原体験は『ウルトラ』シリーズ。70年代のSFの受容の証言。
──日本のSF作品で影響を受けたものや覚えているものはありますか?
谷口氏:
『ウルトラマン』です。おそらく再放送だと思いますが、出てきた怪獣を全部覚えていたって親に言われました。
自分では覚えていませんが、食い入るようにずっと観ていたんでしょうね。『ウルトラマン』のちょっと不思議な感じとか、バルタン星人とか、今でも好きです。
イシイ氏:
リアルタイムで観ていたのは『帰ってきたウルトラマン』です。……素朴な疑問ですが、『ウルトラ』シリーズにハマる人と『ゴジラ』シリーズにハマる人って、どう違うんですかね。僕は『ゴジラ』派だったんですよ。
※ゴジラシリーズ
1954年に第1作が公開された『ゴジラ』だが、『帰ってきたウルトラマン』放映の1971年から70年代にかけては、『ゴジラ対ヘドラ』(71年)、『ゴジラ対ガイガン』(72年)、『ゴジラ対メガロ』(73年)、『ゴジラ対メカゴジラ』(74年)、『メカゴジラの逆襲』(75年)が公開されている。
小倉氏:
原体験は『帰ってきたウルトラマン』ですね。
谷口氏:
私はすっごく貧乏だったんですよ。『ゴジラ』は映画館に行かないと観れなかったですから……。
小倉氏:
わかる。
谷口氏:
だからテレビでやってる『ガメラ』を観ていて。
※『ガメラ』シリーズ
1965年に公開した『大怪獣ガメラ』からはじまる、大映の怪獣映画シリーズ。
──『ゴジラ』はテレビで放送されていなかったんですか。
イシイ氏:
当時はしていなかったですね。逆に『ガメラ』はすっごいテレビでかかった。『ゴジラ』は角川映画のスターみたいなもんで、『流星人間ゾーン』っていうテレビ番組にゴジラがゲスト出演したんですよ。
小倉氏:
ありました!
イシイ氏:
そのときに僕、本当に興奮して「テレビで見れないゴジラが、テレビに出てる!」と。映画スターみたいな感じでしたよね。
谷口氏:
私はだからずっとガメラ派でやってきて、金子修介さんの平成三部作【※】のときは、「ざまぁみろ」と。ガメラが認められたよろこびが「ざまぁみろ」という表現だった(笑)。
※金子修介さんの平成三部作
『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995年)、『ガメラ2 レギオン襲来』(1996年)、『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』(1999年)のこと。徹底したリアリティ描写で、怪獣映画に新風を吹き込んだ。
イシイ氏:
平成三部作は本当に最敬礼して「ありがとうございます」って感じですね。
谷口氏:
いわゆる宇宙船ものも、『宇宙空母ギャラクティカ』とか『スタートレック』とかにハマる人と、そうじゃない人に別れると思うんですよ。
小倉氏:
当時の自分はSFアニメのメカデザインとか『スター・ウォーズ』【※】以降のミニチュアを使った特撮(当時は“SFX”と呼ばれていた)にハマってたね。後々に自分で仕事をやってるぐらいだからね。
※『スター・ウォーズ』
世界で最も有名なスペースオペラであり、熱狂的なファン層を形成する現在進行形のコンテンツ。2019年に9作目となるシークエル・トリロジーの完結を予定している。
──そういえば福井さんの回では、『最後のジェダイ』【※】の話が少し出ました。
※『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』、『フォースの覚醒』
『フォースの覚醒』は、2015年に上映されたJ・J・エイブラムス監督による作品。ルーカスフィルムがディズニー社に買収されてから初となる作品で、レイを主人公とする新3部作の第1作。2017年上映の『最後のジェダイ』その続編としてライアン・ジョンソン監督がメガホンを振るったが、その内容にはファンから賛否が集まった。
谷口氏:
