「カルマ」が、生まれた時
──チームの熱気に「カルマ」が関わっていたのはすごく納得感があるのですが、実際のところ「カルマ」はどのくらいのタイミングで作られていたのでしょうか?
樋口氏:
最初に藤原さんとお話をしたのが2005年のお正月明けくらいで、1月の半ばにはもう完成していました。1ヶ月以内にはできていたんですよ。
これも藤原さんご本人がおっしゃっていたのですが、ゼロから「カルマ」を作ったというより、藤原さんのなかにもともと作りたいテーマがあって、そこと我々の考えていたことが合致したんです。だから、はやく上がってきたのだと思います。
もしゼロから「こういうテーマで曲を書いてもらいたい」とお願いしていたら、もっと時間がかかってるかもしれないのですが……本当にこれも奇跡的に合致して。
たしか、当時の藤原さんは「自分の居場所について考えている」といったことをおっしゃっていて、そこと『アビス』で描こうとしていたテーマが合致したのだと思います。
穴吹氏:
たしか、BUMPの方々も『テイルズ』を遊んでくれていましたよね。
樋口氏:
そうそう、『シンフォニア』を遊んでくださったメンバーの方もいらっしゃったんですよ。BUMPのみなさんがもともとゲームがお好きだったらしくて、RPGに関してはすごく興味をお持ちだったのもあるみたいですね。
だから、逆に「コレットのピコハンはどういう素材でできているんですか?」と聞かれたりして、困っちゃったりもしたんですけど(笑)。
一同:
(笑)。
樋口氏:
ただ、これもタイミングとしては本当に奇跡的で……なにか最初から「今回はBUMP OF CHIKENしかない!」と決めていたわけではなく、僕と吉積がBUMP好きだったところがスタートなんですよね。
どちらかというと、そういうミーハー心から始まったのに、奇跡的にBUMPさんの作りたかったものともすごくマッチングしたんです。
──ちなみに、実際に上がってきた「カルマ」を聞いたときはいかがでしたか?
樋口氏:
僕はテイルズスタジオのビルにいたのですが、メールで送られてきたデモを聴いて、めちゃくちゃテンションが上がりましたね。でも、みんなはすぐに聴けたのかな?
実弥島氏:
私は、届いたタイミングで「実弥島さん、こっそり聴いていいよ」と言ってもらえたので、会議室でこっそり聴かせてもらいました。私はすごく感動して、ちょっと泣いたんです。
なにか、藤原さんに「今回はルークのこういうところに焦点を絞っているんです」といったことを、詳細に話したわけではないんですよ。しかもあの段階って、まだ誰もシナリオの全体がわかっていない段階だったと思うんです。私しかストーリーの全容を把握していないはずなのに、すごく芯を貫いた曲が送られてきて、「この人はわかってるんだ」と感動して。
きっとシナリオで自分が伝えたいと思っていたことと、藤原さんが伝えたいと思っていたことが重なって、それがど真ん中になった。「理解者がいたんだ」と思えたというか……「ひとりじゃない」みたいな感覚がありました。
シナリオを書く作業はひとりだけど、それを理解してくれる人がひとりいて……「ここにわかってくれた人がいたから、この話も届くんじゃないか?」という、ひとつの希望になった感じがしました。
樋口氏:
だって、チームによっては「この歌詞はネタバレだからやめてくれ」と言う人がいるんじゃないかと思うくらいの内容じゃないですか(笑)。だけど、それをネタバレだと思うのは我々が全容を知っているからですよね。
あとは、なんと言っても「カルマ」というタイトルを聞いたときに、もうなんとも言えない気持ちになりましたね。
実弥島氏:
そう! まさに「『カルマ』って言葉かー!」と思いました。
樋口氏:
率直に「そう表現するんだ」と思ったし、もう衝撃どころの騒ぎじゃなかったですね。だから『アビス』の開発中は、ずっと「カルマ」を聴きながら作業をしていましたね。
そこはやっぱり、開発中にテンションが上がったポイントのひとつなんじゃないかなと思います。
穴吹氏:
僕の場合、タイトルで流れるOP映像に、Production I.Gさんが作った仮の映像が乗っていたのですが、そこに入っていた「カルマ」を聴いたのが初めてでしたね。多くの人は、開発中にあのOPと曲を聴いて、かなり士気が上がったんじゃないかなと思います。
樋口さんと実弥島さんよりは遅れていたと思うんですが、「仮の映像に曲が乗って、それを聴けた」というのは、すごく衝撃的でしたね。
樋口氏:
そうだ、開発中のROMデータにあれが載っていたんですよね。
たしか、コンテ撮ができたくらいの映像だったかな?
