かつて、娯楽の創造は人類の特権だった。しかしそれは今や、ほかでもない人類が生み出した「AI」によって変わりつつある。エンタメというものは常に変化し続ける存在ではあるが、AIが絵を描き、文章を紡ぐようになった今こそ、ひとつ大きなターニングポイントであることにはうなづいていただけるのではないだろうか。
きたる変革のときにそなえ、そもそも「エンタメとは何なのか」を真剣に考えたい。そんな思いから始まったのがこの企画「エンタ飯!〜うまい飯といい話〜」だ。
本企画ではエンタメ業界の最前線で戦うトップランナーたちと美味しい料理をご一緒しながら、その言葉を拝聴し、彼らが考えるクリエイティブの真髄に迫っていく。
なぜともに食卓を囲むのか? その理由は、トップクリエイターと言えどもやはり人間。お腹をふくらませれば肩の力も抜けて、ぽろりと金言が零れ落ちるかもしれない……というもくろみだ。また、やはり一緒に食事をするというのはある種の信頼関係のあかしでもあるため、リラックスしていただいたうえで本音を聞き出してみたい、という魂胆もある。
とにかくそういった趣旨でスタートした本企画、初回のゲストは講談社で『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』といったマンガの編集者を務め、大ヒットに導いてきた佐渡島庸平氏だ。現在は講談社を退社し、クリエイターエージェンシー会社・コルクを設立。インターネット時代のエンタメのモデル構築を目指しているという。
今回のお食事では佐渡島氏の仕事論や姿勢から、佐渡島氏が考える「エンタメとは何か」、そしてAIによる作品作りの未来まで、幅広く興味深いお話をうかがうことができた。なお、聞き手の梅田は現在は佐渡島氏のコルクと協力し、ウェブトゥーンの制作をともに進めている。
連載を通してインタビュアーを務めるのはイザナギゲームズのCEO・梅田慎介。現役のプロデューサーとして活動している梅田が実際の仕事の中で生まれる悩みや気になることをトップランナーにぶつけることによって、より実践的なお話を聞き出せるのではないだろうか、という狙いだ。
そして記念すべき初回にご協力をいただいたお店が、“呑めるカレー屋”として本格的なスパイス料理を提供する下北沢の人気店・ムーナさんだ。佐渡島氏は10食限定の、お得な「海鮮ランチセット」を注文。絶品のスパイスカレーを味わいながらお聞きした、スゴ腕編集者のお話をぜひご一読いただきたい。
[今回のスゴい対談相手]佐渡島庸平
2002年講談社入社。『週刊モーニング』の編集者として『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などを担当し、大ヒットに導く。講談社を退社後、クリエイターエージェンシー会社・コルクを設立。インターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。
[今回のウマいお店]スパイスキッチン ムーナ
住所:〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-12-13 5F
TEL:03-3411-0607
https://www.moona.jp
平日(火曜〜金曜)
ランチ:11:30〜15:00(LO 14:30)
ディナー:18:00〜22:00(LO 21:00)
土曜・日曜・祝祭日
ランチ:11:30〜15:30(LO 15:00)
ディナー:17:30〜22:00(LO 21:00)
月曜・最終火曜/定休日
※売り切れ次第終了の場合もあります
物語づくりは作家の記憶に残っている瞬間を削り出していく行為
梅田:
本日はよろしくお願いします。僕自身、すごく佐渡島さんに惹かれているんですよ。毎週一緒にミーティングをしていて、やはり面白いものを作るということを、求道者というか修行僧のように追求しているすごい人だなと思っていて。「面白いコンテンツじゃないと、出してもしょうがない」みたいな気迫を物凄く感じますね。
佐渡島:
編集者というのは“人生に影響を与える”ということについて、作家と深く考える仕事だと思うんですよ。でも、みんなどんどん足していって物語を作ろうとするんだよね。本当の物語づくりって、彫刻家が作品を削り出すように、作家の記憶に残っている瞬間を削り出していく行為だから。
梅田:
なるほど。
佐渡島:
じゃあ、なぜその記憶は頭に残って離れないのか。大抵はテレビで見たようなものではなくて、親や友だち、師匠や先生との関係っていうことが多い。記憶を研いで削って残ったものが作家自身にとって価値があるものなんだけど、それは同時に他人にとっても分かりやすい、受け入れやすいものになっているから。
