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信長から乙女ゲームまで… シブサワ・コウとその妻が語るコーエー立志伝 「世界初ばかりだとユーザーに怒られた(笑)」

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シブサワ・コウのゲーム制作術

――大変に貴重な創業時のお話を聞かせて頂いているのですが、そろそろコーエーという会社のゲーム史的な位置づけについてもお伺いしてみたいんです。実は、コーエーさんの作るゲームって、世界で初めて手がけたシステムの作品がたくさんありますよね。

恵子氏:
 はい。 私自身がいつも広告を書くときに「世界初!」と書いていましたから(笑)。あるとき、ユーザーさんから「コーエーはいい加減、毎度毎度”世界初”のコピーはやめたら」なんて言われてしまいました。
 でも、マネジメントのゲームも女性向けゲームも、実際に当時は類例がなかったんだから仕方ないですわよね。

――というよりも、そもそもコンピュータを使った戦略シミュレーションゲームで、これほど経営要素をしっかり入れたゲーム自体が、コーエーが先駆けなんじゃないでしょうか。シド・マイヤーの『シヴィライゼーション』(※)にしても、1983年発売の『信長の野望』よりずっとあとに作られた作品ですし。

※『シヴィライゼーション』
1982年にアバロンヒルよりボードゲームとして発売され、シド・マイヤーによって1991年にパソコンソフト版が発売されたターン制ストラテジーゲーム。文明の発展をテーマにしており、国土の整備や科学技術の開発、商業、内政、他国との外交など様々な戦略を楽しむことができる。

佐藤氏:
 ……そうなんだ!

恵子氏:
 あるゲームメーカーの創業者の方に「オリジナルなんてありっこないよ。どうせ、どっかのみんな真似なんだから」と言われて悔しかったです。

信長から乙女ゲームまで… シブサワ・コウとその妻が語るコーエー立志伝 「世界初ばかりだとユーザーに怒られた(笑)」_018

――でも、じゃあ『信長の野望』なんてゲームがなぜ突如登場してきたのかが不思議なんです。もちろん、マニアックなボードゲームの世界に戦略シミュレーションは既にありましたが、コーエーさんのゲームは、もっと幅広くゲームを楽しむ層を惹きつけるものですよね。

陽一氏:
 最初の『川中島の合戦』は、本当に川中島で武田信玄と上杉謙信が、それぞれ部隊を率いて戦う作品でしたが、あれはイメージとしては「軍人将棋」(※)に近いものです。
 そもそも子供の頃から、私は軍人将棋や囲碁やゲームが大変に好きだったんです。『信長の野望』でヘックスのマス目を採用できたのも、その経験から「ヘックスは隣り合うマスの接触数が最も大きいので、面白くなるだろう」という感覚を持っていたからですね。

※軍人将棋
軍隊の階級や兵種を元にした駒を用いる。駒を盤上の陣地に並べ、相手と交互に動かしていくが、互いの駒が分からないよう裏返しにして配置するのが特徴。相手の総司令部を占領するか、相手の動ける駒を全滅させれば勝利。

恵子氏:
 学生時代からこたつの天板をひっくり返して、マス目にサイコロの出目計算をしてゲームを作り、よく友人と遊んでいました。

佐藤氏:
 元々、アナログゲームがお好きなんですね。

陽一氏:
 あまり『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(※)みたいなゲームは自分ではやらなかったですが、そういうのが好きな友人もいましたしね。
 ただ、小学生くらいの頃には、武将のカードゲームを作って遊んでいた記憶があります。織田信長や徳川家康のカード作って、ちゃんとルールを決めておくんです。もちろん、一番強いのは信長ですが、本当に一番強いのは忍者、でも忍者は足軽にだけはすぐにやられてしまう、なんてルールもつけていたかな。まあ、そういうことは小学生時代からやっていたんです(笑)。

恵子氏:
 『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の作者は襟川の米国で教授をしていた親友の教え子で、ゲームソフトを作らないかと言われたこともありました。

※『ダンジョンズ&ドラゴンズ』 
世界で最初のTRPGであり、後世のRPGに大きな影響を与えた。オリジナルの開発者は、ゲイリー・ガイギャックスとデイヴ・アーンソンで、Tactical Studies Rules社が1974年に制作・販売した。

