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気鋭のアニメスタジオ「FLAT STUDIO」の戦い方とは? “キャラクターと背景を馴染ませること”を目指すため、効率重視の業界に逆行する作品作りをしていた【IMART2023】

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AIは、その技術の良し悪しの「理由まで説明できる人」が使いこなせる

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──FLAT STUDIOさんは平均年齢が26歳というすごく若いスタジオですが、若いからこそデジタルで描くことに対してニュートラルに受け入れられているし、まさに今回のテーマであるAIも若い人たちがどんどん使い始めていると思います。
先ほど「使い方次第」というお話がありましたが、AIニュートラルな若者たちが今後どのようにAIを活用していくことが考えられますか?

loundraw氏:
AI技術は基本的に歓迎しています。そもそも僕もデジタルがなければ卒業制作でアニメーションを作れなかったので、技術の進化をまず受け入れることは必要だと思っています。

そのうえで僕やFLAT STUDIOが大事にしていることは「その技術を自分で意識的に判断できるかどうか」です。

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個人的に思っている話になってしまうのですが、たとえば絵と文章とカメラがあったとして、まずテキスト。好きな子に文章を書きたい。けど、いい文章が思いつかない。そういう時にAIが書いてくれたとする。ただ、それを見た時に「これは本当に自分が伝えたかったことなのか?」と絶対に考えると思うんですよね。

カメラも、AIが撮ってくれたとしたら「自分でももっといいものが撮れるんじゃないか?」って思ってしまう。これはなんでかというと、文章は日常的に使う機会がありますし、カメラもシャッターを押せば良し悪しとは別に画は取れるから。ある程度、フォーマットがわかっていて自分でもできるわけですね。

ただ、絵だけは「絵が描けてすごい」という価値観があるんですよね。「完成させられるだけでもすごい!」みたいな。そこをAIが担保しちゃうんですね。これがほかの媒体と比べてすごくいいところであり、問題だと思うところです。

なので、「それがいいか悪いかを本当に理解できているのかどうか」という問題が絵では特に起きやすいと個人的に注意しているところです。

──石井さんはAIに対してどう思われていますか?

石井氏:
僕は、例えばメンバーから「AIを採用したい」と言われたら基本的に止めることはないと思います。調和が保てるのかどうかというところしか今は見ていないですね。導入することでアップデートされるなら入れる、というシンプルな判断になるかなと思います。

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鳥嶋氏:
使ってみて、出てくるものを見て判断したいってことだよね。

──IMARTの別のセッションでも漫画家さんが「AIをどうやって使っていくのか」というテーマがありまして。漫画家さんでも積極的に使われている方はいらっしゃるようでしたが、鳥嶋さんはAIと漫画についてはどのようにお考えですか?

鳥嶋氏:
出てくるものがおもしろければAIは役に立つってことだよな。ただ、危ないのは「形だけ綺麗に整っていること」かな。そうすると似たようなものが出てきて個性がなくなってしまうから。

石井氏:
その点はどんどん加速するのではないでしょうか。最終的には作っているものの品質が評価されない瞬間も来るのかなと思っていて……。そうなったとき、作っている人たちの当事者性みたいなところに価値が宿るのではないかと思い、そういう側面でも作る過程を映像で記録しています。

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鳥嶋氏:
あとね、loundrawさんが言っていたのは「背景を描かない」という選択。これは漫画でも「あえて描かないという引き算ができるか」というのがあるんだけど、基本的にCGもアニメーションも空白を埋めていくために技術がある。だからAIだと空白を埋めるために過剰感が出てきて、みんな同じような品質になってくる。そこに注意しないとね。

空白を作るというのは人間の頭脳作業だから、そのバランスをどう取っていくかが大事だよね。そのあたりはどうですか?

loundraw氏:
そこはすごく難しいところだと思います。もうひとつの問題として、仮にAIが余白を作れるようになった場合、なおさら人はわからなくなると思うんです。「描かない」という作業をAIがしているので、人はどうしてそうなったのかがわからなくなっていく。足される分には見てわかるんですけど、なくなっていくのもAIが制御しだしたら、本当に考えなくなってしまうのではないかと。
 
