若手ディレクターに訊く 『マイクラ』
――ところで、「若きクリエイター」ということで、若手ディレクターのお二人に感想を聞いてみたいゲームが、一つ具体的にあるんですが……それは『マインクラフト』です。ゲームから面倒さをどんどん取り除いている現代に、あれだけ面倒な「ゲーム」をさせながら、子供たちを魅了している『マイクラ』を、若いお二人はどう捉えているのかな……と。
尾上氏:
僕は友達と遊んでいました。
昔、MMORPG【※】を遊んでいたときは、モンスターを狩ってレベルを上げて、地べたに座ってお話をして……みたいな遊び方でした。でも、『マイクラ』を同じようなメンバーでやったら、自分で決めた目標を実現したり、大きなモノをつくるために他人を呼んできて協力しあったり、あとは城を作るのに飽きたら、みんなで友達の家を壊しに行ったり(笑)。……とにかく、ソーシャル的な面白さがありますよね。
※MMORPG
Massively Multiplayer Online Role Playing Game(大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)の略。運営会社の設置したサーバー内に展開する世界に数百~数千のプレイヤーが同時接続し、オンラインで同期して楽しむタイプのロールプレイングゲーム。
――他人の家を壊しに行くのは、とりあえずやりますよね(笑)。
尾上氏:
これはゲームを遊ぶ「動機」作りの変化なのだと思っています。
今回の『ギガレッカー』も、自分で作ったマップをアップロードできるようにしたのですが、自分が作ったステージを他の人に遊ばせる楽しさを味わって欲しかったんです。ただ、そこはもっと研究が必要だと感じています。まだまだ足りない。『マイクラ』やSteamのオンライン要素を入れたゲームから学ばなければいけないと思っています。
――その動機って、もっと突き詰めるとなんだと思いますか?
尾上氏:
やっぱり「自慢したい」と「協力したい」じゃないでしょうか。僕は「協力」の要素が、特に大事だと思っています。会社でも、一人ではなくてチームでやる経験の楽しさってあるじゃないですか。それを仕事とは違った形で面白く提供できているのは凄いと思います。
大森氏:
「自慢したい」も凄く大事です。実は僕の子供も『マイクラ』をずっと遊んでいて、ハッキリ言って僕より知識があります。YouTubeなんかで見つけたやり方を自分で試しては、「お父さん、これ知ってる?」と、僕に色々な新しいやり方を見せてくれるんです。
そして――たぶん、これが『マイクラ』の凄さなんです。だって、子供にとって「大人に自慢できる機会」があるのって凄いことだと思いませんか?
――ああ……確かに、そうですね。
大森氏:
『マインクラフト』は子供が大人に自慢しては「えらいな」「すごいな」と褒めてもらえるゲームなんです。こんな構造、他のゲームには存在していないですよね。しかも、周囲の情報環境まで巻き込んだ「現象」なわけですから、とても素晴らしい。
――『マイクラ』を「現象」と呼ぶ言い方には、納得感がありますね。
大森氏:
『ポケモン』を作ってるときも、僕は「ゲームの中」で考えないです。他のプランナーが考えた企画に対しては、「このゲームで人はどう動くのか」を徹底的に聞きます。このゲームにお父さんはどう言うのか? 子供はどういう会話を友達とするのか?――それに答えられて、初めて「よし、開発しよう」と言いますね。
ただ、そのときにも「どんなふうに自慢するの?」くらいまでは具体的に聞きます。例えば、「100万点を出した」と「100万キロ走った」では、全然伝わり方が違いますよね。「点数が100万点」はそのゲームをプレイした人にしかわからないけど、「100万キロ走った」だったら、みんな「よくわからないけど凄そう」と思える。
――確かに、自慢しやすいです!