──ここまでのお話を聞いている限り、開発中に「歌バトル」というアイデアが出て、そこにあわせたキャラデザや世界観が完成して、最後に「カルマ」が出てきた……という一連の流れ自体が、本当に奇跡的なものだったんですね。
樋口氏:
「最初から狙っていました」と言えたら、かっこいいんですけど(笑)。
本当に、どんどん形ができあがっていき、あるタイミングで「これはなにかとんでもないものができるぞ」という確信に変わったんですよね。
──ちなみに、藤原さんが作曲された「meaning of birth」などのゲーム内楽曲は、どのような流れで藤原さんが制作されることになったのでしょうか?
樋口氏:
たしか、藤原さんと2回目にお会いしたときに、「ひとつの歌がフレーズごとに切れていて、それが魔法としてどんどん強くなっていき、音も増えていく」という「譜歌」のシステムについてお話したんですよね。
ただ、当時は開発チーム内で検証してみたけど、結局実装が難しそうで……という話を、うっかり藤原さんにしちゃったんですよね。
そこで、「それ、僕にやらせてくれませんか?」と。
相当難しいことだし、いろいろなリンクや、ゲーム内に実装する要件もすごく複雑かもしれない。なんならリテイクも起こるだろうし……ただでさえ開発期間がない中で、それを作るのは絶対しんどいと思ったのですが、同時に「これはすごいチャンスかも?」と思ったんです。
それ以外にも、シリーズ恒例の主題歌アレンジに関しても、藤原さんは「僕がやります」「そういうのちょっとやりたかったんです」とおっしゃってくれて。もうここまで来たら「運」しかないだろうなと思い、藤原さんにお願いすることになったんですよね。そこが始まりです。
しかも、最初は100曲くらいあるゲーム内BGMまで、「全部やりたい」とおっしゃってたんですよね(笑)。
一同:
(笑)。
樋口氏:
それは流石にヤバいと思って、とりあえず主題歌のアレンジをお願いするところで決着したんですよね。それから、ほかの曲もいくつか作っていただくことになりました。
樋口氏:
あと、タイトル画面でも、藤原さんが作ってくださった「abyss」という曲が流れているのですが……実は、開発当時はタイトル画面用に、こちらで作った別の曲があったんですよね。
ただ、ラストバトルの曲を藤原さんにお願いすることが決まり、三部構成になっている「time to raise the cross」「a place in the sun」「finish the promise」が上がってきたんです。藤原さんとしては、あのラストバトルの曲のイントロを、タイトル画面の曲としてアレンジするという構想があったみたいなんです。
そこから、もともと用意していた曲と差し替える形で、タイトル画面の曲が「abyss」に決まりました。
実弥島氏:
たしか、藤原さんがどこかで「ゲームのタイトル画面で流れる曲が一番よく聴くし、ゲームを立ち上げるときに必ず聴くから、それが最後に流れるのがいい」といったことをおっしゃってましたよね?
あれを見て、「ゲームを遊ばれる人なんだな」と思いました。
樋口氏:
僕もそう思いました。
間違いなく、あれで正解ですよね。
──藤原さんのゲーム好きなところも、スキル的に合致されていたんですね。
実弥島氏:
BUMPの方たちも、「僕たちがゲームの主題歌をやるのは最後かもしれないから、キッチリしたものを作りたい」とおっしゃられてましたよね。
樋口氏:
当時、BUMP OF CHIKENも藤原さんも、ゲームとコラボするのは『アビス』が初めてだったと思うんです。きっと、本当に一期一会のつもりでやってくださったんですよね。
──なにか、逆輸入的に「カルマ」がゲーム本編のストーリーや内容に影響を与えている部分などはあったりされるのでしょうか?
