ゲームはおもしろい。マンガもおもしろい。だったらゲームについて描かれたマンガは、きっとおもしろい。
大昔、インベーダー印のキャップをかぶった出っ歯の少年は、プレイの最後に必殺技を放っていた。でも四半世紀ほどの昔、寡黙な彼女にモテていたガイル使いのアイツは、ひどく現実的で必殺技なんか放たないスタイルで闘っていた。
時代によって傾向が変遷しているこれら“ゲームマンガ”を読み、分類・整理・紹介すれば、きっとビデオゲームの置かれた現状など、“何か”が見えてくるのでは? そう思ったのがこの記事の発端だ。
対象としたのは、始祖『ゲームセンターあらし』以降、日本で手に入る“ゲームについての商用マンガ”。とはいえ、追跡しきれないほど膨大な数のゲームマンガがある。そこで今回は基本的に、
・ゲームの原作となったマンガ
・ゲームをコミカライズしたマンガ
・ラノベがマルチ展開していくなかでコミカライズされているもの
を除外し、さらに独立して単行本化がなされている作品に絞った。それでもその数は83作品287冊となった。
これらを分類したところ、プレイヤーを描いたマンガ、作り手を描いたマンガなど、ある程度の傾向が見えてきた。その中からおもだった作品をピックアップして書評的に紹介していくこととしよう。以下がその分類と、インデックス代わりの各作品名だ。
【分類1:バトルマンガ】
ゲームを通じたバトルをおもに描くマンガ
ゲームセンターあらし/マイコン電児ラン/ファミコンロッキー/バーコードファイター/01 ZERO ONE/ウメハラ To live is to game/ウメハラ FIGHTING GAMERS!/Good Game/七海の623/BATTLE MEXIA/いつかみのれば
【分類2:ゲームプレイヤーマンガ】
バトル以外のプレイヤーの遊ぶさまを軸に描くマンガ
ワンダービット インサイダーケン編/空談師/ルサンチマン/ナツノクモ/日がな半日ゲーム部暮らし/すこあら!/神のみぞ知るセカイ/BTOOOM!/かくげいぶ!/ゆうべはお楽しみでしたね/百万畳ラビリンス/廃課金四姉妹/アヴァルト
【分類3:エッセイ・ルポマンガ】
ゲームやゲーム周辺を題材にエッセイやルポルタージュの形で描くマンガ
あんたっちゃぶる/おとなのしくみ/犬マユゲでいこう/気になったもんで/ひちゃこのゲーム体験記/4コマゲーム通信 ふぁみもん/福満しげゆきのほのぼのゲームエッセイマンガ/突撃!となりのプロゲーマー/無慈悲な8bit/パパはゲーム実況者~ガッチマンの愉快で平穏な日々~/学研 まんがでよくわかるシリーズ テレビゲームのひみつ
【分類4:ゲームクリエイターマンガ】(次回掲載予定)
ゲームを仕事にする人々を描くマンガ
ドラゴンクエストへの道/あそびじゃないの/ゲームクリエイター列伝/RiNGO/ゲームソフトをつくろう/東京トイボックス/大東京トイボックス/げーむ部!/R18!/超熱ゲームキッド!! クリエイ太/京アミ!/NEW GAME!/EGメーカー/エロゲの太陽
【分類5:ギャグ・コメディマンガ】(次回掲載予定)
ゲームを題材としたギャグやコメディタッチのマンガ
ファミコンランナー高橋名人物語/ファミコン探偵団/大トロ倶楽部/しあわせのかたち/べーしっ君/はまり道/ゴッドボンボン/ニューはまり道/Gセン場のアーミン/ジャングル少年ジャン番外編 ドッキンばぐばぐアニマル/ドキばぐ/ゲームびと公式ガイド/進め!!聖学電脳研究部/セガのゲームは世界いちぃぃぃ!/羽生生純の1ページでわかるゲーム業界/アーケードゲーマーふぶき/ゾルゲ大全集/プリンセス破天荒/P.S.すりーさん/電脳遊戯クラブ/にんしんゲーム天国/えすえぬ家の人々/メガドラ部長りるなちゃん/にゃん天堂/ちきう☆防衛隊! セハガール
【分類6:レトロマンガ】(次回掲載予定)
ゲームを題材に懐古を楽しむマンガ
8bit年代記/ピコピコ少年/れとろげ。/ハイスコアガール/僕らが格闘ゲームに夢中だった頃/RYU-TMRのレゲー解体劇場/懐かしファミコン物語/おばあちゃんとゲーム/ゲームやるから100円貸して!