佐藤氏:
 さすがですね(笑)。

陽一氏:
 ただ、そういう子供時代からの素質もあったとは思いますが、やはり大人になってからゲームを作ったときに、だんだん武将という”人間”そのものや、戦国時代という”時代”そのものを描きたくなってしまったんですよ。一体、彼らは何を考え、何をしたいと思い、どう生きていたのか。それをゲームを通じて描けたら、きっと面白くなるはずだと思ってしまったんですね。

――歴史上の「人物」にフォーカスを当てた楽しみ方を追求したくなった。

陽一氏:
 ええ。そのときに考えたのが、武将というのは社会システムの中の一要素にすぎない、ということなんです。
 「戦」というのは本来、経済や軍事、産業や農業のような様々な社会システムが絡み合った戦略における一つの選択肢でしかないんです。だから、武将という人々もそういう社会システムを動かしていく一人でしかないんです。そういう部分まで描き出せれば、きっと自分が戦国時代にタイムスリップした気持ちを味わえるはずだと思いました。

 まあ、そういうことを考えたのは、やはり自分が当時、社長という立場で会社をどうマネジメントしていくかに悩んでいたのも大きいでしょうね。

――経営者の視点で戦国時代を見なおしてみたら、「戦」というのは国における”経営”の一要素でしかないと考えるに至ったわけですね。実は先日、昔の『コンプティーク』(※)でシミュレーションゲームの分類をしているページを見つけたのですが、そこで『信長の野望』が「経営ゲーム」に分類されていたんです。

※『コンプティーク』
KADOKAWA発行のパソコンやゲームなどを取り扱うメディアミックス雑誌。本記事で聞き手を務めているカドカワ会長の佐藤辰男氏が1983年11月に創刊した。

陽一氏:
 ええ、そうなるでしょう。『信長の野望』は、実は国を経営する「マネジメントゲーム」なんですよ。だって、「民忠」が上がらないと「生産性」も「石高」も上がらないので、戦にも勝てないようになっているんですよ。実は、国の経営管理の手腕が大きなウェイトを占めているわけです。

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――ちなみに、あの武将のイメージたちの影響はどこから来ているのでしょうか?

陽一氏:
 やはり日本の作家が書く時代小説ですね。とにかく小さい頃から時代小説が大好きで、読めるものはひと通り読んでいました。山岡荘八さんの30数巻ある『徳川家康』も読破しました。司馬遼太郎さんの『国盗り物語』も、本当に好きな本でしたね。
 これには、私の生まれ育ったのが栃木県の足利市という足利氏の育った地域だったために、歴史的な遺跡が多かったという影響がある気はします。

佐藤氏:
 時代小説はどういう部分に魅力を感じられたのですか?

陽一氏:
 その時代にタイムスリップして、紙の上で当時のことを疑似体験できることです。
 その世界の人になりきった気持ちになれるのが嬉しいんですよ。逆に、そうなれないものはあまり読む気がしないんです。
 例えば、最近では『村上海賊の娘』(※)は、素晴らしかったですね。もう本当にタイムスリップして、あの娘と一緒にいるような感じになれるでしょう。ああいう世界というものから、私はもう一生離れられないと思うし、ゲームでもそこを目指しているからこそ、ただ戦だけを描くものにはならないんだと思います。

※『村上海賊の娘』
『のぼうの城』の作者・和田竜による長編歴史小説。第35回吉川英治文学新人賞と第11回本屋大賞を受賞している。

――『ペルソナ4』の世界に浸りたくて、クリアしてもずっと遊び続けたという話に通じますね。実際、コーエーさんのシミュレーションゲームって、コアの面白さは所謂「シミュレーションゲーム好き」の層が求めるものとは少し違うんじゃないでしょうか。実はもう単純に、歴史上の武将になりきった気分で冒険できることこそが楽しいんだと思います。

陽一氏:
 いやあ、その評価は本当に嬉しいですよ。 そう言ってくださるのが、私の何よりの喜びですね。ありがとうございます。

恵子氏:
 それこそ、戦国時代を疑似体験して、「もし自分が大将なら、こう世の中を変える」と脳を使うのですから、複合的な判断力がつきますよね。

――しかも、実はこの「なりきり」の没入感というのは、ボードゲームのシミュレーションゲームに対する、コンピュータゲームならではの優位だとも思います。

陽一氏:
 ええ、やはりコンピューターは、アクションに対してリアクションをどんどん積み重ねられるじゃないですか。それがゲーム内にライブ感覚を生み出して、ついには「自分がそこに生きている」という感覚を生み出すんです。これは、私の考えるコンピュータゲームの魅力でもありますね。