樋口氏:
「生まれた意味を知るRPG」というジャンル名は、「カルマ」の歌詞からいただいているので、あそこは逆輸入ですよね。
実弥島氏:
あとは、「ルークの日記」のサブタイトルは、いくつか「カルマ」から逆輸入していたと思いますね。私は日記の本文しか書いていないのですが、たしか長谷川さんが「立てられた十字架」などの歌詞からインスパイアされたタイトルをいくつか付けられていたと思います。
──「生まれた意味を知るRPG」というキャッチコピーは、あまりにも『アビス』を端的に表していますよね。
樋口氏:
そういう意味でも、「カルマ」は本当にすごいというか……BUMP OF CHIKENと藤原基央という人のものすごさが、あそこに全部出てますよね。
実弥島氏:
あれはもう、本当に歌詞を聴いた段階で「うわー……怖……」と思いましたね。
もちろん、プロットには「俺は何者で、どうやって生まれたんだ」といったセリフは書いてあったのですが、ちゃんとワードとして「生まれた意味を知る」と書いてきているのは、「カルマ」の方が先なんですよね。
人間のセリフとしては言わないワードだから、やっぱりあれは歌詞を書かれる方のワードセンスだなと思いました。作品を、端的にキュッと表現している。あれはすごかったですね。

どうして、ここまで「生まれた意味」を突き詰めたのか
──「カルマ」から少し逸れてしまうのですが、今作が扱っている「生まれた意味」「人の存在価値」といったテーマは、どのように決められていたのでしょう?
実弥島氏:
まず、「中高生はジュブナイルが好き」「ジュブナイルのテーマとして、自分探しを描く」ところまでは、スッと決まったんです。
そこから、「自分探しってなんだろう」と考えたときに、私は「自分探しとは、自分を知ること」だと思ったんですよね。自分のルーツはなんなのか。どう生きてきたのか。そしてどう生きていくのか……自分探しは、それを知ることなのかなと。
そう考えると、ルークはレプリカだから、普通の人と違って「将来はこうしよう」と考える前に、まずは「自分は作り物だから、過去に何もない」ことにコンプレックスを抱くんじゃないかなと。過去が何もない命って、生命としてはありえないじゃないですか。だから、逆に「命」というテーマを突き詰められるのかなと思ったんです。
普通に生きている人は当然バックボーンがあるから、なにをどう突き詰めても、その人が生まれてから連綿と続いてきたヒストリーがあるはず。でも、ルークは急に作られた存在だから、彼を支えるものがなにもない。
だからこそ、「自分はどうして作られたのか」「なぜ生まれたのか」ということを、普通に誰かの子どもとして生まれる以上に……そこと全く関係なく作られたからこそ、そのことに向き合うんじゃないかと思ったんです。
だったら、シナリオもそこに向き合うべきだと思いました。
そこから、ひたすら生まれた意味、命の起源、どう生きるか、どう死ぬか、生きるとはなんだ……といったテーマを考え続けた感じですね。
──「生きること」って、いま生きている人間にとってはすごく当たり前の話というか、足元に転がっているような問題だとは思うんです。でも、『アビス』はそのテーマをここまで突き詰めているのが、すごい踏み切り方だと感じていました。
樋口氏:
やっぱり重いテーマだから、普通は突き詰めないですよね。
実弥島氏:
でも、深さや重さの違いはあれど、みんなどこかで必ずそういうことは考えているんじゃないかなと思うんです。とくに、若い人はなにかの壁にぶち当たったりしたときに、「自分はなんで生きてるんだろう」と考える……そこまで明文化しなくても、その問題に行き当たると思うんですよね。
だから、そこを突き詰めれば突き詰めるほど、ターゲットにしていた中高生の子たちに刺さるんじゃないかと思っていました。それが、意外と大人にも刺さってしまった感じですよね(笑)。
──そこは、「ゲームだからこそ届いたテーマ」だという感触はありますか?
