谷口監督にとっての富野由悠季とは。
──福井さんをゲストにお招きして重点的にお話が出てきたのが、松本零士さん、富野由悠季さんでした。いわゆる富野作品について、お話を伺いたいのですが……。
谷口氏:
うわ、どうしよう(笑)。私は富野さんと面識はないし、影響はそんなに受けていないんです。同業の大先輩に対して語ることは失礼になるかもしれないけれど、あくまで傍からの感想ということであれば話します。
もちろん、作品を観ていることは観ているんですよ。『機動戦士ガンダム』も最初にハマった世代ですから。富野さんの好きな作品は『海のトリトン』、『無敵超人ザンボット3』、『無敵鋼人ダイターン3』。
小倉氏:
『勇者ライディーン』【※】はないんですね。
※『勇者ライディーン』
1975年に放映された富野喜幸、長浜忠夫監督によるロボットアニメ。サンライズの前身である創映社による初のロボットアニメで、『マジンガーZ』の影響で制作された。
谷口氏:
『勇者ライディーン』は神谷明さんが演じていた主人公の悲鳴が……。「男のくせに悲鳴なんてあげやがって」と感じて、ちょっとついていけなかった。
ファースト・ガンダムは劇場版も含めて観ていました。『伝説巨神イデオン』は途中まで観て、アニメーターの湖川友謙さん【※】のアクの強い線が……。
※ 湖川友謙
『イデオン』、『ダンバイン』、『ザブングル』といった富野作品に関わりの深いアニメーター。
小倉氏:
『プラネテス』の時にも谷口さん言っていましたよね。こういう影をつけると湖川さんのキャラクターになるって。
谷口氏:
そのあと『戦闘メカ ザブングル』。これが一番好きです。で、『聖戦士ダンバイン』ぐらいまでは観ていたんですけど、『重戦機エルガイム』あたりから観なくなっちゃって。
でも、『Vガンダム』になると、そのときはもうサンライズで演出をやっていたので、当然観るわけじゃないですか。
そこで、主人公のウッソが母親の吹き飛んだ生首の入ったヘルメットを持っているカットがあって、気持ち悪くて吐きそうになりましたもん。よくこんな不気味なものを作れるなって。
──気持ち悪いと感じたのは、絵の収まり具合ですか? それともドラマ上で凄惨なシーンを視聴者に突きつけたことに対してですか?
谷口氏:
実の母親の生首が入ったヘルメットを手にして、人間はあのように動けるのか? そこの思考回路がよくわからない。
まずショックのほうが大きいですよね。で、受けたショックは咀嚼するまでに時間がかかると思うんですよ。しかも、なんで持たせるのか。もしくは、彼がショックのあまり麻痺していたのなら麻痺していたのだとわからせてほしい。
私、あの当時の富野さんの作る絵作りが、逐一、理解できなかったんですよ。「なんでこんなことする必要あるの?」という。
表現の一つとしてそれを否定するつもりはないんだけど、自分は感情的に乗っかれない。良いも悪いもない。それは、私自身が培ってきた生理感覚や倫理観なりに、そういったものが抵触するからだと思うんですけど。
これは技術論の話ではないし、そもそも私のレベルが低すぎるというのがあるから理解できていないということもあるので誤解なきようにお願いしますね。
私が富野さんと面識があれば質問とかもできたのかもしれない。でも、そういう立場ではなかったので。ああ、同じパーティー会場にいたとか、そういうのはいっぱいありますよ。挨拶や話をさせていただいたことは一度もないということです。
──もし谷口監督がそのシーンを演出するとしたら、どのように演出したと思いますか。
谷口氏:
他人の作品なので、そこは勘弁してください。
ただね、こういう事は言えます。たとえば、『デビルマン』の場合は生首を持っていたのは、主人公じゃなくて別の人間たち。
主人公は結局、その人間たちの行為に対して怒って、最後に抱くわけですけど、それは人間の尊厳の行為としてはわかるんですよね。死んでしまったということを最初に見ているわけだから。
永井豪さんの表現は人間の尊厳としては理解できる。富野さんは、時々そこをポーンってすっ飛ばしてきちゃうときがあるんです。
