Jホラーとは何か
――それにしても、お二人のゲームって海外での評価はどうなのでしょうか。『サイレントヒル』の海外での人気ぶりはもちろん有名な話ですが。『SIREN』も、『SIREN: New Translation』が出たわけですし。
外山氏:
『サイレントヒル』は非常にファンが多いんですが、『SIREN』は違いますね……。
『SIREN: New Translation』は、サム・ライミ【※】の映画化の話がわりと真面目に進んでいて、それにあわせたゲームを発売しようとしていたら、頓挫してしまって……そこで後づけで味付けして作った作品なんですね。いやあ、PlayStation 3の超初期だから開発も大変だったし、あれは人生で一番辛かったなあ(苦笑)。
※サム・ライミ
1959年生まれ。アメリカの映画監督、映画プロデューサー、脚本家。1981年公開のスプラッター映画『死霊のはらわた』が大きく話題を呼び、低予算のB級ホラーの新境地を開いた。その後、ハリウッドで「スパイダーマン」シリーズを手がけるなど、大作映画に進出して成功を収める。
柴田氏:
あ、そうなんですね。毎回予告が入ってたし、アメリカンドラマが来てたから、そういう流れだったのかなと思ってましたが。
――ちなみに、その際のローカライズはどういうものでしたか?
外山氏:
『SIREN: New Translation』は、「日本人が好むような、訳のわからないものは一切やめてくれ」と言われたんです。どういう理由でこうなったのか、全てちゃんと語ってくれという。
――でも、それって、ここまでのホラーのお二人の理論を踏まえると、日本も米国も関係なく、怖くならないのでは。実際、思ったほどの成果がなかったことを思うと……。
柴田氏:
『サイレントヒル』の向こうでの評価は日本人と違うんですか?
外山氏:
普通に「わけわからないところがいいんだ」みたいな感じですよ。
柴田氏:
じゃあいつも通りの外山さんで良かったんじゃないですか(笑)!
一同:
(笑)
――ちなみに、お二人は「バイオハザード」に日本っぽさは感じますか? 世界的に人気の高い作品ですが、舞台設定は全く日本ではないし、Jホラー的な感覚はああいう作品にも通底するのでしょうか。
外山氏:
初代「バイオ」はあった気がしますね。ゾンビ一つとっても姿が見える前の、ちょっとした音や気配って大事だと思うんですよ。ドアが開くまでの「間」なんかも、怖さの演出を引き立ててるでしょう。あれは、大変に日本的なホラーの感覚な気がしますね。
結局、『バイオ4』も村に辿り着くまでが一番怖いしね(笑)。
柴田氏:
まあ『バイオ4』の最初の村はまさにパニックホラーで怖いんですが、村を出た橋のところでダイナマイトを掲げて走ってくるゾンビの集団が出るんですけど、ダイナマイトを撃って全員が爆死した瞬間に、「これ以降はアクションゲームなんだな」と思いました(笑)。初代「バイオ」に関して言えば、あの「行ったり来たり」が怖かったです。犬のシーンが有名ですけど、反復のたびに違う部分があって、何が起きるのか想像力がかき立てられる感じは、私も「零」でよく使いますからね。
――「零」は海外ではXbox版の『FATAL FRAME』が受け入れられましたよね。
柴田氏:
私はむしろ「こんなのわかるわけないし、売れるわけない」と思いつつ出したんです。
そうしたら、結構受け入れられてビックリしましたね。ちょうど、Jホラーブームの時期でもあって、日本人以外はJホラーのゲームなんて作らないし、需要が出てきたところだったんでしょうね。ヨーロッパ圏、特にフランスなんかでは人気ですし、良い評価を受けました。
――ちなみに、彼らは何に一番驚いたのですか?
柴田氏:
オリエンタリズムへの興味もあったとは思いますが、たぶん、「理解できないもの」への脅威だったんでしょうね。Jホラーという存在が『呪怨』のような映画で、先にまったく異なる恐怖の文脈として認知されていて、それをもう少し拡大した存在として我々のホラーゲームを捉えていただけたのだと思います。
ただ、「間」とか「湿度」なんて、日本人に説明するときですら一苦労なんですから、そこを理解していただけたのは驚きましたね。
――「湿度」……とは?
