相談したとき、ほとんど手遅れ
寺島:
そんなわけで『グラサバ』の相談をリリース4カ月前にいただいたとき「あ、ほとんど手遅れだ」というのが正直な感想だったんですね。
時間がない。しかも、グラフィック素材はこれから製品版の物を作っていくところで外に出せるものが何もない、イメージ動画もない。
尾崎:
まず言われたのがSteamのイベントでしたね。
寺島:
はい。Steamでは定期的にイベントを開催していて、そこに参加して発表や展示をするのが最も手堅くウィッシュリストを集められるタイミングです。
5月14日にちょうど「無限リプレイフェス」というイベントがあって、これは『ヴァンパイアサバイバー』、ローグライト系ゲームのお祭り。振り返ってみると『グラサバ』が参加できる唯一のお祭りでした。
ですが、相談されたタイミングで締め切りにギリギリ間に合わない時期だったので、発表のタイミングを逃してしまった。次回同じイベントがあるとすると1年後。
そういう意味でも「良いイベントを選んで展示できる」から1年欲しいわけですね。
当時、ビジュアルも仮でスクリーンショットも未完成で見栄えするものが用意できず、ストアをオープンすることも厳しかった記憶があります。
この機会にお聞きしたいのですが、当時なぜ宣伝素材がまったくなかったのでしょうか?
尾崎:
ゲームがかなりできてからプロモーション、ストア画像も用意するつもりでした。
ほかの会社はわからないですけど、パッケージメディアも、ソーシャルゲームでも、うちの会社では開発スタートから現場の状況を見て、プロモーションができる(状態まで開発が進んだ)時期に出していく感じで、プロモーションのために映像を作っていく事はしていなかったんですよ、基本的に。
寺島:
その結果、普通に使える手段がことごとく使えなかったんですよね。
再度、ウィッシュリストマラソンの表ですが……だいたい、「イベント出展」「SNSでバズる」がメインですから、画像素材も何もない状態ではどちらもできない。
尾崎:
その他に、オンラインイベントに落選し続けるのも厳しかったですね。
最低限、ストア公開して動画もできていて、デモもあって……オンライン審査員が「これなら楽しめるだろう」と納得してもらえるものが必要だったんだと思います。
寺島:
発売時期のイベントに出したいが、申し込みは発売3か月前など。でもゲームは発売1カ月前ぐらいに素材ができてくる予定なので、イベント側に素材も提出できない。コンセプトを中心に説明して、何度イベントを紹介しても審査で落とされてしまうという状況。
私もそのころ、王道の手で打てるところがなくて、ちょっと血迷いかけたのを覚えています。
尾崎:
そうでしたね。
寺島:
売上を伸ばす施策を相談されて、画像素材がなく、世界設定がかっちり出てなかったことに目をつけて「売れ線のダークファンタジー路線で」みたいな提案をしたことがありましたよね。そうしたら……。
「このゲームはコンセプトドリブンだから、私たちの好きな異世界出撃WEBTOONな世界観にしたいし、それが差別化である」
「ゲームシステムとして、ヴァンパイアサバイバーにアクティブ性を足すことが面白いと思っているので作り切りたい」
というようなNOをもらった。
岩崎:
ああ、そんなことあったね。アートの渡部さんが怒っていた。
寺島:
本音を言うと、最初は「上司に期限を区切られて、言いなりに作っているのかな」という邪推も少しあったんです。が、あの時「作りたい」という若いチームの意思を感じて腹をくくれたので、思えば私には必要なことだったなと思うんですが……宣伝素材がない行き詰まり感も同時に忘れられないですね。
コンソール、スマホ中心時代とは違うPCの常識
寺島:
と、振り返ったところで疑問を1つ。
なぜ、あれほど遅い時期に私に声がかかったのか、業界を知っている会社さんなら、宣伝素材の準備がないことが不思議だなと常々思っていました。
岩崎:
率直に言うと、経験から言って余裕があると思い込んでいたんだよね。
寺島:
それは、家庭用ゲームやスマートフォン向けゲームの経験から?
