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Steamで初めてゲームを発売する4ヵ月前に宣伝を始めようとしたら、すでに何もかもが手遅れだった!?「目立つゲームが売れる」Steam市場の実態から学ぶ「縛りだらけのインディーゲーム開発」第3回

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「請負でキャッシュができたから自社ゲーム作りたいな」
「チームが遊んでいる期間があるから、自社ゲームを作ろう!」

理由はいくつもあれど、Steamでなんとなくゲーム開発に乗り出してしまったときに何が起きるのか!?
SEモバイル・アンド・オンライン株式会社(SEM&O社)が実際にSteamで自社ゲーム『Rogue Gladius Survivors』(以下、グラサバ)を開発、リリースに乗り出し、スケジュール、予算、PR……あらゆる点に潜む“落とし穴”にハマってしまった事例を赤裸々に共有し、業界の知見としてお届けする本連載も3回目。

第1回では会社の中でインディーゲームを作る体制を整える経営の話を、SEM&O社の同社取締役エンタテイメント事業部長の尾崎耕平氏から聞いた。

第2回ではベテランのゲームデザイナーである岩崎啓眞氏が、ゲーム制作上で発生した問題と対策について語った。

第3回では「Steamでゲームを販売する宣伝」の話を、Steamを中心にインディーゲーム専門でPRを手掛けるスウェーデンNeon Noroshi AB.の日本部門の寺島壽久(本記事筆者)が紹介していく。

第1回で会社の態勢を整え、第2回で『グラサバ』のゲーム制作が順調になってきたので、いざ宣伝について作戦を立てようと相談したのが当初の発売予定であった2024年8月から4カ月前の2024年4月。
実に4カ月弱前に相談を受けたのだが、話を聞いてみるとこれがSteamでの宣伝においてはかなり致命的な手遅れで、「あと半年は前に相談して欲しかった」という状況になってしまっていたのだった。

聞き手・文/寺島壽久
編集/逆道久田晴

※本記事は2024年10月上旬、Steam Next フェス直前の取材をもとに公開しています。


血と汗と涙を流せ!ウィッシュリストを貯めるマラソンからすべてが始まる

寺島:
今日は、『グラサバ』のプロモーション相談を受けたとき説明したSteamの仕組みを、記事のために再度話していきましょうか。
Steamでチャンスを掴むためには1万のウィッシュリスト【※】獲得が1つの目安と言われて、そのために1年ぐらいの期間をとることが多い。だから発売約1年前、つまり半年早く言って欲しい、と当時語ったんですよね。

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https://store.steampowered.com/app/1290000/PowerWash_Simulator/ より)

※ウィッシュリストとは、ユーザーの「欲しいゲームリスト」。登録したゲームの発売時などにユーザーに通知が届く。ゲームのウィッシュリストが多いほど、発売時に多くのプレイヤーに見てもらえるわけだ。

尾崎:
初めてSteamという場所に行くから勉強は必要だし、問題が発生するとは思っていたんです。が、あのときは最初にいきなり言われて「遅かったか、そうだったか」と納得したような、がっかりしたような気持ちでした。
とはいえ、「そんなにかかるのか?」というのもありました。

寺島:
資金のある企業なら宣伝で稼げるし、話題作ならストアページを公開してすぐ1万に行くこともあります。しかし、初めてSteamでゲームを出す会社の小規模ゲームとなると難しい数字です。毎月、イベント出展やSNS宣伝を行って500、1000とウィッシュリストを増やしていくしかない。
流れを図にすると以下のような感じでしょうか。これは実際のゲームをモデルに作った現実的な数字の流れで、実際に近い流れで積み増すゲームも実際あります。

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国内でもroom6さんなどのパブリッシャーが触れていますが、マラソンのように休まず地道に貯めるので、俗にウィッシュリストマラソンと呼ばれますね。

尾崎:
開発しながら1年、ウィッシュリストを貯める宣伝をやり切るとなると、確かに大変なマラソンですね。

寺島:
しかし、ウィッシュリストを貯めることでSteamで売るチャンスが生まれるので、必要な手順ですね。Steamは弱肉強食ですから

コラム:Steamストアは弱肉強食。売れるものがより売れる世界
Steamで成功するには、ストアで目立つ必要がある。Steamのトップページには毎日、憶に達するアクセスがあると言われ、そのトップページに表示されるとプレイヤーの目について売れる、というのが基本的な考え方になる。例えば雑に計算して、1億回トップバナーが表示されたとして、1%が興味を示したら100万人がゲームのページを見てくれる。そのうち1%が購入してくれたら、1万本売れる計算になる。

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https://store.steampowered.com/ より)