私個人は『フォースの覚醒』って、今までの『スター・ウォーズ』シリーズにJ・J・エイブラムス監督が乗っかって作ったと思えてしまうんですよ。新しく評価できるものがあるの? ってなると、私はないと思うんです。
『最後のジェダイ』は上手くいってない部分があちこちにある。でも、チャレンジしようとした。その精神は褒めてあげなきゃいけないだろうと思うんです。
J・Jみたいな、今まであった記号だけで上手いこと組んで、はいできましたというのは、評論家の人が褒めればいいんだと思うんですけど、作り手の自分としてはこれは褒められないなと。
──『スタートレック』もJ・Jが作っています。
谷口氏:
彼はそういうのが上手い人なんでしょうね。でも私は、やっぱり新しいチャレンジをしようとしたとか、新しいことを組み入れたことを褒めてあげたいと思ってしまいます。
もともと、『スター・ウォーズ』のエピソード1、2、3に関しては、ルーカスの持っている売れない美学が炸裂しているわけじゃないですか。
小倉氏:
それはあるよね(笑)。
谷口氏:
もっと売ろうと思ったら、私ならヒロインはもうちょっと違うデザインにする(笑)。
小倉氏:
4、5、6に対して、売ろうとする気がないですよね。1、2、3は本当にルーカスが作りたかったものだと感じます。なぜ7以降はディズニーに預けたんでしょうね。
谷口氏:
作り手としてやりたいと思うとこと、ビジネスとしてやるべきこと、どうバランスを取るかであって、どっちかに偏りすぎてもよくないとは思うんですよね。
ゲームにしろアニメにしろマンガにしろ小説にしろ、変わらないと思うんですよ。
谷口氏:
『ガス人間第一号』【※1】とかは、ある程度、SF映画を観てきた中で、「そうだ、日本のこういう作品を観ておこう」って戻った感じでした。
あ、用意していただいたSF年評に山田正紀さんの小説『神狩り』【※2】が載っているのが嬉しいですね。同じ高校の大先輩なんですよ。
谷口氏:
山田正紀さんは好きでしたね。あとは小松(左京)さんと星(新一)さんと筒井(康隆)さん【※】とか、そのへんの方々は基本中の基本として。
※小松左京
SF作家。1971年に『地には平和を』でデビュー。1973年の『日本沈没』が社会現象に。文明論的、哲学的な視点を貫ぬかれた骨太の作風を特徴としている。大阪万博にも携わり、日本初の本格的SF映画を構想するなど、日本SF界の中心人物としてSF作家たちを牽引した。
※星新一
SF作家。1000編を超えるショート・ショート。代表作は自選集『ボッコちゃん』など。現在も末永く愛されている。
※筒井康隆
SF作家。のちに純文学、メタフィクションを用いた実験的書撃つでも高い評価を得ている。
イシイ氏:
基礎教養な感じ。
小倉氏:
基本ですよね。
谷口氏:
ヨコジュン(横田順彌)さん【※】の『山田太郎十番勝負』とか、そのへんまで普通に読んでいなくちゃならないとか。そんな感じでしたし。
※横田順彌
SF作家、SF・明治文化史研究家、批評家。SF小説のほか、明治を舞台にした冒険小説を手がける。『山田太郎十番勝負』は平凡なサラリーマン山田太郎を主人公にした1986年の不条理ユーモアSF小説。
イシイ氏:
海外SFの小説にはいかなかった感じですか。
谷口氏:
海外SFは一応、ひと通りは読みました。ただ当時は翻訳されて手に入りやすいのが、メジャーどころでしたし。
イシイ氏:
基本、ハヤカワ文庫【※】でしたね。
※ハヤカワ文庫
1970年に「ハヤカワSF文庫」としてハヤカワ文庫が創刊して、海外SF小説の日本での普及を現在に渡って牽引する。
谷口氏:
ハードSFとかはだんだん言葉通り、ハードになっていって。
小倉氏:
海外SFが特に顕著ですよね。よもや誰もついていけないっていう。
谷口氏:
私、ギリギリついていけたのはあのへんですね。『竜の卵』【※】とかそのへんぐらい。
※『竜の卵』
ロバート・L・フォワードが手がけたファーストコンタクトもののSF小説。通常では接触不可能な特異な知的生命体の歴史や宗教観、そしてそれにファーストコンタクトする人類を描き、このジャンルに新風を吹き込んだ。ロバート・L・フォワードはSF作家だけではなく、物理学者としての顔も持つ。
