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「久夛良木が面白かったからやってただけ」 プレイステーションの立役者に訊くその誕生秘話【丸山茂雄×川上量生】

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 PlayStation 4 (以下、PS4)の販売台数が全世界で 4000 万台を突破したという。

 スマホゲームが強い日本では、あまり実感がないかもしれないが、海外では現在も家庭用ゲーム機(据え置きゲーム機)の需要は高いのだ。『アンチャーテッド』や『The Last of Us』などのAAAタイトルの名作に支えられて、今やPS4は家庭用ゲーム機としては歴代最速のペースで、世界中でその数字を伸ばし続けている。

プレステ4の販売台数は全世界で4000万台を突破した。(Sony公式サイトより)
PS4の販売台数は全世界で4000万台を突破した。(プレイステーションオフィシャルサイトより)

――そんなPSの伝説の始まりとなった、初代PSが我々の目の前に登場したのは、今を遡ること遙か昔、22年前の1994年

 当時は、スーパーファミコンに続く、次世代家庭用ゲーム機のプラットフォーム戦争が激化するまっただ中。同年に発売されたセガの「セガサターン」、96年の任天堂の「NINTENDO64」と、各社が満を持したハードを繰り出す中で、ソニーは新参のプレイヤーとして登場してきた。だが、盛田昭夫や井深大などの伝説的な名経営者に率いられ、ウォークマンなどの様々なヒット商品を生み出した、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の日本を代表する巨大メーカー・ソニーの参入への注目は高かった。

 そんなソニーのPS開発の主役と言えば、やはり元ソニー・コンピュータエンタテインメント代表の久夛良木健氏だろう。数々の逸話を持つ天才的なエンジニアであった氏は、同時にほとんど往年のロックスターのごとき、挑発的で自信たっぷりのビッグマウスを繰り返す強烈なキャラで、ゲーム業界に忽然と登場してきた。

 そして、そんな天才エンジニアの「お目付役」として、スポークスマンの役割や社内での調整役をしていたのが、今回インタビューする元ソニー・ミュージックエンタテインメント社長の丸山茂雄氏だ。株式会社EPIC・ソニー【※】で小室哲哉や岡村靖幸、佐野元春らと「ロック黄金時代」を築き上げ、音楽業界の大物となっていた氏は、一方で早い時期からゲームに目をつけていて、この時期に久夛良木氏とPSで共闘していたのである。

※株式会社EPIC・ソニー
1978年に丸山茂雄によって設立された、ソニー・ミュージックレーベルズのレコードレーベル。

 今回はそんな丸山氏に、ニコニコ動画のドワンゴ会長にしてカドカワ社長の川上量生氏を聞き手に迎えて、PS初期の語られざるエピソードと、PSがゲーム業界に起こした革命、そして久夛良木健という人物の実像について、今だからこそ語れる秘話を語っていただいた。

聞き手/稲葉ほたてTAITAI
文/稲葉ほたて
カメラマン/増田雄介


丸山茂雄氏(左)と川上量生氏。
丸山茂雄氏(左)と川上量生氏。

日経の記事では口火を切ったみたいに……

 ――今日の取材なんですが、そもそも川上さんが日経BPの丸山さんのインタビュー記事(外部リンク)【※】を読んだのがキッカケで、ぜひやりたい、と。

※日経BPの記事
日経ビジネスにて2016年5月から連載された「オレの愛したソニー」のこと。丸山氏やAIBO開発者の土井利忠氏らソニーグループの往年の名物OBが登場し、井深・盛田時代のエピソードや現在のソニーへの苦言を率直に語り、大きな話題を呼んだ。

川上量生氏(以下、川上氏):
 あの記事が衝撃的で、お話を聞いてみたくなったんです。もう丸山さんが口火を切って、それからソニーの色んな人が登場してきたじゃないですか。あれって、やはり丸山さんの仕掛けだったんですか?

丸山茂雄氏(以下、丸山氏):
 違うよ。今日はそういう話をする会なの(苦笑)?

