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『アクアノート』『太陽のしっぽ』『巨人のドシン』を繋いだ一人の画家を巡る偶然──“無謀”承知でゲームに「身体性」を取り込んだ理由とは?【飯田和敏連載】

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イラスト/納口龍司

イブ・クラインを意識した『太陽のしっぽ』のマップ

 (前回からの続き)

 『太陽のしっぽ』のマップは、人体のシルエットから作っていった。これは1950年代後半の画家、イブ・クライン【※】を意識している。

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イラスト/納口龍司

 イブ・クラインは、絵画表現の限界を超えようとする過程で「色」そのものを作った。
 「インターナショナル・クライン・ブルー」という独特の深みを持つ青い顔料で、これはいまでも購入することができる。

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※イブ・クライン……フランスの画家(1928-1962)。単色の作品を制作するモノクロニズムを代表するアーティスト。画像はYves Klein, Hiroshima (ANT 079), 1961
Dry pigment and synthetic resin on paper mounted on canvas
110 x 55 inch
© Succession Yves Klein c/o ADAGP, Paris
Image by MoicSC24. Licensed under the terms of CC-BY-SA-4.0.)

 イブ・クラインは、独自開発したこの顔料を使ったパフォーマンスを行い、その結果を絵画として残している。
 『人体測定』という作品では「インターナショナル・クライン・ブルー」を体中に塗布したモデルが、キャンバスに接触することで制作された。

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『人体測定』シリーズ。画像はイブ・クライン公式サイトのスクリーンショット
(画像はYves Klein | Seriesより)

 パフォーマンスを記録した写真では、モデルが泥遊びをするように無邪気で楽しげな様子がうかがえる。
 映画『世界残酷物語』【※】(ヤコペッティ、1962年)では映像を見ることができる。この映画では、理解し難い現代アートのひとつとして、ややポルノ的な文脈で紹介されている。

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※世界残酷物語……1962年に制作された映画。イタリアの映画監督グァルティエロ・ヤコペッティによる。世界の残酷で野蛮な風習を紹介したドキュメンタリーという体裁をとっていたが、実際には仕込みややらせも多く、物議を醸した。画像は日本版『世界残酷物語』DVDパッケージ。
(画像はAmazonより)

 ところがその痕跡である絵画では、泥遊びの無邪気さや扇情性は消滅し、人の存在が焼きついた記念碑であり生命の荘厳さを感じる。
 行為と記録の振り幅が最大の魅力だ。この部分をゲームとして継承しようと思った。

『アクアノートの休日』と『太陽のしっぽ』をつなぐもの

 『太陽のしっぽ』のマップには、目玉や耳の形をしたオブジェがあり、それらは人体の各部位に対応するように配置してある。『太陽のしっぽ』の舞台となる島は、巨大な人間の骸が長い年月をかけて大地になったものだ。

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『太陽のしっぽ』ゲーム画面。足のオブジェがある

 前作の『アクアノートの休日』には深海にあるはずがない人の足跡があった。これは「生命の実験室」というエリアで、実験装置の名残りが海底遺跡になっている。
 この実験室から生まれた人間の様な生物がどこかへ歩きはじめ、そして世界の果てで尽き果てるという物語を示唆していた。その人間にはずっと名がなかったが、後の作品で与えることになる。「ドシン」だ。

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巨人のドシン……1999年に任天堂より発売されたNINTENDO64用テレビゲーム、およびそのシリーズ。プレイヤーは巨人のドシンとなって熱帯の島の地形を変えたり島民や木を運ぶことができる。
(画像は『巨人のドシン』公式サイトより)

 3つのバラバラの作品が群としてまとまったことで、作家としての充足を感じることになるのだが、『太陽のしっぽ』を作っている頃の僕はまだそれを自覚していない。

「indigo2」での開発は、クリエイションの不安を柔らげてくれた

 『太陽のしっぽ』で僕はディレクター兼グラフィッカーとしてかなりの作業をこなした。オープニングムービーの洞窟画アニメーションはひとりで作った。
 キャラクターのモデリングはCAD用ソフトでこなしていたのだが、モーション作成の工程で行き詰まった。

 PCでの開発環境にこだわり、知恵と工夫でなんとかやりきりたい気持ちはあったのだが、マスターアップを意識するとそうも言っていられず、別チームで使っていたシリコングラフィックスのワークステーションを借りてモーションを作成した。
 「indigo2」【※】というハードだった。インディゴはジーンズなどに用いられる青い染料系の顔料で「インターナショナル・クライン・ブルー」と近い色だった。それが何ですか? という話ではあるけれど、作品制作中の高揚では「ピコーン!」となる。
 単なる偶然に必要以上の意味や関連を見出すことは、クリエイションの不安を柔らげ、同時にイケイケ感を加速する。