柴田氏:
そうそう、「零」の場合は和風ホラーなんで、場所の「湿度」も重要なんですよ。
非常に感覚的なものですが、でも重要なんですよ。先ほどのキャラの歩行スピードの話もそうですが、速度を上げてしまうと、この日本という島国のじめじめした雰囲気が消えてしまうんです。なんかカラッとした、アメリカのような陽気な雰囲気に……。
日本の田舎が特にそうなんですが、自分と自分以外の存在が一体となって存在しているような、奇妙な感覚がありませんか。
――それは、わかります。
柴田氏:
その土地や人間関係に紐付けられてしまって、簡単に逃げ出せないような息苦しさ。このじめじめした感じに、水の中を動くようなもっさりした動きが、しっくり来るんですね。
外山氏:
日本の場合は、土地に縛られるような奇妙な感覚があるよね。感覚が土地に残っていくというか。これは独特の感性だと思います。
柴田氏:
人間を水分が大量に含まれた「水の生き物」だとすれば、大気に水分が大量に含まれているところでは、身体の境界線が曖昧になっていくように思うんです。ですから、私としてはこの高い「湿度」こそが、日本に住む人々、いやこの国の森羅万象の境界線を曖昧にしているような感覚があるんですよ。私は日本的な幽霊というのも、この「湿度」の中で「自分と他者との記憶」や「生と死」の境界が曖昧になっていくからこそ、登場してくる気がしています。
私としては、こういう感覚を表現したくて、「零」を作っている部分もあるんですよ。やっぱり、アメリカのロサンゼルスなんかに行くと、「こりゃ、こんなカラッとした場所で幽霊なんて出ないよ……(笑)」と思いますからね。
――カラッとした気候ではアメリカみたいに「個人主義」になるし、「生と死」の境界線も明確であろう、と。でも、海外でも幽霊を見る人はいるわけですよね。やはり音は出てるんですか?
柴田氏:
これがねえ……向こうの見える人に聞いても、「聞こえない」と言うんです。
一同:
(笑)
――向こうの霊は、日本人みたいに恨み節を爆音で喋ったりしない、と(笑)。
柴田氏:
なんですかねえ……。聞こえる人もいると思うんですけど。
「土着的な怖さ」を描いた作品の源流とは?
――もう一つ気になるのが、お二人がゲームに持ち込まれた日本的なホラー要素のイメージに、どういう源があったのかなんです。
外山氏:
なんだろう……こう、帰省したときに「農家のおばちゃんが草刈りをしているモーション」を見て、これがなんか襲ってきたら「まぁ怖いわな」っていうのはありましたけどね(笑)。
一同:
(笑)
――なんという、ひどい妄想を(笑)。ただ、お二人は世代的には、オカルトブーム、ホラー映画ブームと、かなりホラーコンテンツが豊富だった時代を生きていらっしゃると思うんです。子供時代に影響を受けたホラー作品はありますか。
外山氏:
実は怖がりなんで、ホラーはむしろ避けてるくらいだったんですが……ただなぜか凄く強烈に魂を惹かれるような感じは、ずっとありましたね。
そうだなあ……横溝正史【※】の『悪魔の手毬唄』とか『悪魔が来りて笛を吹く』みたいなヴィジュアルや言葉の使い方は、トラウマを直撃されましたね。
※横溝正史
1902年生まれ。ミステリ小説家。「悪魔の手毬唄」「悪魔が来りて笛を吹く」「八つ墓村」などを含む、金田一耕助を探偵役とする、やや怪奇趣味の強い一連の探偵小説で有名。外山氏や柴田氏の幼少期であった70年代には、ちょうど角川書店が当時のメディアミックス戦略の中で、リバイバルブームを仕掛けていた。
柴田氏:
私も、横溝の『八つ墓村』の映画が怖くて、そのCMを見たあとに、「9時過ぎたから寝なさい」と言われて、とてつもない悪夢を見ました。まさに見ていない映画が一番怖い、というやつですね。
――横溝正史ブームが、子供時代にあったんですね。確かに、彼のミステリは、日本家屋や地方の共同体の土着的な部分を恐怖として描く作品の、先駆だったのかもしれないですね。『SIREN』に影響を与えた『屍鬼』にも、小野不由美さんが推理小説研究会の出身ですから影響はあるでしょうし。
外山氏:
もちろん、オカルトブームの洗礼もモロに受けていて、心霊写真やU.F.Oなんかは大好きでしたけどね。あと、ホラー漫画ね。楳図かずお先生【※1】とか、日野日出志先生【※2】とか、子供心に「こんなとんでもないものを読んだら穢れるぞ」と思いつつ、つい読んでしまうんですよ。