どの作品にも描かれる動機があり、ゲームが好きな読者に向けて描かれている。だから個々の作品の数量的な評価は、あえて付けていない。なるべくどの作品にも興味を持ってもらえるように、フラットな視点を心がけたつもりだ。それでも筆致から溢れ出る何かを感じたら、それが言外のオススメであることを察していただければと思う。それから、これでゲームマンガが網羅できたとも思えない。ぜひ「あのマンガがない」、「このマンガはどうだろう?」という声がいただけたら幸いだ。
当初は「軽い解説程度で」と始めたところ、気がつけば約4万字に及ぶ膨大な分量になったので、今回はその前半部(バトルマンガ/ゲームプレイヤーマンガ/エッセイ・ルポマンガ)のみを掲載する。8月中旬公開予定の後半と合わせ、全2回にわたってお送りしよう。そして最後に全体を俯瞰して見えてきた、いまのゲームを取り囲む状況が語れればと思う。
※紹介しているタイトル後の諸元は、全冊数/単行本1巻の刊行年/作者/発売元/掲載誌・掲載サイトを表している。表紙画像は初出時のものを基本としている。文中の人物名は、作家、作中の登場人物、引用的に取り上げた人物問わず、基本的に敬称を略した。出版社、掲載誌、掲載サイトなども刊行時の名前に依った。本稿で使用されている書影などは全て筆者の個人所有のもの。
【分類1:バトルマンガ】ゲームという言葉の意味は“遊び”じゃない、“駆け引き”だ
不特的多数のプレイヤーが遊んだ世界最古のビデオゲームは、戦後しばらくして開発された、その名も『Tennis for Two(ふたりのためのテニス)』(1958年)というものだった。世界最古の家庭用ゲーム機オデッセイ(1972年・マグナボックス)もコントローラーはふたつ。これらのことが証明するかのように、ビデオゲームは生まれたときから、誰かと競うこと、駆け引きを楽しむことを娯楽の核に据えられている。そんな成り立ちのゲームを描いたマンガの始祖が、闘いを描き、大成功を収めたのもある意味必然と言えるだろう。
ここではフィクション、ノンフィクションを問わず、プレイヤーどうしの戦いに重きを置いた作品を見ていこう。
『ゲームセンターあらし』──アクションのダイナミズムは石ノ森の血統
語るまでもないゲームマンガのパイオニアにして金字塔。ファミコンの誕生が1983年だが、『あらし』の初回読み切りは『ブロック崩し』が題材で、じつに1979年のこと。ファミコン以前からすでに存在していたゲームマンガなのだ。
インベーダーキャップと出っ歯がトレードマークの石野あらしが、卓越した反射神経や動体視力でアーケードゲームをつぎつぎと攻略。ライバルたちと競い、最終的には核戦争を回避したり、異次元からの侵入者を撃退したりと、物語は恐ろしく壮大なスケールに発展していく。
作者のすがやみつるは、もともと石ノ森章太郎に師事していた人物。石ノ森ヒーロー作品の持つアクション面でのダイナミズムが、『包丁人味平』(1973年・集英社)【※1】などの成功例が世間にすでにあった “特殊なジャンルでの対戦バトルもの”の上で花開いた形だ。「ゲームは得意だが、勉強とかあちゃんに弱い」主人公像、主人公と正反対のクールさを持つ優秀なライバルなどは、’70年代少年マンガの匂いを色濃く残すものだろう。
マンガとして読むと、“月面宙返(ムーンサルト)り”や“水魚のポーズ”、そして“炎のコマ”など、キッズとしてはどうしても真似せずにはいられないキャッチーな部分や、エスカレートしていく大仰な対戦シチュエーションなどの荒唐無稽ぶりや痛快さに目を惹かれがち。だが実在のゲームを題材にしていた時期の、図示による最新ゲームのルールやポイント解説などは資料的価値が高く、攻略情報の要素も多い。
