読者のみなさんは、「パンジャンドラム」という兵器をご存知だろうか。
まるで糸が外れたヨーヨーのような姿を持つこの兵器は、第二次世界大戦中にイギリス海軍本部の英国海軍諸兵器研究部によって開発された、ロケット推進方式で進む自爆兵器である。
ほかに類を見ない珍妙なフォルムを持つが、仕組みはいたって簡単。点火すると両側の車輪に装着された複数のロケットが噴射を始め、その推進力で自機が回転し、およそ100km/h弱で陸路を突き進んでいく。
車軸部分には1トンもの爆発物が仕掛けられており、最終的には対象物に突進して自機もろとも爆発。見事ターゲットを破壊する兵器となるはずだった。
……“はずだった”と記したように、この兵器は研究所にて当時いくつも開発されてきた試作機のひとつであり、コンセプトが実現することはなく実際の戦場に投入されることはなかった。
その最大の理由は、まっすぐ走ることができなかったため。1977年に放送されたBBCのドキュメンタリー番組『The Secret War』のエピソード5“If”では、試作機を撮影していたカメラマンの方向へ自走中のパンジャンドラムが舵を取り、危うく死人が出る事態があったという珍エピソードが伝えられている。
ミリタリーの知識に詳しい人々からは、いわゆる珍兵器や失敗兵器と呼ばれる「パンジャンドラム」。だが、なぜかイギリスから遠く離れたここ日本で、ごく一部の熱狂的ファンたちによって現在も礼賛、しかも開発され続けている事態が起きている。その現場が、兵器開発ゲーム『Besiege』だ。
「英国面に堕ちた茜ちゃんのパンジャンドラム縛り」シリーズを配信しているたらちゃん氏はその第一人者で、2016年に『Besiege』を購入してから「ぱんころー」の掛け声とともにゆうに300機を超える「パンジャンドラム」を開発している。
これは簡単に計算しても、2日に1機以上のペースで新たな「パンジャンドラム」をこの世に生みだしていることになる。
・それどこに置くの?
— たらちゃん(英国面) (@taratya19800) May 28, 2018
・集めて何になるの?
・あなたが死んだらどうするの?
・似たようなのいっぱい持ってるよね?
・同じの持ってなかった?
・今までいくら費やしたの?
・集めたものが役に立つの?
・なんでそんなに集めるの?
・子供みたい
ぼく「ぱんころー」 pic.twitter.com/zjNME8d6S2
たらちゃん氏は「パンジャンドラム」の大会も運営しており、それが「Panjandrum 1 Grand Prix」こと「P-1」である。
大会にはスポンサーも付いており、優勝者には「BF1-MYAサーバー」の運営者より、優勝賞品として英国の悪名高い「マーマイト」、また英国紳士には欠かせない紅茶などがプレゼントされる。
第2回P1グランプリの商品ですが、運営からの強い要望があり、芸術賞をポットヌードルへと変更いたしました。なお以前の芸術賞はそのままスポンサー特別賞へ移行となります。大会紹介動画(https://t.co/dcpRPaUAo5) pic.twitter.com/V5hK6ylAv9
— MYA (@MYA_Server) June 15, 2018
この「P-1」では、参加者たちが思い思いの「パンジャンドラム」を開発し、用意されたコースを誰がもっとも早く走破できるかを競い合うことになる。ルールは自機が回転し、そして爆発物を備えていること。
50年以上前に開発された珍兵器「パンジャンドラム」を現代に甦らせるという奇祭でありながら、参加者枠25名を超える申し込みがあり、2017年に開催された大会では、投稿された各動画が平均して50万回も視聴されるほどの人気を博した。
2018年になってもその勢いは衰えることなく、6月24日には第2回「P-1」グランプリが開催されている。
そんなたらちゃん氏に聞いてみると、「パンジャンドラム」は珍兵器でありながらも、「けっしてめちゃくちゃな兵器ではない」という。はたして、「パンジャンドラム」漬けの日常を送る、たらちゃん氏の思いとは?
文/Nobuhiko Nakanishi
編集/ishigenn
──パンジャンドラムを初めて知ったのはいつですか?