鳥嶋氏:
僕の中途半端な知識で言うと「AIは答えを出すけれど、なぜその答えを出したかわからない」というのが現状でしょう。過程が検証できない証明というのは、証明のダメな例だからね。

──出てきたものに対して「これはよいものだ、これは悪いものだ」という判断を、その理由まで説明できる人じゃないとAIはうまく使えない、という話ですよね。

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海外の空気に触れることで初めて”日本らしさ”が浮き立つ

鳥嶋氏:
この先、FLAT STUDIOはなにを目指してどう動いていこうと思ってる?

石井氏:
答えはひとつではないのですが、もちろん作品を作ることはやっていきたいです。ただ、正直なところ事業を大きくさせることだけにはあまり興味がなくて。

先ほど鳥嶋さんもおっしゃっていたとおり、食べていくためにはヒット作が必要かもしれません。でもヒットさせることが目的の頂点に設定されると、こぼれ落ちるものがあり過ぎると思っています。

そのこぼれ落ちるなかにこそ頂点に行くために必要な要素がたくさんあるのに、最適化されたマップを進むだけの状態になってしまうのは危険な気がしています。「じゃあ、なにがやりたい?」となった時、僕らはみんなに「どんな暮らしがしたい?」と聞くんです。

ちなみに僕は1年の半分を日本、残る半分を海外に滞在しながら働きたいんです。小さい頃からの夢でして(笑)。

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鳥嶋氏:
海外はどこでもいいの?

石井氏:
アメリカ半分、ヨーロッパ半分、残りはアジアみたいにちょっと移動しながら仕事をしたいんです(笑)。

鳥嶋氏:
へええ、半年は日本で残り半年はヨーロッパ、アメリカ、アジアってこと?

石井氏:
はい。海外にいれば必然的に各国の方と一緒に作品を作ることになると思うのですが、そうすることで「日本らしさ」が浮き立つんじゃないかと思っていて。

鳥嶋氏:
外から日本を見た時にね。

石井氏:
この1年でいろんな海外を回ったんですけど、やっぱり日本というところに価値を感じてくださっているように感じたんです。

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鳥嶋氏:
じつは先日、韓国のG-STARというゲームショウに行って講演してきたんだけど、韓国のゲーム会社の人と話せば話すほど、日本のゲーム会社や日本の状況が見えてくるんだよね。

loundraw氏:
あとは海外に行くと言葉も通じないし、自分のスキルも通用しないので、今のようにたくさんの方々に見てもらえたわけではない時期の自分を思い出すんです。でも、それを思い出すことで「もっと頑張りたい」という気持ちになるので、すごく重要な時間だと思っています。

あと、これは音楽寄りの話になってしまうのですが、海外に行って「気候が音色に紐づいている」という気づきもありました。

鳥嶋氏:
どういうこと?

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loundraw氏:
例えば、ロサンゼルスだとほとんど雨が降らなくて乾燥しているので、基本的にリバーブがない曲の方が映えるんです。逆にヨーロッパに行くと湿度があるのでピアノが合ったり。スコットランドの上の方は風が強いから、シンセでノイズが多めの曲がよかったりするんです。そういう違いがわかると、「前のシーンと比べてここはこういう音にしよう」みたいに考えられるようになりました

鳥嶋氏:
そうか。感じ取るものの比較検討ができるから、対象化ができるってことだね。ということは、アメリカでの合宿もFLAT STUDIOの多様化と物事を深く考えることに貢献しているんだな。

石井氏:
はい。逆に合宿なしでどうやったらこういう学びを得られるのか思いつかないんです。もともとドキュメンタリーを見るのが好きなんですが、アニメ業界は合宿している人が多いと思っていて。

鳥嶋氏:
合宿してるスタジオって多いの?