大森氏:
そのゲームをクリアすることも「自慢」になるけど、それは発売後1週間ぐらいで達成されてしまいますから。
その後、どれだけ長く遊ばれるのかは、「自分はこういう遊び方をしたんだ」と具体的に言える体験を、いかに持てるかにかかっています。例えば、「俺はこいつだけでクリアした」とか「ポケモンを全部そろえた」とか、どんな自慢ポイントを用意できるかが、長く遊ばれるゲームの肝です。自分が目的を設定できさえすれば、そこに対しての努力は苦ではないと思います。
――そういえば『ギガレッカー』は、まさに複数の謎解きがあるのを大事にしていましたね。
尾上氏:
僕らが『ギガレッカー』のプロトタイプを作ったとき、クリアして解くだけでない、過程の部分での面白さをしっかりと作るように言われました。ユーザーの創意工夫の余地があって、しかも走ってるだけでも面白い。そんなふうに、目的がなくてもゲームを遊んでくれるくらいの動機を作れればいいと思います。
普通のパズルゲームは解き方が決まってしまうけど、物理エンジンなら開発者を「出し抜く」面白さを出せるじゃないですか。僕らも「こうやって俺は解いたんだぜ」と言えるようにするのは、意識しました。その一方で開発の上の人たちからは、特に触り心地については、強烈に伝えられました。
大森氏:
僕自身が、最終的な判断で頼りにしているのは「記憶に残るのか」です。
それは体験でも感触でも、なんでもいい。なぜなら、子供でも老人でも記憶に残った事柄は再現できるようになります。もしポケモンのデザインが記憶に残ったら、その人はポケモンの絵をまた描ける。音楽が記憶に残ったら、口笛で再現できる。面白さが記憶に残ったら、友達に自慢できる。
つまり、記憶にどれだけ残せたのかは、人がどれだけ物事を伝えられるかにつながるんです。
そして、記憶に残った事柄は、話す相手にも残る。だから、「100万点」じゃなくて「100万キロ」がいいんですよ。「マジかよ! あいつ100万キロまで進んだらしいぜ」となれば、その情報はどんどん伝染していきます。ポケモンのデザインもそうですね。「ここが好き!」と具体的に言えるような、記憶に残るシンプルな魅力がある。
――なるほど。
大森氏:
きっと、こういう部分への拘りは、僕の拘りであると同時に、ゲームフリークという会社の拘りですけどね。
昔、まだ田尻たちが攻略本を作っていた頃、彼らはただ「ゲームそのもの」ではない、そこから生まれる「現象」にも注目していました。「その要素で何が起きるのか?」をゲームの外側に求めるのは、この会社が昔から考えてきた文化なのではないでしょうか。
ゲームフリークの文化は継承されているのか?
――でも、そういうゲームフリークの文化や歴史の継承って、社内ではどんな風に行われているのでしょうか?
大森氏:
ああ……プランナーには僕が伝えていますが、プログラマーには伝えていないかもしれない。
尾上氏:
いや、やっぱり社内に文化を継承する勉強会はありますよ。増田が主催していて、最初は田尻がゲームを調べるサークルを立ち上げて、やがて出版をやるようになったけど、遂に自分たちが作りたいゲームを見つけて、それが『ポケモン』だったんだ――みたいな会社の歴史は教えてもらいました。
かつて小さなメモリの中に、自分たちが一匹一匹どんな想いを込めてポケモンたちを詰め込んでいったのか……というような話は普段の業務でも聞くんです。でも、まとまった形で初期メンバーと遊んだり、話したりすることはさすがにないので、貴重な機会だと感じています。
——やはり初期メンバーとの、関係の断絶はある程度あるわけですよね。そのときに、知識の水準をどう保っているのかは知りたいですね。人数が少ない頃は和気藹々と話す中で自然に共有できても、ある一定の人数を超えたタイミングで、そういうのは不可能になると思うんです。
大森氏:
もちろん時折、プランナーに対して勉強会はしていますよ。
ただ、僕としては業務の中で単純に「理屈を求める」のを徹底しますね。「この装置がこう動くんです」という話でも、必ず「何のエネルギー源で動くの?」と聞く。「電気です」と言われたら、「じゃあその発電のシステムはどうなってるの?」と聞く。
――え、ゲームデザインだけでなく、そんな設定の細部まで理屈を聞くんですか?