岩崎:
そう。
そもそも、パッケージゲームのメーカーが誰に向かってゲームを売っているのかというと、それは問屋、要は流通に向かってゲームを売ってるわけであって、プレイヤーに売っているわけじゃなかったんですよ。
じゃあ「流通はそのゲームをいつ頃に発注するんですか?」っていうと、ファミコン時代でROM確保が一番きついときでも半年前。3カ月でもなんとかなるときがあるけど。
寺島:
問屋さんの発注数がそのまま売上で、CDROM時代と違って初回ロットがすべてで、増産が珍しい世界だったので「初回予約しろ」というところに必死だったと聞いたことがあります。
岩崎:
そう、問屋の皆さんに対して買ってもらわなくちゃいけないんだから、3カ月前に宣伝していなければ話にならないわけですよ。
「どうして雑誌にその半年先のゲームが大宣伝されて乗るんですか?」っていうと、問屋の人たちに売るために広告を載せて、「こんなに広告しているんだから売れます、たくさん発注してくださいね」って説得するわけです。
または、情報をたくさん流して「読者の皆さんからこんな人気あるんですよ、問屋の皆さん」という、プレイヤーの反応も問屋向けというまさにB to Bの商売だったんです。
寺島:
本当に流通に出した時点でゲーム会社の売上が確定して、しかも返品できないから発注した側が「売れない」となると本当に大変そうでしたけどね(笑)
尾崎:
極論すると、流通しか見ないでもゲームを販売できた時代ですよね。いやはや、懐かしいけどすごい時代だ。
岩崎:
で、スマートフォンの時代になると今度はゲーム作って、とにかくなんとなく「このあたりでリリースできそうだな」っていうのが見えてくると、そこで初めてマーケが動き出して、その3ヶ月前に事前予約をして、盛り上げてとかやると。僕の時代には3ヶ月前に事前登録スタートだったんですよ。今は半年ぐらいの期間をとったりしますけど。
そういう経験でパッケージのきついときと、スマートフォンでも「少なくとも3ヶ月は必要だよな?」と思って。今年の8月に出すっていうから、4月に聞けば十分と思ったら……。
尾崎:
うんうん。
岩崎:
驚いたね、余裕がある時期に声をかけたつもりだったからね。
失敗の分析と、次回の対策は?
寺島:
そんなこんなごたごたがあったわけですが、実際ここまでやってきてどうでしたか?
尾崎:
Steamは海外含むプラットフォームとして大きいから、ランキングに載ればそのジャンルが好きな人に数千人のリーチがあるのではないか、と前向きに考えているところはありました。
同時に「実際には簡単にいかないだろう」とも思ってはいましたが、こちらの予想が当たったなという感じです。
内容があるものが出れば、そのジャンルのマーケットを一定切り取れると思っていた。Steamは売れるコンテンツが売れて、目立たないコンテンツが売れないという意識がなかった。
岩崎:
僕はびっくりしたかな。やっぱしなんと言おうと。そういう仕事の仕方をこれはするもんなんだって、初めてあの時理解したから。ああそこまで。やっぱ理解してなかったからね、僕。
尾崎:
(開発期間の短いゲームは)開発スタートと同時にプロモーションもやっていかないとダメなんだなっていうふうに思ったのは、カルチャーショックでしたね。
今思うと、僕らの場合、作ったプロジェクトを少し寝かして宣伝するみたいな話もあったと思ってます。
岩崎:
いや、『グラサバ』はちょっと難しいね。
ゲームデザインに賞味期限がある。いま『ヴァンサバ』が人気になった後のパワーアップ版『サバイバーライク』というジャンルがムチャクチャ出ているから、そうするともう半年、数か月したら『グラサバ』と同じシステムでもっとグラフィックがいいゲームが出ているかもしれない。
尾崎:
確かに。
幸い、今やっているゲーム自体はプレイテストでも面白いと言ってもらえているので、ちゃんと出してあげたいですね。
尾崎:
いずれにせよ、今回は最初からプロモーションを考えて動いていなかった事が問題でしたね。
寺島:
次回があるとしたら、どうしていきますか?
