『ウルトラマン』、『宇宙戦艦ヤマト』、『機動戦士ガンダム』……。程度こそ異なるが、「宇宙」と「SF」をテーマに取り入れた作品は1980年代ごろから多数存在し、現在まで小説やアニメ・実写映像、ゲームなど媒体のかたちを問わず多くの人がエンターテイメントとして慣れ親しんできた。
宇宙SFは遠い世界のようで、意外と身近な作品のなかに多くあふれている。
だが、誰もが宇宙や未来のテクノロジーについて詳しいわけではない。我々が宇宙SF作品を簡単に楽しめるのは、作中で描かれている設定を正しく考証したり、あるいはその設定を用いた演出を考え出したりする仕事があるからだ。
ゲームが開発されていくうちにいくつものアイディアを洗練し時に切り捨てるように、宇宙やSFをテーマにした作品にも、骨子を過不足なく確立していく仕事がある。
いったいその作業には、どんなテクニックと勘どころが必要となるのだろうか? 前回は『ガンダムUC』を手掛けた福井晴敏氏を中心に、SF対談をたっぷりと語っていただいた。
『ガンダムUC』の世界を作った男たちが『ガンダムNT』含め50作品以上を語る! 松本零士と富野由悠季が描く宇宙の違いは? SFとの出会いとは?
今回もDMM GAMESの協力を得て、さまざまなアニメ作品の設定考証を務める小倉信也氏、さらに『恒星少女』にて監修を務めるイシイジロウ氏に加え、『プラネテス』や『コードギアス 反逆のルルーシュ』でおなじみのアニメ監督の谷口悟朗氏をお迎えし、宇宙SF作品の現場でのさまざまな話を語っていただいた。
谷口悟朗監督は1966年生まれ。65年生まれの小倉氏、67年生まれのイシイ氏。
同年代であり同じくSF作品に関わる3人は、いったいどのように宇宙SFを見据えているのだろうか。
聞き手、文/野口智弘、福山幸司
編集/ishigenn
カメラマン/佐々木秀二
リアルな宇宙とラッセンは紙一重!? 宇宙の描き方の落とし穴
──具体的な話をされる前に、まずはイシイさんから谷口さんに『恒星少女』の簡単なご説明をお願いします。
イシイジロウ氏(以下、イシイ氏):
戦艦とか刀を擬人化したゲームがいろいろとありますが、恒星を擬人化したゲームになります。
谷口悟朗氏(以下、谷口氏):
恒星を擬人化? 惑星の擬人化だと『もやしもん』【※】や『純潔のマリア』【※】の石川さんが描いておられますけど恒星ですか。
※『もやしもん』
石川雅之によるマンガ。菌を肉眼で見ることができる能力を持つ主人公が織り成す学園ドラマ。細菌やウイルスなどがデフォルメされたキャラクターとして登場する。2007年にアニメ化した。
※『純潔のマリア』
同じく石川雅之によるマンガ。百年戦争が勃発中のフランスを舞台に、戦争を止めようとする処女でありながら魔女であるマリアの物語が描かれる。2015年にアニメ化されており、監督は谷口悟朗氏。
小倉信也氏(以下、小倉氏):
(資料を指さしながら)この宇宙の背景を描くだけでも、ものすごく大変で。それが、なかなかわかってもらえない。
イシイ氏:
宇宙の絵がラッセン【※】になっちゃうんですよ。イルカが飛んでそうな(笑)。
谷口氏:
ほー(笑)。
※クリスチャン・ラッセン
アメリカの画家。色鮮やかな海洋生物を マリンアートのジャンルを開拓した。80年代後半に日本でブームで絶大な人気を誇った。
イシイ氏:
ラッセンをディスってるわけじゃないんですけど、リアルな宇宙をやりたいんですよね。
谷口氏:
太陽系中心ではなく?
イシイ氏:
真っ暗な宇宙じゃなくて、明るい宇宙を描きたいなって。だからラッセンまでいっちゃうんでしょうね。
小倉氏:
いや、明るい宇宙でもいいんですよ。ハッブル宇宙望遠鏡【※】が撮っているものなんて、極彩色ですよ。本物の天文写真が浮世離れしているというか。「人間の生活とまったく関係がない世界」とはまさにでして。
谷口氏:
明るいですもんね、ハッブルの画像は。
小倉氏:
たとえば、かぐや【※】が撮った月は綺麗すぎてCGに見えてしまう。
※月周回衛星かぐや
JAXAが2007年~2009年まで運用した月周回衛星。ハイビジョンカメラ、電波レーダなどさまざまな観測機器で、アポロ計画以来最大規模の本格的な月探査を行った。最近でもかぐや持ち帰ったデータを解析により、月に巨大な空洞が発見される。
谷口氏:
そうですよね。馬の首星雲(馬頭星雲)とかも合成物みたいに見える。
小倉氏:
誰かがエアブラシで描いたみたいなね。
イシイ氏:
そういう意味ではラッセンにならないリアリティっていうものをすごく分析しました。なにも考えずに描いちゃうとラッセンっぽくなってしまう。
宇宙じゃなくてファンタジーイラストになってしまうのを、どこまでリアルな宇宙として絵に落とし込むか。そこをすごく悩みました。
──そこは前回の対談では出なかった話題ですが、すごく興味深いです。たとえばアニメだと宇宙の描き方はどのようになるのでしょうか?