富野さんの中ではつながっているんだろうと思いますが、方法論として「AからBに来たら、次はC、せめてDだよね」というところを「いやいや、Gです」とか飛んでいっちゃうときがあって。
で、それは富野さんのレベルだから理解できるつながりなんだと思うわけです。でも、不勉強な私にとっては、『OVERMANキングゲイナー』も『Gのレコンギスタ』もわからないところがあっちこっちに……。
小倉氏:
わかんないよね。
谷口氏:
人を殺したのに、ニコニコして帰ってきたりとか。
──前回の座談会では『イデオン』の話も出たのですが、『発動篇』は凄惨ですがグロテスクとは違うと。
谷口氏:
私も、特にグロテスクだとは思わなかったですね。
──(『発動篇』のような)子どもが死ぬシーンはあまりないような気がしますが……。
谷口氏:
手塚治虫さんの作品では、小さい子がよく死ぬんですよ。手塚さんの作品は中学生のころから読んでいて、そちらが先に刷り込まれていると、『イデオン』で特にショックなんて受けない。
あの当時、放送倫理規定がいい加減だったり、『食人族』の映画とか、そういうのもあったりしましたからね。アニメ以外の表現もいろいろあった。
別にそれ自体がダメだと言っているわけではなくて、そういう世界なんだよっていう表現のひとつとして受け止めていた。要するに子どもが祈ったとしても、助けてもらえる世界観じゃないってことです。
子どもが死んだからショックだという観点だったら、『フランダースの犬』のほうがよっぽどショックでしたね。原作を知らずにアニメを観ていたら、ネロ少年は最後には報われると思っていたのに……。
具体的な絵としてのショックと受け止めるのか、ドラマとしてのショックと受け止めるのか、その違いじゃないでしょうかね。『イデオン』という作品を否定しているわけではないんですよ。
難しいなぁ、この質問。面識はないけど全く無関係というわけでもないから……。私にとっての演出の師匠、川瀬さんや今川さんは富野さんの弟子筋だから、私は孫弟子的な立ち位置になってしまうかもしれないし。
──『プラネテス』の作業をしていたら、富野さんがいらしたという逸話を伺いました。
小倉氏:
『プラネテス』の現場にけっこう来ていて、私が作業中に気配を感じると、すぐそばに富野さんの頭がある、という状況だったり。
谷口氏:
1話を富野さんが観て、すごく怒ったらしいんですよ。スタジオの外で富野さんとプロデューサーの河口(佳高)さん【※】が言い合いの大喧嘩になって。
そのときに周りのスタッフが、私のほうに聞こえていたら大変だと思ったそうなんです。ちょうど私がイヤホンして作業していて聞こえていなかったから、事なきを得た、みたいな話があって。
※河口佳高
『キングゲイナー』、『プラテネス』、『コードギアス』等のプロデューサー。
小倉氏:
「河口はこんなの作らなくていいの! 僕の作品だけやってればいいの!」みたいなことを富野さんが言っていて。
谷口氏:
『ガオガイガー』のときもスタジオに乗り込んできて、私は1話を担当していたのですが、「こんなに枚数を使って!」と怒っていたらしいんです。いつも間接的に怒られるのは、やはり『Gガンダム』に関わっていたからではないかと(笑)。
私の推測ですけど、サンライズ【※】という会社は富野さんからすると、虫プロ時代に同じ苦労をした人たちが作った会社なんですよ。
だからサンライズという会社の経営を、はからずも危うくするような行為、たとえば枚数を使ったり、手間暇かけたりというのは、サンライズという会社に対して、「どうなんだ」という想いもあったんだと思うんです。
富野さんはサンライズの創業者ではないけど、仲間たちが作った会社だから、先輩として「つねに俺が目を光らせていなければ」という意識があったのかと。
でいながら、一方では信用していないというか、嫌っている部分もあって愛憎がドロドロと溶け込んでいる状態。実際、一時期、富野さんはサンライズのいくつかの企画に対して意見できる立場だったんですよ。
※サンライズ
日本有数のアニメ制作会社。今はバンダイナムコグループに属する。
──それは1980年代、1990年代の話ですか?