石井氏:
庵野さんのドキュメンタリーでは熱海で合宿をしていました。コミックス・ウェーブ・フィルムさんも社員旅行があるし、あとジブリの高畑さんや宮崎さんがロケハンで海外に行って話している映像も見たことがあります。だから、合宿するものだと思っていました(笑)。

鳥嶋氏:
……ってことはアメリカ合宿のつぎはヨーロッパやアジア合宿もやるの?

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石井氏:
つぎはアジア、韓国も行きたいと思いますね。

鳥嶋氏:
なるほどね。FLAT STUDIOはそういうふうにスタッフの教育も含めてすごく真剣に考えているから、僕はそこがとても興味深いし、可能性を感じるところなんだよね。

石井氏:
ありがとうございます。

今のスタッフでも、劇場版を作るとなればできなくもないが……?

鳥嶋氏:
僕ら漫画の編集は作家のことをマンツーマンで見ていたけど、loundrawさんは20人以上のスタッフを見ているでしょ。これは編集長と副編集長の役割を両方ひとりでやっているものだから、大変だと思ってさ(笑)。

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──例えば今後、「劇場版を作りましょう」や「テレビシリーズを作りましょう」という話になった時はどういうチーム体制にしていくのでしょうか? チームを大きくすることもお考えなのでしょうか?

石井氏:
じつは試算はしていて、今の人数でも劇場版は作れるんです。といっても、あくまで試算上の話なので、時間も3年弱くらいはかかってしまいます。90分の作品を今の人数でやろうとするとほかの作業が止まってしまうので。

でも制作体制としてはいけると思っていて……って、言っちゃいましたけど、大丈夫ですかね?(笑)

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loundraw氏:
大丈夫だと思います(笑)。
 
鳥嶋氏:
僕は最初に取材でうかがった時からふたりのこういうコンビネーションが印象的でした。石井さんがいろいろ説明して、「だよね?」と問いかける。その問いをloundrawさんが柔らかくふんわり受け止める。でも反論する時はしっかり反論もする。ふたりのこの関係性はこのまま続きそう?

石井氏:
(loundrawさんを見ながら)かれこれもう6年くらい?

loundraw氏:
そうですね。僕が21歳の時に石井さんは27歳くらいで、僕が今ちょうど石井さんと初めて会った時の年齢になりました。

石井氏:
お互いのライフイベントとかも見ていますし、いい部分も悪い部分も含めて衝突することもありながら1周しました。

最近、芸人さんのドキュメンタリーを見ていて共感したのは「話さなくなる」という点です。芸歴が長くなれば長くなるほど話さなくなる、と。僕たちもその境地に行っているかもしれません(笑)。

鳥嶋氏:
こうやって表立っている時は話すけど、普段はあまり話さない?

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石井氏:
話さないわけではないですが、たとえばふたりで電車移動をしていたら僕はニュース記事を見ていて、loundrawくんはloundrawくんで別の考え事をしている感じです。たまに「このサッカーのさぁ」という会話はありますが(笑)。なんと言いますか、そういう空気感です。だから今日も打ち合わせしていないんですよ。

鳥嶋氏:
へええ、いつも綿密に打ち合わせしているのかと思ったよ(笑)。 

見えないところで若い世代が急激な成長を見せ始めているFLAT STUDIOの現状

鳥嶋氏:
ものすごく直球の質問をひとつしてもいい? 石井さんがloundrawさんの才能を高く評価して惚れ込んでいるのはわかるんだけど、ほかのクリエイターに興味を持つ自分、つまり「loundrawさん以外に興味を持つ自分」は想像できる?

石井氏:
あぁ……できますね。

──loundrawさんが「えっ?」って顔をしている(笑)。

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一同:
(笑)。

石井氏:
ほかのメンバーってことですよね? 僕は人に対して興味を持つポイントが多いので。ちなみにloundrawくんに感じている可能性は「本当に歴史を更新できるかも?」という期待感。それは、アニメーション業界に自分も多少は貢献したいという思いがあるからです。

今ってオリジナルを作る監督さんやスタジオがどんどん減っているじゃないですか。だからこそloundrawくんの才能を目の当たりにしたとき「マジでやれるかも」という感覚になりました。

でも、うちのメンバーたちはみんなそれぞれおもしろいんです。たとえば、22歳以下が集まるCANTERAの1期生の子が2期生を自分で見つけてきたり。

──1期生が!?