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※Indigo2……シリコングラフィックス社より1992年から1997年まで発売されていたワークステーションのシリーズ。画像のディスプレイ下にあるのが本体。
(画像はWikipediaより)

 ようやく実機(PS開発機)に原始人が現れ、大草原で動けるようになった。原始人の歩きの動作とマップでの移動量を目分量で調整していく。なんとか様になりジャンプに取り掛かった。プログラマーが作業する横で僕は自分の仕事をしながらチラチラと様子を伺っていた。数日の作業で空間に対して垂直にジャンプするようになってタスクは完了した。
 狩りのためのアクションなど一通りの動作が完成し、実機で動作チェックをしていると想像力が刺激され色々とやりたいことが出てくる。だが、ここで作業を増やしてしまうとマスターアップの時期を逃してしまうので悩みどころだった。

ゲームの単調さを解消すべく取り入れた、いくつかのアクション

 散策ゲームを標榜しているので矛盾しているのだが、動作チェックをしていて感じたことは移動がダルいということだった。テストプレイをしていると単調でつい眠気を誘われる。気がつくと寝落ちしていることが何度もあった。
 慢性睡眠不足の現代人にとって決して悪いことではないと思いつつ、単調さを解消する方法を考えた。ただし、工数を増やしてはいけない。

 ジャンプの実装の途中で、原始人が斜面の法線方向にジャンプするバージョンがあったことを思い出した。その時はプログラマーと一緒に「これはないわー」と笑ってやり過ごしていたのだが、それを復活させるのはアリかもしれない。

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『太陽のしっぽ』での法線ジャンプ

 現実の物理法則を無視することになるし、斜面の方向によっては意図とは逆の方向へぶっ飛んでしまうというリスクはあるが、コツを掴んで上手くプレイすることでショートカットできる。同じ場所でゲームを作り、その過程を共有していたからこその「法線ジャンプ」の復活である。
 そのプログラマーにとって積極的には見せたくない箇所だ。

 さらに、寝落ち対策について強烈なアイデアを思いついた。プレイヤーに先回りして原始人が寝てしまうのはどうだろうか。これはよいアクセントになるはず!

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『太陽のしっぽ』プレイヤーより先に寝る原始人

  冷静に考えると、何かがおかしいような気がしなくもなかったけれど、ここでテンションが下がると何かが崩壊してしまいそうな予感があったので「法線方向へのジャンプ」と「操作しているキャラクターが勝手に寝てしまう」の2つをサクッと実装してみた。

 これはいい、と思った。特にキャラクターが勝手に寝てしまうのは、想像以上に衝撃的で、ゲームがいきなり脱臼してしまうようだった。
 ゲームプレイというインタラクションによって、プレイヤーはゲームキャラクターと自然に同化していく。それを切断することにより、簡単な慣れを許さない。このハードルを超えるとおかしな一体感が生じる。

 原始人が寝入るとテストプレイヤーも寝入る、原始人が目覚めるとテストプレイヤーも目覚める。寝入りのタイミングが予想できないように、複数のパラメーターを関連させ複雑なものにした。
 それを仕込んでいる自分たちにも訳がわからないようになったところで完成。「indigo2」は返してしまったので、寝入るモーションは作らなかった。これも“いきなり感”においては効果があった。

余裕はなかった。「これでいいのだ!」と前進以外の選択肢はなかった

 こうしたことが従来のアクションゲームのアンチテーゼとして捉えられたりもしたけれど、実のところは、モダンアートの文脈を応用したゲームを作りつつ、ユーザーフレンドリーさにおいては誠実でありたいという、方向性の異なる2つの目標を同時に追った結果だったのだ。
 ビルド・アンド・スクラップを繰り返しながらポイントを押さえていくのが理想だが、その余裕があったら逆に無謀はしなかったとも思う。開発のスタートから「無謀上等」でいこうとは言っていたが、ここに至っては、本質的にコントロール不能状態になっていく。何があっても「これでいいのだ!」と開き直る。

 とにかく『太陽のしっぽ』チームには前進以外の選択肢はない。まだ、野生生物との戦い、マップに散らばるアイテム、部族の進化やマルチエンディングなど未着手の仕事が多くあった。完成まで残り2カ月を切っていた。(続く)

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著者
『アクアノート』『太陽のしっぽ』『巨人のドシン』を繋いだ一人の画家を巡る偶然──“無謀”承知でゲームに「身体性」を取り込んだ理由とは?【飯田和敏連載】_011
飯田和敏
1968年生まれ。多摩美術大学卒。卒業後アートディンクに就職、『アクアノートの休日』『太陽のしっぽ』を手がける。その後、独立して有限会社パーラム(現・有限会社バロウズ)を設立、『巨人のドシン』を制作。現在は立命館大学映像学部教授を務める。
Twitter:@iidakazutoshi

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