尾崎:
企画を織り込んで特徴が見えた段階で開発初期から宣伝を並走していく。早期にアピールポイントと宣伝素材が作れるような体制を整えたいですね。
早期に発表して、早期に宣伝できるような作り方をしなければならない。他社さんはどうしているんですかね?
寺島:
アートが強い方は、あとアドベンチャーとかは画面の絵から作ってゲームに入るので、宣伝素材が早期からある事が多いですね。アートが企画と密接に結びついている。
あと、ゲームは実際にほぼ動いていない状態でも、素材を寄せ集めて完成予定図を作って宣伝していることも多いと思います。
『Rift Riff』というゲームがあるんですが、このゲームの説明欄には「ゲームの特徴はまだ作者にも正確にわからない」と書いてあるんです。そんな状態でもSteamストアページを開くため、宣伝するため、早期に何か用意しないといけない。経験豊富な方なので、もちろん方向性や完成像が見えていて、スクリーンショットも嘘ではないと思うのですが……初期宣伝素材がプレイヤーを裏切ってはいけない難しさがある(ウィッシュリストした人が「想像と違いすぎる!」と思ったらレビューが低くなってしまう)。Steamの闇の部分、と言えるかもしれません。
尾崎:
あとは、予算の計上の仕方ですね。企画などは研究開発費として、十分に練って開発に進みたいです【※】。
※第1回で語られているが、今回の開発では資産計上の都合上、開発期間が伸ばしづらい課題を抱えている。上場企業の子会社では、勘定科目が違うだけで開発に問題が発生してしまうのだ。
Steamの将来
尾崎:
Steamってこれからどうなっていくんでしょうね?
1年、2年とウィッシュリストを貯める期間が長くなっていくのはつらいですね。
寺島:
今回語っていることは2022年ぐらいからの欧米の常識を、最近のデータでアップデートした内容が主なんですが、大変になっていくのは間違いないと思います。
2023年は2年、3年かけてもウィッシュリストを貯めたほうがいいと言われていましたが、今はMSやSIEが参入して大手が増えてインディーが目立たなくなり、時間をかけすぎるとウィッシュリストに登録しているのに興味がなくなる可能性も出てきた。
だって、代わりにやれるゲームはいくらでもあるし。月並みですが、注目を集める企画、やりたくなるストロングポイントが重要になってくるんでしょう。
セールしないと買わない人も増えていると言われている。スマホで大作が次々100円で投げ売りされていって、定価でゲームを買うのはコアな人々になってしまった流れを思い出しますね。
岩崎:
それはそれで辛いな。
寺島:
ですが、Steamはユーザー層がコアなので、このあたりで止まって安定して稼げるようになるかもしれない。このあたりは予想が尽きませんね。
良いニュースとしては、Steamの市場自体は大きくなっているし、商売になるレベルで売り上げているゲームは毎年本数が大きく増えている。つまり、MS参入やSIEの参入を経ても成功者の数が増えている状況もある。
大変なことは変わらないですが、まあやっていくしかないということで……。
普通に面白い、という褒め言葉
寺島:
今回、自分も打ち手がなかった、提案が上手くいかなかった事が多かったので胸を張れない状況ではあるのですが、弊社の提案を受けて実施して良かったことはありましたか?
尾崎:
そうですね、それは早期アクセスというか、テストですね。
最初はいきなりSteamでデモを出して反応を見ようとか、もしくは早期アクセスでユーザーフィードバックを得ながら作ろうかとか、なんとなく思っていたんですが、「そんなとんでもない」と言われて何度もテストすることにしたのは明確に良かったです。
寺島:
Steamでテストする段階では身内や小規模な場所での何度ものテストを経て、「遊べばすぐわかること」を洗い出して直してからでないと、「あのデモ面白くなかったぞ」って悪評が立って終わってしまう。
早期アクセスにしても、すでに楽しめるものであるのがSteamの常識になってきています。
だから、公開デモを出す前にクローズドで人を集めてテストしよう、という提案をしていったんですよね。
尾崎:
実際に『グラサバ』で1回、クローズドβテストをしてみたら問題点が多く浮上しました。
その対策や、バランス改良して、もちろんバグも潰して、2回目のクローズドβテストが終わるころに「やっと遊んでいて面白くなった」と自信がついて、3度目の正直でSteamでPlayTestを実施する流れを踏めて良かったと思います。
寺島:
実際、『グラサバ』のPlay Testデモの反響はどうだったんですか?