実弥島氏:
確実に、ゲームだから届いたと思いますね。
これを小説などで書いて届けられる方もいらっしゃるとは思うんですけど……もしこれを本で書いていたら、体験としてはちょっと違うものになるかなと。
やっぱり、ゲームは自分で動かせば動かすほど、キャラクターに思い入れが生まれていくから、自分自身がレプリカでなかったとしても、ルークの悩みがより身近に感じられるんじゃないかなと考えていました。
そこに加えて、「プレイヤーとルークを重ねよう」という意識があったので、普段の生活のなかで感じるコンプレックスや悩みが、上手くルークの問題と重なるようにプレイ体験に混ぜ込んでいったんですよね。だから、ゲームじゃないとああはならないかなと。
──たしかに「生きる意味」といったことは、どうしても自分に向いている問いだから、あれがゲームではない三人称視点で描かれていたら、また全然違う見え方になりそうですよね。
実弥島氏:
ただ、そこには読書体験もあって、私は『アルジャーノンに花束を』【※】が大好きなんですが、あれが響いたのは「一人称で書かれているから」だと思うんです。
なにも知らないところから知恵がついていき、知らなくていいことを知っていき、知ってしまったから失う……その流れが一人称で書かれているから、読者と彼の境遇が重なりやすいんですよね。
そういう体験とゲームは重なるし、私もあの読書体験があったから、同じようなことをゲームでもできるんじゃないかなと思ったんですよね。
※「アルジャーノンに花束を」
ダニエル・キイスによるSF小説。知的障害を持つ青年チャーリィ・ゴードンが脳手術を受け、自身やその周囲が変化していくさまが描かれている。
実弥島氏:
ただ、私としては「重ねすぎてしまったかな?」とも思っているんです。
開発当時は、「なるべく重ねよう、なるべく深く刺そう」と思っていたのですが……それは別に「傷つけよう」という意味ではなくて、純粋に物語が届くように、同じテーマを重ねていったんです。
でも、それをやりすぎてしまって、開発中にもアクゼリュスで「ツラい、続けられない」という反応が起きてしまった。だから、私のなかでは、あそこはちょっと計算ミスをしてしまったなと。
計算ミスではあったけど、結果あのアクゼリュス崩落があったから『アビス』というタイトルが成立したのかなとも思っていて……まあ、いい計算ミスだったのかもしれないですね。遊んだ人からは、いろいろ言われましたけど(笑)。
樋口氏:
でも、それってある意味こちらが届けたかったテーマに反応してるわけだから、その狙いが効果的に出ているひとつの証明ですよね。
──まさに、あのアクゼリュス崩落があったからこそ、プレイヤーの心に残っている印象はあります。それこそ崩落後にアニスがスキットで言い出した、「確かに扉を開けたのはイオン様かもしれませんけど、本当に悪いのは主席総長と……。」とか、胃がキリキリして未だに忘れられないです。
実弥島氏:
平常時だったら、みんなあんなことは言わないと思うんですよ。
でも、本当に自分があの世界にいたとして……目の前で崩落が起きて、いっぱい人が死んで、実際に死んでいく子どもとかを見て、とんでもない非常時になっているなかで、それが単にスイッチを押した人だったとしても、「俺は悪くねぇ!」と言い出したら、「はあ?」と思うはずなんです。
どんなにルークをかばっている人もそう思うだろうし、ましてやあのときはルークのバックボーンも知らないから、余計に「なんだお前?」と思う……そして、そのことを言うキャラがいないとウソになってしまう。そこでアニスが責めたりしないと、成立しないなと。
樋口氏:
あそこで言われないと、むしろ不自然ですからね。
実弥島氏:
そこもプレイヤーと重ねるために、「自分がその場にいたら、どう反応するかな?」ということを徹底的に考えていたんです。俯瞰で見たら、たしかにルークがかわいそうかもしれないけど、情報をシャットダウンされた状態で、あの構図だけ見れば、間違いなくそう思いますよね。
だけど、全体の情報を知っているから、「アニスはひどい!」と思う人もいる。
そこは、意図して書いている部分ですね。
穴吹氏:
実弥島さんは、プレイヤーのツッコミどころや、気になるところをキャラクターにあえて言わせているような手法をよくやりますよね。アクゼリュスのあたりも、そのひとつだと思っていました。
実弥島氏:
自分が「なんだ?」と思ったときに、ゲーム内のキャラが「なんだ?」と言ってくれたら、うれしいじゃないですか。だから、そうなるようには書いていますね。
──「代弁者」的な意味でも、自分はアニスが大好きなんです。すぐ辛辣なこと言う。
実弥島氏:
アニスは一番視点が大人というか、人間っぽいですからね。
実際、あのパーティーメンバーのなかでも、アニスは普通の人なんです。
みんな王族や貴族とか、ユリアの子孫みたいな特殊なバックボーンを持っているなかで、あの子だけは一般人なんですよね。
なんなら、苦労した家庭で育ってきた一般市民でもあるから、反応も一般的なのかなと。ちょっと意識して辛辣にはなってますけど。
──こちらに、エンディングで登場したキャラクターの設定画もあるのですが、あのオチになることも最初から決められていたのでしょうか?
