叶「みんな、自分の文明が進化するにつれてよそが邪魔になってくる」
物資が限られている中、ひとつのサーバーで多くのキャラクターが生活するには、戦争というものは避けることのできない運命だったのかもしれない。
2015年に初めてリリースされた『ARK: Survival Evoled』という、恐竜が住む島でのサバイバルをテーマにしたマルチプレイオンラインゲームがある。2020年3月23日、その『ARK』で行われた「にじさんじARK戦争」。そこに生まれたバーチャルライバーたちの新しい“社会構造”は、これまでにないバーチャルライバーおよびvTuberの広がりを見せ、大きな注目を集めつつある。
この記事では、その動向を筆者の目線から解説していこう。なお、勢力図や経緯は公式のアーカイブ、コジィさんのツイートを参考に執筆しており、ここに感謝を述べたい。
「ARKにじさんじサーバー」のはじまり
「にじさんじARK戦争」とは、『ARK』で先日発生したvTuberプレイヤー同士の大戦争、つまりは大規模なPvPのことを指す。バーチャルライバーグループ「にじさんじ」出身の本間ひまわりがゲーム実況の企画で『ARK』にて立てた「ARKにじさんじサーバー」でその争いは起きた。
「ARKにじさんじサーバー」(以下、「にじ鯖」)には多数のvTuberが参加しており、その歴史は2020年2月4日、本間ひまわりと同じくバーチャルライバーのラトナ・プティによるコラボレーション初配信にて始まった。
本間ひまわりは、この時点で多少(約8000時間)のプレイ経験があり、そのすえに念願のサーバー設立を実現した。当時は、「マイクラみたいにのんびり」と発言しており、だれもがまさか戦争が勃発するとは想像していなかっただろう。
実際に『ARK』はPvP要素はあるものの、ほかのマルチプレイオンラインゲームと同様にプレイヤー同士が徒党を組むことが可能であり、みんなで恐竜をテイムにしてペットにしたり素敵な拠点を作ったりと、ある程度は平和な夢のサバイバル生活に挑戦することができるゲームだった。
ASKとコーヴァス帝国の交渉と同盟。にじ鯖で政治の要素が強くなる。
各プレイヤーが思い思いに動いていく中、2月20日の水資源をめぐるふたつの陣営「ASK」(アルファスレイヤーズ)と「コーヴァス帝国」の交渉がのちに起こる戦争への序曲となる。
加賀美ハヤト率いるASKは、拠点をその場のノリで崖の上に築いたせいで、水資源に乏しく悩んでいた。また、その崖下にある水辺にはイブラヒム率いるメイフ軍が築き上げたコーヴァス帝国が建国されており、ASKは水資源を確保するには帝国と同盟を結ばなければならないことに気が付く。
ASKの加賀美ハヤトはこのころから「なるべくローコストで戦争を起こせないか」と発言するなど、かなり血の気が盛んな様子がゲーム開始時からうかがえた。
コーヴァス帝国に照準をあわせて強力な武器を向けたり、ペットのドードー鳥に「イブラヒムさんへ 手付金 加賀美」、「ボクタチ トモダチ カガミ」という名前をつけて送りつけるなど、かなり高圧的な印象を与えた。帝国のイブラヒムも水資源を持っている優位性を背景にASKと張り合うことになり、強い緊張状態が続くことになる。
そんな中、2月29日に両勢力の会談の場が設けられた。事態は収束すると思われたが、ここで夜見れな、叶、渋谷ハジメ、そしてサーバーを立てた本間ひまわりの4人で構成された「四皇」【※】と呼ばれる存在が登場する。
にじ鯖で強力な戦力を持つ4人のプレイヤーのうち、叶と本間ひまわりが目の前に現れたことによって、さらなる混乱が起きる。ふたりの力を見せつけられたASKとコーヴァス帝国は、ひとまず仮の同盟「太鼓の達人」を組むこととなる。
だがASKの加賀美ハヤトは、その裏で新たな戦力を求め、四皇の叶と渋谷ハジメと並行して武器の商談を進めていたのだった。四皇と呼ばれる4人の有力者たち、ASKとコーヴァス帝国という二大勢力。その力関係は、水資源を起点として徐々に変化していくことになる。
にじ鯖のARK動乱が面白いことになってたので雑なまとめ、同盟結成あたりまで#加画美 #絵ブラヒム pic.twitter.com/mLDNUmZDKy
— コジィ🦑🐝 (@kozy0080) March 5, 2020
「四皇会議」とシェリン監禁事件
