプ勢力がこちらの艦隊からはぐれた船をつけ回し、隙あらば襲いかかろうと狙っている。そのリカバリーに動き回ろうにも、こちらの巡洋戦艦は鈍足だし、あまりにも多くのことが起きているため、Discord上の戦況報告もやたらと錯綜する。
そうしているうちに一人、また一人と、ゲートから数百キロの彼方に構えているスナイパーから狙撃され、此方の数が減っていく。そもそもの目標であった1DQ1-Aへの突入を指示したときには、すでにわれわれの艦隊の数は半分ほどにまで削れていた。
その突入も、攻撃が目的というよりは、国連軍のヘルキャンプの猛威からとにかく逃れたいという、きわめて消極的な目的からだったことを認めなければならない。
第三の関門──挟撃
そしてわれわれは、やっとのことでたどりついた1DQ1-Aのスターゲート前で、先進型駆逐艦ジャックドー級50隻からなる帝国軍の艦隊と鉢合わせた。
この瞬間、筆者は死を悟った。
われわれのドレイク級が搭載しているヘビー・ミサイルは、航行速度が遅すぎて、駆逐艦クラスには有効なダメージを与えられないのだ。
筆者はすぐさまT5ZI-S行きスターゲートへの全速航行を指示し、砲火を逃れていつでもジャンプできる体制を整えたが、もはやすべての斥候が戦死したいま、筆者は同伴させていた別アカウントの光学迷彩船で、T5ZI-Sの状況を確認した。
そのとき、筆者は艦隊の生き残りたちに告げた。
「よし、ここでおれたちは全員戦死するようだ。T5ZI-Sへジャンプ。優先攻撃目標はxxx」
光学迷彩で星雲のあいだに隠れた筆者の別アカウントの船の視点から、行き場を失ったわれわれのフリートが、帝国軍に追われる形でT5ZI-Sにジャンプしてくるところが見えた。
そこに待ち構えていた国連軍が、思い思いにわれわれに攻撃を加えた。そう、われわれの艦隊は、どういうわけか、互いに敵同士であるはずの帝国と国連の挟撃を受けるはめになってしまったのである。
われわれの艦隊が爆死したのち、T5ZI-Sスターゲートにて、帝国と国連が本格的な艦隊戦を始めた。図らずも、われわれの艦隊は彼らの戦闘の呼び水になったようだ。
その様子を別アカウントで眺めながら、爆死して商都に転送されたメイン・アカウントのクローンを起動しつつ、筆者は艦隊の解散をDiscordで告げた。初心者も上級者も、ひとしく皆が戦死して、あらたな肉体で目覚めはじめているころだった。
デブリーフィング
『EVE Online』という作品を他人に勧めにくい理由は、この作品における「成功」も「失敗」も、プレイヤー自身が定義していくものだからだ。
大きな船に乗りたいとか、PvPでたくさんの船をキルしたいといった「目的」は、べつにゲームが定めた公共的な目標ではない。それはプレイヤーであるあなた自身が決めるものであって、ほかの何にも左右されない。
筆者はこの作品におけるプレイの喜びを、政治的外交と艦隊指揮に見いだす。というのも、これらの目的においては、筆者が興味を持ってやまない人間たちの、心と能力が浮き彫りになるからだ。
このゲームをプレイするとき、筆者は多少無理をして、フレンドリーで話しやすく、冗談が好きな人間であるように心がける。ユーモアを用いることで、これはたんなるゲームなんだ、もちろんやるからにはベストを尽くすけれど、ほんとうは撃墜されたってかまわないんだと、艦隊に参加する人々に感じてもらいたいからだ。
それはゲームにたいする筆者の個人的な解釈であり、その解釈を他人と共有することで、たんなる能力値の大小といった些末なパラメーターに留まらない、体験の共有というかけがえのないコンテンツが生まれてくる。
だから筆者は、このゲームで艦隊を運営し終えたあとの、デブリーフィングが好きだ。オペレーションが成功だったとしても、失敗だったとしても好きだ。
司令官だった筆者の視点では、艦隊運営中にこのようなことが起こり、このような対応をしたために成功/失敗したと――本稿で書いたように――参加者たちに語る。するとほかのプレイヤーたちが、実はあの状況ではこんなことが起きていたとか、その解釈は正しい/間違いだといった意見を述べる。
そうすることで出来事にたいする集団の理解が深まっていくのだが、それは『EVE Online』というゲームにおけるプレイヤースキルの向上であると同時に、人類が求めてやまない〈遊び〉の、よりよい追求でもあるのだ。
そして筆者は、初心者企業の戦闘部門が、小規模PvPを主とする死狂いたちに、艦隊運用にかんする質問をするところを見た。
そして彼らが、おずおずとその質問に答えて、ゲームにかんする自分の知識を開陳するところも。そのやりとりにはさまざまな意見が含まれていたが、それはあまりにも専門的すぎるから、ここで詳細に書くことは控えよう。
しかしながら、日系企業から軽くのけ者にされていた死狂いたちと、ゲームを学ぶおもしろさに気づき始めた初心者たちが言葉を交わす様に、筆者はひそかに本作戦の「成功」を確信したのである。
さて、三回にわたって連載してきた本稿もこれにて終了となる。五年ぶりに三ヶ月のプレイを試みて思うのは、やはり本作に唯一の「持って行かれる」感覚だ。
それは複雑なゲームシステムへの理解のプロセスについてもそうだし、その問題や目的を共有する、見知らぬプレイヤーたちとの交流についてもそうだ。このサンドボックスの宇宙は、プレイヤーがなにかを発案して、それを主体的に起こそうとするとき、ゲームシステムだけでなく、このゲームを愛する他のプレイヤーの助けを借りて、唯一の物語を書いてくれる。
そのときに生まれてくる社会的連帯の感覚は、ほかのゲームでは味わったことのない強さを持っている。実際のところ、筆者が五年前にプレイを止めたのも、ただ現実で仕事を始めなければならなかったからであって、べつにゲームに飽きたからといった理由ではない。
連帯には責任が伴うが、現実だけでなく作品のなかでまでそれを背負うには、文字通りふたつの身体が必要だと思われるほどに、本作をやりこんでしまったせいなのだ。
もちろん、このように艦隊を企画して指揮するようなプレイスタイルは、たくさんあるうちのひとつにすぎない。
プレイヤーによって駆動する市場を観察しているうちに新しい商売を思いつく人もいるだろうし、必要なところに必要なものを効率よく運ぶ、ロジスティクスのプレイスタイルに喜びを見いだす人もいるだろう。
その楽しみ方は人の数だけあり、無数の可能性が開かれている。このPR企画は当初の予定通りにはまったく進まなかったが、それでも『EVE Online』は、執筆にまったく困らない体験を与えてくれた。
というよりもむしろ、それがこのゲームの面白さなのであって、本稿がその一端を読者に共有できたなら、これにまさる喜びはない。
本稿の企画を弊誌を通して提案してくれたCCP Gamesと、筆者の五年ぶりのたどたどしいプレイに協力してくれた、すべてのプレイヤーに謝意を捧げる。願わくば、本稿が新しいプレイヤーの興味をかき立てんことを。
Copyright © CCP 1997-2021
■『EVE Online』転生
第1回:「9割のプレイヤーが離脱する過酷な宇宙MMO」で企業連合の元会長が初心者に転生しようとしたら速攻身バレして艦隊司令官になった件
第2回:数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件
第3回:PR企画の展開にどんづまって酒に酔っ払い前世の貯金を使って宇宙艦隊戦を始めてみたら帝国軍と国連軍に挟撃されて全滅してしまった件