実弥島氏:
そうですね。「これがどう見えるか」という演出のところまで含めて、書きました。あそこは最初からほぼ変わっていないですね。
ちなみに、エンディングのアニメは、字コンテも私が担当していました。
そこから、IGさんから上がってきた絵コンテを調整したり……字コンテの段階で、いろいろと書いていましたね。
人が完成するのは、「死」の瞬間
──発売から20年経って、みなさんのなかで改めて「ここが一番記憶に残っている」ということがあれば、ぜひお聞きしてみたいです。
樋口氏:
僕は、やっぱりラストバトルですね。
あそこの一連の流れは、いまのゲーム表現と比べるとつたないところもあるのですが、あの表現は、当時としてはオンリーワンと言えるんじゃないかと思ってます。
実際に作るのは大変だったけど、みなさんの心に残っているんじゃないかなと思いますし、あれをやれてよかったなと。本当に思い出はいっぱいあるんですけど、どれかひとつと言われると、僕はそこですね。
穴吹氏:
僕は立場上、マップの設計を担当していたのですが……『アビス』はシナリオがすばらしいので、そのシナリオをうまく活かすために、マップ全体の流れをレベルデザインすることにこだわりました。
ただ、最初からそれが設計できていたわけではなく、当時の僕は「そのポイントで面白いと思うものを全力で作る」ことを考えていて、アクゼリュスの坑道に「トロッコ」のギミックを用意していたんです。そして、「アクゼリュスはトロッコに乗って遊ぶんですよ」と長谷川さんに言ったら、「なに考えとんじゃ!」と怒られて……。
実弥島氏:
そのトロッコ、めちゃくちゃ覚えてる!
これからルークにとって一番大事なところなのに、トロッコを用意しようとしてすごい怒られてましたよね(笑)。
──あの崩落イベントの前に、トロッコで遊ぶギミックがあったということですよね。たしかにそれはちょっとシュールですね。
樋口氏:
あのへん、露骨にテンション下がりますからね(笑)。
穴吹氏:
そこから、シナリオを盛り上げるためのダンジョンとして、仕様書やモデルを全部書き換えたんです。そこで、「ストーリーとして、筋を1本通したときの体験が何より大事なんだ」と学んだんですよね。
そういうところを留意しながら、マップ設計者としてシナリオの体験を上手く支えることができましたし、そこはいまも開発者として経験が生きているなと思います。
実弥島氏:
私も樋口さんと近くなってしまうのですが、やっぱりラストバトルが思い出深くて……正確に言うと、「ラストバトルに入る前」が印象に残っているんです。
あのバトルに入る前に、ルークが「生きることに意味なんてないんだ」と言うのですが、あのセリフを言わせたいから、ずっと書いて、ずっと刺してきたんですよね。だから、最後に「生きることに意味なんてないんだ」というルークのセリフを書いたときに、やっと辿り着いたなと。ちょっと肩の荷が降りたんです。
それこそ、「目指していた着地点に届いたぞ」という満足感というか……山を登りきったような感覚がありました。いまでも、誰かのプレイ動画などであのシーンを見ると、そのときの気持ちを思い出します。
別に特別なセリフではないのですが、そこに到達するまでの積み重ねの結果として、あのセリフを言わせることが目的だったから……「ああ、このセリフに行けてよかったな」と。
──あのセリフが出たときに、漠然と「ルークの人生の答えはこれだったんだ」と感じました。
実弥島氏:
いろいろな見方はあると思うんですが、一般論として、私は人間が完成するのは「死ぬ瞬間」だと思っているんです。
ルークの人生はまだ完成していないけど、レムの塔で死を決意して消えかけた瞬間、何かを理解したのかなと。だから、「生きること」ではなく、「生きてきたこと」の方が大事だし、生きることそのものには意味がないのかな……と、思ってるんですけど。
実弥島氏:
そこも含めて、『アビス』は「プレイした人が思ったこと」が正解でいいと思うんですよね。人の意見にケチはつけなくていいし、あなただけのプレイ体験を大事にしてくださいと思うのですが……。
樋口氏:
それ……逆のことをBUMPの藤原さんに言われたことがあります。
とある曲について、「あの歌詞って、こういう意味ですよね?」と聞いたら、「うん、それが正解です」と言われて。「え、マジですか?」と思ったら、「いや、みなさんが思ったことが正解です」と。
実弥島氏:
そう、そうなんですよ!