梅田:
佐渡島さんからすると、誰でもその原体験はあって、作家になろうとしている段階で誰でも売れる可能性はある、と。
佐渡島:
でも、新人でも3回ぐらい直しただけで「ゼロベースから直すってどういうことなんだ!」ってみなさんおっしゃるわけですよ。小山(宙哉)さんだって『宇宙兄弟』の1話目を作るときに相当直しましたからね。500ページ以上の描き直しをしてるから。なんかそれぐらいが当たり前と思ってやっちゃうんだよね。
梅田:
その情報だけでも僕はめちゃくちゃタメになるというか、ああ当たり前なんだ、と。僕らはもっとやらなきゃいけないですね。
佐渡島:
漫画づくりが頭ん中で考えてサクっとうまくいくものだったら、みんなもっとうまくできてると思うんだよね(笑)。
梅田:
たしかに(笑)。
佐渡島:
漫画の一番難しいところは、まず自分のアイデアが面白いと思っちゃうこと。面白いと思ってアウトプットするじゃん。そのアウトプットの途中に、「なんか最初のときめきがなくなったな…」と本当は思っているんだけど、「でもいけるんじゃないか?」みたいな気持ちになる。だから、最初のアイデアよりも、自分で作ったものを超客観的に見て、そこから直しを思いつくというのが一番難しい行為だから。みんな思いつくことが才能だと思っているんだけど、ほとんどの才能は自分の作ったものを客観的に見て直せることだよね。
梅田:
それはゲームにも通じると思うんですよね。どうしても「もうこれでいい」と思い込もうとしちゃうというか。
佐渡島:
だからウチみたいな会社は、本当は僕みたいにとことんこだわる人と、この時期までにアップしてお金儲けしないとダメだという人がコンビでやったほうがいいだろうな、と。
梅田:
もちろんお金儲けも大事ですからね(笑)。でも、お金儲けだけでやっていると、おそらく『宇宙兄弟』みたいな作品がいまのウェブトゥーン業界に出てくることはないと思います。やっぱりとことんこだわらないと。
佐渡島:
僕は全部とことんこだわるんだよね。だけど、僕の実力に合わせてじゃなくて、あくまでも編集者だから、作家の実力に合わせてとことんこだわるかな。
ゲームも“物語る”ことも遊びで、僕らの職業は遊びを作ること
梅田:
少し角度が違う質問なんですけど、漫画業界じゃなくてゲーム業界って佐渡島さんから見てどういうものだと思いますか?
佐渡島:
ゲームってプレイヤーの人生と関係がないことでも気を引けるんですよね。僕は疲れてタクシーに乗っているときに麻雀ゲームをずっとポチポチしていて。それでイライラが解消されてるのか増してんのか分からないんだけど(笑)、なぜかポチポチやっちゃう。現実の麻雀は集中していなかったらロンを見逃したりするじゃん。リーチだったのに! とか。でもスマホとかPCの麻雀ゲームだったら、複雑な手でも次に捨てるべき牌を教えてくれるから、「オレ、意外と麻雀うまいかも」みたいな気持ちにさせてくれるんですよね。
梅田:
ああ、なるほど。
佐渡島:
漫画や小説を読むことも映画を見ることも全部体験だと思うんですよ。でも、その体験は現実には劣るじゃないですか。とはいえ現実の体験はそんなにうまく設計されてないから、物語の体験が勝っちゃうときがある。ゲーム業界について思うことは、現実の体験のなにがいい体験で、その体験をどうやったらゲームによって超えることができるのかということを深く考えてる人が、もしかしたら少ないのかな、と。
梅田:
佐渡島さんがそれを言うのが面白いですね。物語にはいろんな武器があると思うんですけど、ストーリーをひとつの武器と見立てていると、それを追求することの難しさや、ひとつの体験を削り出していくことの難しさがある。ゲームにはそれ以外の武器があって、代表的なのがインタラクション。これは漫画や小説では難しい。
あと、ストーリーを分岐させてマルチエンディングで作ることもできます。没入感を持たせる武器がゲームにはいっぱいある。つまり、ゲームは全体の武器の総合値として戦っている感じがします。
あと、ソーシャルゲームはそこに射幸性みたいなものが武器としてあって、それがマネタイズと直接リンクしてるから、ゲーム業界としての行く先は複雑化していると思います。
佐渡島:
マネタイズでいうと、僕の人生観として、お金はお金に増やしてもらったほうがいいと思っているんです。だって、それが一番効率いいから。そうじゃなければ、僕は金融系の仕事でお金を増やしていたでしょう。
梅田:
佐渡島さんであればそれもできたでしょうね(笑)。
佐渡島:
だけど金融系の道は選ばなかったわけだよね、明確に。漫画でもゲームでも、お金を1回ものに変えるわけじゃん。人やチームを動かしてお金をものに変えて、できあがったものをもう1回お金に変える。ものを作るときにどうやったら最もお金になるか考えるぐらいだったら僕は金融に行ったよ、と(笑)。