――まあ、まずはそこからで(笑)。

丸山氏:
 でも、俺の後に続いて、みんな随分と言いたい放題を始めたよね。俺は取材のときに「俺はソニーでも傍流の人間だから、最後の方にちょこっとヘンなやつの意見が出る感じにしてね」と念を押してたんだよ。それなのに記事を見てみたら、思いっきり口火を切る役になっていた。

川上氏:
 あれはどう見ても、丸山さんを筆頭としたソニーのOBたちが、現経営陣に対して立ち上がった構図でしたもん。

丸山氏:
 そう! しかも、あの担当した記者、俺の原稿を受け取って以降、一切連絡をよこさなかったからね(笑)。

――意図的ですね(笑)。ソニーの後輩やOBからの反響はどうだったんですか?

丸山氏:
 俺みたいな立場になってしまうと、直接とやかく言ってくるような人間は、基本的にはいないのよ。

 でも、電通っていうお節介な企業がいてさ、そこのソニー担当だかソニー・ミュージック担当のやつが、その日のうちに電話してきて、「大変です。ソニーの社内とソニー・ミュージックの社内が大騒ぎになっています」って告げ口してきやがった(苦笑)。

川上氏:
 社内どころか、業界全体が大騒ぎですよ。

丸山氏:
 俺は「ああ、そう。そんなの気にしないから」って答えたけどね。そしたら、次の2回目で現役の連中に厳しく言ったら、現役のソニー社員が怒り出したんだよ。で、周囲の連中が「丸山さん、炎上してますよ」とか嬉しそうに言ってくるわけ。

 ところが、最後の3つめの記事でOBにも蹴りを入れたら、神妙な顔でみんなが「OBにも随分悪口言うんですね……」とか言いだしてね(笑)。代わりに、現役の連中はその記事で黙り込んだんだけどね。

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川上氏:
 でも、どうなんでしょうね? そもそもソニーの“迷走”からの脱却は、元・CEOの出井さん【※1】とストリンガーさん【※2】の流れをいかに変えるかがテーマですよね。ソニー社内でそれは既定路線であるように見えるのに、誰もそれを公の場で、はっきり言ってなかっただけですよね。あの記事が多くの人の目に触れたのは、むしろ今の経営陣に対する後押しになってるんじゃないですか。OBが言ってくれたことで、ソニー社内もやりやすくなったんじゃないかとも思います。

※1 出井伸之
1937年生まれ。1995年から2000年までソニーの社長を務める。その後、会長兼CEOを歴任。2005年から2007年まで最高顧問。現在はソニーアドバイザリーボード議長。

※2 ハワード・ストリンガー
1942年生まれ。アメリカ合衆国で活躍するジャーナリスト、TVプロデューサー、実業家。2009年から2012年までソニーの社長を務める。ソニー会長兼CEOも歴任した。

丸山氏:
 俺としては、ムカつかなきゃ頑張らないから、あれで結果的には良かったと思う。若いやつがムカついてくれたのも、良いことだよ。

 でも、おかげで今の俺は、ソニーの中に友達が一人もいなくなっちゃった(笑)。現役からもOBからも嫌われちゃってさ。いやー、迷惑だったろうなあ……。俺としては微妙なところに踏み込んで喋ったんだけど、そこを俺がどういう思いで喋っていたかなんて、やっぱわからねえだろうしな。

――それにしても最初に「傍流だから」と言われましたが、丸山さんってソニーでは「傍流」なんですか。そんなイメージはないんですが。

川上氏:
 そう言われると、エンタメ業界は少しさみしい気持ちになるんじゃないですか?

丸山氏:
 なんでだよ(笑)。

川上氏:
 だって、エンタメ業界的には“ソニー=丸山さん”ですもん。音楽業界ももちろんですが、ゲーム業界からみても、PSを作った久夛良木さんという、とてつもないインパクトのある人物がいて、それを「ザ・ソニー」として抑えられる唯一の人物、というのがゲーム産業から見た丸山さんじゃないんですか?

丸山氏:
 まあ、そういう見え方になるんだろうね。でも実際は、EPIC・ソニーやSCE【※】なんて「傍流」もいいところだよ。

※株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント
1993年設立。現在は株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)に名称を変更している。

久夛良木さんの自宅に見る「狂気」

丸山氏: 
 そういや久夛良木、角川の社外取締役をやってたんだろ。川上さんも会議で彼が言いたい放題している姿を見ているんじゃないの。

川上氏:
 いやもう、角川グループホールディングスの取締役会の半分くらいの時間は、久夛良木さんに対する説明で構成されてましたから。

――え、そうなんですか。PS3以降、見かけなかったのですが、そんな身近なところにいたとは。

丸山氏:
 会長の歴彦さん【※】、アイツによく我慢してたよねえ。マゾなんじゃないの(笑)?