ゲームマンガのフォーマットを成立させた『あらし』は、『ファミコンロッキー』(1985年・あさいもとゆき・小学館)、『ファミ拳リュウ』(1985年・ほしの竜一・講談社)、『ファミコン少年団』(1986年・さいとうはるお・小学館)、『ファミコン風雲児』(1985年・池原しげと・講談社)、『ファミコンCAP』(1986年・小林たつよし・小学館)、『ファミ魂ウルフ』(1986年・かたおか徹治・徳間書店)など、80年代半ばにつぎつぎとフォロワーを生み出していく【※2】のだ。
※1 包丁人味平
週刊少年ジャンプに’70年代半ばに掲載されていた、料理マンガの始祖。原作・牛次郎、作画・ビッグ錠。単純に料理を紹介したり、料理にしみじみとした思い出を乗せたり、料理を隠れ蓑に政治的な主張を語るような内容ではなく、徹頭徹尾ライバルと料理で競うマンガだった。戦いの果てにライバルが「あるもの」を使ったブラックカレーなども有名。同じコンビによる、より破天荒な料理マンガ『スーパーくいしん坊』という作品もある。
※2 フォロワーを生み出していく
なかには他の作品への併録だが、ファミコンマンガ初の少女モノ、しかもラブコメの『ファミコンまりクン』(1986年・うえだ未知・小学館・単行本『みらくるミミkun』に収録)などの作品もあった。
『マイコン電児ラン』──プログラミングができる賢い“あらし”!?
ポスト『あらし』マンガの中に、ファミコンでなくPC-6001(いわゆるパピコン)を題材にして、当のすがやみつる自身が描いた『マイコン電児ラン』がある。ランはあらし同様のキャラクターだが、プログラムの欠陥を見つけ修正して戦えるほどの力を持つ。あらしより賢いと言えるだろう。
そのあらしもじつはこの作品にゲスト参加しており、初回はプログラマーとしてのランと、プレイヤーとしてのあらしとの勝負から始まる。だが、闘いのさなかに真の悪者を見つけ、ランが空中にぶん投げたパピコンに、あらしがエレクトリックサンダーを放って(ああ、パピコンが……)悪人をやっつけるなど、ノリはそのまま。
単行本1巻には“あらしのマイコン百科”というオマケが付いており、「マイコンの神様 ビル・ゲーツ物語」なる作品も収録されている。近年には太田出版から、この作品とすがや氏の書籍『こんにちはマイコン』(1982年・小学館)などを収録した復刻版、『スーパーゲーム大戦ゲームセンターあらし対マイコン電児ラン+こんにちはマイコン完全版』(2002年・英知出版)が刊行されている。
『ファミコンロッキー』──ジャッキー好き? ゲームも好き? じゃあコレでしょ!
『あらし』から続くファミコンマンガの中でも、当時ジャッキー・チェンや『少林寺』などで人気を博していた拳法ブームを取り込んで差別化し、人気を博した作品。町内のゲーム大会から世界を股にかけた戦いまで物語の規模感の振幅がすごいのはファミコンマンガの常套、いや特権だろう。
拳法道場の息子という設定の主人公、轟勇気(トドロキだからロッキー)の戦いかたの特徴は、拳法使いであることによる身体能力の高さや、そこから編み出される技にも見られるが、それ以上に、苦境に立たされたときに自分がケガを負ってでも仲間を助けるなど、自己犠牲によって切り抜けるという根性の見せかたにある。
さらに作品を独特のテイストにしていたのは、事実のように描かれるウラ技の数々とサービス的に挿入されるお色気カットの存在。前者については、ゲームの挙動を含め虚実入り乱れて劇中で描かれているため、真偽の判別が難しく、当時の読者キッズに多くの誤解を生んだというエピソードもある。後者は『あらし』には少なかったものだ。『あらし』が純然たるガキマンガの系譜であれば、女子にもモテていたロッキーは、少しだけ高学年を狙ったリア充マンガだったのかもしれない。
作者は連載終了後に、内容を攻略情報に寄せた『ゲームボーイロッキー』(1998年・小学館)という作品を雑誌「小学五年生」で連載している。
『バーコードファイター』──男の娘とか、時代を先取りしすぎィィィィ!