尾崎:
それが……全体的に「普通に面白い」というテンションの感想でした。
寺島:
製作を見ている身としてはゲームが「面白い」だけですごいことだと理解していますが、商品と考えると「普通に面白い」は考えてしまうコメントですね。
岩崎:
ぶっちゃけて言えば、それは「やれば面白いけど目立たないよ」って宣言ですよね。
つまり、「このコンセプトのままじゃ手に取ってもらえない」ってこと。最初の計画でいきなりデモを出していたら、その感想にたどり着かなかったわけで、それだけでもしっかりテストして良かった。
それを受けてチームから改善のコンセプトが出てきて【※】……。
※本プロジェクトにおいて岩崎さんは単なる指導者であり、ゲームについてアイデアを出したり改変の明確な指示をするわけではない。よって、テストから若手チームが危機感を抱き、改善を出すというフローがここで踏めたことになる。
尾崎:
それで、「競技ヴァンパイアサバイバーを目指したい」という新しい要素のプレゼンがチームからあって。
『サバイバーライク』の多くはクリアまで生き延びることが目的で、さまざまなビルドがあるけど「最強のビルド」を探さなくてもクリアできる。
一方、『グラサバ』は「最強のビルドパスを考えて、最短タイムでボス撃破を目指す」コア向けにゲーム性をふって、『ヴァンパイアサバイバー』になれたコアな人でもまた楽しめる差別化点にしたいと。
「でも、それって本当に刺さるの?」といういう疑問もあって。
岩崎:
ぶっちゃけ、残りの開発期間も少ないけど、このままじゃダメなことはわかっているから、いっそのことプレイヤーに判断してもらおうと。
で、「Steam Next Festで最短タイムを出した人は、その人自身(もしくは考えたキャラ)をゲームに実装する」という特典を入れて、競争してもらうことになったんだよね。
寺島:
テストにテストを重ねてゲームを改良していく、Steamの王道ルートに乗ってきましたね。
考えたキャラがゲームに実装されるのは面白そうですね。壊れスキルが発見されて荒らされるのか、それとも白熱した競技になるのか、バランステストとしても良さそうに聞こえる。
岩崎:
ゲームへのキャラ実装は大変だけど、それが海外でも一定の効果を発揮するだろうという寺島君の意見もいれて、チャレンジしてみることにしたよね。
尾崎:
ゲームについて変更判断が下った経緯、こういったプロモーションがどういった効果を発揮したか、などは次回でお話しできればなぁと思ってます。
これを話している時点では全く結果が見えないので、判断としてすごくドキドキしているところではあります。
良いものも、悪いものも、フィードバックは取り入れてたいと思っているので、ぜひ『グラサバ』をプレイして意見をいただきたいですね。
岩崎:
スキル画面をかなり分かりやすくして、ビルドを楽しめるようになって単純な面白さでも前回より良くなったと思うし、反響は楽しみだよね。
フィードバックやSteam Next Festで起きたことも記事にしていきたいし。(了)
次回は、これらのテストの結果やその結果の活かし方、Steam Next Festで行ったキャンペーンの結果、これまでの本作の様々な数字データについて語り、リリース前の締めくくりとする予定だ。
この記事が掲載されているころ、予定通りに開発が進んでいればSteam Next Festに『Rogue Gladius Survivors』が参加し、キャンペーンも無事終了しているところだと思う。これもまたフィードバックを基に記事化するので、ぜひ忌憚ない意見を寄せて欲しい。
次回へ続く……