※角川歴彦
1943年、角川書店創業者の角川源義の子として生まれる。現在は、株式会社KADOKAWA取締役会長、カドカワ株式会社取締役相談役、株式会社角川アスキー総合研究所代表取締役社長、神戸芸術工科大学客員教授などを務める。

川上氏:
 いや、そうでもないんですよ。例えば、なんか強引な企画が取締役会に上げられてくるじゃないですか。そういう場合って、だいたい角川歴彦会長がゴリ押ししたものなんですよ。でも、久夛良木さんは当然、あの調子でゴリゴリ意見を言って攻めてくるじゃないですか。

 すると、他の取締役たちも久夛良木さん側に立って、上程された案に対して一緒に攻撃を開始するんです。

――すごい光景だ(笑)。

丸山氏: 
 それって経営企画室とかの人が、会長に言われて作った案なんだろ。大丈夫なの?

川上氏:
 いや、なぜか角川会長も一緒になって、上程された案について攻撃するんですよね。そういう時は。

 そして文句をいう取締役を選んでるのも、全て歴彦さんなんですよ。つまり、歴彦さんは自分がワンマンなのに、わざとそういうウルサい人ばかり周囲に置いておいて、ブレーキ役にするんです。歴彦会長のワンマンじゃないようにしようとする自制心は凄まじいですよ。

丸山氏:
 なるほどなあ。

川上氏:
 まあでも、結局は「ワンマン」なんですけど。

一同: 
(笑)

丸山氏:
 はっはっは。ブレーキを利かせてるんだけど、やっぱりどっかの地点でツルっと外れて、ワンマンに突っ走る瞬間があるんだな。

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川上氏:
 いや、自制心を働かせるのなら、普通はアクセルを踏まなきゃいいんです。でも、歴彦さんは、アクセル自体は手加減せずに思いっきり踏んでくる(笑)。その代わり、急な下り坂でも止まれるような、強烈なブレーキも用意しておくという発想ですね。

丸山氏:
 難しい人だねえ(笑)。自分でブレーキとアクセルを両方踏んでちゃ、世話ないよな。でも、俺なんかはそのブレーキ役には向いているんだけど、久夛良木もそういう場面では、良いブレーキになるんだね。

――それにしても久夛良木さんが、角川でそんな風に活躍されていたとは。

川上氏:
 僕は一度、久夛良木さんの自宅に招待していただいたことがあるんです。そうしたら、もう玄関から1m進むごとに、5分くらいの説明があって、中々リビングに入れないんですよ。

丸山氏:
 あいつが自分で建築した家だよな。どうせ「このタイルがどうこう」とか聞かされたんだろ。

川上氏:
 そう、「ここの石はどうこう」とか「ここの材料はどっから持ってきて」とか、細かいところまで、すごいこだわりがあるんですよ。だから、なかなか前に進めない(笑)。

丸山氏:
 あの家は、本当にアイツが手間暇かけて作ってるからね。なにせ、アイツは家を斜面に作っちゃったら、水が出てしまったんだよ。しまいには土木工事になっちゃったんだから。

――どういうことですか、それは?

丸山氏:
 もう、家を工事している最中に、水がジャンジャン湧いちゃったの。どうも、どっかの水脈を切っちゃったらしいんだよな。もう、1分間に何トンという水がジャンジャン出ちゃって、その水止めにもの凄い金をかけるハメになったはずだよ。

――さっきから聞いていると豪快すぎて、もはや普通の家を作る規模を超えてるような。

丸山氏:
 そりゃそうだよ。あのコーエーの襟川さん【※】が、久夛良木が「ソニーの社長になろう」という気に突然なっちゃったときに、「家を建てる」のと「社長になる」のを二つ同時にやるのは、ちょっと無理だと思うんだよなあ、と言ってたくらいだから。

※襟川恵子
1949年生まれ。株式会社コーエーテクモホールディングスの代表取締役会長。1978年に夫の襟川陽一と光栄を設立する。コーエーテクモゲームスの開発チーム“ルビーパーティー”を立ち上げ、『アンジェリーク』『遙かなる時空の中で』『金色のコルダ』といった女性向けゲームのシリーズを生み出した。

川上氏:
 しかも、PS3の開発と同時期ですよね。ただ、久夛良木さんの話を聞きながら、きっとPSの開発を久夛良木さんは、家と同じように作っていたんだろうと思いました。だからこそ、あんな凄まじいものを作れたんだろうけど、周囲の人は大変だったろうなとも思いましたね。やっぱり、とてつもない天才ですね。

語られざるPS誕生秘話は……ない?