3月6日、にじ鯖内における動乱を察した四皇は中立地域であった海上拠点にて「四皇会議」を実施する。それぞれの戦争に対するスタンスを話し合い、ルールを設けることによって、会議はひとまず終了する運びとなった。
しかし四皇の夜見れなのもとに、策略を打って出たASKから、監禁された仲間のシェリン・バーガンディの写真と身代金の要求の通達が送られる。すぐに鳥類のアルゲンタヴィスに乗った夜見れながASKの拠点へと足を運ぶ。あまりの威圧感に下手にでてしまったASKの加賀美ハヤトは、そのまま空中へと連れ去られてしまった。
これにより強く出ることができなくなったASKは、もうひとりの四皇、本間ひまわりが提案した交換条件で和平の手を打つことに決定。最終的にASKは本間が用意したセメント500個を入手することに成功する。しかし勝手に和解を成功させた本間ひまわりに借りを作る形になった夜見れなは、顔に泥を塗られることとなった。
さらに今回の誘拐事件に際し怒る夜見れなに対し、ASKの夢追翔は「同盟を結んでいる。盟主はコーヴァス帝国のイブラヒムだ」と伝える。そのため、夜見れなはコーヴァス帝国もASKと組する敵だと認識してしまった。
にじさんじARK雑なまとめ② 同盟結成後3/5~3/6ぐらいまで#にじさんじARK #加画美 #絵ブラヒム #れなの鳥っくあーと pic.twitter.com/wIIMSd3ArR
— コジィ🦑🐝 (@kozy0080) March 9, 2020
夜見れなのヨルミナティがASKに宣戦布告
3月7日、PvPが可能になる時間が施行されるこの日に、コーヴァス帝国のイブラヒムは「シェリン監禁事件」の冤罪と水道代の支払いが滞っていることを理由にASKとの同盟を破棄。
3月8日、さらに「シェリン監禁事件」に関して夜見れな率いるヨルミナティはASKとの会談を申し入れ、加賀美ハヤトはこれを受諾した。会議中、ASKの夢追翔は同盟の道を提示したが、けっきょく意見は合うことはなかった。
そんな緊張状態が続く中、ASKの花畑チャイカは独断(ほかASKのメンバーも困惑)でヨルミナティの天宮こころを誘拐する。誤解と独断行動の積み重なりを経て、戦争への道は決定的になった。夜見れなはこれを受けてASKに対して宣戦布告するのであった。
その後、AKSは四皇の渋谷ハジメ率いる勢力「ジュラシックワールド」の本拠地に向かい、「新商品」の購入、一度は袂を分かったコーヴァス帝国のイブラヒムとの再同盟に成功し、戦いに向けての地盤を固めていく。
一方で3月17日、ヨルミナティの夜見れなはひそかに進めていた本間ひまわりとの商談を成立させる。しかし、援軍に関しては中立を守る本間ひまわりに却下されてしまう。商談を終えて帰還しようとするヨルミナティに対して、本間ひまわりは「紹介したいふたりがいる」とラトナ・プティと葛葉を紹介。不安に思いながらも援軍として迎えることとなった。
その裏ではバーチャルライバーのひとりであるベルモンド・バンデラスがASKの拠点へ訪れていた。多くの試練を乗り越え、ベルモンド・バンデラスはASKに加入。また3月21日に加賀美ハヤトはジュラシックワールドのエクス・アルビオに接触。交渉の末、エクス・アルビオは戦争に参加することを快諾した。それを受けて、一時的に渋谷ハジメと同盟を結ぶことを約束し、ASKとジュラシック・ワールドの新たな同盟「αUNION」が誕生することとなる。
にじさんじARK雑なまとめ③、3/7~17日現在の情勢ぐらいまで#にじさんじARK #加画美 #絵ブラヒム #れなの鳥っくあーと pic.twitter.com/6CQyAUWBex
— コジィ🦑🐝 (@kozy0080) March 17, 2020
にじさんじARK、雑なまとめ④ 3/17~21開戦直前ぐらいまで#にじさんじARK #加画美 #絵ブラヒム pic.twitter.com/CV1CXXg9o3
— コジィ🦑🐝 (@kozy0080) March 22, 2020
にじさんじARK戦争、開戦
3月23日、ついに戦争当日。当初は四皇の夜見れなが率いるヨルミナティが、ASKとジュラシック・ワールドの同盟αUNIONよりも戦力的に優位かと思われていた。なお、ルールはASKの加賀美ハヤトのツイートを確認していただきたい。
#にじさんじARK 今回の戦争の概要まとめです!