逆に、ホラー映画はこういう場所で語るほどは、見なかった気がしますね。
ただ、あの時代のテレビ番組の、フィルムで撮ってた絵に、昭和顔のおじさんがギラッとしたメイクで照明が当たっている感じは絶妙で……実に完成されてますよね。やっぱり、ああいうフィルムの質感が持っている、コントラストと色の強烈な説得力に僕は影響を受けているんです。『サイレントヒル』も『SIREN』も、あの陰影を再現したかったのはありますね。
※1 楳図かずお
1936年生まれ。漫画家・タレント・作詞家。ホラー漫画の第一人者。代表作に『漂流教室』など。
※2 日野日出志
1946年生まれ。世界的に評価されているホラー漫画家。代表作に『地獄変』など。
柴田氏:
大変に分かります。私たちは、頭の中にある凄く怖かった映像の記憶の再現をしているところはあると思います。最初の『零』もそういうフィルム感を出したくて、ギリギリの最後の日までいじってましたね。画面がざらつくエフェクト一つでも、ざらつきの解像度を変えたり「8フレームに1回変わった方がいいのかな」とか実験して、どうやったら昔のフィルムっぽく見えるのかを考えましたね。
――子供時代に当時の日本で流行っていた映像作品のヴィジュアルイメージなんかから膨らませた恐怖の「想像」こそが、お二人のJホラー的な作品の源泉にあるという感じなんですね。
ホラーゲームとVR
――それでは最後に、今後のホラーゲームについてお伺いしたいです。先ほど少し出ましたが、やはりVRの登場は一つ大きいと思います。ゲームで新しいホラー体験が生まれたようなことが、VRでも起こるのでしょうか。
外山氏:
いや、むしろVRは抜群に相性が良すぎて困ってしまうくらいだと思いますよ。「その場にいるだけでホラー体験になる」という要素が、もっと強まるでしょうから。怖く作ろうと思えば、いくらでも怖くできてしまうから、むしろさじ加減が難しいですよね。
だって、映像やコミックで単に刃物を向けられても、それ自体が怖くはないけど、VRでは現実と一緒で、いともたやすく、それがホラーになってしまう。それはバンダイナムコのVR ZONEでも強く感じました。
柴田氏:
演出の面でも変化は起きると思います。
なにせ、これまでのメディアのホラーゲームはほとんどがストーリー仕立てじゃないですか。プロットの中でお膳立てがあって、演出には前フリがあってと、お話でも怖くしていく必要があったんです。でも、VRはその必要なしに、いきなり恐怖を突きつけられる。視線も一貫していた方がいいので、客観的なカットシーンを入れて説明したりすると、恐怖が冷めてしまうでしょうし。
外山氏:
僕としては、感覚が人間を超えていってしまうような体験が見たいですよね。VRを見ていて本来の自分の身体感覚が段々揺らいできたら、怖いと思います。実際、とあるVR用ゲームの試作を体験したときなんかは、高熱が出たときの不思議の国のアリス症候群【※】みたいな感じの映像が出てきて、もう頭おかしくなりそうでした。素晴らしいですよ、本当に(笑)。
※不思議の国のアリス症候群
外界のものの大きさや自分の体の大きさが通常とは異なって感じられる状態のこと
柴田氏:
いやあ、一度でいいから幽体離脱を体験したいと思ってる人に、その需要を叶えてあげられるかもしれない。
あと、個人的には観光に結びつけたいですけどね。VRで心霊スポットを観光して、心霊体験を再現できたら面白いじゃないですか(笑)。
ゲーム実況が見せたホラーゲームの未来
――あと、ホラーという意味では、やはりゲーム実況も重要だと思います。
柴田氏:
私としては、VRとネットワークの二つがまだ踏み込めていない場所なんですね。特に後者については、真面目にゲームデザインとして取り込んで怖くしてみたいんです。
あと、ゲーム実況でホラーにこんなに需要が生まれた事実には驚いています。自分ではプレイしないけどホラーゲームを見たい、みんなでその場の恐怖を共有したい、という層はこんなにいたのか――と。
――激辛カレーを食べるのは嫌だけど、激辛カレーを食べる人を「見る」のは面白い、みたいな(笑)。
柴田氏:
共有の楽しみ方は、ゲームシステムとは違うところから提示されてしまいましたね。でも……『SIREN』なんて、あの顔だけでみんな面白がれてしまうというね。ずるいですよ。