大森氏:
いや、これは大事なことですよ。だって、『ポケモン』は海外で遊ぶ子供たちがいるんです。
彼らが初めてゲームをプレイしたとき、画面を見ただけで「このパネルはなぜ動くんだろう」ということを理解して欲しい。そこで「風で起こった電気がモーターを回している」みたいな理屈があれば、自分は海外の子供や老人の立場に身を置いて、彼らがそれを納得がいくか想像できる。そして「わかる」と確信が持てたら、OKを出します。
――そうか……ゲームフリークは『ポケモン』という世界的IPを通じて、常に日本人の常識が通用しない「世界全体」を相手にエンターテイメントを提供しているんですね。だから、「遊び」や「理屈」を根源的な水準まで考え抜かなければ、そもそもゲームが作れないのもありますね。
大森氏:
そうです。だから、まず僕たちは「人間をどう捉えているか」を突き詰めねばならない。世界中には色んな人たちがいて、その誰もが理解できるものを作らなければいけない。
そのときに、赤ちゃんの頃に体験した「いないいない、ばあ」のような根源的なものが必要なんです。僕は、原始的な人間の生態から引っ張ってきたものには、絶対に崩れない理屈があるはずだと信じます。そこから積み上げているのかを、常に大事にしてきました。
――そういう意味では、「ゲームの企画書」で話を聞いていると、第一世代は「ゲームとは何か?」に根源的なところから向き合って0→1で生み出す作業を、自然にやっている人が多いんです。でも、次の世代には「お約束」ができていて、「横スクロールアクションってこうでしょ?」「HPは今ならメーターで表現するでしょ」みたいに、既存の作品の真似でそれっぽいものが作れてしまう。そして、その下である今のクリエイターは一体、どうなのかな……と。
大森氏:
少なくとも、僕は「お約束」はナシですね。「横スクロールします」と言われたら「なんで」と聞くし、「HPのメーターが……」と言われたら「メーターって何それ?」と聞きます。若い人相手でも、それは徹底的に聞き続けますね。
そういう問いかけは、僕自身がゲームフリークで増田や杉森にされたことだし、そもそもここを問わなければ、ゲームなんて作れないとさえ思っています。だから彼らにも、同じように求め続けるだけです。
――そこは、さすがですね。でも、やっぱり「面白さ」のような感受性の部分には、世代差はありませんか。
大森氏:
世代間のギャップは、確かにあります。でも、結局は説明できるのかどうかでしょう。理解の度合いはそこでわかります。
――じゃあ、そこで理解が決裂した場合には、ある意味では「徹底的にやりあう」わけですか?
大森氏:
ええ、そうですね。
「それって何なの?」と掘り下げて聞き続ければ、「それはなぜ人間にとって面白いのか?」に辿り着くはずで、そこまで行けば必ずお互いの共通理解の土台はあります。逆に、僕はどんな事柄でも、そこまで掘り下げていなければ「足りない」と思います。
例えば、新人研修のときに、「最近、家が建っていくのを見るのが面白いんですよ」と、ふわっとしたことを言われたんです。僕はすかさず「どこが楽しいの?」と聞きました。すると、「ちょっとずつ変わっていくのが楽しいんですよ」と答えてきた。だから、僕は「どの段階が楽しいの?」と聞く。相手は「3日目ぐらいです。ちょっと土台ができて、柱が建ったぐらいが一番面白いですね」と答える。こういうやり取りをどんどん詰めていくんです。
――凄い研修だ(笑)。で、最後はどうなるんですか?
大森氏:
僕が「なぜそれが一番面白いのか?」と聞いたら、彼は「何が出来上がってくるか、想像できそうになったからだと思う」と言いました。そこで、「自分の想像したものと結果が合ってるかを考えるところに楽しみを感じていたのかな?」と聞くと、「そうです」と答える。
……ここまでくれば、議論が普遍的な領域に来ていると思いませんか?