’90年代に入るとビデオゲーム機も進化。ゲーム周辺も賑わい、さまざまな商品が登場する。そのひとつ、エポック社から発売された“バーコードバトラー”という電子ゲームは、コロコロコミックを軸とした小学館のプッシュにより、当時の子どものあいだで大流行した。
バーコードバトラーは、本体上のスリットにバーコードを通してスキャンさせることで、HP、攻撃力、守備力などのデータを生成。ふたりのプレイヤーが任意のバーコードを持ち寄り、データを競い合わせることで勝敗を決するというもの。専用のバーコードも存在したが、コンビニにあるようなあらゆる商品のバーコードを切り取ってスキャンできるため、強いバーコードを探すこと自体が子どもたちのホビーとなったのだ。
『バーコードファイター』は、その販促の一環として企画されたマンガ……のはずだったが、ストーリー、作画ともいっさい手抜きなし。メカのフォルムの美しさ、バトルシーンのダイナミズムとテンポのよさなど、対象年齢お構いなしの描かれかたをしており、いまオトナが読み返しても鑑賞に値するシロモノとなっている。
作者の小野敏洋は、じつは別名義での成人や同人方面での活躍も多い人物なのだが、この作品でも、単行本で言えば2巻終盤になって、ヒロイン有栖川桜が、いまでいう“男の娘”【※】であることが明かされ、当時のキッズは腰を抜かしたり、そこで目覚めてしまったりというエピソードも持つ。
玩具としてのバーコードバトラーは、ほぼ3年のあいだに後継機が集中して登場。やがてブームは落ち着いていき、マンガも同様に3年で完結を迎えることとなる。あのころバーコード探しに夢中でこのマンガを未読のバトラーは、機会あればぜひ読んでみてほしい。当時の熱さと、当時の読者の驚きが同時に味わえるだろう。
ちなみに、コロコロアニキ2016年11月号では、中学生となった主人公たちの復刻読み切りが描かれている。
※ 男の娘
“男の娘”というワードが成立するのは、おそらく2000年代後半。じつはこの有栖川桜以前のタイミングで男の娘の条件を満たしたヒロインが登場するマンガは、江口寿史『ストップ!!ひばりくん!』(1981年・集英社)程度であろう。
※本項目の解説部分において事実と異なる表記があり、一部削除しました。作者ならびに関係される方にお詫び申し上げます。(2017年7月24日18時30分)
『01 ZERO ONE』──3D黎明期に花開いたプロトタイプ『GANTZ』
異常性愛マンガ(褒め言葉)『変[HEN]』(1991年・集英社)、『HEN』(1995年・集英社)などの連載のあと、作者の奥浩哉が挑んだのは、人物以外の全編をフルCGで描くという、1999年の時点では前代未聞の格闘ゲームマンガだった。実在の風景をスキャンして加工するという後の作品で使われるようなテクニックでなく、物語に登場する背景もすべて立体を起こすという怖ろしさ。各巻にはカラー口絵が存在し、そこで描かれたCGも、20年近く前、しかも企業でなく個人であることを考えるとクオリティの高さに驚く。
物語はMBZと呼ばれる乗り込み型のバーチャル対戦格闘ゲームが流行している近未来が舞台。プロレスラーを父に持つ貧しい家庭の少年石動音露(ネロ)が、凄腕プレイヤーである(しかも同級生の)八神零と因縁を持ち、彼を倒すべく、MBZにイチから挑むというもの。プレイに必須のディスクも拾いものだが、そこに潜んでいたゼロワンなる意思を持ったキャラクターの助けを借りながら、めきめきと才能を開花させていくのだ。
八神との対決を夢見て、音露はまずホームに選んだ閉鎖間近のゲームセンターを救うべく、賞金の出る大会に出場するためのプレイヤー7人を集め始める。結果集ったメンバーは、気弱なサラリーマン、元プロボクサー、イケメン凄腕プレイヤー、可愛い女子高生プレイヤー、Fカップの主婦、その弟の高校生、そして潰れかけた父の空手道場を再興すべくゲームで奮闘する巨乳女子中学生。──要するに奥独特の間で奥独特の巨乳がチラチラするマンガとなっている。
