8月23日(水)〜8月25日(金)に開催された「CEDEC 2023」にて、日本大学・経済科学研究所の江上弘幸氏と政策研究大学院大学の山本剛資氏による「幸せのみつけ方―ゲームがウェルビーイングに与える影響から個人の環境・性質による違いまで (Causal effect of video game play on mental well-being: a quasi-experimental study among Japanese population)」が講演された。
発表の序盤で「セッションのあとにスプラトゥーン甲子園に子どもと出場するため、新幹線で大阪に向かう」と話した江上氏は、自身もゲームを楽しむプレイヤーのひとり。因果推論を用いたデータ分析の専門家でもあり、ゲームと研究をするのが幸せだと語る。
「ウェルビーイング」とは、心身、そして社会的に満足している状態を表す言葉。心と体が健康なだけでなく、個人の権利や自己実現の保障などをも包括的に指している。
本講演ではゲーム研究の現状をはじめとして、「ゲームとウェルビーイング」について、これまでの研究やその弱点、そして江上氏のチームによる研究を解説した。
文/anymo
ゲーム研究の全体像
「ゲームが人に与える影響」を研究している分野は医学、精神医学、心理学、メディア学、行動科学、神経科学、社会学など多岐に渡っており、これほど多くの分野が長年このテーマを研究している背景には、生活習慣の研究には多くのデータが必要とされるからだ。
今回のテーマである「ゲームとウェルビーイング」を主に研究しているのは医学、精神医学、心理学の3つで、それぞれゲームへのスタンスが異なっている。
特に対照的な態度が見られるのは医学と心理学だ。医学ではゲームは「プレイする」という行為ではなく「画面を見る」という動的でない行為のひとつ「スクリーンタイム」として、体に悪い行為であると捉えられている。それとは反対に、心理学ではより解像度の高い「誰がどのタイトルをプレイしたか」を研究しており、ゲームをプレイするという行為ではなく、ゲームの持つ効果に着目している。
より身近な日本でのゲーム研究シーンでは、「ゲーム障害」の研究がもっとも有名であるとのこと。世界でゲーム規制といえば中国・シンガポール・日本の3ヶ国が挙げられているほか、医学学術誌『Lancet』に香川県のゲーム依存症対策条例の記事が引用されるなどの実例が紹介された。
従来の研究では「暴力的なゲームは、ひとを暴力的にする?」を長年のテーマとして論じられてきたものの、はっきりとした結果が出ることはなかったという。ゲームの暴力性はひとに影響を与えるとは言い難く、結局のところ「ゲームはゲームでしかない」と結論づける論文も発表されている。
しかし最近では、従来的な暴力的なゲームの研究よりも「ウェルビーイング」へのゲームの影響に注目が移ってきているとのこと。
このテーマでは「ゲームはひとに悪い影響を与えている」とする先入観が強いものの、「ゲームとひとはポジティブな関係にある」と発表する論文の方が見つけやすいというギャップを紹介した。
中でもセラピー研究の分野ではゲームは当たり前に「よいもの」としてカテゴライズされており、「ヨガ」や「瞑想」といったものと比較して研究されることもあるそうだ。なお、医学分野でも、「ゲームは健康に悪い」ではなく「どちらともいえない」とする研究も現れているとのことだ。
従来のゲーム研究とその弱点
ゲームについての研究方法は、学生にゲームをプレイさせる研究室での実験と、観察研究(相関研究)のふたつが主流だという。しかし、これらにはそれぞれ弱点もある。
特に、データを活用した観察研究の弱点として「相関関係と因果関係は異なる」という点がある。
たとえば「国ごとのチョコレートの消費量とノーベル賞受賞者の数」というグラフには相関がある。言い換えれば、「チョコレートの消費量が多い国ほどノーベル賞受賞者が多い」ということだ。
しかし相関するからといって、「チョコレートをたくさん食べれば、ノーベル賞受賞者が増える」という因果関係がただちに成立するわけではないのである。
ゲームとウェルビーイングの因果関係
これを踏まえ、江上氏のチームではゲームとウェルビーイングの相関関係ではなく因果関係を研究しているとのこと。これには「自然実験と因果推論」をツールとして活用している。
江上さんたちの2万人を対象にした「コロナ中のNintendo Switch抽選とPS5抽選」に関するオンライン調査によると、1773人がNintendo Switchの抽選に参加、926人が抽選に当たり847人が抽選に外れている。
「Nintendo Switchを持っているユーザー」と「Nintendo Switchを持っていないユーザー」の比較では、平均年齢などグループの属性が異なるため、調査結果の違いがNintendo Switchによるものなのかどうか、因果関係を見出すことはできない。
しかし、この「抽選」に関する調査を活用した自然実験によって、ゲームとウェルビーイングの関係を浮かび上がらせることができる。
無作為に選ばれる「抽選」によってグループが「抽選に当たった(Nintendo Switchを持っている)ユーザー」と「抽選に外れた(Nintendo Switchを持っていない)ユーザー」に分けられることでそれぞれのグループの属性がより近しいものとなり、前者のグループにメンタルヘルスの向上とNintendo Switchの所持というふたつに因果関係を見出すことができる。
江上氏たちの研究によると、ゲームとウェルビーイングにはポジティブな因果関係が見られるとのことで、メンタルヘルスや生活満足度を調査する際の数値が実際に上昇しているというデータが紹介された。
さらに、機械学習を活用した研究についても触れられた。ゲームの影響の平均値だけではなく、個人の特性やプレイ環境での影響の違いを確認できる。
年齢別のPlayStation 5への反応をマッピングしたグラフでは、下にいけばいくほどメンタルヘルスへのポジティブな反応があるという。これを見るとマップの左側、若い世代はメンタルヘルスの向上の幅が小さく見えるものの、Nintendo Switchのグラフでは逆に若い世代に特にポジティブな反応が見られる。
最後のまとめとして江本氏は、「ゲームとウェルビーイング」の関係を明らかにすることによって、課金額やアクティブユーザー数では測ることが難しい「作品が人を幸せにしているかどうか」、「作品ファンの獲得に繋がっているか」といった定性的な指標を知ることができるとした。
「ゲームをプレイする」という生活習慣が、ひとにとってよい効果を持つというゲーマーにとってどこか嬉しい言葉が語られた本セッション。今日も幸せにゲームをプレイすれば、このことを身を持って感じられるだろう。