たらちゃん氏:
子宮にいるころから知ってました。前世はネビル・シュート【※】です。
※ネビル・シュート
パンジャンドラムの開発者の一員であり、名付け親。一部を除いてほとんどの人類にとっては小説家として有名。代表作である『渚にて』は、第三次世界大戦で滅亡しつつある世界を舞台に、消えていく人類の儚さを丁寧につづった、まごうことなき名著であり、そこに込められたメッセージはこれからも色あせず、人類に普遍のメッセージを送り続ける。小説にパンジャンドラムは出てこない。
──神秘的ですね。
たらちゃん氏:
まあ日常にパンジャンドラムってあふれていると思います。ゲームのModにも出ていたり、『ガールズアンドパンツァー」劇場版で観覧車がパンジャンドラムって呼ばれていたり。
映画の『バトルシップ』にも出てくるし、『機動戦士ガンダムF91』のバグだってそうですよね。回ったらパンジャンドラムです。
──そこまで言うとヨーヨーもパンジャンドラムになりそうですね。
たらちゃん氏:
パンジャンドラムですね。ワイヤー付きパンジャン。ワイヤー誘導型パンジャンドラム。
──動画内ではさまざまなパンジャンドラムを作られていますが、今までいくつ作られてきたんですか?
たらちゃん氏:
完成しているものだと300機くらいですね。未完成品はもっとたくさんあります。
──簡単に計算しても発売から2日に1機ぐらい作っていますよね。そのアイデアはどこから?
たらちゃん氏:
そうですね。ロケットの位置を変えたり、車輪にサスペンションを入れて振動に耐えられるようにしたり。まっすぐ進ませるようにしようとしたら、いろいろ思いつきますよね。
──開発動画は70万回再生を超えることもありますが、なぜここまでパンジャンドラムが人気なんでしょうか? 一部のミリタリー好きには有名ではありますが。
たらちゃん氏:
言うなれば、珍兵器の中の王様なんですよね。
──王。
たらちゃん氏:
もちろんパンジャンドラムふくめ、珍兵器はメジャーではないんですけどね。だから動画内では視聴者を洗脳するため「パンジャン」と連呼しています。それが功を奏しているんでしょうね。
──洗脳。
たらちゃん氏:
そもそも見た目のインパクトがあるし、爆発もする。パンジャンドラム自体に人を引きつける魅力があります。それに試作機なので、もし開発が続いていたらという“if”が込められているんですね。
イギリスでも愛されていて、ノルマンディーで実物を作って転がすという企画もありました。誰もが愛する兵器、それがパンジャンドラムなんです。
たらちゃん氏:
そういえば第一回の動画で最後にハボクック・パンジャンドラムが登場するんですが、見ている人はほとんどわからなかったですかね。
ハボクック【※】は、氷山を切り取って空母にしようという兵器で、最終的にはコンセプトが変わって氷を作って空母にしようということになった。実現しなかったですけどね。
──氷を空母っていうのが、ちょっとよくわからないんですけど。
たらちゃん氏:
ですよね(笑)。ただ実現すれば資材不足も補えるし、コンセプトは悪くないですよね。同じようにパンジャンドラムもコンセプトは悪くない。ただ真っ直ぐ進まなかっただけで。
フランスとイギリスの間の海岸線にドイツが「大西洋の壁」という、トーチカをならべた防御線を構築していたんですが、それをパンジャンドラムで突破しようとした。珍兵器なんて言われてネタのように扱われていますが、無人で動くのでこちらの犠牲は出ないわけですから。
海岸線に上陸して遠くからトーチカを破壊しようとしても、人が前進したら砂浜で攻撃にさらされてしまいますし、そもそも船が近づくことすら困難だったと思います。そういうシチュエーションの中で、足場の悪い砂浜を無人で自走できるパンジャンドラムが考えられた。
──話を聞いていると、パンジャンドラムがまともな兵器に思えてきました。
たらちゃん氏:
ほかにもっと変な兵器はありますからね。パンジャンドラムは無人だから人に優しく紳士的。兵器ですけど。
実際のパンジャンドラムも、真っ直ぐに進むことが実現していれば、なにかしらの使い道は必ずあったと思います。バカバカしいとは思わないですよね。ほかにも面白い物があるじゃないですか、核地雷を温めるのにニワトリを使う(ブルーピーコック)【※】とか。
※ブルーピーコック
ナチスドイツとの戦争に勝利した連合国が次に仮想敵国としたのが旧ソ連。世界がナチズムの後に畏怖すべきは共産主義であるという政治的認識から東西冷戦は始まった。そこでイギリス軍は、ソ連軍侵攻に備えてライン川沿いに核地雷を埋め込むという計画を立てた。しかし冬季の寒さによって地雷の精密機器に不具合が生じる可能性があるために、ある程度地雷の周りを保温する必要があった。そこで考えられたのが、地雷の保温機構として「ニワトリ」の体温を使用するという案が採られた。餌と水を与えられたニワトリの体温は精密機器を正常に動作させるのには充分だと考えられた。なぜ他の方法ではなかったのか、なぜ数ある動物の中からニワトリが選出されたのかはよくわからない。やっぱり犬とか猫だと暴れるのだろうか。
──それもイギリスの兵器ですか?