谷口氏:
私が知っている限りだと90年台の後半。日本サンライズがバンダイグループの一員になったあたり。会社から頼まれた作品に対して、何かあると意見を言える立場でした。
『プラネテス』のときは、それがもう切れているはずなんだけど、ご本人としてはその気持ちが続いていたのかなと。
小倉氏:
なるほどね。
谷口氏:
それも理解できるんですよ。富野さんは『ガンダム』を作っているときに、笑いものになるのを覚悟の上で、「アニメ新世紀宣言」【※】をやったわけですよね。
新聞にも載ったりして。ああいう姿勢は、当時の業界としては道化師以外、何者でもなかったと思うんですよね。
※アニメ新世紀宣言
1981年2月。新宿アルタ前広場で行われた劇場版『機動戦士ガンダム』のイベントにて行われた。大意としては『ガンダム』の大きな設定の軸である「ニュータイプ」という言葉を引用しながらアニメそのものを子供がみる比較的幼稚なもの一つの文化として認識される文化へと変革していこうという意思表明。
でもアニメは誰かが監督で、誰かが作っているんですって言わないといけなかった。当時はプロデューサーが作っているイメージが強かったんですよね。
富野さんは率先してそれをやった。そして、やった限りはそれを突っ張り続ける人生にならなきゃいけないことを覚悟して、突っ張り続けた。つまり、若手に対してそうそう甘い顔は見せられない自分もいる。
そこで人格者になる道も選べたとは思うんだけど、ご本人の性格がそれを許さなかったんでしょうね。これはね、すごいことなんですよ。富野さんがいたから私達もいる。私は富野さんとわかりあうことはできないかもしれないけれど、生き方は尊敬します。
『プラネテス』の制作秘話
──『プラネテス』を観直して思ったのが、リアリティの積み上げ方というか、『ガンダム』とは別の方向を目指していると感じました。
谷口氏:
『プラネテス』に関して言うと、それまでの『ガンダム』的な宇宙空間の捉え方を全部、無視する。「そうではないものをやろう」と関係者に伝えていました。
『ガンダム』の作り方を否定するわけじゃないんだけど、『ガンダム』だから許される謎のウソ。キャラクターがスライドしてゆっくり降りてくるとか、そういうのはやめようと。
先輩方が作ってこられた世界観とか仕事を、継承するのはいいんだけど、継承しっぱなしだったらダメだよね、と。それは先輩たちにも失礼になるじゃないですか。
先輩たちが作ってこられた世界観とか見せ方を、自分なりに違うものに発展させないと、恩返しにならないと思うんですよ。
小倉氏:
プラスアルファを加えることによって恩返しするっていうね。
谷口氏:
はい。そうなると、やっぱり大事なところは、『プラネテス』においては、どの軌道を通っているのか。6分の1の重力である月では、具体的にどうなるのかなどの考証です。
建物の設計など、小倉さんからもアイデアを頂いて、美術監督に落とし込んでもらったんですね。
小倉氏:
美術監督の池田繁美さん【※】に落とし込んでもらいました。
※池田繁美
『ガンダム』シリーズを多く手がけたアニメーション美術監督。
谷口氏:
天井がすごく高くなったのも、そういった考えがあったから。
SFに限らず、作品を作ろうとすると、守らなきゃいけない筋というか、この作品におけるリアリティラインをどこに設定するのかが大事。そこを守らないとグダグダになっちゃう。
小倉氏:
SF設定とかではなくて、設定考証って言い方をするのはそっちなんですよ。SFであるかどうかじゃなくて、その作品の筋を通せるかっていうね。そこの部分が重要で。
『プラネテス』のときは、宇宙開発を扱ったものだから、SFという言葉を使うのはやめましょうと言って。アニメでSF、っていうとワープあり、なんでもありだと思ってしまう現場の人がたくさんいるので。
谷口氏:
下手をするとスタッフが楽をするんですよ。SFって聞いた瞬間、何をやっても許されるとなって。
冒頭のバーニアの呼び方のように、用語が持つ語感とかニュアンスが、スタッフに間違って伝わってしまう部分がある。
小倉氏:
それもあって逐一、線引きやハードルを決めてやっていましたね。
谷口氏:
アフレコでも小倉さんに立ち会っていただかないと、わからないところがある。宇宙船の外側にある「外板」を、「ガイハンと読んでください」とか。