イシイ氏:
『竜の卵』は面白かったですね。
小倉氏:
あれは今振り返ると、正真正銘ハードSFなんだけど、まだ全然難解じゃあない。
谷口氏:
ええ、今からするとあのへんだったらまだ優しいですよ。でも、当時の感覚だと、やばいけっこう厳しいぞ、みたいな(笑)。
イシイ氏:
足が12本で12進数でしたっけ。なぜかそういう細かいところばかり覚えてます。すごいアイデアの塊だったなっていう。
小倉氏:
アーサー・C・クラークのアドバイザーをやっていたぐらいの人なんで。
谷口氏:
ああ、そりゃ当然そうなりますわね。
小倉氏:
いわゆる兵器産業の研究者だった彼にとって、磁気単極(モノポール)を触媒にした核融合ロケットとかは、仕事の研究の延長にある普通の対象だったんです。
谷口氏:
SF小説は、今だとAmazonとかですぐ読めたり、取り寄せることができますが、当時は本屋に置いてあるのはメジャーどころしかない感じでしたからね。
イシイ氏:
学生時代はどのへんにお住みだったんですか。
谷口氏:
愛知県です。名古屋の隣りにある日進っていうところにずっといまして。
小倉氏:
僕は近郊の千葉の柏に行けば大きい本屋があって、という感じでした。社会人になってから都心の本屋に行って、「あ、こんなに本があるんだ」と驚きましたよ。
谷口氏:
地域によって、文化的に接触できるかできないかは大きかったですよね。
イシイ氏:
僕は大阪の梅田に行っていました。本屋に行くと、どこまで充実しているのか、チェックしていましたね。
二十代まではどのくらい大きい本屋が職場の近くにあるかとか、住んでる近くにあるのかとかがすごく大事で。そこでクリエイターとしてどこまで自分を保てるかっていう。
谷口氏:
それはわかります。初めて新宿の紀伊国屋に行ったときに、嬉しくて一日中いましたもん。「やっべー、こんな本まで置いてある」って。
小倉氏:
1980年代の池袋西武のリブロ【※】は別格でした。
※リブロ
独自の展開で文化発信を行っていた伝説的書店。2015年に惜しまれつつ40年の歴史に幕を閉じた。
谷口氏:
ただSF小説とは別に、私たちの世代は普通に生活していたら嫌でもSFが飛び込んできたし、触れる機会があったわけですよね。そういう意味では良かった。
SFが普及する一方、『ヤマト』『ガンダム』はSFか否かが問題提起される。
──小倉さん、谷口監督、イシイさんがお生まれになった年の前後にアポロ計画【※】や、『ウルトラマン』、『2001年宇宙の旅』がありますね。
※1 アポロ計画
1961年から1972年にかけて実施された、アメリカ航空宇宙局(NASA)による有人宇宙飛行計画。
小倉氏:
そう、だから子ども向け雑誌を読むと、当時はソ連とアメリカの宇宙開発の歴史がどうなっているとかが書かれていたり。
毎年のように新しいSF映画が公開されていましたし、テレビ東京のお昼の時間帯にB級の映画をいっぱい流してくれていて。
谷口氏:
やってましたよね。『ノストラダムスの大予言』とか見ちゃうわけですよ。
イシイ氏:
海外作品も『謎の円盤UFO』【※1】や『スペース1999』【※2】とかを放送していましたし、他にも『バイオニックジェミー』【※3】とかね。
そういえば、小島秀夫さんが作られているゲーム『DEATH STRANDING (デス・ストランディング)』に『バイオニック・ジェミー』の女優さんが若かりしころの姿で登場することが発表されてましたよね。
※3 『地上最強の美女 バイオニックジェミー』
科学情報局エージェントのジェミーがバイオニック・パワーを駆使しながら、活躍するSFドラマ。ジェミーを演じたリンゼイ・ワグナーは、小島監督最新作『デス・ストランディング』に出演することが発表され、大きな話題をよんだ。
小倉氏:
いいですねえ。リンゼイ・ワグナー。
イシイ氏:
あとは『超人ハルク』【※】とか。アメリカのSFドラマ当たり前のように放送されていましたね。
