学生作品に真剣に向き合う姿勢に感動…入社へ
――それでは、今度は『ポケモン』から離れて、尾上さんのお話を聞かせていただければと思います。ちなみに、そもそもゲームフリークにはどういう経緯で入られたのですか?
尾上氏:
就職活動のときに、自分の作品をゲーム会社に見せるイベントがあったのですが、そこに弊社の森本が来ていたんです。
――おお、『ポケモン』のバトルデザイナーを初期からされている方ですね。以前、ダビスタで「ゲームの企画書」をやった際、鋭い発言を連発されていて大変に印象的でした。
尾上氏:
森本【※】は、他の会社の人と違いました。彼はプログラムだけでなくて、ゲームにまで踏み込んで話をしてくれたんです。
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僕はそのとき、戦車が物理エンジン【※】のフィールドの中で、物を飛ばして壊していくゲームを持ち込みました。学生作品ではあったのですが、転がってきたものの大きさで他の敵を巻き込めたり、UIの部分を作り込んだりして、学生が置き去りにしがちな部分をかなりこだわっていたんです。
森本は「面白いゲームかどうか」という視点で、そういう部分に本気で向き合ってコメントを返してくれて、凄く印象的でした。
※物理エンジン
ミドルウェアの一種で、ソフトウェア中のオブジェクトの重さ、速さなどを考慮し、物理的な計算を担うツールとして使われる。物理演算エンジン。3Dを軸とする2000年代以降のゲームにおいて重要視され、代表的なものには後述のHavokをはじめ、ゲーム向きのPhysXやオープンソースが特徴のBulletなどがある。
――ゲームのプロの視点で、学生の作品に真剣に向き合ってくれたんですね。
尾上氏:
ゲーム会社の人とプログラムの話を出来るのも嬉しかったです。でも、僕はゲームを作りたかったから、そこを森本がしっかり見てくれたのが、何より嬉しかった。それが僕にとってのゲームフリークの魅力だったと思います。
実際、中に入ってみると――他社を知らないので比較できないのですが、誰もが「面白さ」に対して真剣に向き合っているのは日々感じています。
大森氏:
確かに、ゲームの「面白さ」の感覚が理解できていて、「こうしたら面白いでしょ?」に「ああ!」って言ってくれる人と一緒に働けるのは嬉しいですね。
尾上氏:
技術だけでなく、ゲームも理解しているというバランスが、大切なのだろうと思います。
ゲームフリークはクリエイターに何を求めるか?
――実際のところ、ゲームフリークではプランナー、プログラマーなどのクリエイターたちにどんな要求が飛んでいるのか、ちょっと聞いてみたいです(笑)。
尾上氏:
まず、「触り心地」は、かなり徹底的に言われます。
例えば、スケートで走っていたとして、このカーブの走りは本当に気持ちいいのか。実機が置かれていて、自分のゲーム経験から「まず自分が触ってみて気持ちよく思える」と言える実装なのか、とにかく検証するように言われます。
大森氏:
ここは言わば、「どうウソをつくのか?」のテクニックなんです。
例えば、会話シーンを自然に作ると、「Aボタンを押したら、こっちを向いて喋る」みたいな仕様になりますよね。でも、それをそのまま作るとゲームのテンポが悪くなることも多い。そこで、現実の動作と比較するとヘンになりますが、「Aボタンを押したら、しゃべりながらこっちを向く」に変更してしまうんです。具体的には、Aボタンを押したときには、まずメッセージウィンドウが飛び出して、その後にくるっと人間が回ってくれるようにするわけです。
すると、プレイヤーからすればAボタンを押すとき、早くメッセージが見たいわけで、こっちの方が気持ちいい操作なんですね。すると、もう気持ちよくて楽しくて、全員に話しかけたくなります。
こういうふうに快適にするため、徹底的にプログラマーと感覚をすり合わせていく。どうすれば、もう1フレーム削れるか……みたいな議論を延々とやるんです。
――そこを延々とすり合わせる辺りは、本当にゲーム「フリーク」の会社なんだなと思いますね(笑)。
尾上氏:
この拘りの結果はプログラムにも表れていて、もう開発の歴史を知っている人間しか読めないんじゃないかというくらい、様々な複雑な処理が行われている。「この部分はこういう意味だから、こういう計算になっている」と一つ一つコメントがバーッと書かれていたりします。
――ロジック1個1個に理由が書かれている。もはや延々と継ぎ足されてきた、伝統ある「秘伝のタレ」みたいな感じなんですね(笑)。
尾上氏:
コメントアウトでしっかり書いておくのは大事です。自分も、「ここはこう書いたが、次世代ではこの処理は、このパターンでは破綻する」みたいなことをしっかり書きながら、ロジックを組み立てていくように教わっています。
大森氏:
やっぱり、『ポケモン』はこの先もずっと継続していくものですからね。
――でも、プログラマー側からプランナーに、挙動を説明する場面はあるわけですよね。
尾上氏:
もちろんです。やはり仕様書に書かれていない「細かな挙動」は出てくるので、プランナーに見せたときに突っ込まれることはあります。そういうときは、「こういう理由で作りました」と返すし、「ここはやっぱりそうじゃないでしょ」と返されたら、「なるほど。それは一理あるかもしれませんね」みたいに話しながら、進めていきます。
――プランナーにそんな指摘や返答が求められるのも凄いですけどね。ゲームについての基礎知識を当たり前に持った上で、もう徹底的に議論、議論、議論というか……。
尾上氏:
『ポケモン』の果てしない世界観とシステムを作るために、プランナーは全部を知らなきゃいけないので、めちゃくちゃ大変なんじゃないかと思ってます(笑)。
大森氏:
どうなんでしょう。他と比べてどうなのか、ちょっとわかりません(笑)。
ただ、僕としては、プランナーはまずは「遊びの専門家であるべき」と思っています。そうでなければ、プログラマーともグラフィックデザイナーとも話せません。「遊び」の概念とは何かをしっかりと理解した上で、彼らと話しながらシステムに落とし込んでいけることへの要求は、かなり大きいかもしれません。
ギアプロジェクトから生まれた『ギガレッカー』
――さて……そんなゲームフリークという恐ろしい会社で、尾上さんは新規企画をどう立ち上げたのか、聞いてみたいです。
尾上氏:
でも、実のところ「ギアプロジェクト」が魅力で入ったので、「早く作りたいな」という思いで、『ポケモン』の開発で頑張って知識を溜めてきたところはあります。
今回は、今までずっとRPGを作ってきたので、単純に新しいものとしてアクションゲームにチャレンジしてみたかったですね。特別好きというわけではなくて、Steamの2Dアクションを遊ぶこともあるというくらいではあるのですが。
――『ギガレッカー』は、ゼロイチのプランニングからやられたのですか?
