物語の解釈は、プレイヤー次第
さて、ここまで単語の推理方法を簡単にご紹介してきましたが、実は、本作の単語翻訳では、厳密な正解というものは求められていません。
無論、この物語と未知の言語が人の手によって生み出されたものである以上、想定解は確実に存在するわけですが、本作は、あくまでそれらの言語を “推測” するゲームであり、プレイヤーが積み上げた翻訳が正しいのかどうか、完璧なのかどうかは二の次。作り手の想定解を100%完璧に当てることは、本作の主目的ではありません。
まぁ、やろうと思えば想定解を完答することもできますし、それによって物語がより一層深みを増すという側面があるのもまた事実なんですが、そうまでしなくても、本作はもう少し肩の力を抜いて、カジュアルに楽しむことができるゲームとなっています。
一応、要所要所で、しっかりと単語の意味と話の大筋を把握していなければ答えられないような問いが投げかけられる場面もありますが、そこで求められているのも厳密な翻訳ではなく、多少の解釈の違い、ニュアンスのズレは許容されています。
制作者の用意した厳密な正解を求められることが多い推理ゲームにおいて、これはかなり珍しい仕様であると言えるでしょう。
そのため、記事の冒頭からここまで、『7 Days to End with You』を推理ゲームとして扱いながら話を進めてきましたが、そもそも本作は、「推理ゲームか推理ゲームじゃないか論争」が起きても何もおかしくないゲームだったりもします。
そして、このニュアンスのズレの許容があるために、本作で語られる物語は、プレイヤーによってその空気感や温度感が少しずつ変わることとなり、それぞれのプレイヤーに対して、異なる顔を見せてくれます。
例えば、同じ映画や小説であっても、翻訳者によって個性が違い、作品の雰囲気が大きく変わってくるというのはよくある話。それこそ、推理小説の古典的名作の場合、翻訳本が何冊かあったりするのですが、翻訳者によっては小説そのものの読みやすさまで変わっている場合もあるので驚きます。
こういった感じで、ある程度構造が知られた言語の物語を翻訳しても、その最終的な仕上がりは千差万別なわけですから、それぞれの単語の意味をどのように感じ取るのかはプレイヤー次第という環境の中、自由気まま、好き勝手に解釈されていく言葉たちによって主人公たちのストーリーや関係性が構築されていく本作の物語が様々な顔を見せるというのは、ある種必然であるとも言えます。
ちなみに、個人的な話になってしまい恐縮ですが、私の場合、実際にゲーム内にセリフとして表示されている文章を直訳していくだけではなく、そこには書かれていない内容をも脳内で意訳し、行間を埋める作業をしていました。これは過剰な味付けの例かもしれませんが、こういった暴挙とも思える行動も、本作は広く許容してくれるのです。
加えて、物語冒頭ではこうも語られます。「貴方が感じ、受け取った全ての物語は、全て正しいでしょう。」と。
エンディングまで辿り着くと、「誰かの考察が聞きたい!今すぐこのゲームの話を誰かとしたい……!」という気持ちが沸々と湧き上がってくると同時に、「正解なんてどうでもいいじゃないか!この物語は自分のものだけにしておきたい……!」という矛盾した気持ちも沸々と湧き上がってくる『7 Days to End with You』。答えを明確にしないことで、これまでに感じたことのない感情を教えてくれる、恐るべきゲームです。
ドットで描かれる作品の雰囲気のよさ
そして、本作が素晴らしいのは、未知の言語で語られるビジュアルノベルゲームという発想もさることながら、作品全体に漂う空気感です。
ドットによって描かれた世界は、クッキリハッキリとはしておらず、どこか茫洋としています。
このリアリティを重視してはいないというところが個人的には好きでして、もしも本作がイラストやCGで表現されたビジュアルノベルであったとしたら、作品から感じられる質感や雰囲気が大きく変わっていたことでしょう。単語の意味も正解も分からない曖昧なこの世界が、曖昧でありながらどこか懐かしさや暖かさ、切なさも持ち合わせているドット絵で表現されているというのが、個人的には本当にもうたまらないのです。
加えて、ゲーム中に流れている音楽は非常に穏やか。これが適切な表現かどうかは怪しいところですが、本作のBGMは、プレイヤーの思考の邪魔をしてくるようなものではなく、どことなくなんとなく、2人の間には、いつもと変わらぬ平和な時間がゆるゆると流れているんだなぁという気持ちにさせてくれるのです。
そして、もう1つ嬉しいのが、登場するキャラクターに対してボイスが用意されていないということ。
これにより、例えば、「嬉しそうな声で話しているから、ポジティブな意味の文章なんだろうな」といったように、声の印象に翻訳が引っ張られてしまうということがなくなり、一対一の至近距離で単語と向き合うことができるのです。この点は言語解読ゲームとしてかなり重要なポイントではないでしょうか。
更に言うと、キャラクターが声を発している場合、キャラクターのイメージそのものもある程度固定されてしまい、物語の解釈も固定されてしまうということになりかねません。そういった意味でも、ボイスが無い本作の仕様は、プレイヤーにとってありがたいものなのです。
……まぁ、シンプルに予算の問題でボイスが無いだけかもしれませんし、ボイスは無くとも、表情から文章の雰囲気が読み取れることはあるんですけどね(小声)。
そんな野暮な戯言はともかくとして、つまるところ、脳内でどのような声を流すのかはプレイヤーの自由。作中の言葉をそのまま借りるならば、「貴方が感じ、受け取った全ての声は、全て正しいでしょう。」というわけです。
終わりに
さて、ここまで、文字が分からないビジュアルゲームの面白さを文字を使って伝えようとするという、かなりややこしい状況の中で文章を書き進めさせていただきました。
「お前の日本語、読めはするが意味が分からねぇ」という事態になっていないことを祈りつつ、今もこうしてキーボードを叩き続けているわけですが、本作の魅力が少しでも伝えられていたら嬉しい限りです。
実は、推理小説 & 推理ゲーム好きとしては、まだまだ語りたいポイントが山ほどあるのですが、それは言わぬが花。触れてしまえば、推理ものの最大の禁忌であるネタバレに手を染めることになってしまいますので、今回はグッとこらえて、この辺にしておきたいと思います。
もしも『7 Days to End with You』に興味を持っていただけたならば、是非とも、このゲームのために作られた言語に彩られた唯一無二の世界観に飛び込み、言葉の宇宙の中を彷徨ってみてはいかがでしょうか。
その結果辿り着く結末が、喜劇なのか悲劇なのか、それとも平凡な日常なのか。その終着点は、プレイヤーである皆さんの手に委ねられているのです。