梅田:
めちゃくちゃ分かりやすい(笑)。
佐渡島:
僕がもし自分のお金でレストランをやるなら、どうすれば客がめちゃくちゃ美味しいと言って満足してくれるだろう…というふうに考える。その結果として評判がよかったならお金も儲かるだけの話なんです。だからこそ、もっと凝ったものを作ったり、工夫をしたりする。売り上げが立つかどうかは会社が生き残るうえで超重要だから全然軽視はしないけど、2番目に考えることですね。
梅田:
たしかに。売り上げが最優先だと、誰かを感動させるものは作れませんよね。
佐渡島:
それはこういう商売をやっているときに絶対に忘れちゃいけないことだと思っていて。「ゲーム」という言葉が自体が遊びだし、“物語る”ことも遊び。だから、漫画でもゲームでも関係なく、僕らの職業は遊びを作ることなんだよね。
たとえばテトリスとかトランプとか、繰り返しできる遊び、勝ち負けによって興奮する遊びがあるじゃん。それとは別に没入する遊びというか、見立てによる遊びというものがあると思っていて。異世界転生ものだったら自分が転生したらどういうふうにあなたは生きるの? という見立ての問いを出して、そのなかでも遊びをやっているということだと思うんだよね。
資本業務提携は両者にとってプラスになる“勝つための協業”
梅田:
ゲームの話を訊いたんですけど、コルクからウチに出資をしていただいたじゃないすか(編註:イザナギゲームズとコルクは昨年11月に資本業務提携を締結)。その意図というか、今後イザナギゲームズとどんな相乗効果を期待しているのかという話もお訊きしたいです。
佐渡島:
梅田さんと会ってウェブトゥーンを一緒に作ろうかっていう話になったじゃないですか。すぐに売り上げが立つわけではない案件をやりましょう、と。だから肩入れしてるわりには、もらえる編集費もないだろうなと思いました(笑)。
梅田:
すいません(笑)。
佐渡島:
いや、勝手に肩入れして、勝手に支払いが少ないと怒ってもしょうがないじゃん。そうなりそうな仕組みだったから、イザナギゲームズが上場したら数倍にも返ってくるだろうという気持ちです。出資するなら肩入れするようにしたほうが、自分の気持ちが落ち着きやすいかなと。
あと、ゲームも漫画も、今後ツールが発達して全部ひとつの業界になると思っていて、ゲーム側のアプローチを全部知っておく必要があるなと感じていたんです。いろんなゲーム会社に協業を持ちかけても、やっぱり異業種の人間だと思われたり、勝ち馬に乗れるなら協業したいという形だったりで、一緒に“勝つための協業”をしようと言う人が少なかった。それを梅田さんが言ってくれているから僕としては応援したいし、両者にとっていいことだと思ったんです。
梅田:
ウチの社員をコルクラボ専科(編註:コルクが主催するプロ向けの漫画講座)に参加させていただいて、佐渡島イズムみたいなものをゲーム会社としてもウェブトゥーン会社としても吸収している最中で、とても助かっています。
僕自身も佐渡島さんのものづくりに触れて、考え方が少し変わりました。ゲームはどうしてもインタラクティブなエンターテイメントということで、物語に着目できていないパターンがあったんです。でも、「このシーンってただ説明しているだけじゃない?」と佐渡島さんが指摘してくれるようなことを、僕も現場で言う機会が増えました。なので、ゲーム自体の質には確実につながってきています。あとはちゃんとウェブトゥーンを作り上げるところまで、なんとかがんばってついていきたいと思います。
人間とはなにか、愛とはなにか…根源的な問いを真剣に考える
佐渡島:
僕は梅田さんとVRの話をしていて物語の新たな可能性を感じましたね。もっとゲームが現実と溶け合うかもしれない、と。ゲームの映像の作り込みがUnreal Engineを使って街みたいなものが再現できるようになると、VRの中でその街を歩くということがもっと起きてくるだろうと思う。そこで本当に誰かを愛し、誰かが死んでしまい、その悲しみを克服する…みたいなゲームはできないか、と。そういうことをやろうとすると、人を愛するとはなんなのかというテーマが出てくる。ゲームを作る人の中でそういうテーマに向き合っている人って、本当に限られていると思うんだよね。
梅田:
たしかにそうですね。
佐渡島:
人が誰かを本当に愛している瞬間ってどんなときなのか、それをVRで感じさせるにはどうすればいいのか。現実だとセックスとか身体的な接触が存在しているから、それナシに人を愛するってかなり難しく感じるけど、『君の名は。』みたいな感じでVRの世界で自分の運命の人を探すという物語を作ればいいんじゃないか…とかね。
梅田:
めちゃくちゃ面白い話ですね!