— 加賀美 ハヤト🏢 (@H_KAGAMI2434) March 23, 2020
23時終戦時に互いのベッドの数を確認し、同数であった(引き分けの状態になった)場合は延長戦をする予定です! pic.twitter.com/yWOy0nsbgv
しかし戦争に関係のなかったバーチャルライバーのひとりアルス・アルマルが、ロケットランチャーを売りにASKの拠点に向かう途中で銃を向けて脅され、半ば強引にαUNIONとともに戦いへと参加させられることとなる。
また、ASKと同盟関係にあるコーヴァス帝国の一員フレン・E・ルスタリオも加わったことで、当初は劣勢と思われたαUNIONの勢力は、ヨルミナティと並んだ。
いよいよαUNION対ヨルミナティによる「にじさんじARK戦争」の火蓋が切られる。両勢力、時間が足りなく最低限の拠点での戦いとなった。特にヨルミナティはトラブルが多く、大幅に戦力を欠いた状態であった。
雨の降る中、序盤はお互いの様子を見る展開に。先に手を打ったのはヨルミナティ偵察部隊の葛葉であった。要塞パラケラテリウムに乗ってゆっくりと侵攻中であったASKの加賀美ハヤトを、狙撃する。これを受け加賀美はすぐさま全軍突撃命令を出した。
つぎに戦況を変えたのは、戦場で迷子になっていたフレンとそのペットのギガノトサウルスであった。
奇跡的に敵陣営の背後へ辿り着いたフレンは、偶然に近いかたちでヨルミナティの拠点を奇襲する。それに対抗して、自身のズバット部隊で迎え撃とうとするヨルミナティの天宮こころであったが、奇襲のせいもあってかあまりにもあっさりと部隊が全滅してしまう。
今回の戦争を象徴するあまりにも悲しい、ヨルミナティ恐竜部隊の壊滅が起きたのであった。
そして、この戦争の決着をつけたのは、なんと直前に銃で脅されて加入したアルス・アルマルと、3月8日の単独行動で戦争を引き起こしたASKの花畑チャイカであった。
アルス・アルマルは、ヨルミナティ拠点をロケットランチャーで一掃。遅れてやってきた花畑チャイカも、同様にロケットランチャーを使用し加勢した。「ぶっ壊したけど?」と言いながら、拠点内にあった全てのベッドを破壊することに成功した。
こうしてαUNION対ヨルミナティによる「にじさんじARK戦争」は、αUNIONの勝利によって終戦を迎えた。まだこの戦争でにじ鯖は終わっておらず、次の戦争に向けて、いまもまたほかのライバーが動き出しているのであった。
ニュースメディアとしての、でびでび・でびる「にじARKニュース」
いま、私はこうして電ファミニコゲーマーのライターとして「にじさんじARK戦争」のニュースを執筆した。ニュースを書くということは、この世界おきていることの一部を切り取って伝えるということであり、それを必要としている読者がいて、そして社会が形成されているからこそできる活動である。
にじ鯖は多くのライバーが配信しているため、動画がたくさんある。一本の配信も4時間を超えるものもあり、今回の戦争に関してもすべてを追いきることができるファンはかなり少ない。そんな中、にじさんじ出身のライバー、でびでび・でびるが以下の動画を配信した。
これは、「でび山でび男」がにじ鯖で起きたことをまとめてニュース番組風に配信するものだ。にじさんじ出身ライバーを呼んで、討論風に戦争の予想をするコーナーも配信している。
「でび山でび男」がしていることは、私がニュースを執筆することとほどんど変わりがない。にじ鯖では、ニュースとして報じられる政治的なやりとりが行われており、ニュースとして語られるべき独立した世界が偏在している。
あまりにも複雑になったライバーごとの関係やドラマ、おそらく一読しただけではわからない展開が、にじ鯖をひとつの社会の縮図へと拡張し立体感のある関係図を作り上げている。これが今回の大戦争の、ほかでは見られない魅力のひとつだと言えるだろう。
渋谷ハジメのメタい記者会見
もうひとつ、関連の動画で注目していただきたいものがある。この動画は、渋谷ハジメが戦争についてファンから質問をもらって記者会見風に回答するものだ。その中で「メタい話をします」からはじまる印象的な演説がある。
「ガチの戦争なのかエンタメの戦争なのか」と、渋谷ハジメは切り出す。これは多くのファン(特に杞憂民と呼ばれる、これでは動画は伸びないと心配する層)が、SNSやコメント欄でよく言い争っている問題だ。それに対して「戦争って名はついているけど、ライバーさんはそれぞれ自分の考えたエンタメをしています」と渋谷ハジメは述べるのだ。
私がにじ鯖の一連の動画で感じた、それぞれの活動から離れたロールプレイ感はつまり、渋谷ハジメが言っていることと同じあると感じた。
にじさんじのライバーは、『ARK: Survival Evolved』の世界で、もともと持っている自分の属性、キャラクターから離れて、このゲーム固有の世界のキャラクターを全力で演じている。本作の世界を報じているニュースキャスター「でび山でび男」という存在は、それを象徴しているといえるだろう。
おそらく、そのvTuber各自の本来とは異なる世界に属するキャラクターを打ち出すという動きは、通常のコラボ動画では達成できなかったかもしれない限界を超え、もう一段階の虚構を挟むことによって成功している。
本間ひまわりとシェリン・バーガンディの実況動画も、ゲーム実況の実況とさらなる可能性を感じさせる動画になっている。
私は、「ARKにじさんじサーバー」をもうひとつの「にじさんじ」としての世界を構築するための可能性だと感じている。そこでは、政治的なやりとりが行われて、もちろん戦争も発生してしまう。だが、そこに現れる社会的なリアリティは私たちファンを熱狂させ、さらにvTuberが次のステージへと進化していることを感じさせる。
今後の展開にも目が離せない「ARKにじさんじサーバー」。vTuber初心者も昔からのファンも、納得のいくコンテンツになっていると私は信じている。
文/tnhr