外山氏:
僕は、ああいう絶妙な味わいのホラーが大好きなんですよ。綺麗に整っていなくて、どこか歪な違和感があって、ハプニングが沢山ある感じの面白さですよね。『SIREN』も本当に演技素人のモデルさんとかもわざと起用したので、セリフの言い回し一つをとってもヘン。もうね、大好きです。
――まさに、B級ホラー映画にしかない、あの不思議な味わいのテイストですよね。そういう部分も、みんなで見ることで面白くなるものですね。実際、ニコニコ動画の歴代人気ゲーム実況動画は、軒並みホラーゲームなんです。実はゲーム実況となると、とたんにホラーは一番人気のジャンルになってしまう、という。
柴田氏:
そして現状のホラーゲームは、私も含めていまだに一人プレイの想定が強くて、この市場の需要をうまくゲームシステムに取り込めてないんです。
外山氏:
カップルでプレイするのを想定している人もいるみたいだけどね(笑)。でも、僕なんかも一人プレイを想定してますからね。
柴田氏:
まあ、一つ懸念を言うと、「リア充」な方向に向かいすぎると、ホラーである必要がなくなってしまうことですが……(笑)。
――でも実際、ホラーゲームの想い出を聞くと、友達と一緒にプレイした経験を挙げる人が妙に多いんですよ。
外山氏:
肝試しにみんなで行くようなノリでしょうね。本当の恐怖は一人で体験したくなくて、良い感じにみんなで分散したい想いがあるんでしょうね。
――よく考えると、家でホラー映画の鑑賞会とかもよく聞くし、「百物語」みたいな文化も昔からありますし、心霊スポットも普通は一人では行かないし(笑)、実はホラーのエンターテイメントって伝統的に「共有型」の要素があるのかもしれませんね。
柴田氏:
確かに、そうですね。
――心理学でそういう話があるか知りませんが、コミュニティにとって「恐怖」は伝達すべきものでしょうから、それを共同で消費する快楽が人間に備わっていても、おかしくない気もしますし。
外山氏:
いや、全然ありそうですよね。だって、VR ZONEの『脱出病棟Ω』の殺人鬼のオッサンにも、やっぱり冗談じゃなく本当にギャーと叫ぶでしょう。あれを見てると、生存のために危険が迫ったことを仲間に伝えるという、人間のプリミティブな部分の装置が発動してしまっていると思いますもん。だから、怖い話を共有することに、人間が興味を覚えるのは本能的なものだと思いますね。
柴田氏:
おお、なんと。ホラーは“一般向けジャンル”じゃないですか(笑)。
外山氏:
そうかもしれない(笑)。まあ、人間の動物的な部分に根ざした、普遍的な面白さがあると言うのは絶対にあると思いますね。(了)
ホラーゲームについて、二人のホラーマニアが語り合った対談、皆さんはどうだっただろうか。
「ゲームの企画書」では、これまでに中村光一氏などのクリエイターに、ゲーム開発の現場について話を聞いてきた。そこで彼らがこだわっていたのが、ゲームの「快感」をいかに設計するかだったとすれば、今回はいかにゲームの「不快感」を設計するかという、普段とは真逆の会話。外山氏と柴田氏の独特の感性に、少し頭がくらくらしてしまった人もいるかもしれない。
だが、この“あべこべ”のゲームデザインの世界だからこそ、見えてくるゲームの本質もある。特に、自由に操作できるゲームの中で、いかにホラー演出を行うかという部分での二人のホラーゲームクリエイターの見識は、非常に興味深いものがあった。ホラーがゲームの特性と合わない部分も多いだけに、作り手が「ゲームの面白さとは何か」を、かえって自覚せざるを得ないジャンルでもあるのだろう。
そして、もう一つ思わぬ収穫だったのが、ホラーゲームというジャンルの歴史を聞くことで、PS発売当時のゲーム業界の状況が垣間見えたことだった。3DCGとともに本格的に台頭してきたホラーゲームは、当時の若手が新しいテクノロジーを使って、上の世代にはできない表現を切り拓く場でもあったのかもしれない。
新しいテクノロジーは、新しい才能を招き寄せる。VRやゲーム実況に二人が期待するような、新しいゲームデザインを引っさげて、ホラーという日本が誇る「伝統芸能」に、『SIREN』や『零』に続く新しい風が吹き荒れるのを期待したい。
初代『零』の企画書の一部を大公開!
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