そういうのは小倉さんからの指示がないと、漢字で書いてあったらセリフの流れで「ガイバン」って呼んじゃうこともある。
小倉氏:
技術用語だけどね。
谷口氏:
全部を惰性でやってしまうと、結局は見たことのある記号の寄せ集めになってしまって、プラスアルファにならない。
これはお客さんとか関係なく、作り手の矜持の問題。突っ張ろうと考えないと、表現者はどんどん縮んでいってしまう。
小倉氏:
今までと同じものをやってれば安心とかね。
──谷口監督と小倉さんは、『プラネテス』をアニメにするにあたって、最初はどのように動かれたのですか。
小倉氏:
アニメを作ろうとする企画会議なのに、ドラマの話ばっかりしていた記憶があって。『GOOD LUCK!!』【※1】とか、『ER緊急救命室』【※2】とか、社会人が観るドラマのツボ、ポイントの話をしていたような気がする。
谷口氏:
『GOOD LUCK!!』の話はしてましたね。小倉さんにお願いしたのはデブリ回収船のTOY BOXの内部構造とか、どういう形でこれは飛んでいるんだろう、とか。
小倉氏:
職場空間としてのTOY BOXですよ。
谷口氏:
そうですよね。これはもう宇宙船の構造に熟知している人じゃないと作れない領域なので。
小倉氏:
私、オガワモデリング時代に、国際宇宙ステーションのきぼうユニットの展示模型を作っているんです。あのときは「JEM」って言ってたけど。
図面から何から必要な資料が支給されて。この時得た知識が全部、アニメ『プラネテス』に活用されているんですよ。
谷口氏:
そのサポートがなければ、ここまで『プラネテス』の詳細な設定を作れなかったですね。
たぶんそれが一番現れているのが、タンデムミラーエンジン【※1】。朝から晩までわっかを書いて、中田栄治さん【※2】の気が狂いそうになっていた(笑)。
※1 タンデムミラーエンジン
『プラテネス』に登場する宇宙船の推進機構。現実には「磁器ミラー型」と言われる技術であり、発電用の核融合炉への転用が研究されている。
※2 中田栄治
アニメーター。『機動武闘伝Gガンダム』、『勇者王ガオガイガー』、『プラネテス』に携わり、谷口監督とも縁が深い。
小倉氏:
私と中田栄治さんと橋本誠一くん【※】だったかな。3Dの下書きはあったんだけど、それが何の慰めにもならないくらいいっぱいあって。
※ 橋本誠一
アニメーター。代表作に『忘年のザムド』、『クラシカロイド』等がある。
──タンデムミラーエンジン、あれは理論的に考えておられるんですか
小倉氏:
論文からデザインを起こしましたよ。加えて、川崎重工でエンジン関係を設計している友人に、「どのくらいのサイズだったら実現可能なのか」などを質問しながら形にしていって。
おかげさまでJAXAの相模原・宇宙研に行くと、質問攻めに合うんですよ。「どうしてああいうリアルな宇宙描写ができたんだ」と(笑)。
──JAXAの方が『プラネテス』を観ているんですね。
小倉氏:
アニメ『プラネテス』には感心されたようで、熱心に観てくれているんですよ。
──谷口監督もインタビューで「『プラネテス』は業界外からの評価が高かった」と発言されていましたよね。
谷口氏:
SF界は、アニメ業界外とするなら、ですかね。最近になってよく聞かれるんですけど、本当に『プラネテス』は当時、アニメ系の賞には、ひとつもひっかからなかったですし、文化庁の芸術祭の推薦作品にも入っていなかった。
……でも実態はわからなくて、プロデューサーが申請していなかったという可能性もあるので。
小倉氏:
あー、それがあるかもしれないなぁ。
谷口氏:
作品数が多すぎるからプロデューサーが各賞のエントリーをしないといけないので。ただ、あの当時、あのタイプの作品を評価する賞は一切なかったから。
小倉氏:
評価という点でいうと、すごく内輪で、ぐらいですよね。
谷口氏:
内輪での評価は高かったですよ。あの、少し補足すると、あの作品は受ける要素があまりなかったんですよ。
で、そういうアニメが実は評価されているんだというのを外部に示すとしたら、当時は賞をもらうぐらいしかなかったんですね。