そのうえで面白ければプレイヤーが口コミで広げてくれるし、他のプレイヤーの「プレイ履歴に基づくおすすめ」などの欄にも登場しやすくなる。そんな恩恵たっぷりのSteamのトップページに表示されるゲームは、直近で膨大なウィッシュリストを獲得したり、大きな売上を記録したゲーム。トップに表示されたゲームはより大きく売れるようになり、直近で大きく売れたゲームが表示されるルールに従ってトップページに出てくる確率が上がる。だから、開発者はウィッシュリストを増やしてチャンスを掴もうとする。
Steamでは強き者がより大きくなり、中ぐらいならそこそこ、弱い者には何も起きない場所。Steamも公式資料で「Steamはスノーボールを助ける(売れるものがますます売れるのを助ける)場所である」と語っているので、興味があればご覧いただきたい。

寺島:
ウィッシュリストを増やすことで、発売前から「近日中リリース」で目立つ可能性が出てきます。ここで目立つと、一気にウィッシュリストが増えることもあります。
さらに、発売時にはウィッシュリスト登録者は発売時にゲームを買ってくれるので、ウィッシュリストが大きなゲームは一気に売れて「人気の近日中リリース」にも載りやすい。ここに載れば、またSteamから人がやって来て売れる。この流れを作るため、ウィッシュリストを貯めるわけですね。

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https://store.steampowered.com/explore/upcoming/ より。発売前は「人気の近日中リリース」に載りたい。「ウィッシュリスト上位」に乗ると雪だるま式にウィッシュリストが増加していく。

寺島:
ウィッシュリストマラソンで自然に「面白そう、興味がある」と登録してくれる人たちは、ゲームを前向きな興味を持っている人たちですから、発売時は登録してくれた方々の声援を受けながらラストスパートして盛り上がれるのもいいところですね。

ウィッシュリスト10,000で何が起きる?

尾崎:
しかし実際、ウィッシュリスト1万になると、どれだけの恩恵を受けられるんでしょうか?

寺島:
弊社で近年受け持った数十タイトルのうち多くのゲームのウィッシュリストが1万〜2万で、80%ぐらいの確率で欧米の「人気の近日中リリース」のランキングに顔を出しています。ランキングに登場すると、ウィッシュリストが1.2倍とかに上乗せされます。
5万あれば高い確率でランキング上位に入ります。「人気の近日中リリース」の上位に入るとSteamのユーザーも気になってウィッシュリスト登録してくれて、そこから2倍から5倍くらいウィッシュリストが増えるクライアントが多いですね。

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https://store.steampowered.com/explore/new/より)

尾崎:
ウィッシュリストが多いゲームの上位が優遇され、ただでさえ多いウィッシュリスト数が何倍にも膨らむ、という仕組みなんですね。

寺島:
そうですね。
次に発売されると、今度は「注目の新作」ランキングの掲載が始まります。ここは売上や販売本数が重要。当然ウィッシュリストが多い方が初期売上がブーストされるわけで、有利です。上位に表示されるとまたSteamユーザーが興味を示して売れることがある。
雑に図にしてみるとこんな感じです。

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寺島:
しかも、リリースされたばかりのゲームをSteamは優遇します。リリース時に評判になって多く売れると、他のタイミングよりもSteam内で紹介されやすくなり、売上を一気に伸ばすチャンスがあります。Steamでは古いゲームが評判になって売れることもありますが、スタートダッシュ時期はそれが容易なのでみんな頑張るわけです。

尾崎:
なるほど、ウィッシュリストはスマホで言う事前登録数のようなものですから、ウィッシュリストが多いほど売上も出ると。

寺島:
そうですね。
昔はリリース時から1か月内にウィッシュリストから10%から20%が販売されると言われていましたが、現在は大きく減って5%から10%と言われています。実際、弊社の顧客もウィッシュリストからの発売1カ月内購入率は昔より下がっています。

コラム:なぜ、ウィッシュリストからゲームが売れなくなったのか?
ウィッシュリストからの販売本数が減った理由は諸説あるが、
・Steamでゲームがセールしすぎて、ウィッシュリストのものが大幅に安くなるまで買わない人が増えた
・PS Plus、ゲームパス(XboxもPCも含む)など定額制サービスが普及し、購入を様子見するようになった
・Steamで同時期に発売されるゲームが増えすぎてプレイヤーが遊びきれず、見送られるようになった
などと言われている。

尾崎:
先の例で言うと、ウィッシュリスト1万のゲームが1.2倍とかそういった話ですから…発売1カ月前でウィッシュリストを貯めた数が1万と5万では、すごい差が出る計算になりませんか。
発売時前に貯めた数が1万だと、多くてリリース時の売上が2000本。それに対して5万貯めたゲームは3万本売れる計算になる。
つまり、ウィッシュリストの段階では5倍差なのに、リリース時にはそれが15倍差になっているということですか!?

