8月21日(水)から8月23日(金)まで開催されたゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC2024」の初日にて、バンダイナムコ・原田勝弘氏の基調講演『「鉄拳」シリーズを通してみた格闘ゲームの変遷とその未来』が行われた。
本記事では講演のなかで語られた、今年30周年を迎える『鉄拳』プロジェクトの戦略やコミュニティの育成や変化、対戦格闘ゲーム市場の変遷と未来に関する展望を紹介する。
なお本講演には原田氏が生出演する予定であったが、基調講演としては珍しい事前収録でのオンライン講演という形式で開催された。
※本記事は「CEDEC 2024」運営事務局の方針を順守し、9月2日以降の掲載としております。
『鉄拳』シリーズ30年。これまでの歩み
原田氏は旧ナムコに営業職として入社し、わずか4ヶ月ほどで開発部に異動。以降はゲームクリエイターとなり、ゲームの企画やディレクター・プロデューサーなど様々な業務を経て、現在は開発スタジオで陣頭指揮を執っている。
原田氏は『鉄拳』シリーズのみならず、アーケードゲームから家庭用ゲーム、VRゲームまで幅広く開発に携わってきた。『ポッ拳』や『ソウルキャリバー』シリーズ、『VR サマーレッスン』などが例として挙げられている。一方で、現在はマーケティングプロデューサー・プロダクションプロデューサーとして『テイルズ オブ アライズ』、『エースコンバット7』、『エルデンリング』などの数多くのタイトルにも参加している。
『鉄拳』シリーズは、今年30周年を迎える長寿タイトル。同シリーズは3D格闘ゲーム史上最も発売されているタイトルで、現在世界累計5800万本以上もの販売本数を誇る。さらに「最も長く続く3D格闘ビデオゲームシリーズ」「最も長く続くビデオゲームの物語」としてギネス記録にも認定されている。
同シリーズは他にも数多くのギネス記録を保持しており、その数1200個以上にものぼる。講演のなかでは、「バーチャルカードゲームになった最初の格闘ゲーム」、「最初にプレイステーションでミリオンセラーを達成したゲーム(『鉄拳2』)」など数々の記録が紹介されていた。
従来『鉄拳』シリーズはアーケード版を出した後、家庭用を販売するという流れを長く続けていたが、今年1月に発売された最新作『鉄拳8』においては、シリーズ初の家庭用全世界一斉販売となっている。また、メインタイトルのみならずスピンオフタイトルやパチンコ・パチスロ、映像やコミックなど国内外問わず展開されている。
さらに同シリーズはあらゆるゲームアワード・CGアワードを受賞しており、バンダイナムコグループの単体のゲームとしては最多の受賞回数を誇る。くわえて、アーケードのインカム記録においては『鉄拳6』が51ヶ月一度も1位を譲ることなくベストインカムを記録するなど、その凄まじい人気ぶりがうかがえる。
また『鉄拳』はハリウッド映画化もされているが、数あるゲームのハリウッド映画化のなかでも“最低点”を獲得するなどグループの中でも「突出した存在」であると評価されており、原田氏は「よく寝れると思います。」とコメントを残した。
シリーズ最新作『鉄拳8』の発売前には、人類のゲームの歴史上最も長く続いているストーリーを1分にまとめた「いらすとや」とのコラボ映像“1分でざっくり分かる!鉄拳シリーズ”が公開されている。同シリーズを知らない方でも物語をわかりやすくまとめた動画となっているので、興味のある方はぜひ視聴してみてはいかがだろうか。
同シリーズのメディア評価「Metacritic」においては、初代『鉄拳』の頃にはまだ確立されていなかったため対象外となっているが、『鉄拳2』以降の主要タイトルにおけるスコア平均は85.8を記録するなどシリーズを通じて高評価を得ていることがわかる。
さらにこれまで発表されていなかったナンバリングタイトルの実売数を示す表も公開された。最小販売数180万本である『鉄拳タッグトーナメント2』から1200万本以上もの販売を記録した『鉄拳7』までの詳細な販売本数が各世代ごとにまとめられており、実績値ベースで右肩あがりの売り上げ数を記録している。
5800万本超売り上げの詳細な実売地域の内訳から見てみると、ほとんどがヨーロッパとアメリカが占めており、日本は家庭用のみではあるがわずか3%ほどにとどまっている。原田氏は格闘ゲームとしては最も多くの国で売れている珍しいシリーズであるとしつつ、日本でももっと割合が増えてほしいとコメントを残した。