今なら配信の数とか海外の声とか、評価方法はいろいろあると思うんですけど。だから、スタッフやキャスト、原作者に対するせめてもの恩返しとして、私としてはあの作品では賞が欲しかった、というのはあります。
小倉氏:
あとはあんな大変なアニメを作るなよっていう。
谷口氏:
それはよく言われました。「馬鹿だろお前、やめろそんなことするのは」と(笑)。
小倉氏:
あれをテレビシリーズのスケジュールで作っていたわけですからね。そのこと自体が奇跡。
谷口氏:
「同じ制作費で『プラネテス』はあんなに作れている」と、他の作品が言われちゃうわけですよね。昔から私は、「そんなにやっちゃうと、うちが困るからやめろ」とよく言われます。
小倉氏:
まだ企画になる前に、当時の第二事業部長だった内田健二さんが企画部員に「何かアニメの原作にして面白そうなSF漫画はあるか?」と尋ねたら、『プラネテス』が提示されたそうなんです。
と、ここまでなら普通のよくある話なんだけど、そしたら次の日には内田さんが「ああ『プラネテス』ね。原作を講談社から買ってきたよ!」って言ってたんですって(笑)。
谷口氏:
何百万部とか売れてるようなものじゃないので、講談社も自由にさせてくれるんじゃないかな、と。
──原作を再現してくれないと困る、といった横槍も入らなかったのですね。
谷口氏:
なんかOK出てましたね。原作者の幸村誠さんにしても、当時は貧乏でお金がなくて、ガリガリで痩せていて。
顔合わせのところで、みんなで焼肉屋に行ったんですよ。そこで肉を嬉しそうに食べていて。そんなのしか覚えてなくて。
──『プラネテス』がすごいなと思うのは、原作は原作で面白いし、ちょっと違うんだけど、アニメはアニメの面白さがあるところだと。
谷口氏:
途中で困っちゃったなぁ、って思ったのは、アニメを作ろうとしていたら、原作が星雲賞を受賞して。なんて余計なことをしてくれたんだって(笑)。目指すハードルが上がっちゃって。
──結果、原作もアニメも星雲賞を獲りました。
小倉氏:
ダブル受賞は珍しい。
谷口氏:
『風の谷のナウシカ』以来だと言われましたね。結局、アニメーションは各スタッフに権利があるわけじゃないですから、それは今後の仕事をしていく上での営業の肩書きというか、名刺になってくれればいいなと思うので。
小倉氏:
本当に名刺にさせていただきました。ありがとうございます。
谷口氏:
いえいえ。でも、そういうところだと思うんですよ、大事なところは。たとえば、今『プラネテス』を企画したら、主役の田中一成【※】のキャスティングはできないわけで。
※田中一成
声優。『プラネテス』が初の主演作品。2016年に脳幹出血のため死去。49歳だった。
小倉氏:
惜しい方を亡くした。
谷口氏:
あの歳で初主役。そんなキャスティングは、今のアニメだとさせてもらえないと思うんですよ。
小倉氏:
他にないキャラクターでしたよね、地べたから這い上がっていく感じというかね。
谷口氏:
今だったら、イケボって言われる声優さんがやるかも。そうなったら全然別のハチマキになっちゃうよね(笑)。
そういえば、数年前に映画『ゼロ・グラビティ』【※】を観たときに、小倉さんを中心にして私たちがやってきたことは、そんなに間違っていなかったっていう確認が取れたのはよかったですね。映画における宇宙での演出もそういう考えになっていて、やっぱりなと。
※『ゼロ・グラヴィティ』
2013年公開のSF映画。宇宙空間でのデブリ事故を題材にしたサスペンス要素の強い内容が話題になった。サンドラ・ブロック、ジョージ・クルーニー出演。
小倉氏:
村田(和也)さん【※】は、「随分ゆっくりなデブリだねぇ」と言っていたけど。
※村田和也
アニメーション演出家。『プラネテス』では10話、13話、16話、21話を担当している。『翠星のガルガンティア』でTV初監督。再び小倉氏と組む。
谷口氏:
視認できる範囲のところだと、ああならざるを得なかったんだろうとは思うんですけどね(笑)。
小倉氏:
『プラネテス』はリアルな宇宙描写へと極めていったじゃないですか。でも当時、実写でそれが表現できるとは考えられなかったよね。
谷口氏:
実写映画の企画も同時にあったらしいけど、「それは無理だろうね」と。
小倉氏:
実際、出来上がったのものを観たらお粗末なものだったので、アニメで正解でしたね。