小倉氏:
『600万ドルの男』【※】を観ていると、アメリカ空軍とNASAのことがよくわかるんですよ。
元宇宙飛行士で、空軍の士官なんだけど、事故にあって、サイボーグ手術されて、秘密工作員みたいなことさせられる話。各基地を移動するときにF-104に乗る、という。
谷口氏:
海外だけではなく、国内の子供向けでも『仮面ライダー』【※1】や『デビルマン』【※2】だったり、そういうものが普通にボンボン出てきたわけじゃないですか。
そうすると「何となくこれはSFって言ってるけど、SFじゃないよね」とか、そういう見分けがつくようになってくるんですよね。
小倉氏:
子ども騙しなのか、背伸びして観ていいものなのか、みたいなね。
イシイ氏:
当時、なにがSFなのかという論争が『ガンダム』の前に『宇宙戦艦ヤマト』であったんですよ。
『ヤマト』はパート1が星雲賞【※】を獲っているんですけど、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』以降、急にSF色が薄れていって。『ヤマト』に星雲賞をあげてしまったことに対して、SF会の人たちが後悔したという図式なんですよね。
※星雲賞
1970年に創設された日本のSF賞。『宇宙戦艦ヤマト』は1975年の第6回の星雲賞の映画演劇部門・メディア部門で受賞した。
谷口氏:
でも『ヤマト』の功績ってものがあるんだからいいんじゃないですか。
イシイ氏:
SF原理主義みたいなものが、当時すごくあって。
小倉氏:
SF小説だけがSFっていうね。
イシイ氏:
「『スター・ウォーズ』はSFじゃない。あれはスペース・ファンタジーなんだ。サイエンス・フィクションじゃないんだ」という、うるさいファンがいて。
谷口氏:
一時期、そのへんのSF原理主義者の意見や影響を受けて、スペース・オペラが受け付けなくなってしまったときがあって。つまりスペース・オペラはB級、C級の何かっていう。
小倉氏:
もう、別腹にしないといけない。
谷口氏:
そう(笑)。
小倉氏:
SFじゃなくて、これは俺の好きな全然別のもの、というね。『ガンダム』がSFか否かは、高千穂遙さん【※】も触れていましたね。
※高千穂遙
SF作家。スタジオぬえの設立メンバーの一人で、SF啓蒙や、SF小説のヴィジュアル化に貢献。小説『クラッシャージョウ』は日本初の本格的スペースオペラ小説としても知られる。辛口のSF論客としても名をはせた。
谷口氏:
高千穂遙さんは違うって言ってたんですよね。
小倉氏:
でも30周年の特番では、「いや、そんなことは作品そのものの評価とは関係ないわけで」っとインタビューで答えていて……。
谷口氏:
一応発言はしたわけですもんね。
小倉氏:
“なのに”っていうね(笑)。
谷口氏:
だから私なんて、高千穂遙さんの小説原作の映画『クラッシャージョウ』は「これはスペースオペラだから、C級作品なんだ。でも俺はこれを作画している安彦(良和)さん【※】の絵を見たいんだ」と自分を納得させて(笑)。あくまで当時の感想ですけどね。
※ 安彦良和
アニメーター、イラストレーター、漫画家、小説家、アニメ監督と幅広い分野で活躍しているSFアニメを牽引したクリエイター。『機動戦士ガンダム』ではキャラクターデザインと作画監督を務めた他、多数の代表作を持つ。近年では『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のマンガ、アニメ版の監督した。
小倉氏:
葛藤があるんですね。
イシイ氏:
当時は国内に、SF小説の中でも原理主義要素とかが生まれて。
小倉氏:
でも確かに小松左京先生の小説を読むと、風格が別格でしたね。矢野徹さん【※】とか、筒井康隆さんとかもいるんだけど、小松さんだけが社会派で。
※矢野徹
SF作家、翻訳家。代表作の『カムイの剣』は1985年にアニメ映画化された。無類のゲーム好きでもあり、自身のゲーム体験を基に書かれた『ウィザードリィ日記』などのエッセイも著している