こうして役者が揃ったところで、急激に物語は終了する。どうやらフルCG製作用のマシンの導入やスタッフの育成などで、時間も資金もリソースが尽き、自主的に連載を中断した模様。返す返すも話の続きが気になるが、この連載はムダとならず、ここでの資産が続く『GANTZ』(2000年・集英社)の大ヒットに繋がっていくのだ。
『ウメハラ To live is to game』、『ウメハラ FIGHTING GAMERS!』──張り詰めた緊張感の中心にいる静かなるビーストを見よ
’80年代に架空のプレイヤーたちがくり広げていた戦いの熱量は、’90年代以降、どこに消えたのか?
詳しくは次章で語るが、競わないプレイヤーを描くマンガの陰に隠れ、しばし潜伏することとなったのだ。そしてそれは2010年代に、実在するプレイヤーの戦いとなって再びその姿を現した。
『ウメハラ』はギネスブックに“世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー”として記録され、世界的認知と屈指の強さを誇るプロゲーマー、“The Beast”こと梅原大吾の物語。
序章『To live is to game』は、ウメハラの幼年期を断片的に描く。頂を目指し、たどり着き、そして居続ける人間が持つ“すごみ”を描く一方で、ウメハラの持つ普遍性、折れないメンタルや、熱さと達観を併せ持つ人物像の基礎がどこで養われたのかなどが散文的に語られる。マンガとして読みやすいかどうかと問われれば決してそうではないのだが、続編たる『FIGHTING GAMERS』に至ってマンガとしてのドラマツルギーを得て、俄然目が離せなくなっていくのだ。
前作とは趣向を変えた『FIGHTING GAMERS』では、序盤は他人の目を通してウメハラが描かれる。冒頭は大貫晋也の視点から立ちはだかる壁として。さらに作品は、前作の続きに位置するウメハラの学生時代へ遡る。このあたりから、どこまでがフィクションかわからない、ひとクセもふたクセもあるプレイヤーたちが登場。ゲームセンター、あるいは対戦格闘ゲーマー間に渦巻く、勝負ごとのヒリヒリした感じや、ゲームに乗せた自己顕示のようなものが誇張して描かれ、マンガに泥臭さと読者を運ぶ力が増し、どこか『麻雀放浪記』(1969年・双葉社)【※】にも似た読後感をもたらすのだ。
説明がパッションに追いつかず、読みにくさに繋がっているところも多いが、格闘ゲームに詳しくない筆者でも、攻防中の心理などに読み応えを感じる。いつバランスを崩し、話がひっくり返るかわからないマンガの状態は、読み物としての魅力が存分に滴っている。
掲載元となっていたサイト、週刊ジョージア(日本コカ・コーラが運営していた。そのため話中によく描かれる)がいまは閉ざされ、ヤングエースUPに移籍後、連載が続いている(無料で閲覧可能)。現在も活躍し続けるウメハラを、どうマンガが追いかけ続けるのか楽しみだ。
※『麻雀放浪記』
阿佐田哲也による、戦後の復興期の賭け麻雀を題材としたギャンブル小説の不朽作。1969年から週刊大衆にて掲載。主人公の坊や哲をはじめ、ドサ健、出目徳など、エキセントリックなバイニン(博打打ち)たちが跋扈する物語。
『Good Game』──e-Sportsだもの、そりゃ“スポ”根でしょう