小倉氏:
アニメの宇宙の背景だと、ととにゃんさん【※】とか、すごく慣れていますよね。
※ととにゃん
アニメーション美術監督の加藤浩氏が2007年に設立したアニメーションの背景や3DCGデザインする会社。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』などを手がけている。
谷口氏:
たぶん、ライティングも考えた色の締め方だったりじゃないですかね。
小倉氏:
デジタルになってから黒を使えるようになりましたからね。
谷口氏:
そうですね。あの、少し脱線しますけど、デジタルになったときにテレビ用の色データって一時期混乱したんですよ。
たとえば、テレビで放送するときにRGBを全部 足した数値が16Uじゃなきゃいけないルールがあったりしてね。アナログだとそもそも関係なかったのがデジタルだとできちゃう。でも、5/5/5じゃダメなんですよね。5/6/5とか6/5/5とか。そうすると黒のなかに微妙に赤や青が出る。
タツノコプロ、『宇宙戦艦ヤマト』、『機動戦士ガンダム』……アニメにおける宇宙の色使いの歴史
イシイ氏:
そのあたりの技術の話をお聞きしたいんですけど、宇宙の表現ってアナログからデジタルに変わっていったし、時代によっても変わっていったと思うんですよね。
たとえば、松本零士の宇宙は、『宇宙戦艦ヤマト』のときにすごく青かった。1970年代の『ヤマト』ってあんなに綺麗な星雲が発見されていなかったから、カラフルな宇宙ではないんです。でも宇宙の色が青いんですよ。
谷口氏:
私の意見だと、松本作品の宇宙は暗くしたほうだと思います。
イシイ氏:
まだ暗くしたほう? 『ゼロテスター』とかそういう……。
谷口氏:
自分自身の記憶をたよりに語ると、もっともカラフルだったのはタツノコプロの宇宙だと思うんですよ。
小倉氏:
ああー! 『テッカマン』【※】とかね。
谷口氏:
タツノコプロがやっていた作品の宇宙空間というのはいろんな星雲に色がついているのを再現したかったらしく、それが多分、元だと思うんです。
そこからいくと『ヤマト』はいろんな情報量がかなり抜かれていて、なおかつ、青を主体としたというのは想像ですけど、冷たい宇宙にしたかったんじゃないかな。
※『宇宙の騎士テッカマン』
1975年に放映されたタツノコプロ制作のSFアニメ。太陽系の果てまで人類は進出していたが、地球は原水爆や公害の汚染物質で滅亡しつつあった。そこに追い討ちをかけるように宇宙征服を企むワルダスターが立ちはだかる。
谷口氏:
要するに『ヤマト』の単体の旅であるという形で。
小倉氏:
あとヤマト自体の色がグレーじゃない。あの掟破りの。
谷口氏:
まさにその通りで、ヤマトが背景の宇宙の色に溶け込まないようにした、というところもあっての宇宙の色だったんだろうなと思うんです。
イシイ氏:
渋かったですよね。青が綺麗で、すごく孤独感がありました。
小倉氏:
寒色系ですよね。
谷口氏:
富野(由悠季)さんは『機動戦士Zガンダム』のときもそうだったのかな。『逆襲のシャア』のときもそうだったけど、通常の暗い宇宙とコックピットごしに見える、青く上げてある宇宙。そういう形の切り替えは使っておられましたね。
小倉氏:
『宇宙戦艦ヤマト2199』以降は黒宇宙を使うんですよ。
谷口氏:
ですよね。デジタルになった影響で、事前に画面のルックの状態がよくわかるようになったりとか、調整できるようになりましたから。家庭や局の機材も変わったし。
フィルム作品の場合、大概はまずフィルムテストをやりましたね。コダックのフィルムを使うのか、富士フィルムを使うのか。
両方のフィルムを使って背景ボードと色味を撮って、「じゃあ今回の作品はコダックの色味がいいよね」といった具合で決めていました。
小倉氏:
『スタートレック2 カーンの逆襲』のパンフレットを見たら、フジカラーって書いてありましたもん。あ、そうなんだって。
谷口氏:
(笑)。
イシイ氏:
アニメにおける、宇宙表現映像の歴史はなかなか面白いですね。『プラネテス』はデジタルがどこまで入っていたんですか。
谷口氏:
撮影はすべてデジタルですね。
小倉氏:
作画が超アナログで。
谷口氏:
あははは、作画は手です。手力ですよね。当時、CGで出来る点数っていうのがある程度限られていましたし、CGでできる表現っていうのも限られていたので、そうすると確実な技術は手だっていう。
小倉氏:
そうなんですけど、あのメンツがいなければできなかったような気もする。