石井氏:
はい。それはさすがに予想していませんでした。ある日「土曜日に定例があるので出てください」と言われて「まぁ、土曜日だからいいか」と思いながら出たんです。そしたら2期生の募集に関するアジェンダやスプレッドシートを彼らなりに作っているんですよ。「そんな速さで動くのか!?」と(笑)。親心じゃないですけど、素直に「うれしい」という感覚がありました。

鳥嶋氏:
ちょっとずつ、知らないところで動き始めて成長しているってことだね。

──それではお時間も迫ってきましたので、最後におひとりずつメッセージをいただいてもよろしいでしょうか?

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鳥嶋氏:
僕は今年彼らに会ったように、来年も才能があっておもしろいことを考えている人に会いたいと思っています。今日もこのふたりにどれだけの可能性があって、いろんなことを考えているのかということを伝えることができてよかったです。ありがとうございました。

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loundraw氏:
まずはこういった貴重な場にお招きいただき、本当にありがとうございました。僕たち自身もまだまだアニメの世界に入れていない新参者ですし、学ぶことも多いので、個としてもチームとしても成長しないといけないと思っています。引き続きよろしくお願いします。

──では最後に石井さんお願いします。

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石井氏:
本日は貴重な機会をいただきありがとうございました。こうやって皆さんに応援していただいたり、注目していただけることがエネルギーになっています。今後もなにか機会がありましたらぜひ、お声がけください。

最後に告知となってしまうのですが、スタジオの創立メンバーである佐野徹夜の最新刊が出ました。表紙はloundrawくんが描いています。タイトルは「透明になれなかった僕たちのために」です。

佐野さんはライト文芸から出てきて、電撃大賞で大賞を受賞してデビューをしたのですが、「純文学でも勝負したい」というのが夢だったんです。

それで3年前くらいに短編小説が「文藝」に掲載され、その作品を少しエンターテインメント作品としてアレンジしつつも、最新の佐野徹夜のすべてを込めたような作風の一冊になっています。

あとなぜか「佐野さんの作品でloundrawくんの絵柄も更新される」というジンクスがあり、僕はこのカバーもloundrawくんの最高傑作を更新したと思っています。ご興味があればぜひお手に取っていただけるとありがたいです。よろしくお願いいたします!


FLAT STUDIOの制作体制や、loundraw氏と石井氏の素顔に迫る話題が大半を占めた本講演。

監督や案件などのスタイルに応じたワークフローを採用した作品作り、それを常にアップデートし続ける姿勢などが明らかにされ、興味深いトピック目白押しの内容になった。分業制が当たり前になりつつあるなかでも、クリエイターのやりたいことを大事にすると同時に、常に考えては言語化し、作品作りに取り組むスタイルも人間の創造性を大事にする方針が見られる。また、そこに生成AIがやってきたとしても、採用するかは制作体制のアップデートに活きるか否かで判断するという、考えるアニメ作りを心がけるスタジオとしての確固たる信念を感じられた。
 
一方で、loundraw氏からは「絵が描けるのがすごい」という価値観を担保する生成AIへの個人的な危機感も語られている。特に生成AIがこれから当たり前になってくるであろう”AIネイティブ”世代のクリエイター志望者で、自身の能力を見誤ってしまう人が出てくる可能性はあり得る話で、今後、絵(イラスト)を巡ってはどんな見方の変化が生じるのか、気がかりなところである。
 
今まで不可侵の領域だった人間の創造性に進出し、これまでの在り方を変えるような最新のテクノロジーが急激な台頭を見せる昨今。人として考え、言語化しながらのアニメを始めとする作品制作に取り組み、次第に国内外で存在感を高めつつあるFLAT STUDIOは今後いかなる進化と発展を遂げていくのか。鳥嶋氏からも熱烈なラブコールが送られる中、今後の作品も含め、注目が高まる。

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