寺島:
数字はあくまで弊社の担当で情報公開などが可能なゲームの中での話となりますが、ウィッシュリストを貯めるほど伸び率が大きくなる傾向があるのは間違いないでしょう。他所でも同じような話を聞きますし、Steamのポリシーもゲームをスノーボール(成功するほど成功する)であることの一端がこれと言っていいと思います。

「縛りだらけのインディーゲーム開発」第3回・Steamでゲームを売るために_007

寺島:
しかし、自然にウィッシュリスト5万登録を貯められるゲームはそれだけ魅力と伸びしろがあるわけで、単純に「5万貯めればいい」わけでもないのが難しいところです。
無理に宣伝しても、Steamストアページを見て「面白くなさそうだな」と思われたらウィッシュリストは増えない。
イベントなどを通じてウィッシュリスト1万を自然に貯められることは「最低限の魅力を感じられる証明と、売るための下準備」と思うといいでしょう。必須ではないですが、魅力あるゲームが下準備を整えれば、少し下の順位でもメディアの人や配信者が見つけてくれて何倍にも広がるチャンスがあります。

Steamにあるゲームの多くは、売上75万円以下

尾崎:
それだけ頑張ってマラソンして、ゲームの売上はどれぐらい見込めるんでしょうか。
ウィッシュリスト1万というのは、どのぐらいの位置になるんでしょうか?

寺島:
中の下か、中の上になるぐらいでしょうか。
以下はSteamDBのデータですが、2023年は1年で1万4414本のゲームがリリースされています。1週間で276本、2週間で552本。

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寺島:
新着ランキングに乗れるのは2週間程度と言われているので、552本のライバルに対して対抗できる売上が必要になります。1万あれば最初の初日は比較的上に表示され、その後ある程度の期間はランキングに表示される可能性が出る。

尾崎:
Steamは夢の国ではなく、大変さが伴うと思っていましたが、それほどとは。
552本のうち30位だと上位10%程度で、かなり売れるイメージなんですが、実際どんなものですかね?

寺島:
実際は単純にウィッシュリスト1万だと上位20%とかそんなものかもしれませんが……Steamのアプリ全体を見ると、売上5万ドル(750万円)で上位11%。上位20%が売上1万ドル(約150万円)からと言われます。73%のゲームは、5000ドル(75万円)稼げない。
つまり、1000円のゲームを750本売ったら、それだけでSteam上でTOP25%程度の売上になる。

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https://vginsights.com/steam-analytics より)

尾崎:
750本で上位25%……個人ではともかく、企業となるともっと上を目指さないと厳しい数字ですね。

寺島:
完全無料ゲーム、習作など「売るつもりで出していない」ゲームも含まれていますから、コンソールと単純に比べられませんが、そうなります。
ウィッシュリストが1万あれば、最低限の露出を得られる可能性が高い。内容が良ければ、そこから誰かがピックアップしてくれて伸びるかもしれない。1万という目安はあるけども、あとは内容次第ですね。

尾崎:
しかし、たとえば開発期間5カ月のインディーゲームだと、そもそもプロモーションに1年かけられないですよね?

寺島:
強いフックがあるもの、安いネタゲーなど「ホットなうちに売る」ものはバズった瞬間に用意して売りに行くことも有効です。
しかし、話を伺ったときの『グラサバ』は「見た目は『ヴァンパイアサバイバー』に近いが、遊ぶとスキルツリーなど細かい差があって地味に面白い」路線を目指しているように聞こえました。

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単に武器(能力)を選ぶだけでなく能力を選んだ後にパワーアップの方向性を決めるスキルツリーシステム、マップに一工夫あるのが特徴だったが、話を聞く限り見た目で大きな差がないので「遊んだらわかります」という方向性だった。

この方向性だとイベントなどでプレイしてもらって、プレイヤーに「やってみると面白いじゃん」と納得して広げないといけない。そうなると、イベント参加の機会を広くとらないといけないので1年と思っていました。

コラム:結局、面白さが重要
ここまで読んで「ウィッシュリストがなければ絶望的なんです!」というように聞こえた方もいるかもしれないが、必ずしもそうではない。例えば、かの有名な『AMONG US』も発売から3年鳴かず飛ばずだったが、ある日配信で取り上げられて大ヒットに至った。

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https://www.innersloth.com/press-kit-among-us/ より)

日本ではNintendo Swichの『スイカゲーム』が2021年の発売から2年経過し、2023年末に配信者の猛プッシュで大ヒットした。露出が小さくても、面白ければ見つかってチャンスを得ることもある。ウィッシュリストを貯めることは、「面白いゲームが最初から見つかる確率を上げに行く」行為。面白くないゲームを宣伝しても、ほぼ何も起こらない。
ちなみに、日本はゲームメディアが強く1本の良いレビュー記事から急にゲームが広がることもあり、発見されるチャンスは比較的多い恵まれた国と言える。

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ライター
スマホ黎明期からゲームをプレイし続け、自ブログ「ゲームキャスト」にてひたすら面白い新作ゲームをプレイし、感想を書き続けている。過去にはAppBankでげーむふぁいたー名義で執筆。
ライター
なんでも遊ぶ雑食ゲーマー。『ドラゴンクエスト』シリーズで育ち、『The Stanley Parable』でインディーゲームに目覚めた。作った人のやりたいことが滲み出るゲームが好きです。
編集者
オーバーウォッチを遊んでいたら大学を中退しており、気づけばライターになっていました。今では格ゲーもFPSもMOBAも楽しんでいます。ブラウザはOpera

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