『鉄拳』プロジェクトの戦略とは。3D格闘ゲームと2D格闘ゲームの明確な違い
その後、30周年を迎えた『鉄拳』プロジェクトの戦略が5つの項目として挙げられた。そのひとつ目が“テクノロジドリブンな描画手法や360度の3D空間を使った遊びの軸”だ。
3D格闘ゲームはポリゴン黎明期である90年代には主に「ベンチマーク」的なソフトとして見られていた。そのため、各社競ってさまざまな描画手法を模索していた時代だったようだ。『鉄拳』をふくめ、格闘ゲームのルーツは2D格闘ゲームにあるものの、2D格闘ゲームと3D格闘ゲームとでは似て異なるという。
昔の格闘ゲームの表現手法としては、“ドット絵”と“ポリゴン”でわかりやすく住み分けがされていたが、現在は2D格闘ゲームも3D格闘ゲームも変わらずポリゴンを使用するのが当然となっている。そのため、ゲームの中の作りや構造の違いによって2D格闘ゲームと3D格闘ゲームの差異が生まれるとしている。
例のひとつとしてカメラワークの違いが挙げられた。2D格闘ゲームの場合は一直線上にキャラクターが相対していて、カメラも基本的には対峙する横からのアングルがメインとなっており、傾いても30度や45度程度にとどまる。
対して3D格闘ゲームの場合はキャラクターが3D座標を自由に動き回り、それに追従するようにカメラも動いていくため、背景の作り、ヒットの取り方も異なるという。
講演内では『鉄拳8』のニューヨークステージと呼ばれる場所の映像を用いて背景の作り込みを紹介した。特に『鉄拳』の場合はバトルで使う箇所に比べて奥行きを出すために必要な背景の量が非常に多く、2D格闘ゲームとのコストの違いは如実とのこと。
背景のコストが上がり始めたのは『鉄拳4』あたりからで、それまでのシリーズでは書き割りで「無限遠」だったという。原田氏は『鉄拳4』について、「ある意味“ちゃんとした3D格闘ゲーム”として3D空間の座標の数値を取得してカメラを動かしたりした最初の作品」と語った。
以降は“情報密度”というキーワードを基に、それを次世代機で実現するべくわずかなバトルステージから見える範囲のために、横だけではなく縦にも広いマップの作り込みを行っている様子も映像で公開された。
ニューヨークステージのような広いマップのほかに、格納庫のような周りが囲われているマップも紹介された。一見狭そうで制作コストが低いステージに思われるが、『鉄拳』の場合、段差で落ちたり壁が壊れてステージが広がったりなどのギミックが実装されている。なので格納庫のような囲われたステージでも奥行きを出すために様々なオブジェクトを置き、なおかつどのカメラからでも破綻しない作り込みを行っているとのこと。
原田氏は「お金が幾らあっても足りない」とシリーズを追うごとに開発コストと時間がかかる背景開発に苦悩しており、アセットで作るのではなく物理演算を含めた構造体として、AIなどで簡単に作れる日が早く来てほしいと思うほどだという。続けて、今の時代は開発費や労力がかかるピークに近い状態だという見解も示した。
さらに2D格闘ゲームと3D格闘ゲームのわかりやすい違いという点で、“コリジョンとヒット処理”が挙げられた。
2D格闘ゲームでは、ヒット判定がカメラに対してX軸Y軸の座標で正確に示すことができるのに対し、3D格闘ゲームでは「キャラ同士が押し合うコリジョン判定」、「攻撃がヒットするヒット判定」が3Dの球体や円柱であり、それがさらにキャラクターの骨構造に紐づいているとのこと。これらは『鉄拳』シリーズが悩みを抱える部分であり、シリーズごとにヒットの取り方やコリジョンの取り方を変えているという。
また呼吸モーションなどの微細な変化によって位置関係も変わるようで、2Dの場合はキャラクター同士の距離だけで判定が取れるが、3Dの場合はキャラクター同士の距離に加えて座標の位置が大きく影響するようだ。
講演内で公開された映像では、ネット対戦において技の判定がハード間で誤差が生じないようにある程度の数値で丸めてしまう処理を行っていると紹介しつつ、稀な例として、アーケード版の電圧の低下によるCPUのクロックが下がっていたことが原因で判定に誤差が生じたケースもあったそうだ。このような繊細な誤差が出てしまうのが、3D格闘ゲームならではの特徴なのではないかと原田氏はコメントした。