尾上氏:
そうです。今回は、自分と伊藤というプランナーで、メインのゲームのところは考えました。
大森氏:
僕、この二人、社内で喧嘩してるんじゃないかと思ったんですよ。
尾上氏:
伊藤とは同期なのですが、なにせ正反対なキャラクターだったんで、このインタビュー場所の下のフロアですごい口論をしてました。僕は本当はシャイなんですが、もう伊藤と話すからには、ガンガン話し合わなきゃと思いました(笑)。
僕としては今回、とにかく物理エンジンを使ったゲームを作りたいという思いが大きかったですね。
――森本さんに物理エンジンを使ったゲームを見せたと話してましたね。
尾上氏:
あれが学生作品レベルのクオリティだったので、ちゃんと一本完成させたい気持ちがずっとありました。一方、伊藤のほうはプランナーなので、キャラクターや世界観をゲームに落とし込む役目です。
元々のアイディアは、磁力を使ったオーソドックスなアクションゲームです。
大きなものをどんどんぶつけて敵を倒していく気持ちよさを狙った、結構シンプルなノリです。ただ、最初はプラットフォームに携帯機を考えていたのですが、物理エンジンに見合うスペックの場所として、PC市場がアリだと『TEMBO』でわかりました。そこでSteamの市場を考慮して、地形を壊して進むパズル要素を取り入れたという経緯です。
――ああ、パズル的な要素はむしろ後から来てるんですね。いや、「物理エンジンとパズルは相性が悪いんじゃないか」と思っていたのですが、実際にプレイしてみると、パズル要素よりも明らかにさわり心地の気持ちよさに拘ってる印象もあって……どこに焦点があったのか気になってたんです。
尾上氏:
メインは、もうとにかく「大きなものがごろごろ転がってくフィールドの仕組み」を考えるところですね。
――要は、物理エンジンの「ヒュッ」と集めて「ポーン」と投げて「コーン」と倒れるみたいな、あの気持ちよさみたいな部分が本当の肝だったんですね。実際、あの「ゴムの滝」を通して弾む球になると、凄い楽しいじゃないですか。代わりに、大概のことは何でも出来ちゃうんですけど(笑)。
尾上氏:
あれはまさに、物理エンジンを“ぶっ壊す”ギミックとして、あえて入れたものです。
自分も伊藤もロジカルに考える性質なので、キッチリとしたパズルをつい作ってしまうんですよ。だから、ああいうパズルがムチャクチャになる要素をあえて入れてみました。実際、それを制御する中でゲーム性が生まれていった気がします。
そもそもパズルにしたのも、地形や大きなものを壊す気持ちよさに、物理エンジンの再現性のない「読めない動き」を活かしたかったからです。パズルゲームには、キレイな回答がないと許されないパターンもありますけど、逆に物理エンジンは、「その人なりの回答」を生みだせる楽しさがあります。
――その辺りは、まさにゼルダの新作とも通じるところですね。ちなみに、使用されたのはHavok【※】ですか?
※Havok
オブジェクトの物理演算を行なうミドルウェア。キャラクターやオブジェクトが高所から落下するさまや、爆発などによって吹き飛ばされるさまなどでわかりやすく見られ、関節のある人形のような動きを見せる。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』でも採用された。
尾上氏:
今回はBox2D【※】ですね。
採用した理由は、物理学上の「ウソ」をつきやすかったからです。
2Dゲームだと、何かの塊が目の前にあって「横から行くとすり抜けるけど、上から行くと登れる」みたいなことがよくあるじゃないですか。こういう「ぶつかったけど、ぶつかってなかったことにする」みたいな挙動が、Box2Dでは可能になるんです。「物理エンジン」からすれば、「なんじゃそりゃ」みたいなウソを作りやすいんです。
※Box2D
2次元上で、重力の強さや向き、質量、摩擦、跳ね返り、速度など剛体力学をシミュレートする物理演算エンジン。C++にはじまり、現在はActionScript、Java、C#、Pythonなどさまざまな言語に移植されている。使用したわかりやすい作品に『Crayon Physics Deluxe』などがある。
――面白いですね。物理エンジンを手なずけて、自分たちのゲームのために改造していくんですね。
尾上氏:
今回のゲームみたいにゲーム性を重視する作品では、絶対にチューニングしないといけないと思いますよ。アクションゲームのジャンプアクションだって、「初速が早くて、降りるときは等速」のほうが操作しやすかったりして、そういうのを色々と試行錯誤をしながら作るわけですよ。
同様に、物理エンジンをそのまま使って、気持ちよい動きになることはないと思います。