毎日次々とあらわれる新たなゲームをウォッチしていると、ビジュアルでインパクトを与えてくる作品はやはり印象に残りやすい。今回取り上げる『インクリナティ』も、“中世の写本”を表現した非常に独創的なアートスタイルが目を引く一作だ。
どこかトボけた顔の動物たちが立ち並び、手に手に武器をもって戦う奇妙なユーモアを感じるゲーム。はじめて見た印象はそんなものだったが、しかし頭にこびりつくインパクトがある。これがどうやら権威ある「gamescom award」でベスト・インディーゲーム賞と最優秀オリジナルゲーム賞を受賞した高評価作品であるらしい。
ゲームのグラフィックは今、多様性の時代にあるといっていいだろう。フォトリアルな3Dグラフィックスからピクセルアートまで、時代の新旧を問わず、それぞれが一つの「アートスタイル」として幅広い世代に受け入れられている。
その中でも“中世の写本”というテーマを採用した作品はなかなか珍しいはず。しかも『インクリナティ』はただユニークなビジュアルを持ち味とするのみならず、そのアートワークとみごとに噛み合ったゲーム性を編み出しているのだ。
本稿では早期アクセス版の開幕が2月1日に控える『インクリナティ』について、その特徴的なアートスタイルはもちろんのこと、アートと密接に絡み合った奥深いゲームプレイについてご紹介していきたい。
※この記事は『インクリナティ』の魅力をもっと知ってもらいたいDaedalic Entertainmentさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。
実写と手描きを融合させた「中世風」アートスタイル
『インクリナティ』は、ひと言で説明するならば中世の写本を舞台に戦うターン性ストラテジーゲームである。冒頭から述べたように、本作のアートスタイルは非常に魅力的なものに仕上がっている。2Dの実写背景の中に絵本のようなデザインのキャラクターたちが描かれている様は、まさに中世の写本を思わせるものになっており、実験的なアートスタイルでありながら非常に高い完成度を誇っている。
また、これらのアートスタイルはゲーム中のインタラクションと密接に結びついている。例えばプレイヤーが自身のために戦う獣を召喚したり、プレイヤー自身が敵に直接攻撃を行う際には、盤外からプレイヤー自身の手が伸びてくる演出が挟まれる。ゲーム画面外から実写の手が伸びてくるという一種のメタ的演出手法は、先述したアートスタイルと相まって、ビデオゲームでありながらまるで本物のボードゲームで遊んでいるかのような錯覚さえ与えてくれる。
直線上で行われる熱い駆け引き
もっとも、これらのアートスタイル、および演出は、単なるビジュアル面のインパクト欲しさに選択されたわけではない。それは本作の「中世の写本」という世界観、そしてそれを舞台としたストラテジーゲームのシステムにおいて、ほとんど必然的なものだといえるだろう。それを説明するために、まずは本作のシステムについて少しばかり解説したいと思う。
『インクリナティ』は平面上で行われるターン制ストラテジーである。ただし平面と言っても、ゲーム画面を見ればわかる通りほとんどの動作が「横」への直線上で行われるため、2Dストラテジーというよりもむしろ「ラインストラテジー」とでも言うべきだろうか。いずれにせよ、本作のシステムは見かけの上では非常にシンプルな作りになっていると言える。
さて、ここで「見かけの上では」と書いたのには理由がある。確かに本作のゲーム性はシンプルかつカジュアルな作りになっている。難しい操作や複雑すぎるリソース管理などもあまり求められることはない。しかし、本作の直線状で行われる戦略は、その「シンプルさ」ゆえに、非常に奥深いゲーム性を秘めているのである。
実際のゲーム画面を見ながら簡単に本作のルールを説明しよう。
まず、画面左端にいるのが司令塔であるプレイヤーだ。プレイヤーの体力がゼロになれば勝負に敗北する。プレイヤーは自身を守るために本の上に書かれた舞台の上に兵士を配置しなければならない。兵士の種類は様々で、弓を使う者や槍を使う者などバラエティに富んでいる。それぞれの兵士によって攻撃方法も異なる。
ボード上の空いたスペースには限りがある。本の中で行われる勝負なので無制限に兵を配置できるというわけではない。この限られたスペースを使って、プレイヤーは兵士を配置し、それらを巧みに動かし、機転を利かせて対戦相手に勝利しなければならない。
しかし、ただ兵士を直線上に並べるだけではストラテジーとは呼べない。本作の肝はここからである。
プレイヤーは、兵士を配置したり動かしたりする以外にも、盤面に直接的に関与できるいくつかの能力を持つことができる。
先ほど紹介した演出は、SWAT攻撃と呼ばれる、盤面上のユニットをプレイヤー自身がその手で殴りつける攻撃である。射的距離こそあるものの、兵士では届かない場所の敵にそのままダメージを与えることができるのでかなり汎用性が高い。