――ええ。それって、つまり「いないいない、ばあ」の面白さですからね。
大森氏:
そうです。新人には、こういう「禅問答」のようなやりとりを育成としてやっています。
ゲームフリークの今後――どう思いますか?
――さて、色々と聞いてしまったのですが、最後に若いクリエイターが今後「ゲームフリークはどう変わっていくのか?」と思っているかを聞いてみたいですね。
大森氏:
時代に合わせていくだけだと思いますよ。
それは、別にヘンな意味ではないです。この会社はゲームを単純に作りたいだけじゃなくて、「その時代の人間がどんなふうにゲームを楽しむのか?」を大事にしているんです。例えば、ネットで何かが流行れば、「それで何が出来るか」をゲームを使って考える。その意味で、僕たちは「時代に合わせて」、その時代の遊びをしていくだけだと思いますね。
尾上氏:
プログラマーとしては、この「面白さを考え抜いてきた会社」で、いかに技術力を高めていくかを課題にしています。やっぱり、面白さを実現するときに「技術力」は必要だと思うので。
例えば、もしゲームフリークがAAAタイトル【※】に挑戦するような日が来たら――そういう日が来る可能性は真剣に考えておくべきだと思うし、まだまだ自分は力が足りてないと思ってしまいます。PCやPS4のようなハードに本当に求められる技術には、追いつけてない。そこは課題です。
※AAAタイトル
厳密な定義はないが、主にハイエンドユーザー向けのタイトルで、大ヒットしたゲームを指す言葉である。トリプルAクラスともいう。
――凄い想定ですね……(笑)。でも、ちょっと意地悪な質問ですが、やはり『ポケモン』はハイエンドな処理をするゲームではないので、その技術が実務で活かせるのかというと、だいぶ遠いような気もしますが。
尾上氏:
いや、逆にハイエンドでやっていることを、スペックが低い中に落とし込むことはできます。だから、そういう技術を知るのは大事なことだと思うし、プログラマーがそういう姿勢で行かないと、クオリティも上がっていかないと思います。
やっぱりゲームプログラマーとしては、プランナーから「そんなのできないよ!」ということを言われる方が面白くて、「どう実現すればいいのかな」と考えているときが最高に楽しいんです。でも、逆にこちらから提案するのも大事だし、そこは時代に追いついた技術は常に持っておきたいです。
大森氏:
うわあ、ありがたいな(笑)。
尾上氏:
現実には分業でやるにしても、プログラマーは誰もが「時間さえかければ、全部一人で組めるよ」と言えるくらいになるべきじゃないか。そう思っています。
――こんなことを言ってくれる若手プログラマーがいる会社には、プランナーも「俺も行きたい」と思うんじゃないですかね(笑)。最後に、すごくいい話を聞いちゃいました。ぜひ『ポケモン』の次の新作が出るときや、あるいはゲームフリークが「AAAタイトル」に挑戦する日が来たら、またお話を聞かせて下さい! 今日は本当にありがとうございました。(了)
さて、「新世代に訊く」の第一回目、どうだっただろうか。
取材中とても印象的だったのは、大森氏や尾上氏が、どんな質問にも常にロジカルに「面白さ」の原理まで立ち返って答えてきたことである。プレイヤーの反応についての、執拗なほどのこだわりも強烈だ。
ゲームフリークは、『ゼビウス』という熱狂的なファンコミュニティを持つゲームの同人誌に始まり、「評論」を出自として実際のゲーム開発へ飛び出していった会社である。そんなゲームフリークという会社のディレクターが、ネットの存在をかくも真剣に考えて、現代のゲームデザインがどうあるべきかを思考しているというのは、その「血筋」が確かに今も社内にあるように見受けられる。
今後のゲームフリークの生み出すゲームが、ますます楽しみになる取材だった。
この連載では今後も、なかなか顔が見えづらい20代後半~30代の若手クリエイターを取り上げていく予定だ。未来の“伝説のクリエイター”は、いま何をしているのか。ゲームの「今」が見えてくる連載になれば幸いだ。
※レベルデザインに関する注釈の記述を修正いたしました(2017年7月5日)