――もう一つ問いを続けていいでしょうか。最初は『三國志』だったと思いますが、なぜ武将をパラメーターで表現されたのでしょうか。見過ごされがちですが、これは実はゲーム史におけるちょっとした発明だと思います。しかも、この発明こそが、海外のマクロ視点のシミュレーションゲームとは違う、あの武将に感情移入しながら楽しめるコーエーらしいシミュレーションゲームが成立した条件だったように思います。

陽一氏:
 ああ、それはRPGの影響です。
 そもそも私たちは、『信長の野望』を作る前に『ドラゴン&プリンセス』(1982・光栄マイコンシステム)というRPGを発表しているんです。これは日本で最初にRPGと銘打って出したゲームです。まあ、RPGのシステムだけなら、本当はその少し前に『地底探検』(1982・光栄マイコンシステム)というゲームで採用していたんですけどね。
 このゲームを作ったとき、開発のアルバイトの子がボードゲーム好きで、彼が昼休みに遊んでいるのを見たら、なにやら「カリスマ」と書かれていたんです。「これは何なの?」と聞いたら、「これはもう”人智を超えた魅力”を表す数値ですよ」なんて返されて(笑)。

――(笑)

陽一氏:
 そんな「魅力」なんてものを数字で表現できるのかと驚いてしまいましてね。それが武将に「魅力」というパラメーターを入れたキッカケです。

――いまお話を聞きながら、以前にカドカワの川上会長が「『信長の野望』は自分の考えではRPGなんだ」と言っていたのを思い出しました。確かに、『信長の野望』なんかの、自分がその物語の主人公になって、次々に敵をなぎ払いながら仲間を増やしつつ世界を拡大していくという感覚は、むしろRPGに近いですね。

佐藤氏:
 まあでも、良いコンテンツというのは、映画であれ小説であれ、なりきって没入させる要素はあると思いますよ。そこはジャンルを超えちゃうんじゃないですか。

陽一氏:
 そうですね。まさに、佐藤さんのおっしゃるとおりです。 ただ、私のエンタメへの考え方に、どうもそうでなければいけないというような強いこだわりがある気もしますね。 私の考える面白いゲームというのは――本当に自分がそこにいて活躍しているように思えて、自分のやりたいことを明確に意思を持って実行できる――というものなんです。しかも、それに対してモンスターや競合の武将が反応してくる中でせめぎ合っていくと、自分の手でドラマを生み出していけるんですね。そういうゲームに自分自身も魅せられながら、ずっと作ってきたように思います。
 だから、川上さんの仰る「RPGみたい」というのも、国自体がキャラクターのように成長していく物語ですから、確かにそういう側面は大いにありますよ。いま言われて、初めて気づきましたが(笑)。

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世界初の女性向けゲーム『アンジェリーク』誕生秘話

佐藤氏:
 あと、コーエーの”世界初”といえば、やはり女性向けの「恋愛シミュレーション」は外せないですよね。

恵子氏:
 『アンジェリーク』(※)ですね。女性向けのゲーム自体はもう、コーエーがゲームを作りはじめた当初から、ずっと作りたかったのです。

(C)コーエーテクモゲームス All rights reserved.
(C)コーエーテクモゲームス All rights reserved.

※『アンジェリーク』
1994年にスーパーファミコンで発売された、世界初の女性向け恋愛シミュレーションゲーム。

――ええ! 奥様の発案だったのですか。どうしてまた?

恵子氏:
 だって、コンピュータゲームは男性市場でしょ。戦って勝利する。あるいはバンバン撃ち殺す。

――コーエーテクモの会長が言うと、とてつもない説得力がありますが(笑)。

恵子氏:
 しかも、ゲーム雑誌を見ると、戦争やアクション・シューティングばかりです。女性からしたら、もう入る余地はありません。ですから女性が楽しめるゲームが絶対にこの世にあるべきだと思ったんです。

――でも、例えばお二人が経営されていたマイコンショップに女性客なんて来ていたんですか……?

恵子氏:
 来ませんよ! 男性ばっかりでした。

――その状況で、女性にゲームが広められると思ったのは、実は凄くないですか。

佐藤氏:
 確かに! そうだよねえ。

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――でも、海外でも今に至るまで乙女ゲームのような女性向けゲームが確立しているとは言えませんよね。一体、なにを根拠にして会長が可能だと思われたのかが気になるのですが。

恵子氏:
 だって、人類の半分は女性でしょう?
 ゲームが男性だけのものであるはずがない、きっと女の子がドキドキできるゲームを作れば喜んでいただけるとずっと思っていました。女性がパソコンに興味を持つ時代が来ることも、私は信じていましたね。

――つまり、何か具体的なデータがあったわけではなくて、会長のなかにあった”信念”というか、「ゲームが男性だけのものであるはずがない」という強い確信が、世界でも例を見ない女性向けゲームを生み出した?