次に、敵味方問わず、兵士やオブジェクトをそのまま左右に移動させる能力。兵士はその足で自ら歩くことができるが、プレイヤーが写本に触れて直接移動させることもできる。ここで重要なのは「移動距離」である。プレイヤーがこの能力で何かを動かす場合、基本的には「横に1マス」だけという条件が付いている。しかし、本作の「直線上におけるゲーム」という性質上、移動先に既に兵士や物がある場合、そのユニットはさらに1マス移動するという挙動をとる。
つまり、右に1マス動かすといっても、右に何かのユニットがあればさらに1マス右に、そこにもユニットがあればさらに1マス右に……というように、どこまでもユニットは滑り続けることとなる。
私はこのゲームについてまだ完全には理解しきっていないが、本作のゲームプレイにおいて最も魅力的かつ最も戦略が試されるのはこの「余白の管理」という部分であろう。
例えば、先ほど述べた移動の仕様を駆使した戦術がある。「敵を盤上から落として即死させてしまう」というものだ。
つまりこういうことである。盤上の一番端は奈落となっており、ターン経過によりこの足場は少しずつ削られてゆく。そこに落としてしまえばどのような敵であっても一発でアウトである。もちろんこれはプレイヤーも同様だ。
つまり、各ユニットの間にユニットや物が増えれば増えるほど、その両端にあるユニットは良くも悪くも、大きく反対側まで移動してしまうシステムになっている。これは自身のユニットを移動させる手助けにもなるが、同時に相手をこちらに近づかせる道を作ることを意味している。盤上を自身のユニットで埋め尽くせば勝てるという単純な話でもなくなってくるというわけである。敵の中には近づかれただけでこちらを即死させてくる強力な敵もいるため、頭を使う必要が否が応でも出てくる。また、プレイヤーが直接起こせるアクションは今回紹介した以外にも多くのものがあるので、非常に多彩な戦術をとることができる。
ゲームデザインとアートスタイルの調和
と、ここまで大体のゲームプレイを説明してきたが、ここで話を先ほどのアートスタイルの話に戻したい。というのも、私が真に素晴らしいと感じるのは、これらゲームプレイが、世界観ともアートスタイルとも見事に噛み合い、素晴らしいプレイフィールを生み出しているという点である。
例えば冒頭に紹介した写本を実写の手が殴りつけるという演出。行動自体は、盤上にユニットを介さず範囲攻撃を入れるというなんともゲーム的なものだが、写本をプレイヤー(ここでは写本の書き手)が直接殴るという演出によって、世界観と上手く調和させている。
また、ステージ上のギミックに関する仕様も世界観と統一されている。
例えば何か障害物があった場合。ユニットが障害物を通り越して移動することは不可能だが、プレイヤーがユニットを移動させれば障害物を通り抜けて移動してゆく。写本の外と中の関係性をゲームプレイに落とし込んでいるというわけだ。
また、写本上にはユニットを生み出すためのリソースが落ちており、そこにユニットを移動させれば追加のリソースを回収してくれる。これも非常にゲーム的なのだが、リソースがインクであることで、リソース(インク)が無ければユニットを生み出すことができない(描けない)、紙の特性上そのインクが染みだしてリソース回復エリアとなる、というように、世界観を壊さずにゲームプレイと調和させている。
本作の世界観は「中世の写本上で行われるインクを用いたバトル」である。故に、プレイヤーはあらゆるユニットをその手で描き、そしてプレイヤー自身の手で移動させる。「写本風」のアートデザインでも成り立つところを「写本上で戦う」と明確にすることで、ゲームデザイン、アート、世界観が一貫した作りとなっているわけである。
気分は本物のボードゲーム
本作のチュートリアル終盤では、実写映像のムービーが流れる。甲冑を着た男性と修道女の恰好をした女性。物々しい雰囲気で向かい合う彼ら、そして二人は……、
本作の優れたデザインセンスは、こうした写本を用いた戦術遊びが実際にあったのではないかという妄想を私たちに抱かせる。Yaza Gamesの開発者達は実際に紙とメモで同様の遊びを試してみたのかもしれないし、あるいは何か別のボードゲームから着想を得ているのかもしれない。いずれにせよ、本作が一つのストラテジーゲームとしてだけでなく。古くから存在するボードゲームのように普遍的な匂いを漂わせているのは、シンプルかつ奥深いゲームシステムと、完成されたアートワークの賜物というほかない。そして、こういったカジュアルかつ奥深いゲームは、誰かと一緒に遊びたくなるものだ。現在ではオフラインでのみ対人戦ができるが、いずれはオンラインでの対人戦が実装されることを願っている。
また、『インクリナティ』には対人戦のみならず、ローグライク味のあるキャンペーンモードやユニットなどを集めた百科事典、基礎を学べるアカデミーなど、一人で遊ぶモードも十分すぎるほど用意されている。
優れたアートワーク、優れたゲームデザイン、そしてそれらを貫く優れた世界観。それぞれが挑戦的でありながら破綻せず、高いレベルで調和した本作は、ストラテジーゲームの新たな傑作となるかもしれない。早期アクセスは2月1日からなので、ぜひ試してみてはいかがだろうか。