佐渡島:
そういう問いをたくさん用意して、最終的にゲームという形に落とし込むために、漫画の第1話を考えるときみたいなディスカッションがゲーム制作の現場でもされるような気がしていて。最終的に漫画もゲームもひとつの業界になるとしたら、僕が漫画家とやっている打ち合わせのノウハウが生きてくると思います。
でもね、ほとんどのゲーム開発者の人は「そんなことよりもゲームのシステムがあるから、ゲームシステムを使ってマーケティングコストが下げられるIPを確認して、それによって初速がこうなるから…」と考える。つまりそのIPを深く理解して、それを盛り上げるという仕組みでゲーム業界って回ってるところがあるじゃない?
梅田:
たしかに、そういう部分もありますね。
佐渡島:
僕はちょっともったいなく感じるかな。AIとかロボットを作っている人は、人間ってなんだろうという根源的な問いを真剣に考えてますよ。たとえば、AIは死が設計されていないけど、死なない存在が本当に人間と同じ知性を手に入れることができるだろうか、と。それなら定期的に死ぬAIを作るのはどうか…。
梅田:
AIが自分にも死があることを理解して、活動するんですね。
佐渡島:
人間ってなんだろうと突き詰めると、そういうことを考えなきゃいけないじゃん。ゲームを作るというのは本来そういうことだと思うんだよね。
梅田:
本当にそうだと思いますし、テーマがあるゲームのほうが絶対に刺さります。どうしてもゲームのジャンルは、既存のインタラクティブ性の設計で決まりますからね。アクションなのか、RPGなのか、アドベンチャーなのか、と。そのインタラクティブ性じゃないところで、ユーザーがなにを体験するのか、その体験でどう心が動くのか…そこからゲームを作るということは僕もぜひやってみたいですね。
佐渡島:
そうだよね。そういう圧倒的に抽象的なところがゲームの面白いところだから。
AIを使った物語づくりでは100点を見極める人間の価値があがる
梅田:
佐渡島さんはすごくAIに興味を持たれている印象があるんですけど、AIによって漫画制作などの物語づくりはどういうふうに変わっていくと思いますか?
佐渡島:
めっちゃラクになると思うよ。そうなると、こだわれる部分が増える。誰もこだわろうとも思っていなかった細部までこだわれるようになるから、もっと面白い作品がたくさん出てくると思うし、もっと僕らの感情に寄り添った物語ができるんじゃないかな、と。
梅田:
めちゃくちゃ面白い見方です。僕自身はAIに技術的なことを頼ると、同じような作品ができあがってくるようなイメージが漠然とあるんですけど、そうではないということですよね?
佐渡島:
だってさ、たぶん僕らが日常的に使っている言葉をリストにすると、1万語も使っていないと思う。その組み合わせで僕らはしゃべっているじゃん。それと同じで、物語をイチから作るのが大変だから、アンケート上位の作品と似たようなものばかりになるじゃん。AIを使って1日に300個も物語が作れるとしたら、AIにヘンな指示を出すヤツも出てくるだろうし、まったく見たことがない物語がもっともっと出てくるはず。
梅田:
逆にバリエーションは増える、と。
佐渡島:
素材が圧倒的に増えるよね。なんと豊かな世界が待っているんだろうと思うし、もうワクワクでしかないわけ。しかも目の鍛え甲斐があるんだよね、編集者として。いままでは納期を守って作るだけでいっぱいいっぱいだったし、それだけで評価されたわけじゃん。ウェブトゥーンもいま週刊連載できるスタジオなんてほぼないでしょ?
梅田:
たしかに。
佐渡島:
AIを使えば週刊連載なんて余裕できますよ。その上でどうやって儲けるのか、どうやって話題を作るのか、とこだわれるところがもっと増えてくる。編集者はその作品に対してなぜこれが面白いのか、なぜこれはダメなのかを説明できないといけない。それができるようにならないと、いい作品をプロデュースできないじゃん。AIが80点以上で全部作ってくれる、その中で100点を見極める人間の価値ってもっと上がると思う。
梅田:
なるほど。逆に既存の漫画家さんはAIを使いこなせないと、AIは脅威でしかないと思うんですけど、漫画家さんたちはAIをどう捉えればいいですか?