恵子氏:
 そう言われるとなんだか凄そうですけれども(笑)、仮説を実行しただけです。
 女性の好みをふまえたガーリーなゲームを作れば、女性たちもゲームを絶対に楽しんでくれるはずだと思ったんです。
 やはり、男性と女性の好みは違います。男性は能動的、女性は受動的というところがあって、 女の子には「垂れ流しの文化」のほうが受け入れられやすいというのはあるんです。実際、女性には映画や小説が好きな人は多いけど、男性のように操作したり、自発的に行動を起こすような楽しみ方はどちらかと言えば苦手な人が多いと思います。子供でも、男の子はもう目覚まし時計なんかをバラバラに分解したり、物を投げたり、走りまわったりしていますが、女の子はおままごとやお人形さんごっこを楽しんでいることが多いでしょう。

 ただ、当時は社員が男性しかいなかったので、それでは女心はわからない。ですから、私は女性を採用しました。でも、当時の女性社員はすぐに結婚して、退職してしまったので……結局、『アンジェリーク』を発売するまでに10年かかりましたね。

――10年がかりだったんですか……。

恵子氏:
 90年代になって、やっと女性たちのチームが作れたので、「ルビー・パーティ」と名づけて開発をはじめました。
 私は、まず徹底的に女性に寄せたゲームを作ることにしたんです。守護聖様は、ギリシャ神話を題材にして、女性向けにとにかくピンクを多用して、主人公もガーリーな子にしたりしてできたのが『アンジェリーク』です。

――もしかして、奥様自身が立ち上げたゲームは、『アンジェリーク』が初めてですか?

恵子氏:
 はい。ただ、『アンジェリーク』の世界観は、途中から変わっていったんです。初めての女性たちのゲーム制作は未熟でした。競い合うシステムが作れず、最終的にはシブサワ・コウに入ってもらい、女王候補が二人で惑星を育成し、守護聖様に助けられながら競い合うというゲーム部分を作ってもらいました。

陽一氏:
 まあ、私には女性の方が喜ぶような甘ったるい言葉は作れませんが、ゲームであれば作れますからね(笑)。
 要は、自分がファンタジー世界に生きていると思えればいいと思ったんです。だったら、それは男性向けに作ってきた、戦国時代の武将を描くシミュレーションゲームと同じです。その世界を構成する要素を作り上げて、そこに上手い連関性を作っていけば、男女にかかわりなくどんどんその世界に生きているような気分になれる。そこには自信がありました。ただ、なかなかこの連関性が上手く作れなかったので、ストーリー部分から手伝いに入ることになったんです。

――まさに、『信長の野望』や『三國志』で培ってきた、その世界に入り込んだ気持ちになれる「なりきり」を生み出すテクニックを持ち込んだんですね。『アンジェリーク』は、今では乙女ゲームの走りとして伝説のゲームになっていますが、発売当初はどうでしたか?

恵子氏:
 最初の出足は市場がないので、当然ながら売れ行き不振です。ゲーム雑誌も読者は男性なのであまり取り上げられず、むしろ一般誌のほうから話題になっていきました。

佐藤氏:
 なにせ最初ですから……相当に苦労されたでしょう。

恵子氏:
 しかも、私は一気にメディアミックスを仕掛けましたからね。漫画にしたり、ドラマCDを作ったりして。ただ、それは大変だったと言うよりは、夢中だったという方が正しいように思います。

――そういうメディアミックスも、『薄桜鬼』などの女性向けゲームの戦略の先取りですね。

恵子氏:
 しかも、声優さんのボーカルCDを発売したんです。すると、もう6人いるキャラクター声優さんのCDが、15,000枚~20,000枚という数字で売れていくんです。まだ当時は今ほど声優さんが歌うような時代じゃなかったから、音程が外れたり、リズムに乗れなかったりしていたんですよ。それでも、みんなキャラクターに思い入れがあるので、どんどん買ってくださいました。当時は新曲で2万枚売れたらレコード業界では社長賞でしたから、これはすごい数字でした。本当に良い時代でしたね(笑)。

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