共感を求めるのはいいけど、感想を押し付け合うのはやめようと思いますね。
その人のプレイ体験を、大事にしてほしいです。
──最後にお聞きしたいのですが、『アビス』をクリアしてから、あのゲームのことを思い出すと落ち込んでくるんです。この気持ちは、どうしたらいいですか?
実弥島氏:
いや、もう……落ち込んだ気持ちを抱いて生きていけばいいんじゃないですか? 魂についた傷は大事なものだから、癒えなくていいので。
もし傷ついたり落ち込んだりしたら、それが『アビス』をプレイした経験というか……遊んだ方の「答え」だと思うので、それを消す必要はないですよね。むしろ、それを抱いて鬱々と過ごしてほしい!
樋口氏:
きっと、その傷をもとに大きくなるんじゃないですか?
それは、きっといいことだと思います。
──そうですよね。落ち込みはしたのですが、『アビス』は人生を見つめるキッカケになったし、同時に人生の救いになるゲームでした。作ってくださって、ありがとうございます。
樋口氏:
それはすごくありがたいですね。ゲームにそういう力があると思うと、改めて「常にゲーム作りに誠実に向き合っていかなきゃいけないな」と思います。
穴吹氏:
僕らもゲームに人生を変えられた側の人間ですし、そういう人たちを作りたくて、この仕事をしているところもあります。だから、そう言っていただけるのは開発者冥利に尽きますよね。
実弥島氏:
めちゃくちゃ嬉しいですね。
「伝わった!」と思えるというか。
樋口氏:
もちろん、どんな遊び方でもうれしいのですが……「こう感じてほしい」という部分が直球で伝わると、一番うれしいですね。
──実際『アビス』がそういう刺さり方をしている人は、かなり多いと思うんです。なにか、「おかしい刺さり方」をしているタイトルというか。
樋口氏:
たぶん「刺す角度」が違うんですよ。
多くのRPGにおける「感動する刺し方」と『アビス』の刺し方は角度が違うんじゃないかと思うんです。
実弥島氏:
まあ、完全に殺しに行ってますからね(笑)。
私自身も、ヴァン先生の気持ちになって「みんな滅びてしまえー!!」と思いながら書いていたから、そういう角度で刺しに行っているんだと思います。
樋口氏:
もう、斜め上から心臓を撃ち抜くような……みんな死んじゃったよ!
正直なところ、『アビス』をクリアしてから、このゲームのことを思い出そうとすると未だに落ち込む。
私は最近クリアしたけど、この気持ちを20年間引きずっている人もいるはず。そう考えると、「呪い」のような作品だとも思う。決して悪い意味ではないけど、これほど「呪い」という言葉が似合うRPGもない気がする。
いくつもの、奇跡が起こっていた。
そんな奇跡が世に放たれ、触れた人は呪われていった。
心に打ち建てられた十字架が、消えることはない。
『アビス』は、人の心に消えない傷を残していった。
だから、どれだけの月日が流れても、ルークのことが忘れられない。その傷が埋まらないこと。脳に焼きついて嫌でも思い出してしまうこと。その現象そのものを「奇跡」と呼ぶのかもしれない。きっとプレイヤーは、その約束を、あの輝きをいつまでも覚え続けている。
この奇跡が、どうかいつまでも残り続けますように。
