たらちゃん氏:
そうです。英国だけではなく、犬に爆弾をくくりつける対戦車犬【※】なんかもいました。現在だったら世界が震撼するほどの問題になると思いますけど、当時は普通にあったわけですからね。
──パンジャンドラムへの見方が変わりそうです。
たらちゃん氏:
兵器開発と聞くと、用途を明確にしてコスト計算をきっちり詰めてから開発している印象があるかもしれないですが、当時の兵器開発はもっと思いつきの部分が強いですよね。
第二次世界大戦中はどこの国も大変でしたから、藁をも掴むような気持ちで開発していたと思います。パンジャンドラムも、さっきのハボクックもそうですけど、現代で珍兵器と呼ばれているものにはコンセプト的には悪くないものもあったんですよ。
──コンセプトはよかったパンジャンドラム。後継機があってもよかった……?
たらちゃん氏:
開発は途絶えてしまいましたが、活躍の場はまだありますよ。ミサイルにパンジャンドラムをつけて飛ばしたらとかいいですよね。
──ミサイルそのものがパンジャンドラムの後継……拠点に飛んで行って破壊するということですよね。
ということは文脈上、ミサイルや空爆兵器は全部パンジャンドラムの思想を継いでいる。各国でパンジャンドラムの開発競争が激化する2018年が訪れていたかもしれない。
たらちゃん氏:
いい感じで洗脳されてきましたね。既存の兵器は全部、パンジャンドラムということです。
──しかし無人兵器という意味では、素人考えながらいまの兵器開発に通ずるところもあるのでは?
たらちゃん氏:
無人という面では、第二次世界大戦は第一次世界大戦から引き続きものすごい数の人間が死んでいるんですね。犠牲の数に疲れた発想の兵器に見えます。
だからいまでも愛されているのかもしれません。特攻兵器には重いエピソードがありますが、パンジャンドラムはちょっとほっこりできる。
──かっこいいより、かわいい感じなんですよね。あっちにいったり、こっちにいったりして、最後に爆発するという。
たらちゃん氏:
もともと相手の陣地で暴れまわることを目的とした設計なので、間違ってはいないですよね。自分も300機で寄生型パンジャンドラムとか、空を飛ぶパンジャンドラムとかを作っていますが、実は使い道を考えないなら初期の出来の悪い機体が好きなんです。一番かわいいなって。
──たらちゃん氏にとって「パンジャンドラム」とは?
たらちゃん氏:
相棒ですね。パンジャンと一緒に歩んでいきたい。これからもパンジャンドラムはやめないです。
──ありがとうございました。
珍兵器。こう書くと、数ある兵器の中でもごく少数の飛びぬけて出来が悪い、あるいはバカバカしい兵器のように聞こえるかもしれないが、実際は出来が悪くバカバカしい兵器は恐らく図鑑が必要と思われる程に数が多い。
近代以前の兵器や兵装には愛好家などもおり、日本では甲冑や刀剣など一種の美術工芸品としてその価値を認められてはいるが、第一次世界大戦以降の兵器は現代の戦争とのつながりを連想させるのかあまり市民権を得ていない、あるいはマニアックであるという印象が付きまとう。
しかし戦車や航空機を始めとした主力兵器の開発史は、激しく移り変わる現代社会に対応するうえで必要な短期間で成果を出すための「イノベーション」のお手本であり、その陰に隠れながら生み出され続けた珍兵器もまた、その時代に「何が必要とされ」、「何が必要とされなかった」という、その時代を映す鏡として評価され、語られるべき遺産と言えるだろう。
※2009年のイベント「Appledore Book Festival」にて復刻された「パンジャンドラム」
「パンジャンドラム」それは英国という謎のフロンティアスピリッツ溢れる紅茶の国が生んだ珍兵器中の珍兵器だ。ドイツ軍のトーチカを破壊する為に試作されたロケット推進式の自走爆雷は、そもそもの構造上の欠陥と度重なるテストの失敗から実用段階に進むことなく残念ながら本来の目的は果たすことができないまま破棄された。
しかしその幻の兵器は、人々の心には長く残ったらしい。2009年には本国で復刻され、そして現在も日本で『Besiege』というゲームなどを経て、現代も愛され続けている。
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