MMORPG『World of Warcraft』のファンが運営するサーバー「Elysium」にて、新型コロナウイルスの感染拡大をバーチャル体験できるイベント「Pandemic in Azeroth!」が開催された。
このイベントはサーバー参加者に伝えられずに密かにスタートしたもので、サーバー管理者であるRain氏がゲーム内にウイルスの発生源である感染者「ゼロ」を配置し、原因不明の疫病が広がる「フェイズ1」を始めた。この病気は時間が経つごとに5%、10%と、ステータスや移動速度にデバフがかかっていく。
このデジタルウイルスは、ウイルスの付着したオブジェクトをプレイヤーが使ったりすることで感染する。感染したウイルスは近くにいるプレイヤーとNPCにさらに感染する可能性があるという。
感染経路だけでなく症状の発生順序も凝っており、ウイルスがプレイヤーに感染すると一定の期間を経て「ONSET」と呼ばれる状態変化をまず受ける。ONSETはプレイヤーがウイルスと接触した状態を示しており、この状態で手を洗わなければ、ステータスが「感染」へと移行。感染した場合は前述のデバフがプレイヤーに襲いかかる。
Elysiumサーバーは3月だけで1万6000人のユニークログインがあったという大規模なサーバーであり、ウイルスはすぐにサーバー中に蔓延した。フェイズ1が進行し、同件を報じた海外メディアKotakuによればこの正体不明の疫病は、24時間で7000人に感染。ピーク時にはサーバーの88%のアクティブプレイヤーが影響を受けたという。
だが、今回のイベントは単純に感染拡大をシミュレートするだけのものではない。感染が爆発したあと、「Azeroth Medical」と名付けられた集団が行動を始め、すべての種族、派閥が参加して感染の拡大を防ぐ「フェイズ2」がスタートした。
フェイズ2では、すべてのプレイヤーにウイルスの情報と拡散拡大を防ぐ方法がAzeroth Medicalから開示された。マスクの着用や社会的距離の重要性、感染拡大のカーブを平らにする方法が伝えられ、プレイヤーは自分が感染しているかどうかも確認できるようになった。Azeroth Medicalには看護師や医療品を配布するNPCが所属しており、プレイヤーは彼らからマスクや消毒液を受け取って感染拡大の防止に協力する。
消毒や手洗い、社会的距離の維持をきちんと取るプレイヤーたちの協力もあり、フェイズ2がスタートして24時間で感染率は88%から42%と、半分以下に押さえ込むことに成功した。最終的に感染率は37%まで低下したことが報告され、イベントは終了となった。
イベントの終了後、サーバー管理者のRain氏はKotakuのインタビューにて、このイベントの意義を説明した。Elysiumサーバーは350万のアカウントが参加しており、毎週1万から1万5000人のプレイヤーがプレイしている。Rain氏は彼らに新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ情報を伝える能力があることに気がついたという。
その一方で、現実に13万人以上の犠牲者を出しているウイルスを、ファンタジー世界を舞台にしたゲームで模倣することの危険性も理解していた。だからこそ、お金のためではなく100%教育目的で、情報を提供している人々に悪い印象を与えないようにすることを心がけた。
なお『World of Warcraft』では、2005年に「汚れた血事件」【※】と呼ばれるパンデミックが起きたことがある。Rain氏と運営チームは多くの死傷者を出した事件と同じようにはしたくなかった。そのため、感染者は状態異常のみ受け取ることとなった。
※汚れた血事件:
あるボスの持つCorrupted Bloodという近くのキャラクターに感染する魔法の意図しない挙動により、都市部を中心に多くの死者を出した事件。最終的にハードリセットによる問題の修正が行われたが、疫病の感染拡大メカニズムやそれに対する人々の行動が現実世界と変わらないことに気づいた学者によって研究され論文となった。
また、意図的に感染を広めようとするトロール行為を行うプレイヤーが出ることを見越して、イベントに参加できるプレイヤーのレベルにも制限を加えた。ゲームシステムをある程度理解していることが求められるこのイベントにゲームを始めたばかりの低レベルプレイヤーが参加することも避けたという。
原因不明の疫病の感染爆発から、メディカルサービスによる感染拡大の防止とプレイヤーたちの協力がうまく働き、Elysiumサーバーの「Pandemic in Azeroth!」イベントは大成功に終わったといって良いだろう。現実でも感染の拡大が続いているが、協力してこのイベントと同じように感染の封じ込めに成功することを祈りたい。
ライター/古嶋誉幸