佐渡島:
漫画家は目がいいからね。
梅田:
そうか、自分が作れるから。
佐渡島:
そう。だから、AIをいち早く使った漫画家は勝つ。まあ、ヘンなプライドを持ってなかなかAIを使わなかった漫画家は素人にも負けるだろうね。
梅田:
佐渡島さんがそう予想するのすごいな…。でも、人間ならではの機微とか、人間にしかできないことってあると思うんです。既存の漫画家の中にはAIの漫画なんかダメだ、人間にしか描けないもんがあんだよ、とか言う人もいそうじゃないすか?
佐渡島:
いま漫画業界には作るのにいっぱいいっぱいな人が多くて、人間ならではの機微がちゃんと描けてないぞってことなんだよね。ほとんどの漫画家たちは安定して作れるというところに価値があって、人間ならではの機微を描くところまで余裕が持てていないと思う。だからAIを使って80点を気軽に超えるような週刊連載ができて、土日もちゃんと休みがある…そんな余裕を持てる漫画家がAIで作ったものを直したときに初めて人間の機微が繊細に描けるんじゃないかな。
梅田:
すごい話ですね。じゃあ既存の漫画家はどんなに売れている漫画家であってもAIを使え、と。
佐渡島:
僕が梅田さんに「漫画というのはこういうふうに直すんだよ」と言っても、ちょっとずつしか直せないじゃない。人ってそういうものだから。でもAIなら、「これは『SAVE THE CATの法則』をしっかり読んで直してもらうといいな」と思ったら、『SAVE THE CATの法則』をその場で読ませちゃう。そしたらそれを理解した直しが上がってくるわけ。それを見て、「もう少しこの作家の色を読んでほしい」と感じたら、さらにおすすめ本をAIに渡す…と。
なんかいまってIPをどうやって開発するかということが最重要事項だといろんな会社が言ってるじゃない。でも、『宇宙兄弟』のムッタぽいキャラクターって、ムッタぽいとすぐに分かるし、印象は強いんだけど、なかなかうまく再現できないでしょ?
梅田:
そうですね。再現しようとするとなんとなく記号ぽくなっちゃいますね。弟が優秀で、夢は昔あったけど諦めてしまっている…という。
佐渡島:
そう、設定がむき出しになっちゃう。これがChatGPT 4とかだと、『宇宙兄弟』のムッタと同じ性格の人が料理人をやる漫画のストーリーを考えてたりできるんだよね。
梅田:
それはもう本当に革命ですね。
佐渡島:
だから日本はIP大国だとか言ってたけど、日本の作品も海外の人が自由に読ませて、自国でIPを作る人がいくらでも出てきちゃう感じになっている。もしかするとIPが一瞬で無効化されるかもしれない…AIの進化はちょっとこっちの予想を超えた速さだよね。
梅田:
特にこの半年で爆発的に進化していてビックリしますよ。(了)
[対談後記]
佐渡島さんとは毎週のようにミーティングをしておりまして、それが結構夜遅めの時間だったりするのですが、いつも気合が入ってるんですよ。ZOOMの向こうで眼がギラっと光っているような気がするんです。そんなところからも、私は佐渡島さんという人は、面白い物語を創るために何が必要かを分析し、研究し続けているマッドサイエンティストか、修行を続けている修行僧のような人だなと感じていました。
今回はじめてお食事をしながらお話しできて、気づいたのは「物語を創ることこそが人生のメインディシュ」と考えてらっしゃいそうだなってことです。お話にもありましたが、東大卒で超優秀な佐渡島さんはお金儲けをしたければ、金融でも何でも他に手段がある中で、漫画編集者という道を選ばれていることで分かるように、きっと物語を作ることに魅せられてしまっているんだなと。
そう考えるとサイエンティストや修行僧というより、「物語創造中毒者」というような見え方もしてきました(笑)。私は、エンターテインメントで何かを成し遂げる人って本当に常人だとやり切れないことをやり切っていると思っていて、佐渡島さんのような一流の漫画編集者の方々もそうであろうと思います。そして、常人ではやり切れないことをやり切る力っていうのは能力や胆力ももちろんあると思いますが、中毒になるくらいその対象を「好き」になっている人だと思います。
佐渡島さんは、漫画編集者兼経営者でありながら、AIやVRなどの新しいエンタメを取り巻く技術にも強く関心を持っていて、日々情報収集されています、物語創りに対して常に真摯に向き合っている佐渡島さんが新しい技術をどのように取り入れ、そこからどんなエンタメが生まれるのか、私自身とても楽しみです(梅田)。