恵まれた才能を持つプレイヤー大吾と、弛まぬ努力と恵まれた環境を持つエレナのコンビによる、e-Sportsマンガ。e-Sportsが題材であること自体がめずらしいが、別テーマでもあまり違和感がないスポ根ライクな入り込みやすさになっている。そのぶん試合の描写の薄さが気になるが、濃くしても作品が狙っている「e-Sportsを知ってもらいたい相手」向けではないから正解なのかもしれない。
続きそうな感じで2巻が終わるが、残念ながらそこまで。もう少し、ヒロインに匂い立つ遊人の香りを追い掛けてみたかった。そういう向きは、同じ作者の代表作『ぜつりん!』を読むといい。
『七海の623』──愛する対戦格闘を広めたいパトスがにじみ出る
元ゲームプランナーで格闘ゲーマーでもある作者による対戦格闘ゲームマンガ。格ゲーの初心者だが、すぐに上達するほど非の打ちどころのないヒロインと、格ゲーだけが取り柄の主人公がタッグを組んで『ウルトラストリートファイターIV』(2014年・カプコン)大会に挑むが……単行本1巻で終わってしまっている。
鳥山明を目指したキャラクターが北崎拓的な目つきをしたりなど、総じてオールドスクールなマンガだが、対戦格闘ゲーム(というか1巻では『ウルIV』のことしか描かれいていない)を広い層に解説したいという思いはひしひしと伝わる。続けばそれなりの形になったかもしれないだけに残念。
ちなみに623は昇龍拳コマンドのレバー入力方向だ。
『BATTLE MEXIA』──ジョイスティックひとつで闘いの荒野に降り立つ
思考を読み取るインターフェイス“ID”が普及し、対戦格闘ゲームの強さが人の将来や価値を決める時代に、博物館級の骨董品であるアーケードスティックで戦いを挑む少年の物語。
ふとしたはずみで、全世界的に人気を博している唯一無二の対戦格闘ゲーム『BATTLE MEXIA』をプレイすることになった主人公の天使アサヒだったが、10年前にすでにこのゲームをプレイしていることに気づき、アーケードスティックを持ち出してくる。その強さたるや、世界ランカーを打ち負かすほど。その過程で2年前に彗星の如く現れ、日本の頂点に達したユナ様こと、天使ユウナが生き別れになった実の妹と知り、手掛かりを追ってさらにゲームにのめり込むことになる。
いまどきのクールな絵ながら、展開は『リングにかけろ』(1977年・集英社)級の気宇壮大っぷり(富士山頂の特設バトル会場とか!)。だが物語のセオリーを踏まえ、マンガ的な底力を見せる一方で、バトルシーンでの、プレイヤーとキャラクターの動きを連動してみせる工夫なども巧い。
ID酔いをする主人公の秘密、劇中ゲーム『BATTLE MEXIA』の開発にまつわる物語、向こうからコンタクトを取ってきた妹が兄に放った言葉の真意など、現在Web上で6話までが公開されている(単行本収録は4話まで)のみ。これから始まる感が強いが、それゆえに続きが気になる作品だ。
『いつかみのれば』──極地に咲いた百合格ゲーマンガという名の花
格闘家の父を持つ、動体視力と反応速度に優れた女子高生ミノが、対戦格闘ゲーム好きの同級生四条に導かれ、格ゲーに手を染め、成長していく物語。もうひとりの女の子ZTTとのあいだでいろいろな考えを咀嚼しながら、「格闘ゲームって何が楽しいのか?」という、素朴だが根源的な疑問に丁寧に迫っていく。
特筆すべきは、この作品が“コミック百合姫”という、非常に限定されたマンガの果ての地に咲く女性作家によるものだということ。だが、百合というほど強烈な何かではなく、ゲームを通じた女の子どうしの関係性がほどよい。
女の子たちの戯れを見に来た読者に豆鉄砲を食らわすような濃さも見もので、見開きを使っての詳細な「フレーム」についての解説や、「スカ確」、「暴れ」など、ほかの対戦格闘を題材にしたマンガと比べても、かなり解説が濃密かつ丁寧。作者のゲーム愛がにじみ出ているとともにフツーにマンガとして引き込まれる秀作であることは間違いない。