――というところで、今日はぜひお二人がSCEを立ち上げたときの、語られざる秘話を聞きたいと思ってるんです。

丸山氏:
 まだ表に出てない面白い話なんてのは、もうねえよなあ。

川上氏:
 本当ですか(笑)?

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丸山氏:
 そうだよ。だって、あんたは久夛良木の性格をご存知だと思うけど、アイツは実際に可能かを確認・検証してからでないと、自分の考えで周囲を動かすことをしないんだ。だから今、表に出ている話以上には、特に残ってないんだよ。まあ、もちろんアイツの頭の中には色々とあったんだろうけどね。

 強いて言えば、PSのスタート時だけは、「やれるかどうか分からない」場面で、踏み切った部分もあっただろうな。でも、プロジェクトがスタートしたあとは、会社に「これだけ投資したんだから、もう後戻りできねえぞ」という態度だったよ。

川上氏:
 会社を人質にした(笑)。

丸山氏:
 まさにそうだよ。その後は、自分のやりたいように周囲を引っ張り回してた。もうアイツに意見できるほど度胸のある上の人なんて、ソニーにはいなくなっていたよ。まあ、組織的にはそもそもアイツの上には、当時ソニーの最高経営責任者だった大賀さん【※】しか居なかったんだけどさ。

※大賀典雄
日本の実業家、指揮者、声楽家。1982年から1995年までソニーの社長を務める。CBS・ソニーレコード株式会社社長(初代)、ソニー商事株式会社社長、ソニー最高経営責任者(初代)などを歴任した。

 でも、大賀さんは途中から「久夛良木かわいい」になっちゃうし、そしたらもう俺たちはアイツの野望のための奴隷状態。PSが実現するまでは、俺もちっとは気を遣われてたけど、その後あっという間に地位が滑り落ちちゃった。ひどいよねえ(苦笑)。

川上氏:
 でも、久夛良木さんなんて、組織の中では衝突しまくるタイプの人でしょう。そこを丸山さんがブロックしていたんですよね?

丸山氏:
 いやいや、野放しにしていただけ。でもさ、あんな生意気で、みんなを逆上させる人間もいないから、大変だったね。そもそも久夛良木は「誤解されやすい」んじゃないの。みんな「正しく理解」して、怒ってるだけなんだ。

――(笑)。

丸山氏:
 だから、俺の役割は、いじめっ子やガキ大将の親みたいなもんだよ。周囲を泣かせているときに、「いや、あの子は本当は悪い子じゃないんですよ」とか「すいません」とか言って、頭を下げて回る親みたいなもんだ。だから、あんまり頭が良くなくても、できちゃうお仕事。それを見て、また生意気な久夛良木のやつが「丸さんはなあ、何にもわかってないからなあ」と、あの調子で言うわけだよ。腹立つよね(笑)。

川上氏:
 でも、そんな久夛良木さんに皆さんがついていけたのは、丸山さんのお陰なんじゃないですか。

丸山氏:
 まあねえ。だって、俺は技術のことなんて、いまだに何にも分かってないし、分かってないのが見え見えじゃない。しかも、それを隠そうとさえ思ってないからね。

 すると、そういう人間は「ええ、今ごろ急にそんな質問を」みたいな初歩的な質問を、もう時期外れのときにでも平気で出来ちゃう。俺は自分のことを“アホの坂田”と言ってたんだけど、みんなが困ってるときに、バァーとした顔で「なんで?」ってバカなことを聞くんだよ。すると、久夛良木が突然の質問にうろたえて、言葉に詰まることがあんの。

――そんなとき、久夛良木さんはどうするんですか?

丸山氏:
 まず、悔し紛れに「丸さんは、何もわかってないんだから」なんて言って、“こんな人間がこのチームにいるのは迷惑だ”という顔をするの。でも、「まあ、しかし直感だけはいいからなあ、丸さんは……」なんて言い出して、真剣に考え始めるんだな。ま、アイツと俺の基本的な関係は、そういうもんだよ。

 でも、こんなのは既に話してることでしょ。PSについて話すことなんて、何か残ってるのかな。

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